震災から100日が過ぎました。
支援を行っている私たちからしてみれ毎日忙しく本当にあっという間の100日でしたが、
先の見通しがわからずにいられる被災者の方々にとっては、それが長く感じられるか、短く感じられる100日なのかよくわかりません。

そんな100日を過ぎた今日、ようやく県内在住の避難者の方々を対象にした交流会を開催し、無事終える事が出来ました。
支援会場にて、避難されて来た方々からの生の声を聞いて企画し開催された今日の交流会。
目的は...
同じ郷里の方と会って古里の言葉でお話しをし、共感し、安心して欲しい。
再会の場になる事が出来たら。
情報交換の場になって欲しい。
コドモたちものびのびとお友達と一緒に楽しんで欲しい。
おいしい秋田の味を堪能し会話がはずむ場もあればうれしい。
そして又明日から強い心を持って、一歩一歩でもいいから前に向かって歩んで行って欲しい。
そんな思いがあり、開催に至りました。
秋田スギッチファンドの助成が決まり、第一回目の今日の開催までごくわずかの時間での準備でしたが、
まわりに助けられ無事開催出来ました。

↑コドモたちの事を考え、保育ボランティアさんもついたこんなかわいらしいコーナーも作られました^^
交流会には福島58名、宮城8名、岩手1名の方が参加して下さいました。
時間がなく、秋田市と本荘市、仙北市、そして以前から支援会場に来て下さっている横手市の御家族の参加となり、
全地域にご案内出来なかった事が心残りです...。
次回は全地域に告知をしっかりと行いたいと思います!
受付にて涙する方もおりました。
心配も含めた張りつめた心から開放された...
そんな気持ちだったのでしょうか。
全体会でお話しや各種機関から諸連絡事項をお願いし、その後部屋をわけて県別分科会を開催。
岩手県は岩手ご出身で現在秋田在住 秋田県立大学の小松田先生。
宮城県は女川に10年以上住まわれ、地元の学校にも勤められていたと言う秋田県男女共同参画センターの佐藤さん。
福島県は福島ご出身で現在秋田在住 秋田大学の紺野先生。
三名の方々が各県の司会進行を引き受けて下さり、その場と人数にあったそれぞれの進行をして下さっておりました。

少しずつ顔を出させて頂きましたが、
各地域自己紹介から始まり、意見交換、情報交換など、本当に内容の濃いお話し合いをされていたようでした。
岩手からはお一人の参加で、もう仕事もし、アパートも確保し、前に向かって歩きはじめていて、
あとはお話しの場や、フォローの場が必要かな....と一対一での話し合いはとてもあっていたように感じました。
宮城は和室にて和気あいあいと、時に笑い声も聞かれました。
津波で家を失った方々がほとんどだったのに、
やはり家族が今一緒にいると言う家族の基本の形が支えになっているのかもしれないと感じました。
福島は人数も多くホールで行いました。
こちらの話し合いはやはり問題が問題なだけに、とても深い深刻さがうかがわれました。
先の見通しが立たない不安、政府や東電の曖昧な言動や対応にいらだち。
それでも深刻な空気のなかにも、何か共感出来る郷里の人たちに囲まれ、何かホッとした表情を見せ、今まで溜め込んで来たことをふっと吐き出す姿も見られ、この場だからお話し出来たのかもという事も感じました。
1時間半の分科会も本当にあっという間。
まだまだ話したい所もあったでしょうか、コドモたちもお腹がすいたという事で、
ランチタイムに^^

JA新あきたの女性部の方々が腕によりをかけて秋田の味を準備して下さいました^^

あきたこまちのホカホカごはん
地元野菜やお肉たっぷりの豚汁
手づくりみそ
わらび
コリンキーのサラダ
漬物盛り合わせ
バナナ

お母ちゃんたちのホッとする味に、参加者も大変喜んでいたようでした。
その後は、アメリカからの子供用物資を遊学舍の方々がお配りしてくれました。


↑同じ会場にはアメリカのコドモたちも絵や手紙も飾られ世界中で日本を応援している事が強く感じられました。

可愛いぬいぐるみをはじめとした玩具、文房具、オムツ、歯ブラシ等の生活雑貨、衣類など本当にたくさんの物資で、みんな大喜び!
秋田市出身アメリカ在住のママが秋田の友人を通してご寄付されたそうです。
偶然にも数年前その方にあちらのベビーサインみたいなのを教えて頂いた事があり、その偶然に大変驚きました。
アメリカの地でもご心配してくださって、それをこのような気持ちで現されている事を本当にすばらしく、ありがたく思います。
コドモたちもママたちも大喜び。
両手に抱え、そして最後はお菓子にビールにと抱えきれない程のお土産を持たれて、にこにこと家路につかれておりました。
最後の玄関から出られて行く時の皆さんの笑顔をみて、
このような場を持って良かったと心から思いました。
現在宿に宿泊されている方が多いですが、その宿の期限は大体6ヶ月と聞いています。
その頃には今後どこでどのように住まわれるか目処を立てている方も少なくないのではと思いますので、
それまでの間、7月9月10月とこのような場を持って行きたいと思います。
今回の開催、そして無事に終えられたのは、たくさんの方々の支えのおかげでもあります。
時間のない中での準備。
迷っている暇もないくらいの中で沢山の方に支えられました。
秋田市社会福祉協議会はボランティアの確保、場所の確保、垂れ幕などの作成、他地区への情報の伝達ほか。
そして今日は職員さんもお休みの中、上の方々総出でお手伝い下さいました。
JA新あきたは、ランチの相談をすると即OK!
10名程の女性部の方々が朝早くから調理場に立って下さいました。
駐車場の満車時のJA敷地内の開放なども考えてくれたりと本当にありがたかったです。
遊学舍はアメリカの物資提供だけでなく、留学生等も同伴しお手伝い等も頑張ってくれておりました。
秋田市防災安全対策課は後援となってくれてバックアップ!
今日もいろんな資料を持ってきてくれて対応してくれておりました。
司会進行をして頂いた方々、県民ボランティアの方々、取材陣、そしてコドモの森スタッフ。
本当に本当に感謝致します。
ありがとうございました。
次回以降お手伝いしたいと、調理師会の方も見学に来られそのままお手伝いもして下さいました。
そして今朝の各社新聞を見て次回もあればお手伝いしたいという連絡まで入っております。
ありがたい限りです。
民間と行政と県民が一緒になるって現実難しい事だとは思いますが、
震災の支援を通してこのような形を作れた事に対しても嬉しく思います。
『秋田はみんなでみなさんのことを応援しているから!』
と避難者の方々に伝わってくれたらと思います。
そして安心して希望を持って歩んで行ってもらえたら....
嬉しく思います。
ご参加下さった方、応援して下さった方、本当にありがとうございました。
また次回の開催を楽しみにされていて下さいね^^
Akitaコドモの森 小玉朋子
支援を行っている私たちからしてみれ毎日忙しく本当にあっという間の100日でしたが、
先の見通しがわからずにいられる被災者の方々にとっては、それが長く感じられるか、短く感じられる100日なのかよくわかりません。

そんな100日を過ぎた今日、ようやく県内在住の避難者の方々を対象にした交流会を開催し、無事終える事が出来ました。
支援会場にて、避難されて来た方々からの生の声を聞いて企画し開催された今日の交流会。
目的は...
同じ郷里の方と会って古里の言葉でお話しをし、共感し、安心して欲しい。
再会の場になる事が出来たら。
情報交換の場になって欲しい。
コドモたちものびのびとお友達と一緒に楽しんで欲しい。
おいしい秋田の味を堪能し会話がはずむ場もあればうれしい。
そして又明日から強い心を持って、一歩一歩でもいいから前に向かって歩んで行って欲しい。
そんな思いがあり、開催に至りました。
秋田スギッチファンドの助成が決まり、第一回目の今日の開催までごくわずかの時間での準備でしたが、
まわりに助けられ無事開催出来ました。

↑コドモたちの事を考え、保育ボランティアさんもついたこんなかわいらしいコーナーも作られました^^
交流会には福島58名、宮城8名、岩手1名の方が参加して下さいました。
時間がなく、秋田市と本荘市、仙北市、そして以前から支援会場に来て下さっている横手市の御家族の参加となり、
全地域にご案内出来なかった事が心残りです...。
次回は全地域に告知をしっかりと行いたいと思います!
受付にて涙する方もおりました。
心配も含めた張りつめた心から開放された...
そんな気持ちだったのでしょうか。
全体会でお話しや各種機関から諸連絡事項をお願いし、その後部屋をわけて県別分科会を開催。
岩手県は岩手ご出身で現在秋田在住 秋田県立大学の小松田先生。
宮城県は女川に10年以上住まわれ、地元の学校にも勤められていたと言う秋田県男女共同参画センターの佐藤さん。
福島県は福島ご出身で現在秋田在住 秋田大学の紺野先生。
三名の方々が各県の司会進行を引き受けて下さり、その場と人数にあったそれぞれの進行をして下さっておりました。

少しずつ顔を出させて頂きましたが、
各地域自己紹介から始まり、意見交換、情報交換など、本当に内容の濃いお話し合いをされていたようでした。
岩手からはお一人の参加で、もう仕事もし、アパートも確保し、前に向かって歩きはじめていて、
あとはお話しの場や、フォローの場が必要かな....と一対一での話し合いはとてもあっていたように感じました。
宮城は和室にて和気あいあいと、時に笑い声も聞かれました。
津波で家を失った方々がほとんどだったのに、
やはり家族が今一緒にいると言う家族の基本の形が支えになっているのかもしれないと感じました。
福島は人数も多くホールで行いました。
こちらの話し合いはやはり問題が問題なだけに、とても深い深刻さがうかがわれました。
先の見通しが立たない不安、政府や東電の曖昧な言動や対応にいらだち。
それでも深刻な空気のなかにも、何か共感出来る郷里の人たちに囲まれ、何かホッとした表情を見せ、今まで溜め込んで来たことをふっと吐き出す姿も見られ、この場だからお話し出来たのかもという事も感じました。
1時間半の分科会も本当にあっという間。
まだまだ話したい所もあったでしょうか、コドモたちもお腹がすいたという事で、
ランチタイムに^^

JA新あきたの女性部の方々が腕によりをかけて秋田の味を準備して下さいました^^

あきたこまちのホカホカごはん
地元野菜やお肉たっぷりの豚汁
手づくりみそ
わらび
コリンキーのサラダ
漬物盛り合わせ
バナナ

お母ちゃんたちのホッとする味に、参加者も大変喜んでいたようでした。
その後は、アメリカからの子供用物資を遊学舍の方々がお配りしてくれました。


↑同じ会場にはアメリカのコドモたちも絵や手紙も飾られ世界中で日本を応援している事が強く感じられました。

可愛いぬいぐるみをはじめとした玩具、文房具、オムツ、歯ブラシ等の生活雑貨、衣類など本当にたくさんの物資で、みんな大喜び!
秋田市出身アメリカ在住のママが秋田の友人を通してご寄付されたそうです。
偶然にも数年前その方にあちらのベビーサインみたいなのを教えて頂いた事があり、その偶然に大変驚きました。
アメリカの地でもご心配してくださって、それをこのような気持ちで現されている事を本当にすばらしく、ありがたく思います。
コドモたちもママたちも大喜び。
両手に抱え、そして最後はお菓子にビールにと抱えきれない程のお土産を持たれて、にこにこと家路につかれておりました。
最後の玄関から出られて行く時の皆さんの笑顔をみて、
このような場を持って良かったと心から思いました。
現在宿に宿泊されている方が多いですが、その宿の期限は大体6ヶ月と聞いています。
その頃には今後どこでどのように住まわれるか目処を立てている方も少なくないのではと思いますので、
それまでの間、7月9月10月とこのような場を持って行きたいと思います。
今回の開催、そして無事に終えられたのは、たくさんの方々の支えのおかげでもあります。
時間のない中での準備。
迷っている暇もないくらいの中で沢山の方に支えられました。
秋田市社会福祉協議会はボランティアの確保、場所の確保、垂れ幕などの作成、他地区への情報の伝達ほか。
そして今日は職員さんもお休みの中、上の方々総出でお手伝い下さいました。
JA新あきたは、ランチの相談をすると即OK!
10名程の女性部の方々が朝早くから調理場に立って下さいました。
駐車場の満車時のJA敷地内の開放なども考えてくれたりと本当にありがたかったです。
遊学舍はアメリカの物資提供だけでなく、留学生等も同伴しお手伝い等も頑張ってくれておりました。
秋田市防災安全対策課は後援となってくれてバックアップ!
今日もいろんな資料を持ってきてくれて対応してくれておりました。
司会進行をして頂いた方々、県民ボランティアの方々、取材陣、そしてコドモの森スタッフ。
本当に本当に感謝致します。
ありがとうございました。
次回以降お手伝いしたいと、調理師会の方も見学に来られそのままお手伝いもして下さいました。
そして今朝の各社新聞を見て次回もあればお手伝いしたいという連絡まで入っております。
ありがたい限りです。
民間と行政と県民が一緒になるって現実難しい事だとは思いますが、
震災の支援を通してこのような形を作れた事に対しても嬉しく思います。
『秋田はみんなでみなさんのことを応援しているから!』
と避難者の方々に伝わってくれたらと思います。
そして安心して希望を持って歩んで行ってもらえたら....
嬉しく思います。
ご参加下さった方、応援して下さった方、本当にありがとうございました。
また次回の開催を楽しみにされていて下さいね^^
Akitaコドモの森 小玉朋子
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2〜6才『コドモの森』