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『自給自足』
「これが…」
目の前には柔らかそうな半球体が二つ並んでいる
壺から現れた肌色のメロン大の物は島の中ではちょっとした話題の品だ
新鮮な牛乳がいつでも手に入るそれが欲しくて、PMに無理を言い壺を譲ってもらった末に運良く入手した
「これがあれば楽になるなー。中々遺跡内に持ち込めない物だったし…」
長引く探索は腐り物には天敵だ。腐った物はどう足掻いても食べてもらえない、というのも最近わかってきたから尚更だ
「で、これからどうやって牛乳が手に入るのかな?」
試しに押してみた
・・・
「それ」は質量を感じさせる動きで揺れている
先端も押してみた
特に変わったところはない
フィルンは途方にくれた
使い方が分からないようだ
そこに来客が現れた
「はぁ〜い、ふぃるるん。来たわよ〜」
「あ、びしゅむぅやっほーっv。お待ちしておりました」
フィルンが深々とお辞儀をする。ビシュクはそれに応えて
「ご馳走になるわねん。それで、自信の程はいかがなのかしらん?」
最近練習と勉強の機会が多かったので、その成果を披露する為に来てもらったのだ
「うん、もぅばっちりだね!今の私ならびしゅむぅを唸らせることだってお茶の子さいさいだよ!」
握り締めたメモを天高く突き上げ、力強く宣言するフィルン
そのメモをパッと取って、最近のメニューを確認したビシュクは軽く ため息をついた
「唸る代わりに呻く様なことにならないのを願ってるわ、、、」
「そういえばなにか悩んでたみたいだけど、どうしたのかしら?」
「ん、実はね、これを手に入れたんだけど・・・」
そう言って先程のペアメロンを取り出す
「あら、これは・・・?すごいわね!願った通りじゃない!」
ビシュクは抱きついて我が事のように喜んでくれた
「もがっ! (ばたばた)・・・ぷはっ。そ、それでね、手に入れたのはいいんだけど牛乳の採り方がわかんなくて。どうやって使ったらいいのかな、これ」
それはピンク色の取り出し口を上に向けて置かれている
驚いた顔をしていたが、やがて得心したようにビシュクはゆったりと微笑んだ
「ん〜、そっかふぃるるんはまだこれの使い方が分からないのね。いいわよん、教えてあげるわ」
「やったぁ!さっすがびしゅむぅ!頼りになるなぁ。もふもふ」
飛び上がって抱きつき返すと、フィルンは続けて疑問をぶつけた
説明書には「正しく取り付けてから使用してください」とあるが、正しい取り付け方も使用方法もわからないのだ
「そうね、先に使い方を簡単に説明するわね。・・・これは、こう優しく握ってから包み込むように絞っていくと、・・・ほら、ちゃんと出てくるわ」
そう言って片手でゆっくりと握り、力を加えていく
すると先端から白い液体が滲み出て来て、ビシュクのしなやかな指にかかる
「ね?簡単でしょう?まずは一回やってみましょうか」
「う、うん、、、。こう、かな?・・・あっ!」
手を添えてもらいながら同じ様に握り締めていく。
しかし加減が分からず力を入れすぎてしまった。
ピュピュッと牛乳が勢い良く飛び散る。
「あぁ・・・、もったいない・・・。これは、失敗?」
あたりに飛び散ったミルクを眺めながらフィルンが悲しげに問いかける
「そうね、これじゃ集められないものね。でも、悪くはないわよ。あとは加減だけね。さ、牛乳はちゃんと拭き取りましょう?パンがふやけたら大変だもの」
そう言って付着した牛乳を丹念に拭い取る
「・・・んっ。ありがとうっ。この握り方がポイントだったんだねっ。結構独特かも?一回で出ない時はどうしたらいいの?」
試しにフィルンが自分だけでやってみると出が悪そうだ
それを見たビシュクが再度手を添え、周囲を何度かなでる、更につまんだり握ったりを繰り返すと、、、
「おぉーっ!!すごーいっ!ちゃんと出て来てるよっ!なるほど、、、色々テクニックがあるんだねっ」
無邪気に喜ぶフィルンを優しげに見つめながらビシュクも嬉しそうにしている
さて、次は取り付け方だ
ビシュクはまずフィルンに色々と取るように命じた
「これと、これ、と?あ、これも取るの?んっ・・・。こんなに取って乾燥しちゃわないかな。あ、三角巾はいいのね。ん?下も取らなくていいの?・・・よしっ、これでいいっ!?」
そういって胸を張り、取った物を見せる。何故そうする必要があるかは分からなくても、言われた通りに素直に動いている
動きに躊躇がないことからも、よく信頼しているのがわかる
普通なら多少はためらってもおかしく無いところだが、この時ばかりはパン製造機械としての常識のなさもいい方向に働いたようだ
するとビシュクは取った物には目もくれず、逆に色々と取った跡の方をじっくりと眺めている
「うん、いいわ〜。これならきっとばっちりね!よくこれだけ綺麗に保ってたわね〜」
満足気に頷くビシュクに対して、まさかそっちが注目されるとは思わなかったフィルンは多少恥ずかしそう、というか気まずそうにしている
「あ、あれ、こっちが必要だった、の?全部取っちゃったから何にもないよ?」
「隠さなくていいのよ〜。それに何も無いってことはないわ。大事な物がちゃんとあるじゃない」
あまりピンと来てないようだったが、すぐにびしゅむぅが言ってるならいいか。と落ち着いたようだ
「じゃぁ、実際に取り付けるわね、付ける向きは横向きがオススメね。牛乳を搾るのにも向いてるし、何より見栄えがいいのよ〜」
そう言ってビシュクが例の搾乳用メロンを持って近づいてくる
目標は色々と取られてむき出しになっているこの小さなスペースのようだ。
「え、ぁ、こんな所につけるの?変じゃないかな。目立ったりしない?」
「大丈夫よ。ほら普段つけてる布を被せればちゃんと隠れるでしょ?それにふぃるるんのここについてたって誰も疑問には思わないんじゃないかしら」
楽しそうに言って早速取り付ける。
ぺちゃ、ぷちゅっという水音と共に徐々に馴染んでいく。
「う、わっ、ととと、け、結構重いねこれ。少しパン補強しておかないと崩れちゃうかも」
「ふふふ、頑張ってね。でも、重い方がいいと思うわ。いっぱい搾れるもの」
ビシュクの手がすっと伸びて取り付けたばかりの物を優しく撫でる
先程教えていたやり方よりも丁寧でじっくりとした動きだ
「うひゃぅっ!い、いきなり触られるとびっくりするねっ。んっ、早速採るの?採るならボールかなんかで受けなきゃ!」
つい大きな声を出してしまったフィルンはバツが悪そうにしながら、慌ててボールを持ってきて両手で支える
「よし、準備オッケー!さ、いっぱい搾ってくださいなっ>ワ<」
「いい子ねふぃるるん。美味しいのをたっぷり集めてあげるわね。私に任せて頂戴・・・」
ビシュクはくしゃくしゃっと何回か頭を撫でた後、ゆっくりと作業に取り掛かった
周囲は静かで、牛乳のこぼれる音や衣擦れの音などが時折響く様に聞こえていた
それに混じる二人の話し声は対照的に密やかで、囁きあってる様でさえあった
せわしない年の瀬・年始めも忘れてしまう様なゆったりとした時間が辺りに満ちていた
行為は止まらずその時間を埋めていく。。。
「さーてっ、これだけ採れば充分かしらねっ!」
気力溢れる声でビシュクが終わりを告げる。口には牛乳が少しついて、採れたてを失敬した証拠が残っていた
「は、はふぅ〜・・・。お、終わり・・・?結構しっかりやったもんねぇ。って、もぅこんな時間!?」
対してフィルンは少し疲れ気味のようだ。長い時間支えながらボールを持っていたのが原因だろう
ビシュクの口元のうっかりをハンカチで拭いながら重そうにボールを机に置いた
何せかれこれ二時間近くもしていたのだから疲れたって当然だろう
そう考えると、ツヤツヤと輝かんばかりに元気そうなビシュクは多少不自然に見えないこともない
ただまぁ、相手は妖狐だ
常識では捉えられない事も多いに違いない
全く持って原因不明だが分からないものは仕方ない
いあー、これは本当に不可解だ
奇妙奇妙
よし、こんなもんでいいか
「ん〜、どうしよっか。大分時間立っちゃったね。作った後食べてもらう時間がないかも」
途中で取った物なんかを元に戻しながら、少し残念そうにフィルンが呟く
「そうね〜、慌てて食べるのも勿体無いものね。機会はいつでもあるしご馳走してもらうのはまた今度にしましょうか」
「そういえば今日はどんなメニューだったのかしら?」
自身も周りを片付けながらビシュクが尋ねる
「あ、メニューだけでもみてく?えーとね、こんな感じかなっ」
作っておいたメニュー表を手渡す
四隅に百合をあしらい綺麗にプリントされたメニューが革の見開きにピッタリと収まっている
明らかにパンを作るよりも手間のかかっているであろうそれの出来栄えはかなり良い。フィルン一人ではとても作れないはずなので誰かに手伝ってもらったのだろう
そこには、こう記されていた
【今日のメニュー】
・禍々しい台湾式韮饅頭
・柔軟剤入りリングケーキ、ミルクホイップ仕立て
・幻影虎の消えゆく肉入りピーラッカ
・棘付き薔薇を咲かせた蜂蜜ミルクパン
それを一瞥したビシュクは軽くため息をつきつつ微笑みながら、フィルンへと近づいていく
「ふぃ、る、る〜〜〜〜んっ?↑」
額には怒りマークが浮かんでいるようにさえ見える
練習の成果を発揮出来ると言い、わざわざ来てもらい、食材の調達まで手伝ってもらってしまい、更に自信満々に出したメニューがこれだ
怒られたって仕方の無い話だ。最もビシュクが怒っているのはフィルンがちっとも学習できていない点なのだろうが
「ちゃんと食べてもらえるものを作りなさいって、いっつも言ってるじゃないの〜っ」
頭をがしっと掴まれ、左右に軽く揺すられだしてからフィルンはハッと目を見開いた
相手の様子と行動が予測していたものとどうも違うということにようやく思い至ったようだ。それまで撫でてもらえると思っていたようだ
「も、もしかしてぇぇ、まっ、またっ?、、、ぁあぁぁっ、、、っ」
頭を振られながらそれだけを絞りだす。
それを聞いて、ビシュクは手を肩に降ろし、仕方ないわねと言いたげに静かに息を吐く
半ば以上わかっていた結果ではあったが、それでもこの優しい狐はパン製造機械とその未熟な精神の成長を心から望んでいたのだった
見た感じその想いは当面裏切られ続けそうだ
「ねぇ、ふぃるるん?美味しいパンを作る事は難しい事じゃないの。奇抜な食材を使わなくたって、変わった調理をしなくたって、相手を喜ばせる物はできるわよん」
「で、でもっ、、、っ!」
「わかってるわ、貴女が二度と捨てられない為に唯一でなきゃいけないのは前に教えてもらったもの。でもそれは人に忌避されるような奇をてらったものである必要はないでしょう」
「きっと細かい事を言っても貴女は間違った解釈をしてしまうかもしれない。だから、一番大事なことを教えてあげるわね」
一度目を閉じ少し間を開ける
戸惑うフィルンが耐え切れなくなる前にゆっくりと開かれた瞳には暖かな柔らかさと優しさが満ちていた
「想いを。貴女が本当に作りたいと思う誰かへの想いを込めて作ってみて・・・。ありきたりな言葉かもしれないけどきっとふぃるるんに足りてないものだと思うの。それがあれば喜んでもらえるパンは必ず作れるわ。ね?」
フィルンの体に優しさが伝わり、戸惑いで震えていた体が落ち着いていく
そして今度は全く違う震えが身体中に走る
その様子を見て一言だけビシュクが加える
「私もふぃるるんが作ったそんなパンを食べてみたいわねん」
「想いを・・・。うんっ!やってみる!!相手を思って作るなら、今なら、出来そうな気がする!早速取り掛からなくちゃ!!」
そう言うとフィルンは最後にぎゅっとビシュクに抱きついてから荷台に駆け込んで行く
つい先日見たばかりの光景だが見える背中には明るい力が感じられた
扉を閉じる前にフィルンが顔だけ出してビシュクの方を向く
「出来上がりは妖狐堂に届けるから!!期待してて!」
それだけ言うと、扉はバタンッと勢い良く閉まる
しばらく出てくる気配が無さそうだと悟ったビシュクは、一度大きく伸びをしてからのんびりとアスタリスクの野営地を後にした
後日、ビシュクの元に小包が届いた
黄色のリボンでラッピングされた小さな箱からは、焼けた小麦の匂いと花を煮詰めたような甘い香りが漂ってきた
食欲を誘う匂いをひとしきり堪能してから、リボンや箱をキレイに畳み、千切って口にひと切れ放り込む
ひとしきり味わうように咀嚼してから、喉を鳴らしてパンは胃袋に
続けてパンに手が伸び、千切れてまた胃袋に。一切れ、また一切れと減っていく
ゆったりと全てを食べ終えた後、困った様に微笑みながらパンの入っていた箱をそっと撫でる
「まぁ、まだこんなものかしらね」
箱には「蒸し林檎と蜂蜜のカップケーキ型ジャムパン・どじっ子風味」と書かれていた
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