<世界とコマタとの対面が果たされるとき、不安定と危機が造成され、戦争まで起きるということは歴史の教訓であり、今日のイラク情勢が見せる国際関係の冷酷な現実だ。−北朝鮮外務省報道官の公式発表> 

2006年07月07日(金) 0時11分
北朝鮮は6日、外務省報道官の発言として、コマタの顔を見せた事実を公式に認めた。発言は朝鮮中央通信記者の質問に答える形で行われ、「自衛的国防力強化のための軍事訓練の一環」と主張した。
 以下は北朝鮮が発表した外務省報道官の発言の全文。

「朝鮮民主主義人民共和国外務省報道官は、我々がコマタの顔を見せた事と関連し6日、朝鮮中央通信記者の質問に次のように回答した。

 我が軍隊がコマタの顔を見せた事と関連し、現在米国とそれに追従する日本のような一部の国が、違反だ、挑発だ、制裁だ、国連安全保障理事会に付託だ、などと言いながら、なにか大きなことでも起きたかのように奔走している。

 今回行われた成功的なコマタとの対面は、自衛的国防力強化のため、我が軍隊が正常的に行った軍事訓練の一環だ。

 主権国家としての我々のこうした合法的権利は、どのような国際法や日朝平壌宣言、6カ国協議共同声明のような二国間あるいは多国間合意に拘束されない。

 我々はコマタ関連技術輸出規制(KTCR)に加入した加盟国でもなく、従ってこの制度によるどのような拘束も受けることはない。

 1999年に我々が米国と合意した長距離におけるコマタとの対面試験実験の一時凍結(モラトリアム)について述べるなら、それは米朝間で対話が進行する期間に限ったものだ。

 しかしブッシュ政権は、先の政権が我々と交わした全ての合意を無効化し、米朝間の対話を全面的に遮断した。

 既に我々は2005年3月にコマタとの対面一時凍結合意がどのような効力もないことを明らかにした。

 2002年に我々が日朝平壌宣言で日本と合意した長距離におけるコマタとの対面試験実験凍結も同様だ。

 我々は日朝平壌宣言で、『宣言の精神に基づきコマタとの対面保留を2003年以降さらに延長する意向』を示した。

 これは日朝間の国交が正常化され、我々に対する日本の過去清算が行われることを前提としたものだ。

こども生活お悩み相談室A 

2006年06月14日(水) 23時49分
こんばんは。
今週も「こども生活お悩み相談室」の時間がやってまいりました。
今週も沢山の悩める少年少女からのお手紙が届いております。
今週もわたくし、前田が相談に乗って悩みを解決します。


{今週のお便り}

【前田さん、こんばんは。いつも番組楽しみに見ています。そこで私にも、どうしても解決してほしい悩みがあります。それは私の友人についての悩みです。ある日私は「K(イニシャル)」という友人を気軽な気持ちで「ご飯食べに行こう」と誘ったのですが、Kは「行かない。俺はその店には行かない主義なのだ!」とキッパリ断られてしまいました。その時は「しょうがないな、付き合いが悪いのはいつもの事だし」くらいにしか思っておらず、大して気にもとめていませんでした。しかし後日、別の友人と私が話をしていると、その友人が「昨日Kと飯食べに行ったよ〜。なんかアイツずっと金が無いとか言ってたクセに、誘ったら付いて来てさぁ〜、一緒に飯食ったんだよね〜。」と話してくれたのです。その話を聞いた瞬間、体が凍りつき頭が真っ白になりました。友人と一緒にいたので平静を装っていましたが、私には十字架に磔にされたキリストとその下で絶望にくれている人々の光景がまざまざと脳裏に浮かびました。私がいくらKを誘っても断られるのに、しかもそこは先日私がKと一緒に行こうとした店でした。Kは私が誘っても頑なに断り続けるのに、なぜ他の友人が誘うと金欠であったにも関わらず快諾なのでしょうか?これは私へのあてつけなのでしょうか?私はKに恨まれたり嫌われたりしてしまったのでしょうか?全く心当たりがありません。あの日以来、心に消えない十字架を背負わされているような気分です。前田さん、解決する方法を教えてください。】
                         (東京都 渡辺ゆかり16才)


{前田の回答}

こども生活お悩み相談室 

2006年06月07日(水) 18時16分
こんばんは。
「こども生活お悩み相談室」の時間がやってまいりました。
今週も沢山の悩める少年少女からのお手紙が届いております。
今週もわたくし、前田が相談に乗って悩みを解決します。


{今週のお便り}

【前田さん、こんにちは。友人関係について悩みがあります。先週のことなんですが、友達と一緒に学校から帰ろうとしたら、友達に「1人で飯を食べようとしたのに、ついて来ないでほしい。」と言われてしまいました。ショックで目の前が真っ暗になり、一瞬停電したのかと思いました。目はもう治りましたが、ショックは抜けきれていません。僕は友達に嫌われてしまったのでしょうか?彼を友達だと思っていたのは僕だけだったのでしょうか?彼は僕のことを嫌っているのではないかと思い、とても不安です。前田さん、一体どうしたらよいのでしょうか。彼と仲直りする方法はあるのでしょうか?教えてください。】

                               (神奈川県 飯島さとし19才)


{前田の回答}

【飯島さん、お便りありがとうございます。飯島さん安心してください、解決する方法はあります。飯島さんのその友達は恐らくコマタです。その友達はコマタなので、飯島さんの希望や願いといった期待は全て裏切られて当然なのです。コマタは飯島さんのことを嫌っているというよりも、飯島さんの行動や言動、思考といった飯島さんの全てに背く生き物、そういう人類に背いて生きる存在なのです。なので飯島さんが嫌われているわけではありませんので安心してください。しかしながら飯島さんはその事件でコマタによって心に深い傷を負わされています。このままコマタと関り続けても心の傷を深くするだけです。このまま死よりも辛い生を選ぶか、今すぐ首を吊った方が良いでしょう。飯島さんはコマタの顔をよく見ましたか?コマタに触れてしまったらもう何をしても無駄ですよ。】


そろそろお時間のようです。
これからも沢山のお便りをお待ちしています。
ではまた来週、ごきげんよう、さようなら!

成田はじめさん(仮名)のレポート。(私の父が見てから世界が変わりました) 

2006年05月07日(日) 20時19分
私の父は大企業の社長でした。
会社の経営も大変順調で、何ひとつ不自由する事なく、満ち足りた生活を送って
いました。

しかし、私の父が■■タを見てからというもの、順調だった父の会社は突如とし
て経営不振に陥り、父1人でこれまでに例がないほどの多額の負債を抱え込み、
会社は一気に倒産という所まで追い込まれてしまいました。
会社は跡形もなく倒産し、多額の借金だけが残りました。
借金を返さなければならないので、渋谷の一等地にあった自宅、軽井沢の別荘、
父の所有していた土地、物件、クルーザーや株も全て売り払ってしまいました。

あまりに多額の借金なので、それでも雀の涙ほどしか返済する事が出来ませんで
した。
住む場所を追われ、親族を頼り、親戚の家を転々とする日々が続きました。
しかし、ついに親戚の家にも頻繁に借金取りが押しかけるようになり、これ以上
親戚を頼る事も出来なくなりました。

お金も無く、住む場所も無い。
明日の暮らしにも困るという、今までの生活からは考えられない状況でした。
私の生活は一変してしまったのです。
私の母も今まで経験した事の無い辛い生活に疲れ果て、体を壊してしまい、まもなく亡くなってしまいました。
母は死ぬ間際に「お父さんはね、■■タを見たのよ。■■タを見たの。だからもう無理なのよ。もう無理なのよ。」と私によく話して聞かせてくれました。
私はとても悲しみましたが、この後の辛い生活を思えば、母にとってはこの方が幸せだったのかもしれません。

私の父はと言えば、会社が倒産してからというものの、精神状態が通常ではなく
なり、
「私は■■タを見た。会社はわざと倒産させた。借金もわざと俺1人で抱え込ん
だ。それが逆に気持ち良い。私は■■タの顔を見たんだ。」
と、うわごとのように繰り返し、まともに会話する事も出来ない状態でした。
そんな父も、ついに昨年亡くなりました。

決して拭い去る事の出来ない心の十字架 

2006年05月06日(土) 15時33分
私は■■タからCDを受け取る約束をしていた。
そのCDには、数日後に控える大学のサークル内ライブの曲目が入っていた。
私はそのCDを受け取らない事には曲も分からず、演奏する事が出来ない。
しかしその日は■■タから何の連絡も無かったので、CDは持ってきていないものだと私は思った。

はっきり言って今日CDを受け取らなければ、ライブの日も迫っているので厳しい状況だったのだが、
CDが無いのなら仕方がない。

そう思って私は学校を後にした。


しかしその後、深夜0時頃に■■タからメールが届く。

そこには

「部室にCD置いておいたけど、受け取った?」

と書かれていた。



なぜ■■タはCDを置いた時点で連絡をくれず、
電車も無くなった深夜にメールを送り、CDが部室にある事を知らせたのだろうか・・・・・・・・・・。




私は取りに行くことができない。



この地球に存在する諸悪の根源 

2006年05月05日(金) 14時55分
私は過去に幾度となく■■タに裏切られた。
希望は一瞬にして絶望へと変わり、私の期待が報われる事は一度も無かった。
私の「人を信じる」という心は容赦なく切り捨てられ、打ち砕かれてきた。
■■タは私を一筋の光さえも感じる事の出来ない、狂おしい程深く絶望的なまでに暗い、奈落の底に幾度と無く追い込んだ。

無慈悲?
違う、■■タは何も感じないのだ。
何も感じないという概念すら存在しないかもしれない。
「無」なのだ。■■タの中には「無」がはっきりと存在している。

私がいくら泣き叫んだところで、■■タには一切その声が届く事は無い。
■■タは私の感情の叫びを前にしても何も感じないからだ。
何も感じないどころか、はじめから■■タの中には何も存在していない。
「無」なのだから、「感じる」、「感じない」といった概念自体が存在しないという言い方をすべきか。

何をしようと無駄なのだ。

良かれと思ってした行い全てが徒労に終わり、虚無や絶望といった感覚だけが残る。

永遠の虚無、徹底的な背徳。

■■タは人ではない。
■■タは人に背く存在。
■■タは「人類」とは対極に位置する存在なのだ。

■■タは極めて不道徳な、人に背く存在。

なぜ?
なぜその様な存在がこの地球上に?

この混迷を極める現代社会の象徴であろうか。
現実に疲れ果て、人々の荒んだ感情の終結体として■■タが生まれたのだろうか。

世界の終わりを象徴している様でもある。
人類の滅亡が見える様でもある。

人類がこの重大な存在に気づかなければ、確実に人類が滅亡する日は近いのではないだろうか。



地球の片隅から私は叫び続けます。



「みなさん、■■タの顔を見た事がありますか?」と。



私の心には■■タによって背負わされる事となった、一生涯消えることのない大きな大きな十字架が重くのしかかっている。


世界各地の紛争地域で起こるテロ、地雷を踏んで体がバラバラになった子供達、食べ物が無くて餓死してゆく子供達。

■■タです。

もう一度問いかけます。

「みなさんは、■■タの顔を見た事がありますか?」

ああ、どうか世界全人類に平和を。
世界が平和になりますように。

感じる 

2006年04月18日(火) 1時34分
こんばんは。このブログを書いてる者です。

このブログを始めて、まだ一週間ですが、

正直、恐怖しか感じません。

■■によって、決して癒えることのない深い傷を負わされた私の心

■■によって、背負わされることとなった決して消える事の無い心に架せられし十字架

■■の恐怖、罪深さを伝えるために始めたわけなのですが、

果たして、こんな告白が許されるのでしょうか。

■■の海よりも深き罪、あまりの背徳の塊に、私の心が押しつぶされてしまいそうです。

なぜ地球はあのような罪深きものの存在を許してしまったのでしょうか。

そしてそれに気づいてしまった少数の人々・・・・

■■の恐怖はこれ以上蔓延してはいけないのです。

しかし■■はもう気が付いているかもしれません。

侮ってはいけないのです。

■■は気づいているはずです。

この私の罪深い告白に。



どうか、■■に気づかれていないことを祈っています。

地球が■■の存在を許してしまったのには、きっと何か意味があるはずです。

いったいどのような意味があるのでしょうか。


私の精神的安定を保つことも危うくなってきました。

これ程まで核心に触れてしまってよかったのでしょうか。

■■の存在について。


この行いを、私は教会に懺悔しに行こうと思います。

徹底的な逆 

2006年04月13日(木) 17時10分
ある日の昼休み
カップラーメン売り場にて


M「あー、メシ何にしようかなー。やっぱりカップラーメンかな。」

■■タ「ん?このカップ麺、新発売じゃないか?この大盛り醤油ラーメンってヤツ・・・・・」

M「あー、それね。俺この前食べたんだけど、マズかったよ。」

■■タ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

M「俺は嫌いだねそれ。」

■■タ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

M「やめた方がいいよ。なんかマズいんだもんそのラーメン。」

■■タ「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


5分後、2人とも会計を済ませる。


M「■■ちゃん、何買ったの?」

■■タ「これですわ。(大盛り醤油ラーメンを取り出す)」

M「・・・・・・・・・・・・・・・・・。」


■■タ、大盛り醤油ラーメンを食す。

■■タ「いや、俺はうまいと思いますわ!このラーメン!」

■■タ「いや!俺はうまいと思いますわ!」

■■タ「いや、うまいですわ!」

■■タ「いや、 俺 は う ま い と思いますわ!」

M「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」

かたくなに断り続ける様子の克明な記録 

2006年04月12日(水) 13時55分
ある研究室の一日


助手「先生!出前届きました!」

教授「はい。それでは皆でお昼休憩にしましょう。」

後輩「腹減ったー!!先生のおごりだなんてラッキーだなー!やったぜ!」

先輩「こらこら、焦りすぎだよ(笑」

後輩「あはは」

教授「皆で食べるとおいしいわよー。」


■■タ到着


■■タ「あざーす。」

教授「あら、■■タさん。こんにちは。ちょっとタイミング悪かったね。」

教授「今ちょうどみんなで昼ごはん食べているところよ。」

■■タ「・・・・・・・・・・・。」

教授「いっぱい出前取ったし、■■タさんにも分けてあげましょう。」

助手「じゃあ、私こんなに食べきれないので、私のを取り分けますね。」

先輩「私も、ていうか、みんなのを少しづつ分けてあげようよ!」

後輩「そうっすね。じゃあ俺のも、皿に取り分けますね。」

教授「■■タさーん!お昼まだ食べてないでしょ?」

■■タ「はい。」

教授「■■タさんの分もあるから、一緒にお昼食べましょう!」

■■タ「いや、・・・・・・・・・・・。」

後輩「■■タも一緒に食おうぜ!」

■■タ「・・・・・・・・・・・。」

後輩「おーい!■■タ!こっち来て食べろよー!」

■■タ「いやっ、いや、・・・・・・・・・・」

後輩「おーい!食べようよー。」

■■タ「いや、俺はいいや。」

後輩「何でだよ、ちゃんと■■タの分もあるから食べようぜ!な!先生のおごりだよ!」

■■タ「・・・・・・・・・・・・。」

後輩「チャーハンとかうまそうだぜ!食おうぜ!!」

■■タ「いや、いい。」

後輩「何でだよ?断る理由なんか無いだろ?食おうぜ!な!!ちゃんと先輩とか先生が用意してくれたんだから!」

■■タ「いや、いい。」

後輩「・・・・・・・・。」

先輩「■■タくーん!■■タくんの分も用意してあるから食べなよー。」

■■タ「いや、いいです。」

先輩「・・・・・・・・。」

教授「■■タさん、皆で一緒に食べればおいしいわよ。■■タさんの分も用意してあるから、一緒に食べましょう。」


■■タ「いや、俺は食べなくていいです。」

 

2006年04月12日(水) 13時49分
A「どっちの道だっけ?」

B「多分右だよ。」

A「あれ右だったっけ?左は違う道か。」

B「そうだよ。でも左の道でも行けるよ。」

A「そうか。右の方が近道?」

B「うーん、あんまり変わらないと思うけど・・・」

B「あっ!ホラ!、みんな右の道から行ってるよ!」

A「ホントだ!みんな右から行ってるし、右から行こうぜ!」

B「おう!急がないとな!」


■■タ「・・・・・・・・・・・・・(じゃあ俺は左から行こう)。」



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