WIN-AINU学習会「COP11に向けて」 

February 08 [Wed], 2012, 23:14
◆と き:2012年2 月 16 日(木)
受付/午後18:00 開始/午後18:30〜21:00
◆ところ:札幌市エルプラザ4階「研修室2」
◆テーマ:「COP11に向けて私たちができること」
◆講 師:秋辺日出男氏、越田清和氏
◆資料代:500円
2012年1月29日中部大学で開催される、グローバル対話フォーラム2012(第5 回伊
勢三河湾流域圏ESDフォーラム)の中で「沖縄先住民族とアイヌ先住民族の持続可
能な生活知恵と文化知」のデスカッションの報告を秋辺氏、越田氏お二人にしていた
だきます。一昨年10 月の生物多様性条約(COP10)締約国会議では、生物多様性
の損失についての根本原因として、近代的な工業開発、グローバル市場経済の限界
が露呈しました。またその後、3.11東日本巨大地震・津波・原発事故が日本を襲い、
これまでの原発依存の経済発展に代わる世界を地域からどのようにデザインするか、
というまさにESDの考え方がさらに注目されてきています。沖縄から北海道までそれ
ぞれの地域の伝統的な英知や、先住民族の知恵、それぞれの地域が大事にしてきた
文化、地域の歴史や風土から成り立ってきた地域社会のありかたをみなおし、今年6
月にブラジルで開催されるリオ+20、10 月にインドで開催されるCOP11に向けて、地
域からの声を集め世界に発信して行くためのフォーラムです。
そのフォーラムを踏まえ、WIN-AINU では何ができるのかを皆さんと一緒に考えてい
きませんか?
<プロフィール>
秋辺日出男氏 (世界先住民族ネットワークAINU/事務局長)
阿寒湖在住
越田清和氏(世界先住民族ネットワークAINU/国際部)
札幌市在住
□問い合わせ:「世界先住民族ネットワークAINU」
□札幌事務局:島崎(TEL/ FAX:011-593-0655)
□阿寒事務局:秋辺(TEL/080-1866-4797 FAX:0154-67-2457)

「良い貿易?悪い貿易? TPPを解き明かす」 

February 04 [Sat], 2012, 11:18
2012第1回 ピーストレード連続講座                
「良い貿易?悪い貿易? TPPを解き明かす」
講師 越田清和(ほっかいどうピーストレード事務局長)

 貿易・交易とは何か、みんなで考えてみませんか。
 中村尚司さんという研究者が、商品にしていいもの・悪いものを示したことが
あります。人間がつくれないもの(人間の臓器・土地など)は商品にしてはいけ
ない、というのが原則です。同じことは、貿易・交易にも言えるのではないでしょ
うか。生存に関わるもの(例えば食料や薬など)、生命を壊すもの(武器や原発、
ゴミなど)を、自由貿易の対象にしていいのでしょうか。
 そんなことを思い浮かべながら、TPPについて考えてみましょう。
日にち 2月11日(土曜日) 午後3時から午後4時
場所  ピーストレード事務所 Tel 011-812-4377
    札幌市白石区菊水3?1?6?12(地下鉄東西線1番出口)
参加費 500円(マウベシコーヒー付き) 会員は無料
主催/連絡先 ほっかいどうピーストレード  
    予約は不要です。どなたでもお気軽にどうぞ。

「原発輸出と『国際協力』」  

February 03 [Fri], 2012, 17:21
連続講座A 脱原発と日本社会の未来

★第2回 2012年2月13日 (月) 午後7時から8時30分
テーマ:「原発輸出と『国際協力』」 
お話:越田清和さん
(ほっかいどうピーストレード事務局長/ほっかいどうピースネット)
会 場:札幌エルプラザ2階環境プラザ 環境研修室2
(札幌市男女共同参画センター内2階環境プラザ 札幌駅北口直結)
参加費:500円 (事前申し込み不要)

 
2011年3月に福島第一原発で起きた巨大原発事故は、日本のみならず世界に大きな衝撃をもたらしました。すでに9カ月をすぎる今でも、この巨大事故がもたらした被害は拡大するばかりです。いまだに放出されている放射能、被災者の避難、汚染された大地の除染、放射性廃棄物の処理、農業・漁業をはじめとする生業・産業への影響、補償・・・解決に向かう動きはなかなか見えてきません。また、原発推進派の電力業界や学者が、3月の巨大事故の影響をできるだけ小さく見せようとする言動を強めてきました。
 しかし、原発はいらない、原発に頼らない社会を作ろうという声と運動は広がっています。ヨーロッパでは、ドイツやイタリアが脱原発の道をあらためて選択しました。日本でも、福島県が県内にある全ての原発の廃炉を決議したことをはじめ、多くの自治体が脱原発を求めています。
 中東・北アフリカでは、独裁体制を倒そうと「アラブの春」と呼ばれる民衆反乱が起きました。米国から始まった「ウォール街を占拠せよ」の運動も、世界中に広がりました。
 世界は大きく動いているのです。こうした動きの中で、原発のない日本社会とはどういう社会なのかを、広い視野から議論したい。そう考えて、この連続講座を企画しました。
ぜひご参加ください。

主 催  ほっかいどうピースネット
連絡先 市民自治を創る会 Tel&Fax 011-214-0031

病人日生活(4) 

February 02 [Thu], 2012, 20:42
 食道を切り立ってしまったので、引っ張って伸ばした胃が、いま食道の代わりをしている。だから、食道が無いだけでなく、本来の胃もなくなったのである。
 食道というものが、どの位の大きさなのか知らないのだが、いま私の食道もどきは直径2から3センチらしい。そして胃も細長いので、食べたものを溜めておくことができないらしい。だから、1回の食事量は少なくならざるをえない。そして何より、食べ物を「ゴクッ」と丸のみすることができない。食道で詰まってしまうのだ。
 退院前に主治医が強調したのは、食事量が少ないので一日6回食事をするように、ということ。もう一つは、噛みきれないもの、例えばイカやタコの刺身、筋のある肉など、を食べないようにということ。この主治医は「ジンギスカン」に恨みでもあるのか、なぜかジンギスカンを食べるのはやめてください、と強調する。
 ということで、私は一日6回の食事、というか朝・昼・晩の三食と午前・午後・夜の軽食をとるようにしている。「そんなこと、私もやってるよ」という人は多いだろうが、わたしはこれまで間食はあまりしたことがなかった。食事の後に甘いものを食べる人を見て、「そんなことするから太るんだ」と思っていたのである。それが、今度は自分が間食をしなければならなくなったのだから・・。
 最初のうちはなれなかったが、おそろしいもので、いまは食事のあとで甘いものを食べるようになってしまった。糖尿病になるような食生活(ただし絶対量は少ない)になったのである。山田風太郎い「あと千回の晩飯」というエッセイがあるけれど、私の場合は晩飯を2回とると考えると、かりにあと10年生きるとすると、3650回×2で「あと7000回の晩飯ということになるのかもしれない。
 退院してから、一度だけ食道に食べ物がつまったことがある。話をしながら焼き魚を食べていたので、よく噛まずに飲み込んでしまったのだ。苦しかったが、歩いたりするうち食道を通過してくれた。でも、この体験で主治医がなぜ「ジンギスカンを食べないように」と強調したのか何となくわかった。ジンギスカンなど焼肉系は、どうしても急いで食べるので噛まないで飲み込んでしまう、それで、食道を詰まらせる人が多くのではないか。ジンギスカンが悪いのではない、ジンギスカンに罪はないのだ。いそいで食べる本人の問題なのだ。
 ちなみに私は、退院後、まだジンギスカンをたべていません。そのうち挑戦してみよう。
 

日本は武器輸出ができない国である 

January 12 [Thu], 2012, 15:41
 私の所属するほっかいどうピースネットは、以下の声明を首相と防衛相、民主党に送った。日本という国家に世界の平和や平等などに貢献できるものがあるとすれば、「武器輸出をしない」ということを原則は、その一つだろう。sの原則を、なんの議論もなしの捨て去ろうというのは許し難い行為だ、と私は考える。
 世界全体でみると、武器の取引額は、この10年増え続けている。世界の武器生産企業(軍需産業・死の商人)トップ100社(そのうち45社は米国、日本企業は4社)の売上は、2002年の1960億ドルから2009年には4010億ドルと倍以上に増えている。リーマン・ショックや大不況など、どこ吹く風である。日本でも経団連などが、武器輸出解禁を強く求めているが、それは、この不況知らずの武器取引に加わりたいからだろう。
 こうした動きにはっきりノーと言い続けることは大事だ。「お金儲けのためには何を売ってもいいのではない」、いのちを奪うものを売ってはいけないのだ。

日本は武器輸出ができない国である―武器輸出(禁止)三原則をなきものにするな
ほっかいどうピースネット
2011年12月28日
 
 民主党・野田政権は、12月27日、安全保障会議を開き、武器輸出三原則に基づく禁輸政策を緩和することを決めた。この決定によって、日本も、戦闘機などの国際共同開発・生産への参加や人道目的での装備品供与ができるようになる。
 私たちは、この決定に強く反対する。武器などの輸出を禁止・慎むと述べた、1976年2月の政府表明は、「軍隊を持たない・戦争をしない」と定めた憲法第九条と並んで、平和国家をめざす日本が国是としてきた堅持すべき原則だからである。その原則を、何の議論もなく一方的に変えることは、日本社会に深く根づいている平和を求める声を無視するものであり、民主主義とは相容れない決定だ。そんなものを認めるわけにはいかない。
 武器輸出(禁止)三原則をなきものにしようという動きは、自民党政権の時から米国に対する武器技術の供与を認めるという例外を設けることで、実質的には緩和が進んでいた。もともと一九五四年に結ばれた「日米相互防衛協定」で両政府は「装備、資材、役務その他の援助」を提供しあうことを明言していたのだから、武器輸出三原則は米国だけを例外として成立していたと言ってもいいだろう。
 一九八三年、中曽根内閣は米国への武器技術の供与にあたっては、武器輸出三原則によらないこととする」との官房長官談話を発表して、公式に米国を武器輸出三原則の例外とすることを認めた。二〇〇四年に小泉内閣が、米国との弾道ミサイル防衛システムの共同開発・生産を例外とし、テロ・海賊対策支援などの案件も個別に検討するとしたことによって、武器輸出三原則の歯止めはさらに弱くなっていった。
 しかし、今回の緩和は、個別に「例外」を認めてきたこれまでのやり方を変え、「包括的に例外化措置を講じる」という例外の拡大である。しかし、例外が拡大することで、共同開発した武器や技術、「人道目的」で供与した装備品が、紛争当事国に流れ出る可能性は高くなる。武器輸出三原則が無視されることにつながっていく決定ではないか。
 武器輸出を求める声は、経団連や防衛省、そして米国からもあがっている。二〇一〇年一二月に閣議決定された新防衛大綱では、武器輸出三原則の見直しは明記されなかったが、武器輸出の例外を増やしていく方向性を示唆するものだった。
 そして、北沢俊美防衛相(当時)は二〇一一年二月二二日、米国がアフガニスタン空軍に供与する予定の中型輸送機C27Aに使う中古プロペラを「「アフガン復興支援や日米防衛協力の重要性から」米側に売却することを発表した。
 世界の軍事支出は21世紀に入ってから増え、2009年には1.5兆ドルを超えた。武器輸出も同時に増え、2001年の385億ドルから2008年には552億ドルとなった。武器輸出三原則を緩和する決定は、こうした流れを加速し、日本が世界の軍事化を進める国家になるという宣言でもある。
 こうした動きを、私たちは認めない。世界の軍事化の一翼となるのではなく、世界を平和や平等にしていくために貢献することが日本の選んだ道であり、日本社会に住む人間の多くが望んでいることのはずだ。日本社会の歴史が生んだ最良の平和への貢献である日本の憲法前文や第九条を正面に掲げることが、いまもう一度求められている。
 民主党政権にもう一度言う。武器輸出三原則を緩和する決定を撤回せよ、武器輸出三原則を国是として堅持せよ。

病人生活(3) 

January 04 [Wed], 2012, 11:41
 退院してしまうと、歩いたり、モノをもったりすることはあたりまえになってしまうのだが、入院している時は、体を動かすことがほとんどなかった。とくに集中治療室(ICU)では寝たきり状態なので、いま思うと、かなりストレスがたまっていたのかもしれない。
 何がストレスかというと、やはり排便だ。尿は、尿管にくだが入っているので、自動的(?)に出るのだが、大便はそうはいかない。もちろん食事が摂っておらず、栄養分はすべて点滴で摂っているのだが、それでも便は出る。これが一般的なのか、私の体の特性なのか、それはわからない。
 トイレに行くことができないのだから、ベッドで「おまる」を使って排便するしかない。この「おまる」を持ってきてもらうタイミングが難しい。看護師さんも忙しいから、ナースコールでお願いしても、すぐに持ってくる訳ではない。「なかなかこないなあ、なにやってるんだ、アブナイ」ということもある。逆に、すぐ出そうと思っていても、なかなか出ないこともある。何しろ寝たきりだから、お腹に力が入りにくいのだ。初めのうちは陶器(だったかな)の固い「おまる」を使っていたのだが、なかなか出ない場合、お尻が痛くなるので、途中からはゴム製の「おまる」に代えてくれた。
 排便の始末も看護師さんにお願いするしかないのだが、これもなかなか・・。看護師さんは、おそらく仕事だからと割り切っているのだろうが、お願いする側は恥ずかしいし、何だか申し訳ない気持ちになる。「こちらは動けないのだから仕様がない。私も誰かの排便の世話をするようになるかもしれないのだから、その時は嫌がらずにしよう」と思うことにするしかなかった。
 こういうはっきりしたストレスだけでなく、体を思うように動かせないということもストレスになっていたかもしれない。手を伸ばせば取れそうなものも自分ではどうにもならないのだ。日に何度か、10分ほど上半身を起こして座った状態になるようにするのだが、初めのうちは、これも苦しかった。
 もっと大変だったのは、起き上がることだ。まだ体には何本もの管が入っているので、それが絡まないようにして上半身を起こし、ベッドに腰掛け、そこで足踏みをしてから立つ。この段階で、かなり息が上がる。体重を図って、余力があれば少し歩く。ただ手術で輸血をしたため(?)、貧血状態になっているので、すぐに心臓がバフバフと苦しくなる。
 本を読むわけにもいかないので、楽しみはラジオを聴くことと看護師さんとの雑談。「ラジオマンジャック」を聴いていて、声を出して笑ったりしていた。夜中に目が覚めたとき、「ラジオ深夜便」などを聴いていたら、北海道グリーンファンドのSさんの声が、流れてきたのには驚いた。

『人道的帝国主義―民主国家アメリカの偽善と反戦平和運動の実像』 

January 02 [Mon], 2012, 22:28
ジャン・ブリクモン著(菊池昌美訳)『人道的帝国主義―民主国家アメリカの偽善と反戦平和運動の実像』 (新評論、 2011年、3200円プラス税)

 読み終わってスッキリした気持ちになる本だ。それは、著者ジャン・ブリクモンが、「人権」や「独裁者による抑圧から住民を保護する」などを口実に戦争を正当化する「人道的介入」を、なんの迷いもなく徹底的に批判しているからだ。タイトルが示すように、「人道的介入」とは「人道的帝国主義」にほかならない、というのが筆者の立場なのである。
 著者は、このような軍事行動を正当化する現代のイデオロギーは「人権・民主主義にかかわる独特の論議と、第二次世界大戦の特殊な残像との組み合わせ」であり、それに立ち向かうことによって現在と未来の戦争に徹底して反対することができる(六四ページ)と述べる。
数年前にハートとネグリの『帝国』が評判になった時には、「帝国」とは帝国主義とは別の概念であり、ましてそれを「帝国主義」という古い左翼の考えと結びつけようという試みはなかった。私などもそうなのだが、植民地主義という言葉をつかっても「帝国主義」という言葉を使うのは、どこかで避けているところがある。
著者もそのことを強く自覚しているようで、「(帝国主義という)ことばは大分すたれてしまったようだが、私には「帝国」よりもはるかにましだと思われる。少なくとも、ハート、ネグリとその弟子たちが用いているような『帝国』は、どの特定の国家の力にも基盤をもたない、あいまいな実体を指すように思われる」(六六ページ)と述べる。
この本で、著者が怒りをこめて批判するのは、何よりも「人権擁護」の名の下に戦争を進める米国とそれに同調するヨーロッパ諸国だ。だが、それだけなら、本書に長い緒言を書いているノーム・チョムスキーをはじめとして、すでに多くの著作がある。
本書が刺激的なのは、「人道」や「民主主義と人権の擁護」という名目で「南」における戦争を正当化する論理を受け入れてしまった欧米の平和運動やエコロジスト、NGO、左翼などに対しても厳しく批判しているからだ。おそらくレーニンの「帝国主義論」を意識して、筆者はNATOによるユーゴスラビア侵攻を支持したヨーロッパの緑の党を強く批判する。
著者は、自らを「人権左派」と位置づける。「世界人権宣言」などに含まれた人権の正当性を認めながら、「人権」という名の下によって他国の内政に干渉する権利や義務をもつという使われ方を告発するという立場である。この立場は、世界を根本的に変えた脱植民地化という現実を重視し、その成果である「世界人権宣言」などを実現していくべきであるという考えでもある。
しかし、西側の政府やメディア、知識人、一部のNGO,進歩的運動は、自分たちがもつ既成権力を正当化するために「人権」を使っていると著者は指摘する。
このような人権イデオロギーは、人権は国際法よりも根源的な価値であり、西欧で尊重されている人権と民主的権利を、他の地域に広げることが権利と義務だと考える。こうして、西欧の左翼を変質させ、知的左翼の多くが自分たちの使命は西欧政府の臆病と弱腰を批判し、他国(「南」)を助け、抑圧されている人びとを救うことだと考えるようになった、その結果、帝国主義戦争反対派の声が弱くなっていった、と筆者は強く批判する。
このイデオロギーが広がった理由の一つは、戦争反対派に「罪の意識」を持たせるやり方が成功したからだ。そのやり方とは、例えば、アフガニスタン戦争を正当化するためにタリバンが女性たちに行なった恐ろしい事実を強調すること、イラク戦争に反対することはサダム・フセインを「客観的に支援する」ことになると強調すること、である。
たしかに、イラク戦争に反対する運動が成功していたらフセインは権力の座に居座っていたかもしれない。だからといって、そんな責任の取りようのない仮定にとらわれて侵略戦争に反対の声をあげなくなっていいのか。
このイデオロギーに対して、反戦運動が採用したのは「・・でも・・でもなく」という支援レトリックだ。「ブッシュでもサダムでもなく」「ミロシェビッチでもNATOでもなく」など、日本の反戦運動でもよく使われたスローガンである。本誌も、特集に「テロにも戦争にも反対」というサブタイトルをつけたことがあるが、たしかに、戦争を進めようとするプロパガンダに対してはっきり「ノー」と言わない、あいまいなスローガンだ。
著者は、このレトリックの最大の問題は、それを使う人間たちが「(自分たちが「ダブルスタンダード」ではないことを証明しようとして、敵としてのサダム、ミロシュビッチ、イスラム原理主義者などを告発すべきだと考えている」ことだという。なぜなら、「戦時において、敵の犯罪を告発することは(中略)、結局、戦争歓迎へと向かわせる憎悪をかき立てる」(一八五〜六ページ)ものでしかないからだ。また、侵略者と被侵略者の違いを無視し、軍事力の違いなど、現実の条件も無視する。そのためサダムやミロシェビッチが捕らえられ処刑されても、もう一方の当事者であるブッシュや米国をどう扱うべきか、という問題も考えない。
では、米国などの帝国主義戦争に反対する論拠をどこに求めるか。著者は、その原理を、すでに存在する国際法に求める。国連憲章をはじめとする国際法は、「侵略」を認めていないのだから、その原理原則を守るしかない。この原則に代わる選択肢があるとすれば、世界の最強国=米国が好きなところに好きなように介入する可能性を認めることになる。現在の国際法や国連によって世界レベルでの民主主義の実現をめざすのは、それよりはまだましな手段である。
反戦・平和運動に求められているのが現実主義的対応である、というのも筆者が繰り返す主張である。例えばイラクの状況に対して「解決策を提案する」のではなく、「西欧社会の内部で闘うこと」であり、「南側諸国の要求に基づい」て、「平和的協力、不干渉、あるいは国家主権の尊重を通じて。国連の仲介による紛争解決を手に入れること」である(二一二〜一三ページ)。
本書をきっかけに日本の中でも平和運動やエコロジスト運動、NGO、左翼運動の内部に論争の口火を切ることができないだろうか(日本でも本書と同じような問題意識を持った著作として阿部浩己『国際法の暴力を超えて』(岩波書店、二〇一〇)が出ている)。
この一〇年ほどの間に、「人道的介入」や「平和構築」「積極的平和主義」などの名の下に、自衛隊が海外派兵され、日本政府と「連携」して「緊急人道支援」をするNGOが増えてきた。自衛隊とNGOの連携も進み始めている。自衛隊も「国際平和協力」を活動の柱とし、国連PKOに参加したり、災害時に米軍などと一緒に海外での「緊急人道支援」をするようになっている。
このような動きに対して、日本のNGOや学者(「平和学」研究者を含む)の多くは、国連による「人道的介入」やNATO軍がリビアに軍事介入する時の理由となった「保護する責任」を大枠で認めているようだ。
たしかに、多くの人が殺されている・拷問されている・飢えに苦しんでいるのを目や耳にした(映像であっても)ときに、何かできないか、何かしたいという気持ちをもつことを否定することはできない。しかし、著者が何ども強調するように、多くの植民地が解放されたことによってできあがっている現在の国際社会は「侵略戦争を認めない」という原則から成り立っている。
そして日本には、「一切の戦力(軍隊)はもたない、一切の戦争と武力行使はしない、政府の行為によって戦争や紛争の惨禍にまきこまれるようにしない」ことを定めた国家原則がある。したがって、軍隊や兵士を海外にだすことなどできるはずがない。筆者が批判するヨーロッパとの違いである。
「帝国主義」と同じように、日本の憲法前文や第九条を正面に掲げて、その実現を求めることは、マス・メディアや知識人などの間では流行らなくなった。米国が進める「平和モデル」を否定するからだろう。
著者は、ヨーロッパは平和と社会的平等の新しいモデルを提供できる、それは「自らの歴史が生んだ最良のもの、すなわち啓蒙思想、政教分離、入念に仕上げられた社会モデル」だ。この社会モデルを、戦後の世界が確立した「国際法」や「平和を守る伝統」と結びつけることが、長期的な「われわれの頭の中からアメリカを追い出さねばならない」闘いとなるだろう、という(二六七ページ)。
平和や平等、人権を原則とする社会モデルを広げるために、日本社会の歴史が生んだ最良のものとは何か。まず、そこから議論する必要があるのかもしれない。
多くの方に本書を読んでいただき、議論を始めたい。そんな気にさせてくれた一冊だ。

病人生活(2) 

December 29 [Thu], 2011, 21:10
 私の食道にできたガンはかなり大きくなっていたので、食道を全部とらなければいけなくなっていた。摘出された食道の代わりに、胃を引っ張り上げて食道の役割をさせるのだという。この説明を聞いた時から大手術だなと思ったが、お見舞いに来た友人の医者が、「その手術は、喉を切って・・・、声が出づらくなるかもしれない」などと正直に教えてくれたので、大変さも実感できた。食物が喉を通らないので「早く手術してくれえ」という気分だった。
 手術前には、麻酔科の医師が説明にやってくる。「全身麻酔ですから、目が覚めたときには手術は終わってます」と言う。それはその通りだが、目が覚めなかったらどうなっているんだ・・。
 医者の言うとおり、お昼に始まった手術は夜までかかったようだ。私はほとんど記憶がないのだが、手術室を出た時には、看護師さんの呼びかけに、自分の名前などを答えていたというのだから、大したものだ(?)。
 ところが手術は、これ1回で終わらなかった。集中治療室に入ってから、血圧が下がり始めたらしいのだ。手術後にも体内での出血が止まっていないので、もう一度、開腹(胸)して止血することになった(ようだ)。医師は、この2回目の手術で大丈夫だと思ったようだが、そうではなかった。血圧の低下はとまらず、再度、開腹して手術することになった。
 私は、このあたりの記憶がほとんどないのだが、三度目の手術をする時に、医師に「三度目の正直で、よろしくお願いします」と言った、と後から教えられた。ふだんのおしゃべり・軽口が、こういう時にも出てしまうところが、我ながらおそろしいが、この時は、それが効を奏したようで、三度目の手術で出血は止まった。輸血の効果が出たのだ。
 この2日間の中で、変に記憶に残っているのは、目が覚めたときにベッドの脇に大きなサイコロが2つあって、そのサイコロにアルファベットが書いてあったことだ。そんなものが集中治療室に或訳はないので、これは妄想なのだが、なぜこんなことが記憶に残っているのだろうか。
 目が覚めてみると、むくんだ手が目に入った。看護師さんに「いま何時ですか」と尋ねたらしいが、その記憶はあまりない。目をつむると、モンクの「叫び」にあるような人の顔が、限りなくに瞼の裏に浮かび上がってくる。これは数日続いたが、なんとも嫌な「死にかけたのだなあ」と思わせる幻影だった。

病人生活(1) 

December 24 [Sat], 2011, 21:08
 九月に食道ガンの手術をしてから3ヶ月以上すぎた。10月に退院してからも、病人生活が続いている。というか、これからずっと病人として生きていくことになる。
 病人生活というと、イメージが暗いが、文字通りの「スローライフ」だ。なにしろ、走ったりしないし、1日6回取れと言われている食事やガン予防のための生ジュースづくりが最大の関心事なのだから。
 医者は無理をするな、と言うけれど、仕事をしないと全くの無収入になるので、週3回は非常勤講師の仕事をしている。ただ、黒板に字を書いたりすると、その夜は手術の傷痕がなんとなく痛い。肋骨を取ったので、骨格がまだ定まっていない感じがするのだ。手術前は、90分立ちっぱなしで話していたのだけれど、今は椅子に座って話す時間をとるようにしている。
 入院生活では、体温と血圧、体重の測定、尿の量と回数など、体の変化を数値で示すことが、患者の大事な仕事だ。おかげで、私は、1日に平均8回の排尿で、約2000CCの尿を出すことがわかった。朝一番の排尿では500CCほど出すこともある。大便については回数だけで、排出物の長さ・重さを測ったりはしない(できないか?)。私は大便には、わりと自信があるので、長さなどを教えたいので、やや残念。
 病院の食事に期待をしていたわけではないが、何しろ日に6回食事をしなければいけないので、10時と15時、20時にもおやつのようなものが出る。フタがしてある丼(なぜか丼なのだ)を開けると、そこにせんべいが1枚だけ入っていたりするので、びっくりする。それにジュース(牛乳のこともある)がついている。それにしても、丼に入れなければいけないのだろうか。

 

連続講座@ 脱原発と日本社会の未来 

December 23 [Fri], 2011, 16:06


連続講座@ 脱原発と日本社会の未来
 
 2011年3月に福島第一原発で起きた巨大原発事故は、日本のみならず世界に大きな衝撃をもたらしました。すでに9カ月をすぎる今でも、この巨大事故がもたらした被害は拡大するばかりです。いまだに放出されている放射能、被災者の避難、汚染された大地の除染、放射性廃棄物の処理、農業・漁業をはじめとする生業・産業への影響、補償・・・解決に向かう動きはなかなか見えてきません。また、原発推進派の電力業界や学者が、3月の巨大事故の影響をできるだけ小さく見せようとする言動を強めてきました。
しかし、原発はいらない、原発に頼らない社会を作ろうという声と運動は広がっています。ヨーロッパでは、ドイツやイタリアが脱原発の道をあらためて選択しました。日本でも、福島県が県内にある全ての原発の廃炉を決議したことをはじめ、多くの自治体が脱原発を求めています。
中東・北アフリカでは、独裁体制を倒そうと「アラブの春」と呼ばれる民衆反乱が起きました。米国から始まった「ウォール街を占拠せよ」の運動も、世界中に広がりました。
世界は大きく動いているのです。こうした動きの中で、原発のない日本社会とはどういう社会なのかを、広い視野から議論したい。そう考えて、この連続講座を企画しました。
ぜひご参加ください。


★第1回 2012年1月11日(水) 午後7時から8時30分
テーマ「原発をめぐる日本政治の構造と社会運動」
お話:本田 宏さん (北海学園大学法学部教授)
会場:札幌エルプラザ 2階環境プラザ 環境研修室(定員80人)
(札幌市男女共同参画センター内2階 札幌駅北口地下から直結)

参加費:500円(申し込み不要・先着順)

★第2回 2012年2月13日(月) 午後7時から8時30分
テーマ「原発輸出と『国際協力』」 
お話:越田清和さん(ほっかいどうピーストレード事務局長/ほっかいどうピースネット)
   会場:札幌エルプラザ 2階環境プラザ 環境研修室2(定員40人)
 参加費:500円 (申し込み不要・先着順)
                (※以降、連続して行います)
主 催  ほっかいどうピースネット
連絡先 市民自治を創る会 Tel&Fax 011-214-0031