シンボリック相互作用論

June 29 [Sun], 2014, 0:33
社会問題に属するものは広範囲に影響を与えるため、多くの人が解決を望み、また解決に尽力する人も多い。
当初「シンボリック相互作用論」と言えば、それは「ブルーマー」と同義という時代がしばらくの間続いた。とはいえその後、1970年代、1980年代になると、シンボリック相互作用論を担う新しい「リーダーとして」[8]、ノーマン・デンジン、タモツ・シブタニ、アンセルム・ストラウス、ラルフ・ターナー、ハワード・ベッカー、ヒュー・ダンカン、S・ストライカー、ゲイリー・ファインなどが登場し、この理論の新たな方向性が模索されるとともに、ブルーマーの理論化に対する種々の批判が展開されるに至り、従来からのシンボリック相互作用論とこれら新たなリーダーたちのシンボリック相互作用論との間で活発な相互影響過程が生じた。
ある思想が観念論に属すかどうかにも、議論が分かれる場合がある。イマヌエル・カントは『純粋理性批判』において、我々が世界を空間や時間という形で把握するのは人間認識のアプリオリな制約である経験への超越論的制約によるとした。
カント自身は(物自体の存在を要請したが故に)これを観念論とは考えなかったが、純粋理性批判が出版された当時の多くの読者はこれをきわめて観念論的な主張であると考え、カントは誤解を解くために自説の解説書である『学として現れるであろうあらゆる将来の形而上学のためのプロレゴメナ』を出版した。
1980年代にはさらに、アーヴィング・ゴッフマンが登場し、「ドラマツルギー」と呼ばれる手法が提示された。
しかし余りに普遍的な問題であるために、各々のケースは解決しても類似するケースが多く発生する。そのため、それぞれの事象にはそれぞれに即したケアが求められるなど、一朝一夕には解決し得ない問題でもある。
これの原因となるモノ(「物」ないし「者」または「事象」)は、その社会に普遍的(何処にでも存在する)であったり、なかなか手を出し難い存在(権力・権威)であったり、また明確かつ完全な解決策がまだ発見されていないものである。
アメリカ社会学においては、この手法はSIと呼ばれ、SIにもとづいた幼児集団の観察など、社会心理学的な実証研究や小集団研究が一時期は盛んに行われた。ただ、質的研究や質的な社会調査は、的確な分析結果をもとに成果を発表することが難しく、研究者にとっては発表論文数が少なくなりがちとなる。このことから、かならずしも研究者の評価にはつながらず、競争が厳しいアメリカ社会学においては全般的に沈滞気味であり、研究例は減少傾向にあると言わざるをえない。
幾つかのケースでは単純な解決策があるものの、全体に同様の解決策が(コスト・資源・時間的な制約による)適用できないものである。
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