フゥ太とハル 

2007年04月11日(水) 22時20分
雨が降っていた。
足元にたくさんつもる雨水がつめたくて、はやく家に帰りたかった。
だけど足が動かないんだ。
目の前で泣き崩れてしまった、自分よりいくつも大きな女の子の頭にふれ、妹分にするようにそっと撫ぜた。
はやくおうちにかえんなきゃ、風邪をひいちゃうよ。
そう言いたくて、だけどやっぱり言えなくて、持て余していた手で、フゥ太はハルの頭に触れてみた。
ふだんは茶色い髪は、雨に濡らされて黒く光っている。べったりと掌にくっついた前髪をかきあげて、真っ赤になった目と目を合わせた。

「ハル姉」

聞こえたかな。聞こえてないかもしれないな。だって、雨がたくさん降ってるんだもん
雨にあたって冷たくなっていく身体に反して、おでこに当てた右手だけが熱かった。
これは、ハル姉が熱いんだなぁ
じんわりと伝わってくる体温は、ここちよかったけどちょっぴりかなしかった

そのうちツナ兄が気付いてくれると思ってるんだ。
公園のはしっこ、ブランコの柵に腰掛けて
ずっとそうしていれば、いつか来てくれると思ってるんだ。


フゥ太は、この人はなんてばかなんだろうと思いながら、一緒になって泣いてしまった。
ツナ兄はどうしてこんなにこの人を泣かすのが得意なんだろうと思いながら。

「ひとりじゃだめでもふたりならきっと思い出してくれるよ」

たぶん聞こえてないんだろうなあ、そう心の中でだけ呟いたら、また涙が出た。

赤也とジャッカル 

2007年04月11日(水) 22時15分
(体育なんか、なくなってしまえばいいのに)

いつもはそれと弁当だけを楽しみに学校に来ているのに、今日はそんな気分だ。
あそこは、かっこよく7段を飛び越えて、マットに着地する予定だった。
ひざの傷は大した事無い。いや、ちょっとはあるかもしれないけど、できることならここには来たくなかった。
つん、と鼻をつく消毒液のにおいと、ベッドのシーツのパリパリとしたきれいなにおい。
俺はいつだって元気なのに、ここにいるだけでやる気が吸い取られるような気がする。
それがいやで、身体測定以外じゃ入りたくない場所だ。

保健の先生は俺の傷を見てびっくりしてたけど、すぐに消毒してくれておっきいガーゼを貼ってくれた。
今から出張だから、と出て行ったけれど、俺はここにいてもいいのかな。
チャイムが4時間目の始まりを告げてしまったので、もういいやとベッドまで足を持っていく。
自分が思っていたより深かったその擦り傷は、今はすっかりただの赤い染みになって白いガーゼを汚している。
今剥がしたら、痛いだろうなぁ。窓を眺めると、もうすぐ雨が降りそう。かさを忘れた。
けどいいや、きっとジャッカルせんぱいはもってるだろうし。いれてもらえばいいんだ。
そんなことを思っていたら、扉があいた。
あんた目を丸くしているけれど、俺の方がもっと驚いたよ。

「あかや」
せんぱいの声が熱っぽくて、俺は自分の居る場所を思い出した。
「せんぱい、何?調子悪いの?」
ベッドに放っていた足を引き摺り落として、扉のところまで歩いてゆく。先輩に近付くと、すこし熱かった。
いつも体温が高いのは俺のほうで、なんだかふしぎになって手をとって、ついでに空いてる方の左手で額をさわってみる。
すこしだけ汗ばんでいて、どっちも熱い。
「お前は、なんで」
そう言ってすぐに、先輩は俺の左足についてる、たいそう大きなガーゼに気がついていた。
大袈裟でしょ、と笑うと、握っていた手を握り返されて、ベッド横の椅子まで連れて行かれた。
びっくりして先輩の顔を見ると笑っていなかった。
ぎゅう、とどこかがしめつけられる。俺はこんな気持ちに何度もなっているのに、その場所がどこなのかがわからない。頭の脳味噌の中なのか、左胸の奥なのか、ただの錯覚なのか。
そして、こんな気持ちになる時にいつも横に居るのはこの人なのだ。
(いつから好きになっちゃったんだろう)
頭の中でぐるぐると繰り返して思い出そうとするが、わからなかった。だって、いつも一緒なんだ、せんぱい。
ずきずきといたみ続けるそこを探しながら、俺は握られていた手を、また握り返してみた。
せんぱいの手はいつもよりもずっと熱かったのに、もう俺の方があったかくなっていた。
先輩は何も言わずもうひとつの椅子に座って手を離した。



「鳴るやつって、ないのか」
そう言って引き出しの奥から出したのは、懐かしい水銀の体温計だ。
「あるんじゃないスか」
「見当たらないけど・・・まぁいいや」
先輩のいいところとわるいところは、諦めるのが人よりもずっと早いところだと俺はいつも思うよ。
だからきっと、いつも俺の相手をいやいやでもしてくれてるんでしょ。
青いストライプのネクタイを緩めて、シャツの二番目と三番目のボタンをあける。一番上はあいてた。
それをじっと見ていると「見んな」とちょっとほっぺたを赤くして言ってきた。見ろってことなのかな。
空いた首元からは、顔や手とおんなじ色の肌がみえる。俺が今、いちばん好きな色。
体温計をさしてから、先輩は思い出したように立ち上がった。
「あ、あれ、どこだろ」
「こんどはなに?」
「あの、時間はかるやつ・・・あ」
俺のベッドの脇にある、ちいさな机の上に手を伸ばした。もちろん、体温計をはさんでない方の腕で。
その先を見ると、ピンク色の砂がきらきらゆれてるガラスの物体にぶつかった。
「なんだっけ、これの名前」
さらさらと上下にゆらしてから、俺の目をみる。せんぱいはちょっとたのしそうで、口元が笑っていた。
俺はせんぱいがそんな顔をするたんびにどこかをぎゅっと締め付けられるのでぜんぜんたのしくなんかないのだけれど、どうしてかしあわせだとは思うんだ。
「砂時計だよ、桑原せんぱい」

右足だけで、先輩のすわっている椅子をこっちに引き寄せて、正面から抱きついた。
くっついた胸の部分から、とてもはやい音が聞こえる。
せんぱい、俺にどきどきしてる?調子がわるいから?よくわからなかった。
先輩は詰まってた息をゆっくり吐き出してから俺の腕にさわる。とても熱い。
「あかや・・・」
放せと言いながら腕を押し退ける。だめだよ、放したら逃げちゃうでしょ。
「やだよ。人なんて来ないよ」
来てもいいけど、別に。そう言ったらばかと言われた。なんだ、笑ってるじゃない。

了平とちびふたり 

2006年10月16日(月) 12時20分
師匠が老師に用があったのでその用心棒として付き添ったのだが、あまり必要なかったかもしれない。
沢田家に入るなり俺をほうって、ふたりは沢田のいるであろう二階へとあがっていった。
玄関で彼が戻ってくるのを待とうと段に腰を下ろすと、弁髪のカンフー少女に手を引かれた。
なにかと思って顔を見ればニッコリと笑ってリビングに案内された。
見れば、秋口に入りやっと見れるようにもなったマフラーを巻き、ソファにちょんと腰掛けているこどもと、その横でゲームに勤しむ沢田の姿があった。
「お前こっちにいたのか」
「お兄さん、あれ?」
ほんとうに驚いた顔でどうしたんですか、と聞く。つきそいだと答えた。
「俺はべつに、用はなかったのだけれど」
「あはは。けどイーピンよろこんでるから」
そうなのだ。さっきからずっと左足にひっついてくるのは、ここまで案内してくれたあのこどもだ。
「イーピンおにいさんのことすきだから」
言ってることはよくわからないが、にこにこしながらくっついてくる様は、今は家で三浦とケーキを食べている京子を思い出した(たまにはつくって食べるのもいいじゃない!と大量に果物を冷蔵庫に詰め込んでいるのをみてしまった。それより大量の生クリームも見てしまった)

ソファの表面が手でこすれて音がする。立ち上がって扉へと歩いていった。
「フゥ太?どこにいくの」
「ごちそうになりにね。ぼく、ふたりだけじゃ心配だからまぜてもらうんだ」
ふぅん、と沢田はいってらっしゃいと手を振っていた。よくわかっていないようだ。
「了平兄はいかないの」
「生クリームは好かんのでな」
「おいしいのに」
ちいさな手が、左足のズボンの裾をきゅっとつかんだ。
なにもかもちいさいのでたまに俺はすこし間違えたらこのこどもを潰してしまうんじゃないかと思うのだ。
(前にそれを言うと、沢田は「このこはふつうとはちがうから大丈夫ですよ」とわらっていた)
「仕方ないな」
師匠には先に戻ると告げた。顔をあわせたわけではないがこの声なら届くだろう。
ぱあっと顔があかるくなって、そのまま左足から左肩へとよじ登る。何キロくらいあるのだろうか。
どこを撫でればよいのかわからなかったので、まるくあいた額に親指でふれた。
にこりと笑い、沢田に手を振っていた。

途中でフゥ太においついた。歩くの飽きたのか、道の端でちょこちょこと石を蹴り飛ばしていた。
家に着くまで、俺にしてはめずらしくたくさんものをしゃべった。
このこどもが家ではあの牛柄のこどもといつも喧嘩してばかりいながらもそれなりに仲良くやっていること、沢田は自分達のめんどうをよくみてくれているということ、学校での沢田のまわりにはたくさん人がつくようになったこと
フゥ太は一通り家のことをしゃべるとひとつ間を置いてから
「ハル姉はね、料理下手そうに見えるけどじょうずなんだよ。けど火を使わせるのは危ないと思う、まだ中学生なんだし」
と言った。だから僕がついていてあげるのだと。
弟や妹というのはみんなそうなのか、みんな上の兄弟を心配するものなのか。
俺は電子レンジでさえ心配されると話すと「ああ、それは心配だ」と笑っていた。

10月14日 

2006年10月15日(日) 22時42分
つなよしくん、つなよしくん
うざったい程に耳につく声。いや、これは正直ほんとうにうざいのだ。
「君はこのこうして15回目の誕生日を迎えたわけですが、前の誕生日はいつだったのか覚えていますか」
この人は、ほんとうにうざい。たまに何を言っているのかわからなくなる。だが、ここでかんしゃくを起こしてはいけない。頭の中で一旦言われた言葉を整理しなくちゃいけないのだ。おれはこの人との「付き合い」方を知ってきた。柿本千種は心得ているのだろう。城島犬は、どうだろうか。
「前世とか、そういう」
「そうです」
「おれ興味ないもん、わからない」
興味ないわけではないが、わからないのはほんとうだ。そんな突拍子もない答えの見つからない問を持ちかけても頭のわるいおれは「わからない」としかいえないのだ。
「僕は、きみと同じ日に生まれたいとおもったんです」
かってだ、かってに話を進ませる。彼はそういうひとだ。
「そしてきみと同じからだから生まれてきたかった」
「双子ってこと」
「そう、一卵性双生児。鏡みたいで、おもしろいでしょう。だけど僕らはべつべつの固体なのです。きっと僕はそれにがまんならなくなって君に乗り移って生活するようになるでしょうね」
「どうして?」
「結局、僕はきみとひとつでうまれてきたかったんだ」
「おれにうまれたかったってこと?」
「少し違う」
君とひとつなら、僕はきっと輪廻から開放されてたんじゃないかな、と
ふふ、と笑って、手を握られる。

おれの双子なのか自分の双子なのかを聞くのを忘れたけれど、もうどうでもよかった。
ただ一度「べつべつですけど、うまれてきてくれたのはうれしいことです」と言って笑ってくれたのでおれは嬉しかったからだ。
骸はやっぱりよくわからないけれど、おれもこいつの誕生日に同じことをいえたらいいなと思った。誕生日も知らないけれど。

ビアンキとハル 

2006年10月15日(日) 22時41分
彼女はきらきらした髪をかきあげて言うので、わたしはそればかり見ていた。内容もちゃんと聞いてはいたが、今回はばかりは耳を傾けたくないと思っていたのだ。
わたしの部屋は6畳で、机がいっことちいさなテーブル、それにベッドと箪笥とクローゼットがある。どれもわたしのためにお父さんが買ってくれたもので、それ以外の誰のものでもないのでわたしは毎日すきなように、すきなようにそれをつかう。
だからこんな急なお客さんにも対応できないのだ。
「こんなでは、いけないの」
「しってます。わかってます」
「だったら片付けるべきだわ」
「ビアンキさんが来るってわかってたらかたしてました」
「いつ」
いつくるのかわからない相手に対して警戒線を張っておくことこそが女にとって一番重要なことよ
そんな、そんなこと言われてもどうしていいのかわからなかった。だってわたしはわたしの使いたいようにここを使っていただけなのだから。お客さんが来るって知ってたら、ちゃんとかたしているのだ。
だけどこれが私じゃなくてあいつだったらどうしていたのと彼女が言うので固まった。
ずるい、そういう言い方は
「わたし、ビアンキさんだって」
「ごめんね。ちょっとこの部屋が汚すぎて」
P R
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