広島駅から市電で20分少し。
広島平和記念公園に着きました。
綺麗に整備された立派な公園だな〜と思いました。
時間をゆっくりとって巡りたいと思っていた旅の締めくくりに相応しい場所です。
資料館は、実際には思っていたより小さいかなと言う印象でした。
でも、展示されている内容は重く大きいものです。

原爆死没者慰霊碑。
国内外を問わず原爆死没者名簿が納められいています。

平和の灯〜ともしび。
画像では見えにくいけど、中央には、
核兵器がなくなる日まで燃やし続ける灯がゆらゆらと灯っています。
そして水を求めて苦しんだ犠牲者を慰めるものだそうです。

原爆の子の像。
原爆では多くの幼い子供が犠牲になりました。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館にも寄りました。
こちらでは被爆した方の体験記や、亡くなった方の遺影など、
当時の一般庶民の方々の声…が聴ける場所かと思います。
開催中の企画展では、
満足な救護施設や医薬品も無い、過酷な状況下が生々しく感じられる、
被爆者の手記や映像を見る事ができました。

平和の鐘。
子供たちが無邪気に鐘をならしていますが、みんな必ず手を合わせていました。
公園内はもちろんですが、周辺には多くの慰霊碑があります。
目にした時は足を止めて手を合わせました。

公園ではベンチでくつろぐカップルや、
太極拳している人たちなどもいました。
とてもいい公園だなと思いました。

相生橋から眺めた原爆ドーム。
原爆投下はこの橋を目標にしたといわれています。
実際には300m離れたドーム向こう側の島病院上空で炸裂したそうです。

原爆ドーム。世界遺産です。
大正4年に広島県物産陳列館として建設されたそうです。
崩れたレンガが今もそのまま残されています。

この旅に出る前、広島に行く事を話すと、
「いいね」「私も行きたいな」と、賛成や共感してくれる人ばかりでした。
でも一人だけ、
「行くのはいいけど、見世物じゃないんだよ。」と厳しい言葉をくれた人がいました。
どうしてそんな意地悪な事を言うのだろう?
と、私はその人の真意が分かりませんでした。
2日間、いろんな施設で、いろんな物を見てきて、
少しだけど、その人が言いたかった事が理解できたように思います。
過去に起こった悲惨な出来事…歴史の1ページのような感覚。
でも、今でも後遺症に苦しんだり、
その恐怖を人知れず心に封印している人も多いのです。
戦争で肉親や近しい人を無くした悲しい想いを抱えている人は、
日本中に世界にもたくさんいるのですものね。
後日、厳しい進言をしてくれた人に会った時、
「エノラゲイのロゴやイラストの入った革ジャンとか着て、
かっこいいと思ってる奴が普通に日本にもいるんだよ。
面白半分、興味半分に広島に行って、
反核だとか反戦だと分かった風に言う人も、ソレと同じなんだよ。
当事者でも身内でもない人が行っても、ただの観光に過ぎないから。」
…と言われてしまいました。うん…そうだよね確かに。
でも…やっぱり、
私みたいなおバカさんこそ、
目で見て感じないと分かんない事が多いと思うんです。
だから、行って良かったなと思います!
ギャル風な子や、ヤンチャそうな高校生たちも、
真剣にいろいろな展示を見ていました。
難しい考えを持たなくても、結論が出なくても、
少しでも興味を持って、知る事は大切なんじゃないかな〜と思いました。
市電でナンパしてくれたオジサマ(推定78歳)も、
「こうしていろんな人が広島に来てくれる事が嬉しい。」
とおっしゃってくれました。
その言葉を聞けただけでも、広島に行って良かったなと思います。
古い市電、戦争の遺跡、慰霊碑、
大きな川が流れ、紅葉した木々が立ち並び、近代的なビルの間を人々が行き交う街…
あ〜奥田民生もここで生まれ育ったんだな〜
民生がライブした球場はココか!←原爆ドームのすぐ近く
なんて思いながら、広島を後にしました。。。
広島平和記念公園に着きました。
綺麗に整備された立派な公園だな〜と思いました。
時間をゆっくりとって巡りたいと思っていた旅の締めくくりに相応しい場所です。
資料館は、実際には思っていたより小さいかなと言う印象でした。
でも、展示されている内容は重く大きいものです。

原爆死没者慰霊碑。
国内外を問わず原爆死没者名簿が納められいています。

平和の灯〜ともしび。
画像では見えにくいけど、中央には、
核兵器がなくなる日まで燃やし続ける灯がゆらゆらと灯っています。
そして水を求めて苦しんだ犠牲者を慰めるものだそうです。

原爆の子の像。
原爆では多くの幼い子供が犠牲になりました。

国立広島原爆死没者追悼平和祈念館にも寄りました。
こちらでは被爆した方の体験記や、亡くなった方の遺影など、
当時の一般庶民の方々の声…が聴ける場所かと思います。
開催中の企画展では、
満足な救護施設や医薬品も無い、過酷な状況下が生々しく感じられる、
被爆者の手記や映像を見る事ができました。

平和の鐘。
子供たちが無邪気に鐘をならしていますが、みんな必ず手を合わせていました。
公園内はもちろんですが、周辺には多くの慰霊碑があります。
目にした時は足を止めて手を合わせました。

公園ではベンチでくつろぐカップルや、
太極拳している人たちなどもいました。
とてもいい公園だなと思いました。

相生橋から眺めた原爆ドーム。
原爆投下はこの橋を目標にしたといわれています。
実際には300m離れたドーム向こう側の島病院上空で炸裂したそうです。

原爆ドーム。世界遺産です。
大正4年に広島県物産陳列館として建設されたそうです。
崩れたレンガが今もそのまま残されています。

この旅に出る前、広島に行く事を話すと、
「いいね」「私も行きたいな」と、賛成や共感してくれる人ばかりでした。
でも一人だけ、
「行くのはいいけど、見世物じゃないんだよ。」と厳しい言葉をくれた人がいました。
どうしてそんな意地悪な事を言うのだろう?
と、私はその人の真意が分かりませんでした。
2日間、いろんな施設で、いろんな物を見てきて、
少しだけど、その人が言いたかった事が理解できたように思います。
過去に起こった悲惨な出来事…歴史の1ページのような感覚。
でも、今でも後遺症に苦しんだり、
その恐怖を人知れず心に封印している人も多いのです。
戦争で肉親や近しい人を無くした悲しい想いを抱えている人は、
日本中に世界にもたくさんいるのですものね。
後日、厳しい進言をしてくれた人に会った時、
「エノラゲイのロゴやイラストの入った革ジャンとか着て、
かっこいいと思ってる奴が普通に日本にもいるんだよ。
面白半分、興味半分に広島に行って、
反核だとか反戦だと分かった風に言う人も、ソレと同じなんだよ。
当事者でも身内でもない人が行っても、ただの観光に過ぎないから。」
…と言われてしまいました。うん…そうだよね確かに。
でも…やっぱり、
私みたいなおバカさんこそ、
目で見て感じないと分かんない事が多いと思うんです。
だから、行って良かったなと思います!
ギャル風な子や、ヤンチャそうな高校生たちも、
真剣にいろいろな展示を見ていました。
難しい考えを持たなくても、結論が出なくても、
少しでも興味を持って、知る事は大切なんじゃないかな〜と思いました。
市電でナンパしてくれたオジサマ(推定78歳)も、
「こうしていろんな人が広島に来てくれる事が嬉しい。」
とおっしゃってくれました。
その言葉を聞けただけでも、広島に行って良かったなと思います。
古い市電、戦争の遺跡、慰霊碑、
大きな川が流れ、紅葉した木々が立ち並び、近代的なビルの間を人々が行き交う街…
あ〜奥田民生もここで生まれ育ったんだな〜
民生がライブした球場はココか!←原爆ドームのすぐ近く
なんて思いながら、広島を後にしました。。。
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