女への欲望と、女の欲望

September 08 [Wed], 2010, 0:24
若い男性にとって、女性は欲望の対象である。
特に男子校出身者は、思春期に生身の女性とコミュニケーションをしていないから、
若い頃はビジュアルとか声とか、そういうイメージとして女性をとらえてしまいがちで、
グラビア雑誌や画面の中の女性を見るような感じで現実の女性を見がちだったりする。
(だからうまく異性とつきあえなくなるわけで、息子をそういう目に合わせたい人は
受験勉強させて中高一貫の男子進学校にでも入れるといい。)

いっぽう女性の方も、思春期以降、自分が男性の欲望の対象=客体となりうることを認識すると、
そのことに慣れ、よりいっそう欲望されることを望んだりもする。
それに男性は萌える。そしてその共犯関係あるいは勘違いから、恋愛が始まったりする。
しかしもちろん、女性の方にも自我があり、欲望がある。
他人に認められたい、自分を肯定したい、誰かに支配されたい、誰かをコントロールしたい、等々。
それは持って生まれた性質もあるし、生育環境で作り上げられたりもする。
しかもその女性の欲望は、「男性に欲望されること」も含んでいたりするから、ちと複雑だ。
男は、女性とつきあい、ともに生きていくうちに、
自分が欲望の主体で相手が客体だと思っていたはずが、
いつのまにか女性が欲望の主体として立ち現れ、
しかもその対象は自分ですらなくなっていることに気づいて愕然とする。

客体だったはずの「娘」は、いつしか「女」になり、そして欲望の主体としての「母親」になる。
女性として男の欲望の対象でなくなった「母親」は、
自分の分身のように思える子を得て、
それを格好の対象として自らの欲望や欲求を解消しようとしたりする。
それで「教育ママ」になったりして、子どもを手放さずに食い尽くそうとする。

娘に萌え、女に欲望を感じていたはずの男性は、
そのようにしていつしか相手が欲望の主体としての貌を露わにしたとき、
いいようのない空恐ろしさを感じたりする。
それで家庭から退却し、「子育ては妻に任せ」て、仕事に没頭したりする。

もっとも、自我や欲望は男女誰にでもあるもので、
男はそれを会社生活などで発露するが、
女性(とくに専業主婦)には家庭しか場がなかったというだけの話でもあるのだが、
このことが家庭に落とす影はやはり大きい。

若い男たちが、若い女性たちを欲望の対象としてではなく、
そんな自我や欲望をも含めた欲望の主体として愛することができるのであれば
問題はないのだが、人間の生理や今のメディア環境はそのようにできてはいない。

人生いろいろ難しいものだ。
P R
プロフィール
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