父闘病生活 関連 

2006年11月03日(金) 18時29分
父の事とは直接関係無いのですが、、、。

叔母から、祖母(父の母)入院の知らせが届きました。
1週間ほど前から急に肺と腎臓の機能が低下し、昨日入院したが、回復は難しく“覚悟してください”と言われたとの事。

祖母は90歳を超えていて、痴呆症の症状はあるものの体は元気だったのですが・・・。

次々に増えていく病人の身内。。。

兄とも話したのですが、なんかもう・・・笑うしかないよね・・・って感じで、ちょっと感覚が麻痺してきました。

今まで父の看病に当たっていた叔母も、徐々に祖母の看病へ移行しつつあります。来週には義姉の手術があり、兄もしばらく身動きが取れなくなります。

幸いなことに、父の経過が良く、山と言われた一週間も明日で終わります。ここを乗り切れば食事を食べられるようになる日が見えてくるでしょう。

父が寂しくないようにと、実家で飼っていた愛犬達の写真を病室に置いてきました。きっとワンコ達が父を守ってくれると思います。

明日は近くの寺でお守りを買って、病院へ行こうと思ってます。
父と、義姉と、祖母の分。

病気が治るように。
少しでも回復するように。
せめて、苦しまぬように。

ただただ、祈るばかりです。

父闘病生活 頑張れお父さん!!3 

2006年11月02日(木) 12時22分
今仕事(座って)していて、突然めまいに襲われ、びびったコレ妻です。こんにちは。

父のことを色々書こうと思っていたのに、実際問題そうそうPCを弄る時間はないもので、全然更新できなくてすみません。

父闘病生活 頑張れお父さん!!2 

2006年10月27日(金) 10時53分
コメントやメールで励ましの言葉を下さる皆様、本当にありがとう!
『ちゃんと食べるんだよ』と私の体を気遣ってくれる沢山の友達。

大丈夫、過食なくらいちゃんと食べてるから^^

父は2週間食べてません。
今後も食べられるようになるか分かりません。

だから、元気な私が“食べない”なんてそんな我がまま言いません。
なんていうとカッコいいけど、お腹すくんだもん

これはね、きっと母の教育のお陰だと思う。
飼っていた動物が死んで、胸が一杯で食欲なんかなくっても
「食べなさい。これで食べられなくなるようなら、動物を飼う資格はありません。(=死を乗り越えなさい)」
って何度も言われたからだと思うんだなー。でも飼い主は全部お母さんだったけどね!(苦笑)

だから、まだ私は大丈夫です。こっから先はどうかわからないけど・・・でも今、院内を歩いている父は私達の微かな“希望”だし、そんな父本人も元気になって東北の家に帰る事を目標にしている。自分の足で立って歩けることが、みんなの希望になっている。

いつ、事態が急変するかはわかりません。
お腹に通された管から腸液がもれてきたらジ・エンドです。
いつ、パニック症状が出るかもわかりません。
そしたら看護は非常に辛いものとなります。

だけど、人一倍心配性な父を持つ私達兄妹は、
『見えぬ未来に怯えない』
ことにしている。

その時その時一瞬一瞬、出来ることやっていくだけ。
最後の瞬間まで、父も私達も笑顔が作れるように、今は祈って頑張るだけです。

父闘病生活 頑張れお父さん!! 

2006年10月25日(水) 14時14分
昨日夫婦で会社を休んで、父の手術に立ち合って来ました。

手術前の先生のお話では
『もう癌そのものは一切いじならない。癒着及びがん細胞により腸閉塞をおこしている部分には管をとおし、水分やガスが抜けるようにして破裂を防ぐ。また、これ以上消化物がたまらないように、癒着部分の手前に人工肛門をつける。90分くらいの手術になるだろう。』
とのことでした。

しかし実際には手術は4時間半に及び、手術後に先生から
『思ったより事態は深刻で時間がかかりました。開腹したところ、腸全体が癒着をしており、患部は一切見ることが出来ませんでした。以前の手術であったとされる小腸のまわりに点在する無数の小さな癌というのは見つかりませんでしたが、全体が癒着しているということは全部が癌なのかも知れません。人工肛門と管は入りましたが、心配されていた大腸の破裂はなかったものの、少し触れただけで小腸があちこち損傷及び破裂してしまい、その修復と洗浄に時間がかかりました。腸液による汚染及び、それによる癌の飛び散りが考えられますので非常に厳しい状態だと思っていてください。本来であれば、手術後3日ほどで食事が出来るようにするはずでしたが、しばらく点滴だけの状態が続くと思います。そこから復帰する場合もあれば、このまま食べられず、点滴だけで退院も出来ないことも覚悟して下さい。また、大きな手術の後ですので、パニック発作が起こる可能性があります。その場合はご家族の方が交代で付いてあげてください。本来であれば人工肛門をつけるだけのはずが、それに到達する間に小腸の破損、癌組織への刺激がされてしまったことで、確実に寿命は縮んでしまったと思います。本当は食べられるようにしてあげたくて行った手術が、寿命を縮める結果になってしまったことが悔しいですが、ここから先は本人の体力や小腸がこれ以上損傷せず回復してくれるか否かによってかわってきます。しかし例え回復して食べられるようになっても一時だけのことかもしれません』
という事でした。

もう遠くない未来に、現世での別れがやってくることは避けられないみたいです。

手術後ICUで面会したときは、流石に朦朧としていましたが、今朝の段階では表面上本人は元気です。それが今唯一の救いかも知れません。

別れが避けられないのであれば、例え一時でもいい、回復しておいしいご飯食べて欲しい。大好きな親子丼、作ってあげたいです。例え更に寿命を縮めても、最後に一口くらい大好きなお酒も味あわせてあげたいです。

このまま飲めず食えずで、辛い思いをしつづけた挙句、合併症や衰弱により命を落とすのではなく、最後に「ああ、おいしかった。楽しかった。」という思い出の1つくらいは作って欲しい。

今の願いはそれだけです。

ブログにここまで詳細なことを書くかどうか迷ったのですが、少しでもこの経験が誰かのためになればと思い書かせていただきました。

自分の精神状態が続く限り、出来れば最後のその時まで書き綴っていきたいです。誰にでも“親の死”は訪れるものだと思うから。

ずっと同じタイトルで書いていきますので、こういう話が苦手な人はスルーして下さいませ。

心配事・・・その後。 

2006年10月23日(月) 10時24分
一旦地元の病院へ入院した父。
長兄が看護師さんと電話で話したところ
「病院にお迎えに来ていただけなければ、お父様は退院させられません」
と言われたらしい。

思っていた以上に、深刻。

兄も色々大変だろうと思い
「私が迎えに行こうか?」
と申し出たところ
「お前が行った所で、仕方ないだろう。途中でお父さんが倒れても、お前じゃ支えられないから。」
と言われてしまった・・・確かになぁ・・・。

結局兄が日曜日に病院へ迎えに行くと、とても電車での移動は無理ということで、父の車に乗せて千葉へ連れて行った。その間も
「おなかが痛い」
と言ったり、嘔吐したりしたらしい。

・・・やっぱり一緒に行けばよかったかも・・・
後悔しても既におそし。日帰りな上に、帰りが車じゃ大変だったろうな、、、しかも兄の事だから、急ぐ余り、きっとノンストップで帰って来たに違いない。

兄宅につくなり、本人の要請で救急車へ。
そのまま地元の病院へ入院。

今朝、国立がんセンターへ転院の予定です。

開腹してみないとなんとも言えないのですが、多分完治は無理(既に小さな癌が沢山転移しているはずなので)だと思います。腸をふさいだ部分だけを切除して、人工肛門に・・・だと思うけれど・・・最悪の場合も覚悟しておかなければと思ってます。成功しても余命とかそういう話になるんだろうなぁ・・・。

とにかく今は祈るしかないです。

いつか手にするその日まで。 

2006年10月23日(月) 9時51分
妊娠に関する事なので、ご注意ください。


お夕飯 

2006年10月23日(月) 6時46分


久々夕飯メニューです。
(昨晩ではないのですが・・・)

・サンマのお刺身
・ぶりのお刺身(これはパック買い)
・冷麺
・きのこソテー

秋のサンマは我が家で大活躍です!!

心配事・・・続き 

2006年10月20日(金) 11時04分
昨日、次兄から電話がありました。
案の定、父のこと。

父はちょっと面倒くさいタイプの人間なのですが(苦笑)、前回の盲腸騒ぎで思うことがあったのか、今回手術することになった場合は、地元(東北)の病院ではなく、長兄の住んでいる県にある国立がんセンターに来てくれるとの事。

長兄が住んでいる市は、隠居するまで父も住んでいたところなので、見知らぬ町というわけではありません。でも、生まれ故郷を離れ、こちらで手術する事をアッサリ快諾してくれた父には頭が下がります。

私達3兄妹は全て関東に住んでいます。手術を東北でとなると、仕事を休み、交通費をかけて掛け付けねばならず、それぞれ家庭を持っている身としては正直厳しい状況になります。

父が関東に来てくれるとなれば、長兄は勿論、私や次兄も随分看護が楽になります。

ただ、1つ問題なのは、長兄嫁さんの手術時期と丁度ぶつかる可能性があるということです。本来であれば最初から私の家に父を呼んで手術に備えたいところですが、国立がんセンターからコレ邸までは約2時間かかります。

そして、もし長兄嫁(この言い方やっぱりイヤだな。義姉にしよう)さんの病気のことが知れれば、父が「やっぱり手術は東北で・・・」と言いかねません。いや、絶対そういうに決まっている!!それでは長兄はかえって困ってしまうことになるのだ。

ということで、父の手術が終わるまでは、義姉の件は伏せておき、大変だけれども長兄宅に父を呼び、術後退院してからは、体力回復も兼ねてこれ邸に来てもらうということに決まりました。

やはり嫁に行った妹ということで、兄達も術後の父を預かってくれとは言いにくかったらしく、私から「お父さんさ、うちでいいなら看るよ〜」と言うと、すっごくホッとしてました。

父の性格から考えるに、術後はすぐに東北へ帰ると言い出しそうですが、そこは
「一度くらいコレ妻の新居を見に来い!!ワンコも会いたがってる!!」と強引に引っ張ってくる予定です^^

さぁ、準備は万端。家族みんなの力で危機を脱するぞぉ!!!!!!

いつか手にするその日まで。 

2006年10月20日(金) 11時00分
妊娠に関する事なので、ご注意ください。


心配事。 

2006年10月19日(木) 10時17分
兄嫁さんに初期の子宮ガンが発覚した。
彼女は独身時代乳がんを発症していて、片方切除している。その後、再発が認められなかったので、兄と結婚し、一男一女の母になった。その後も、B型肝炎と闘いながら、脳溢血で倒れ介護が必要になった実母と、それによるショックで認知症になった実父を実弟と協力しながら看ていた。B型肝炎を無事完治させて約1年。定期検診にて今回の子宮ガンが発覚したのだという。極々初期とのことで、手術すれば完治はするらしいのだが、万が一手術できない場合・・・余命5年と宣告されたみたい・・・。

入院中は、義母(つまり私の母)が兄宅へ行き、孫達の世話をするらしい。私も出来る限り協力したいな・・・なんて考えていた矢先、兄から電話が入った。義姉の件かと思ったら・・・。

『お父さん、ここずっとが出ていないらしい。癌で腸が塞がった可能性がある。だとすれば近々人工肛門の手術になるだろうから、覚悟しといて』

という内容だった。

出来るだけ考えないようにしていたけれど、やっぱり父の癌もゆっくり成長しているんだなぁ・・・。年末は私だけでも帰省しようと思っていたのですが、検査の結果を待ってから決めることにしようと思う。

それにしても・・・一番大変なのは兄だろうな・・・妻、父、義父、義母が病気で、子供はまだ小さい・・・せめて、父の部分だけでも私と次兄で協力せねば。

兄嫁さんについては、病気が病気だけに、お見舞いに行っていいものか、どうなのかも迷う・・・うーん・・・色々難しい・・・。

とはいえ、今から悩んでも仕方ないので、そのときそのときのベストをつくすしかないよね・・・。

うちのワンコズもそうだけれど、兄嫁さんも、父も、そして兄嫁さんのご両親も・・・一日も早く、そして少しでも回復しますように。。。

来年はきっちり厄落としに行かなくては!!!うん。
■プロフィール■
ウェディング
コレ妻(かか)
最近はもっぱら、愛犬ズの教育に燃えております(笑)あとは漫画読んだり、ネットしたり、車運転したり・・・のんびりまったりが大好きな兼業主婦です。
家族構成
コレ妻(姉さん女房)
コレ夫(塾講師)
たんぽぽ(キャバリア犬♀)
アルフォンス(キャバリア犬♂)
現在ベビー待ち♪
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