
an.an1972春夏3/20−4/05
創刊2周年合併号より抜粋
昨日、スピカの通販で発注が入った本をパラパラと
眺めていたら、当時の記事に思わぬ人を発見しました。


生前には、お会いする事が出来なかった

喫茶:「中野クラシック」初代オーナー
「美作七郎」氏の記事がエコールドロマン
の記事に掲載されておりました。

昭和5年(1930年)創業以来、ほとんど
そのままの状態で保存・運営されていた
「中野クラシック」は昭和初期に画家である
店主、美作七郎氏が自身のアトリエを改装、
クラシック音楽を聴かせる店として
創められた音楽喫茶です。
東京の中野にあった建物は創業当時そのまま、
その古さこそが、この店の「売り」で価格が安い
コーヒーを飲ませ音楽が聴けるお金のない学生
にとっては実にありがたい存在で、しかも
飲み物や食べ物を持ち込んでもうるさく言われ
ないことも好都合でした。
当時を振り返る材料として小説家の五木寛之さん
のエッセイ集「風に吹かれて」の中の、
「私たちの夜の大学」というエッセイの中に
「クラシック」について書かれた一文があります。
「美観街をさらに進むと、左に数本のせまい
小路が走っており、その一本に風変わりな喫茶店
があった。いや現在も残っているから、ある、と
書くべきだろう。<クラシック>という名のその店は、
私たち中野コミューンの昼間の議場のようなもの
だった。その店は九州出身の画家が経営する
喫茶店で、店に一歩ふみ込むと、最初の客は
一瞬ぎょっとする。店内の構造は一種の木造の
蜂の巣城であり、ブンブン言う羽音のかわりに、
バルトークやバッハの音楽が響いていた。
雑然というか、整然というか、とにかく様々なガラクタ
や古色蒼然たる蓄音器の砲列が客席をとりかこんでいる。
回廊式の二階席は、歩くたびにきしみ、
手すりにもたれかかるのは危険だった。」
美作七郎さんが亡くなったあと、お店は、
一人娘の良子さんが跡を継いでいたの
ですが、2002年前に急逝し、親子2代で
75年間、SPレコードのクラシックファンの
ココロの拠り所の中野クラシックは、
2005年1月31日閉店しました。
そして、現在、その歴史は、「ルネッサンス」へと
引き継がれています。
☆あの中野の名曲喫茶が復活!!
中野【クラシック】→
高円寺【ルネッサンス】
2年越しでの再始動!!
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スピカ店主鶉屋の日記#1
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