追悼高瀬義夫先生 

2017年05月08日(月) 20時39分
 今月25日から28日まで京都でブリュースター世界万華鏡大会が開催されます。その記録をまとめる作業をしていますが、そこに私を万華鏡の世界へ導いていただいた高瀬先生のことを1章加えておくことにしました。

 高瀬先生のこと

 高瀬先生が2度目の脳梗塞で緊急入院されたのは2014年(平成26年)9月22日のことでした。その時は軽くすんだということで2週間ほどの入院期間で退院された。しかし梗塞の起こった場所が小脳の運動機能にかかわりのある部分で、ドクターからはいつ再発して運動機能が制限されることになるかわからない状態であることを伝えられていた。
 退院されて1か月ほど後の教室のあと、私に今は小康状態であるが、現在の仕事も順次縮小していき、家賃負担もあるので店も閉めて行くことになるということ、仕事をストップするとこれまでの借入金の返済ができなくなるのでどうすればいいのだろうかという相談があった。
 そのあとしばらくして、先生から後援者である稲葉さんとも相談されて12月いっぱいで店を閉めることになったという報告があった。
 先生から連絡があって11月7日の夕方に店を訪ねる。そこで改めて今後のことを相談される。その内容が11月中に店を閉めるが、店に置いてある作品をどうしようかということであったので、
「病状が落ち着いて仕事が再開できるようになるまで私の工房で荷物は預かりますよ」と答える。
 11月16日、11月30日の2回に別けて赤帽の軽トラックで荷物を持ってこられたが、お預かりしたのはこれまで店に並べられていた先生の作品の一部であった。そのほかの作品をどう処分されたのかは聞いていない。
そのあと京都万華鏡ミュージアムに販売委託されていた作品や仙台万華鏡美術館に展示されていた作品もお預かりすることになった。2015年1月17日に先生が工房に来られてそれらの作品のリストを作成したいということで3時間ほどかけてメモをしていかれた。
 その後、高瀬先生は1月31日に現況の報告に私の工房に来られた。法テラスでの自己破産の手続きはまだ進行中であるが生活、医療の環境は落ち着いているということであった。運動機能の心配もあるが、記憶力が落ちていくのが恐ろしいということ、迷惑をかけた人たちへの責任をどうしてとればいいのだろうかということで思い悩んでおられる様子だった。
 私としてはまず病気を治すことが第一だということをお伝えした。周りの状況が落ち着けば協力しますので連絡してくださいとお伝えしたがこのあと先生からの連絡はなかった。
 教室での生徒たちも先生のことを心配されていると聞いているが、迷惑をかけることになるので自分からはなかなか連絡を取りにくいということを話されていた。

 先生の教室に通っていたメンバー有志でこの年の4月に関西万華鏡同好会という集まりを作ることになるが、その集まりでも毎回、先生のことが話題になっていたが連絡は取れないままの状態が続いていた。2016年1月の例会で2015年末に先生が亡くなられているらしいという情報が伝えられたが、どこに連絡を取れば詳しいことがわかるのかもわからなかった。

 私が高瀬先生と初めてお会いっしたのは2004年(平成16年)3月21日に、当時は帝国ホテル大阪のタワービル1階に店舗があった「アートプラネット余次元」の手作り万華鏡教室を初めて訪ねたときでした。私は55歳の誕生を過ぎたところで5年後の定年後に向けて新しい趣味を見つけたいと思って探していたところでした。それまでは職場の友人たちと月に一、二度釣りに行くことが趣味といえるものでしたが、それは車の運転をしない私には相手があって始めてできる趣味ということもあっていつまで続けられるかわからなかった。また旅に行くということも当時はまだ仕事をしていたので好きな時に好きなところへというわけにはいかず、何ができるのかを探していたところだった。
 万華鏡にはそれまでにも興味があってショップを探したり、頒布会で作品を収集したりしていたが、自分の手で作ってみたいということで探し、近くに先生の店が見つかったので連絡して訪れたものでした。その後、月に一度、教室に通うようになり、1年後からはインストラクター養成講座を受けるようになり、ミラーの切り方、組み立て方を教えていただくことになった。養成講座が終了してからも月に一度は教室に通って新しい技術を習得することとなっていった。
 先生の教室に通うようになって4年目の2008年には4月から9月まで当時先生が講座を開催されていた毎日文化センターに応援に行くようになる。この年の8月16日から19日まで先生とその教え子たちが集まって京都の「ぎゃらりぃ西利」で「万華鏡ワンダーランド展」が開催されることになり、私もそこに参加することになる。
 2009年3月末にて職場を定年退職した後は、それまで自分のために作っていた万華鏡を先生の勧めもあって公募展に向けた作品を作るようになった。最初は先生の持っているテーマを共同制作しようということで始めた。
 翌年2010年1月13日から19日まで京都の「ぎゃらりぃ西利」で2回目の「万華鏡ワンダーランド展U」が開催される。

 同じ2010年9月8日〜9月12日には壁掛け万華鏡というテーマで「京都万華鏡ミュージアム」で開催された「万華鏡ワンダーランドV」に参加。

 このころには万華鏡を作るということが私の第二の人生のテーマの一つということに思い定めて、自宅以外の自由に活動できる物件を探していた。この2010年に友人の紹介で西成区のシャッター商店街の中の空き物件を手に入れることができたので、そこを改築してこの年の11月1日に工房をオープンすることになった(2017年11月で7年になります)。
 この年から8月によみうり文化センターの夏休みこども特別講習会の先生の教室の応援に行くことになる(これは2014年によみうり文化センターが建て替え工事のため閉館になる2014年まで応援に行っている)。
 2014年には先生の紹介で京都万華鏡ミュージアムなどで万華鏡教室の講師を引き受けることになり、私も万華鏡作家のひとりとしての自覚を持っようになる。こうしたことは高瀬先生との出会いがなければできなかったことで感謝しています。

 高瀬先生の作られる万華鏡は芸術家としてのセンスと子供の遊び心を持つものでした。先生には見て美しいものであるとともに楽しめるものでないといけないという思いがおありになったのと思います。常に新しいミラーシステムのアイデアを持っておられました。
 先生はやさしい人柄で誰にでも優しく接していましたが、人を信じすぎるところがあって騙されてしまうこともあったようです。先生のお弟子さんの中には、
「商売人としてはへただね」
という人もいたようです。私もそれは直接先生から聞いたことがあります。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:すーさん
  • アイコン画像 性別:男性
  • アイコン画像 誕生日:8月1日
  • アイコン画像 血液型:B型
  • アイコン画像 現住所:大阪府
読者になる
 KOBO SUZAKIは毎週金曜日、土曜日、日曜日の午前10時から午後4時までオープンしています。
 毎週月曜日から木曜日がお休みですがオープンの日でも不在のこともありますので来られるときは事前に連絡をお願いします。
 自分だけの万華鏡を作りたい人には毎週土曜日に教室を開いていますので事前に申し込んでください。
2017年05月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31
最新コメント
アイコン画像urara
» 追悼高瀬義夫先生 (2017年07月13日)
アイコン画像田中
» ロシアの旅 (2016年05月12日)
アイコン画像かおる
» クロアチア・スロヴェニアの旅 (2012年12月04日)
アイコン画像テルさん
» KOBO日誌 (facebookに登録しました) (2012年07月01日)
アイコン画像くまちゃん
» 東野圭吾著 「歪笑小説」 (集英社文庫) (2012年01月29日)
Yapme!一覧
読者になる