今まで有難う御座いました。 

2007年06月25日(月) 13時36分
2006/11/30の記事を持ちまして、こちらのブログを凍結させることに致しました。

今まで温かいご支援を下さった皆様、本当に有難う御座いました。
ワンコブログは引き続きまったり更新して行きますので、よろしければお付き合い下さい。

父闘病生活 頑張れお父さん!!9 

2006年11月30日(木) 9時57分
週末に引いた風邪がぶりかえし、熱と吐き気に襲われています・・・私が(涙)
ここのところ、まともに出社出来ていません。
ほんと、早く引継ぎして退職しないと、、、。

さて、肝心の父ですが。

奇跡なのでしょうか。
それとも仏ワンコ達の力でしょうか。
はたまた、長兄が厄払いしてきたからでしょうか。

父は今日から内科に移り、あと数日で国立がんセンターを退院となります。
(国立がんセンターは一定の状態になると出されてしまいます。)

そこで、再度余命を聞いたところ
『癒着具合が激しく、患部が見えないためはっきりとは言えませんが、、、転移さえしなければ、多分、、、6ヶ月〜1年位、、、じゃぁないかなぁ、、、』

延びてる!延びてるよ、父の余命!!

年内も危ないんじゃなかったっけ???

事態は、可能性の殆ど無かった長期戦へ突入となりました。
昨日からは点滴もはずされ、100%食事で賄っています。

奇跡って起こるものなのですね。
今まさに絶望の中にいる方も、諦める必要ないと思います。
誠意ある病院と優秀な医師に巡りあえれば、可能性って広がっていくのですから。

これから先もまだまだ問題は山積みだけれど、家族で力合わせて頑張っていこうと思います。

ブログにお父さんの病状を綴っていくのは、1度止める事にします。
というか、このブログ自体を凍結させます。

父の病状がとりあえず落ち着きを見せたこと、
私が転職すること、
色々と理由はありますが、、、。

ワンコブログは引き続き書いていきますので、宜しければそちらの方でこれからもお付き合い下さい。

宜しくお願いしますm(__)m

父闘病生活 頑張れお父さん!!8 

2006年11月28日(火) 22時22分
現在父の転院先を探している。
抗がん剤を希望しない父の為に、温熱療法を実施している病院を探しているが、新しい治療法なだけに、まずその絶対数が少ない。

2件ほど当たってみたが、1件は技術者が現在不在とのことで断られ、2件目は入院設備がないからと断られた、、、。

さて、どうしたものかな、、、。

父闘病生活 頑張れお父さん!!7 

2006年11月26日(日) 9時17分
昨日お見舞いに行ったら・・・

「おお、来たのか。」
という父の手に、なんと、箸が握られている!!!

そして目の前には・・・五分粥&おかず&デザートが!!

「え、お父さん食べてんのッ!?」
思わず大声で叫んでしまった。

確かに担当医師から、腸液を止める為に一か八か僅かな可能性にかけて、食べさせてみましょう。という説明は聞いていた。

が、まさかこんなに早く食べはじめるとは・・・。
しかもごはん以外は普通の食事なんですよ。

私はてっきり、試しに食べてみるのは重湯くらいだろうと思っていたのに・・・。

まるで給食の時間を迎えた小学生のように、楽しげに箸を握る父。
大好きなおさかなを食べている姿は、本当に嬉しそうで。

「良かったね。食べられるって嬉しいね。一日の楽しみにもなるものね。」
って言いながら、泣いてしまいそうだった。

1ヶ月以上食べていなかった父は、食後胃痛があるようで
「お父さん、胃癌かな・・・」
などと呟いていましたが、、、。

大腸癌でこんな状態になってる人が、更に胃癌だったら、食べられるようになるわけないやんか!!

と思いっきり否定しておきました。
いや、本当に違いますから(笑)

まぁ、とりあえず“試しに食べてみる”という状態なのでこれでまたSTOPがかかったらもっと可愛そうだけれど、なんとか腸液が止まってくれて、これからもずっと死ぬまで美味しいご飯を食べられる状態であって欲しいと思います。

父闘病生活 頑張れお父さん!!6 

2006年11月24日(金) 8時27分
相変わらず止まらない腸液は、このままずっと止まらず、食べられるようにはならないだろうと言われました。

もう外科では手の打ちようがなく、内科へと移されるそうです。

衰弱が先か、癌が先か・・・。
それでも僅かな奇跡にかけたいです。

父闘病生活 頑張れお父さん!!5 

2006年11月22日(水) 12時37分
相変わらず傷ついた小腸から腸液が止まらない。
しかも、数日すると出方が変わる為、都度対策をとる必要が出てくる。

今はお腹に専用の袋をかぶせて、腸液をその中に溜めている状態。
父のお腹は、色んな袋がついている。

父の足は、夫の腕くらいの太さになってしまった。
それでも自分の足でトイレ(小)へと歩く姿は、術後よりもしっかりしている。

痛みでのばせなかった背中も、今はまっすぐにして歩くことが出来るようになった。


へこんでます、、、続き 

2006年11月18日(土) 21時22分
叔母のメールに凹んでた私ですが、その後は、思い出してムカつく程度になっていました。

ところが、あのメールから数日後、夫婦揃って病院へ行くと
母・兄そして、術後間もない義姉までもが病院へ来ていました。

待合室のようなところで、切々とそして懇々と今回の件についてアドバイスをしてくれました。

別にもう落ち込んではいなかったのですが、その温かさに涙がこぼれそうになって、抑えるのに必死でした。

兄「だから、言ったろー?あの人たちは、切り込みポイントを見つけるとズカズカ入り込んで色々言ってくるんだから。これからは何を言われても、兄を通してくれっていいな。そしたらお前じゃなくて俺のところに来るし、言い返してやるから。あの日、お前と電話して、腹が立って直ぐに叔母へ電話したら、誰も出なくてさ。怒りのぶつけどころがなくて、ムカムカしてたんだよー。」

義姉「そうそう。皆でムカムカしてね。」

母「あの日はね、一日家の中がイライラモードでね(笑)」

私「・・・ごめんなさい・・・」

兄「いいんだよ。いいんだよ。ああいうときは、皆でイライライライラしてりゃいーの(笑)」

母「とにかく、1人で溜め込まないこと!ああいうときは、今回のように連絡して来ていいんだからね。そしたら皆で対処できるんだから。絶対1人で悩んじゃ駄目。」

義姉「あの人たちの言うことは気にしちゃ駄目だよ。だってオカシイんだから。ね?気にしない、気にしない。」

ああもう、なんか大事にしてしまって恐縮してしまったけど、私の家族も捨てたモンじゃないなーって、なんだかくすぐったかった。

兄から父にも話が言ったようで
「悪いおばさんたちだなぁ、、、。俺から言っとく。」
って言ってたみたい。

病気のお父さんにまで迷惑かけちゃったのは、申し訳ないけれど、父の言葉が一番効くので(というか、そうしないとあの叔母達は黙らない!!)任せることにした。

でも私から父に、今回の事については触れませんでした。だって、叔母は父の妹だし、私からまた話をぶり返すのもなぁ、、、って。

そしたら夫が
「うん、それでよかったと思うよ」
って言ってくれました。

なんだか支えてもらってばっかりで、ほんとに自分が情けなくなるけれど、でも素直に受け取って、少しでも頑張っていけたらなって思います。

支えてもらって凹んでちゃね、意味ないし^^;


それはそうと、年内に一度、父の家に行かなければならなくなりそう。
兄は財産放棄するので、そうすると、家の物が持ち出せなくなってしまうから。

殆どガラクタなんだけど、一応ちぇっくしときたいし。
はぁぁぁぁ、、、東北の冬は寒いんだよなぁ、、、

寂しいよぉ。 

2006年11月14日(火) 22時22分
つい最近ネットで知ったんだけど、母校の小学校が閉校になっていた・・・。
私は第一期生の一年生だったから、小学校への思いはとても強くて。。。別にいい先生も、いい友達も沢山いたわけじゃないんだけど、学校は好きだったな。放課後のブラバンの練習が一番楽しかった。

開校した当初から、何れは老人ホームになるなんて言われてて、普通の公立小学校だったのに、音楽室にエアコンが設置されていた。

もともと各学年3クラスという小規模な学校だったけど、まだまだ学校としては新しいのに、、、寂しいな。何か地域の役に立って、これからも校舎が残ってくれたら嬉しいな。

へこんでます、、、そしてムカついてます 

2006年11月13日(月) 19時06分
愚痴ります。


今朝7時半に叔母からメールが入った。

『私達だって母(祖母)と兄(父)の間を行ったりきたりして頑張ってるんだから、あなたももっと兄(父)のために頑張ってよ。貴方は一人娘なんだから!!』

的な内容だった、、、。

朝っぱらからこんなメールをもらった私の気持ち、あんたにはわからないだろうね。
そうやっていつもいつも、昔から、自分達の正義、自分達の常識を押し付けてくるあんたらにはうんざりだ。

もどかしい思いも、最期への覚悟も、時に心の底へ押し込めて日々の生活をしている私に、追い討ちをかけるようなことを言うのが、叔母の役目か?

一番頑張ってるのは、長兄だ。
だから、父の件に関しては長兄が私達の司令塔だ。

一致団結が必要な最中、司令塔の命令を無視することは許されない。
『時間もお金も限られている。来るべき時のために、今は温存しておけ』
という長兄と話をしながら、父の病院へ通っている。

正直、自分の体力、精神力はあまり強いほうではない。
だからこそ、今、限界まで無理をしてしまえば、いざと言うとき身動きが取れなくなる。

そうなれば、結局一番迷惑がかかるのは長兄である。
そんな状態になって、本当に父は嬉しいのか?喜ぶのか?

父を責めるわけではないが、病気を放っておいたのも、何れこうなることがわかっていながら、子供達の世話にならず、生まれ育った家で1人(ある種)きままな生活を望んだのは父自身。

父の人生だから、父の好きなようにして欲しい。
遠く離れて、毎日心配することしか出来なくても、父の気持ちを私達なりに最優先してきたつもりだ。

そりゃ、毎日ついていてあげたいよ。色々あっても、父だから。
でも、私は人間だから、心にも、体にも、お金にも限界ってものがある。

長期戦になることを考慮して、今の看護体勢をとっている長兄のやり方に、私や次兄は納得しているし、父もわかってくれている。

腸が破裂しそうな状態の父を、新幹線で迎えに行って、そのまま車を飛ばして、ノンストップで連れてきた兄をサポートするのが私の役目だと思っている。

自分の感情だけで、勝手に動いてしまうことが正しいとは私は思わない。

祖母と父との間を行ったり来たりしてるのは、あんた達の自由だけど、同じやり方を押し付けられては困る。

父闘病生活 頑張れお父さん!!4 など。 

2006年11月06日(月) 15時19分
近況。
破れてしまった小腸の1つ(担当医予測済み)から漏れ出す腸液がとまりません。そのため、「1週間が1つの山」と言われていた期間が延びてしまいました。これが止まらないことには、先の予測が出来ません。

手術の傷口からも漏れてきてしまったので、汚染防止のために、更に管や袋が追加され、言い方は悪いけれど、父のお腹は人造人間のようです・・・。
「なんとも中途半端に生きているなぁ。」
と言う父に
「ん、でもご飯食べられるようになるし、ちゃんと回復してるんだよー。」
と、少しでも生きる希望を持って貰う為の言葉をかけていますが、それが正しいのかどうなのか・・・でもそれは私の希望でもあるから、願いを込めてそう言っています。

■プロフィール■
ウェディング
コレ妻(かか)
最近はもっぱら、愛犬ズの教育に燃えております(笑)あとは漫画読んだり、ネットしたり、車運転したり・・・のんびりまったりが大好きな兼業主婦です。
家族構成
コレ妻(姉さん女房)
コレ夫(塾講師)
たんぽぽ(キャバリア犬♀)
アルフォンス(キャバリア犬♂)
現在ベビー待ち♪
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