鈴鹿の暑い夏。 

2003年09月05日(金) 12時53分
思えば、いったい誰が、僕がココまでハマル事を予想できただろうか。(って誰が予想するってモンでもないけど。)
何にって、自転車にである。
突如、衝動買いのようにキャノンデールの青いシクロクロスを手に入れたのが、去年の6月。
それから、その年の秋の『ツール・ド・のと400』で、久々の長距離160キロを走り、秋には、マウンテンバイクを購入。
今年6月末の『天満屋ハピータウンカップ』では、チーム684でサーキットデビューし、ロードレースの面白さに目覚め、7月には『シマノ八ヶ岳バイカーズフェスティバル』で、自転車ライターデビューまで果たし、さらにさらに自転車の深みに足を突っ込んでいる今日この頃である。

そんなこんなで、そうなると、日本には、もう必然的に避けて通ることはできないイベントかある。
『シマノ鈴鹿ロード』!!
F-1でも有名な、三重県の鈴鹿サーキットを自転車で爆走する、今年20周年を迎えた、日本最大のロードバイクの祭典だ。
総エントリー、およそ1万名。
応援等の人も合わせると、それどころではない参加者を集める、名実共に、日本最大の自転車イベントである。
そして今回僕のエントリーしたのは、一番人気種目である、2時間エンデューロ。
2時間のうちに、どれだけ周回を重ねることができるかを競う、自転車による耐久レースだ。
2名〜5名で参加する『チーム』と、一人で2時間走りきる『ソロ』があり、何と大胆にも、今回はソロでのエントリー。
今回は、チーム684のK本氏が参加できない事と、キャプテンT野は、シマノのHPの仕事で取材も兼ねて参加というややこしい身分なので、チーム参加は見送った・・・というか、全回、TIサーキット英田で、3時間チームエンデューロに3人で出た時に、なんだか思ったよりもいいタイムだったので、ソロでワシはどれだけ走れるものか、いったい自分の実力はどんなモノなのか、ちょっと興味もあったのだ。
と言いつつ、直前まで、トレーニングはそこそこ、大阪と西宮の往復くらい。
しかし、マシンの方は、リアのスプロケットを、12〜27のワイドレシオから、13〜23のクロスレシオに交換。
(ちなみに、アウターは48でインナーが38。この軽いギアで回して回しまくる作戦である。)
それから、オリジナルで付いていた安物のチェーンを、シマノのハイグレードチェーンに交換し、準備は万端である。

そしていよいよ30日当日。
朝7時に起きて、9時頃に家を出発し、亀山で激ウマ鰻丼で気合いを入れ、鈴鹿サーキットに乗り込んだ。
ちょいと裏技を使い、関係者駐車場に車を駐車し、HPのディレクターと、T野と合流。
計測チップや、ゼッケンを付けて、少々サイクルバザール会場をぶらつく。
しか〜し、それにしても暑い!!
天気予報では、曇り時々晴れ所により雨ってな予報だったのに、ほとんど晴れといってもイイくらい、残夏の日差しがキツイ。
気温は、30度を超えたどころの騒ぎではないだろう。
アップも一瞬考えたが、こんな状態でアップなんかしたら、スタート前にバテてしまいそうなので、中止。
それより、水分の補給がボトル2本では心配・・・だが、まあ節約して乗り切るしかないよな。

14時半にT野と再合流。
15時05分の招集に向けて、スタートライン付近に向かった。
それにしても、さすがに人気種目だけあって、もの凄い人人人。
エントリー表を確認してみると、ソロだけでも274名のエントリー。
これにチームエントリーを加えると、何と、849名のライダー&自転車が、スタートラインに集結しているのだ。

15時15分、いよいよスタート。
ぼくのいた、列の真ん中くらいの集団は、10秒後くらいからノロノロと動き出した。
しかし、すぐにシケインで停車。渋滞である。
すこしバラけてきた所で、前を走っていたT野を発見し合流、2周ほど一緒に走る。
それにしても、さすがは世界の鈴鹿サーキット。一周5.821キロ。広い。(TIサーキットとは比べモノにならないなぁ。)
ホームストレートから、最終コーナー、カシオトライアングル(シケイン)。
ここまでが登りでけっこうツライ。(しかも無風で暑い。)
TIサーキットの時もそうだったのだが、ここ鈴鹿でも、通常のモーターレースとは逆回転である。
130R抜けて、バックストレッチで、アップダウンした後、激下りでヘアピンカーブに突入。
デグナーからまた登って、逆バンクS字コーナー、第二コーナー第一コーナーとはまたけっこうな下り。
数周回走ってみると、どうやら、僕は登りが遅いらしく、ホームストレートからシケインまでで、かなり抜かれる。
T野とも、しばらく抜きつ抜かれつしていたのだが、いつも抜かれるのはこの登りの後の130R〜バックストレッチ。
一方、平地や下りは、僕の方がT野より若干速い。
しかしまあ、これには秘密があるのだ。
ドラフティング。(モーターレース風に言うと、スリップストリーム。)
前走者の後ろにピッタリ付いて、風の抵抗を最小限に押さえるのだ。
これは恐らく、皆さんが思っている以上に効果がある。
単独で走っているより、軽く5キロ〜8キロはスピードが上がる。
下っていれば、前走者が頑張って踏んでいても、後ろでは、ペダルを止めて休んでいる状態で、さらに追い抜いてしまいそうになる。
だがまあ、良い事ばかりでもない。
接近しているので、かなり集中して走っていないと、接触や、落車に巻き込まれる恐れもあるのだ。
実際、第一コーナ〜ピットに入る所で、3台前の選手が落車し目の前で2回転した時には、思わず『ワ〜〜!!』と声が出た。
たかが自転車と言えど、時速50キロ近く出てたりするのだ。(トップ選手はそれどころではない。)
落車すると、なかなか無傷というわけにはいかない。
そして、このドラフィング、スピードが出ていてこそ効果があるもので、登りで遅くなると、純粋に体力勝負となる。
だから、登りでチギれる・・・。(T野に追いつかれる)
そして、登りきったら、息を整えながら、後ろから追い抜いてくる速い選手を捕まえて、後ろにピッタリ付く。(T野を追い抜く)
これの繰り返し。
なんせ、850台くらいも走っているのだ。引っ付く相手は山ほど走っている。
名付けて、『サーキットの狼』ならぬ『サーキットのコバンザメ』走法。

そうこう何周か走っているうちに、T野とも絡まなくなった。
記憶では、T野よりは前を走っているはずなのだが、知らない間に追い抜かれているのかもしれない。
流れる汗で、メガネが曇り視界が悪い。
風で乾いた高濃度の汗が、時折目に入り、激しく浸みる。
スタートから1時間くらいが一番キツかったが、それから、徐々に日も傾き涼しくなり、ずいぶん楽になった。

11周目。
コースを三分の二くらい走ったところで、スタートから2時間が経過。
もう、この周回でおしまいだ。
最後の力を振り絞って〜〜〜ゴ〜〜〜ル!!
でのくらいの成績で終えたのかはわからないが、我ながら、よくやったぞ〜!

車の所に戻り、クーラーに冷やしていたビールで乾杯。
く〜〜〜っ!激ウマ!!
やはり、T野よりも前でゴールしていたようだ。
おお!体力競技で、初めてT野に勝ったかも。(いや、コバンザメでは体力勝負とは言わないか?(笑))


それから間もなく、今年の目玉。18時から、放送自粛曲全開のキヨシローのライブである。
アコギとパーカッション(ドラム)だけの編成ながら、分厚い音に感動。
30分くらいのミニライブと思っていたら、2時間弱のフルライブで、ラブ&ピースを熱唱であった。
2時間走りっぱなしの疲労も忘れて、立ちっぱなし出大いに盛り上がり。
生『憧れの北朝鮮』も聞けたし、これで無料なんて、かなりお買い得だ〜。
そして、20時からは、恒例の花火。
時間は短かったが、至近距離でみた花火は、立体的で花火制作者の意志がビンビン感じられるほど、大迫力。
ここ数年、僕が見たの花火の中では、ナンバーワンだったかもしれない。

花火が終わり、車に戻ると、それを待っていたかのように夕立。
ゲハヘだったので、T野と晩飯は焼き肉。
本日の健闘をたたえ合い、翌日も取材のあるT野はホテルへ。
僕は帰路に着き、途中激睡魔におそわれ、仮眠して家に着いたら午前3時を回っていた。
いやいや、お疲れさまでした〜〜〜。

そうそう、肝心のレースの結果。
2時間エンデューロソロ・・・周回数11周。平均時速31.75キロ。
何と!274エントリー中、81位!!(拍手)でした。
(ちなみに、キャプテンT野は115位。)
詳しい『シマノ鈴鹿ロード』の様子は、T野が『すずかちゃん』という似つかわしくないキャラクターに扮して取材したHPにもアップされてますよ〜。
http://cycle.shimano.co.jp/frame_event.html

(写真は、スタート前の様子。この後ろにも、これと同じもしくはこれ以上の人がいるのだ。)

 海へ。 

2003年08月30日(土) 0時08分
今年は冷夏という話だったが(というか、確かに冷夏だったが)お盆過ぎから、突然暑くなってきた。
グズグズしていた天気も、すっきり晴れたりしてきた。(最近は、また、そうでもないが・・・でも暑い!)
残暑と呼ばれる時期になって、やっと暑い夏が始まった感じである。
しかし、もうお盆もとうに明けている。
ボヤボヤしていると、すぐに秋がやってきてしまうのだ。
そんな、先週末土曜日早朝午前5時。
僕らは、過ぎゆく夏を追いかけるように、車で高速道路をトばしていた。
天気予報は、土日とも、この夏一番の激しい夏日の予報。
サーファーの朝は早い(笑)。
去年、年甲斐もなく、突如サーフィンを経験して、今回は3度目。
T君を師匠に迎え、向かうは、サーフィンのメッカ、四国生見海岸である。
先日、突発的にロングボードを購入し、もう一人で磯ノ浦とか行きまくり&気合い入りまくりの翻訳家のタマゴさおりんを筆頭に、今回のメンツは大人5名だ。

到着は、8時半頃だったろうか。
ビーチに車を下ろし、タープを設営。
朝から、照りつける太陽に草いきれ、海風。
早速海に突入すると、冷夏のせいか、今までにないほど、水は澄みきっていた。
爽快〜〜〜!
波はセットで腰くらいながらも『ロングボードにはおあつらえ向き。』とのT師匠のお声もかかり、ではでは・・・と一年ぶりのパドリング。
何本か失敗した後、なんとかテイクオフにも成功である。
師匠の言うとうり、今日の波は、確かに乗りやすい。
しかも『乗り物酔い止め』を飲んでいるので、今年は、波酔いの心配もなく安心なのだ。(笑)
結局、午前中で、4本立つことに成功し、焼きソバで昼食・・・昼寝。
しかし午後は、潮が満ちて波が変わってしまい、全然立てず。
僕のような『超』が付く初心者は、パドリングが遅いので、パワーのない波だとすぐに波に追い抜かれてしまうのだ。
今はインターネットで怪しげなモノを売って生計を立てている元サーファーのI田氏が昔、サーフィン上達のコツを『パドリング3年!!』と言い放っていたのを思い出す。
ここいらのポイントは、波の小さい日は、引き潮の時がいい波が立つらしく、午後からは潮が満ちてきてしまいこんな状態。
まあ、自然のコンディションで、すぐに出来たり出来なくなったりしてしまうのは、スノーボードも一緒だな。
なかなか、色々と勉強になります。師匠!

夕方、撤収し、車にて海部川河原へ。
今夜の宿はココである。
去年も来た、お気に入りの場所。
この前の台風で、河原の様子がずいぶん変わってしまっていたが、海同様、川の透明度も去年にも増してすばらしい。
キャンプサイトを設営し、夕食。
皆さん、朝が早かったので、ひととうり酔っぱらった後、宴もそこそこに、でもビールは1ケース空けて就寝。
空を仰げば天の川、そして、58000年に一度の大接近を見せている火星がオレンジ色に輝いていた。

翌朝は、8時起床。
今日も快晴。
テントに日が当たりだすと、もう暑くて寝ていられない。
朝食を食い、のんびりしていると、もうアッと言う間に辺りの気温はビール適温に上昇。
しかし、昨日の晩までに36缶を消費し尽くし、手元のビールはスッカラカンである。
少々悩んだが、やはり、街までビールを買いに走り、帰ってきたら、河原は、水遊びに来た車でごった返していた。
そして、なにやらウチのテントサイトも騒がしい。
『隊長!!大事件発生です!!!』
ふと見ると、T師匠が、何と!川の中で七輪をゴシゴシ洗っているではないか!
『何やってるんだ〜! そんなもん、洗っちゃイカン!!!』
と慌てて駆け寄ると・・・。
『隊長!あの犬が、七輪にオシッコ掛けました〜〜〜!』
『なにぃ!!!』
どうやら、向こうのベンツワゴン一行の雑種犬が、そこら中にマーキングをしてまわっているらしいのだ。
一応、飼い主は謝りに来たらしいが、その時は、まだ僕は帰ってきていなかった。
人のイイ隊員連中は、あまりの出来事に呆然として、咎めることも無く許してしまったようである。
そして、とにかく何とかしなければ・・・と、川でゴシゴシ洗っていたというしだいらしい。
しかし結局、飼い主は、そのフテエ犬を繋ぐことはなく、その後、ウチのタープのポールに、もう一度『マーキング』しやがった。
その犬の名前が、後にどうやら『マーク』という名前だと判ったのは、笑えないギャグ(事実)である。
しかしまあ、ビールも買ってきた事だし、七輪は、なんとか割れたりせず無事だったので、そんな事は、海部川の清流にすっかり流す事にして、水着に着替えて、川に潜った。
今年は冷夏なので川の苔の生育が悪く鮎は不漁であると聞いていたが、確かに去年あんなに沢山いた鮎は、ほとんどいなかった。
しかし、生物の色は濃い。
奥の方の小さな流れ込みで、モクズガニと、手長エビを発見。
下流に流しう○こをしにいったT師匠から、下流には、鮎も沢山いましたよ〜。との報告を受ける。
今年も、清流海部川は健在だ。

昼頃まで撤収しつつウダウダして、車に乗り込み、再び海へ。
生見へ向かったが、昨日以上に波が無い。
尾崎まで足を伸ばすも、同様のコンディション。
しょうがないので、昨日の近所に車を下ろし昼食の用意。
湿った七輪でなんとか残った肉を焼き、ダッチオーブンでピザを焼きつつ、ビールを飲んでいたら、すっかり夕方になってしまっていた。
さおりんが、S藤のインターネットで騙されて買ったエセボディーボードで遊び、僕も、最後に、夕方の海に入った。

結局、生見を後にした時は、19時を回っていた。
阿南で温泉に入り、西宮に着いたのは午前1時。
今回は今年の夏の中では、一番夏らしい週末だったに違いない。
ビール合計60缶。
皆さん、お疲れさまでした〜。

 龍神でバンガロー。 

2003年08月20日(水) 0時10分
ぴりかお亭ビアガーデンを終えて、深夜3時に、宝塚ホテル向かいの武庫川の畔でゲロった5時間後、目が覚めると、以外と気分はすっきりしていた。
今日(13日)は、S藤氏主催のお盆キャンプである。
これは先週、急遽決まったイベント。
S藤氏とは、ヴォーカルがハーフの未成年のギャルという豪華(?)な謎のレゲイバンドのバンマスもしているコピーライターである。
で、バンマスである彼は、メンバーと親睦を深めようと、夏のキャンプの企画を立てたわけだ。
しかし、蓋を開けてみると、結局だーれも来なかった・・・という、まるで、中小企業の課長が一人張り切って、色々イベントを企画しているのだが、若い社員は皆シラケている・・・といったような(知らんけど。)もの悲しいエピソードを背負った企画なのである。

しかしまあ、そんなこんなもそっちのけ。
お盆もまっただ中に、今回集まった面々は、S藤氏、I藤のアニキ、I上ねーさん、僕の4人。
ねーさんは、無理矢理仕事を休んでまでのご参加である。
お盆ならではの渋滞を経て、途中、謎のドライブインで、謎の『ベトコンラーメン』なるもの(ややウマ)を食い、たどり着いたのは、秘境(というか遠〜〜〜い)龍神村の『丹生ヤマセミの郷キャンプ場』。
清流丹生川沿いにある、けっこう新しいキャンプ場で、温泉(600円)付き。
しかも今回は、ハーフのお嬢様効果か、何と!バンガローに御宿泊である。
新しくて、かなりキレイなログハウスだ。

生憎、お天気は曇り時々小雨、気温25度以下だったが、お元気な中年連中は、荷下ろしが終わるやいなや、早速水着に着替えて、ビールを片手に川原に繰り出した。
というか、夏の河原に来たら、何が何でも泳ぐのである。
実は、僕はほとんど『やめとこ〜よぉ。』モードだったのだが、僕より5才も6才も年上の方々が次々入水されていては、僕も入らないというわけにはいかない。
激寒・・・!!
ほとんど浸かっておれないので、早々に水から上がり、微妙な達成感のみを得て、温泉へ。
ほっこりした後、バンガローに戻り、夕食。
七輪でBBQ、ダッチオーブンで唐揚げ。
ビールを飲んで、ギターを取り出して、その後はいつもの怒濤のフォークソング大会。
ウエストコーストなI上ねーさんは、ほとんど呆れ顔であったのだが、そのままテンションはどんどん上がり、最後は、酒の力も手伝って、ねーさんも、なごり雪を口ずさむほどでありました。(笑)

翌朝は、8時に起床。土砂降り。
朝食を食い、ドタバタと後片付けをして、チェックアウト。(チェックアウト10時ってーのは、ちょっと忙しいぞ。)
帰りに、紀ノ川の橋の下で、パスタで昼食をして、大阪で会社の部会のあるねーさんを福島で下ろして、帰宅。
なんと、その時の大阪の気温、22度。
今年は冷夏である事を、大いに実感した2日間でした。

(写真は、バンガローにて。Tシャツを短パンに入れているのがポイント。3人、カラーコーディネイトがされているのは、偶然である。)


 ペルセウス流星群 

2003年08月16日(土) 14時28分
お盆である。
お盆と言えば、ペルセウス座流星群である。
ペルセウス座流星群とは、『スイフト・タットル彗星』を母彗星とし、毎年8月12日頃に極大をむかえる流星群で、明るい流星が多く、三大流星群の一つに数えられている。
のだが、ここ2〜3年は、どーも関西方面ではお天気が悪く、なかなか、観測のチャンスが無い。
去年は、引っ越したばかりの陶芸家のぴりかお女史の工房兼自宅で、観測会兼お披露目宴会をやったのだが、曇っていた。
結局、酒を飲んで騒いだだけだったような・・・。

しかしそれにも懲りず、今年も、同じく『ぴりかお亭』で観測会を開く事になった。
まあ、お天気は水物なので、考えてもしょうがないが、それ以前に実は今年は、月齢が12で満月に近く、観測条件は、かなり悪。
と・・・いうのが前々からわかっていたので、今年は、色々なイベントを抱き合わせる事になった。
主のたこ焼き&タコスのWタコ屋台&フードコーディネーターYちゃんの、おたのしみ料理数品&ビール爆飲&おたっしゃK隊員特製アイスデザート&料理人B先生がピーコのファッションチェックで突っ込まれタジタジビデオ&シベ超鑑賞会&宝塚超シブ銭湯入浴会&残り物花火大会&ぴりかお女史の娘、ちり号(犬)がご案内の裏山ミニハイク(散歩)&ぴりかお亭の庭整備(草むしり)等。
まあ、全部できるワケはないのだろうが、とりあえず、前々から企画のあったヤツを、全部詰め込んでみたわけである。

夕方、三々五々集合。
天気予報は、生憎の曇り。で実際、見事に大曇り。
ガーデンの草むしりや、テーブルのセッティングを済ませて、宝塚の荒神温泉(銭湯!)へ。
泣かせる露天風呂なんかを堪能して、怒濤のビアガーデンパーティー。そして花火。
室内に入り、B先生のビデオを鑑賞する頃には、すっかり夜中になっていた。
僕は、ちょっと飲み過ぎ・・というか、そんなに飲んでいなかったのだが、何故か酔っぱらって少々ダウン。
ホントは、泊まるはずだったのだが、あまりの頭痛と、エスニックな臭いの充満した部屋に、気分が悪くなり、夜中の3時頃、おいとまさせていただきました。
きっと、パワフルな皆様に喋るヒマを与えてもらえず、黙々とビールを飲んでいたのがいけなかったのだ。きっと。
いやいや、笑い事ではない。
思い起こせば、最近、静かに酒を飲むと、悪酔いする傾向にあるのだよ。ホント。
という事は・・・酔うとカタリまくるのは、本能的に、体調を維持するためだったって事か?(いや、酔ってなくてもカタルけど・・・)
しかしまあとりあえず、煩がらずに、今後ともよろしくお願いいたします。(笑)

結局、夜空を見上げたのは、帰り際、深呼吸する際、天を仰いだのみでしたなぁ。

翌朝は、そのまま出勤の方もおられた様子。
皆さん、お疲れさんでした〜。

 東京帰り 

2003年08月15日(金) 12時54分
早めの夏休みを取って・・・といっても『普段から、年中夏休みの様なものではないか!』と突っ込まれそうだが、というか、もうBBSで、たけちんさんに突っ込まれてしまったが、7日木曜日昼に仕事を納品してから、東京へ行って来た。
去年の、怒濤のバイク自走往復スペシャルで、努力で安く東京に行くにも、けっこう限界があるという事を思い知ったので(疲れる&以外と飯代、水分補給代がかかる&キャンプするとビールやアテ代もかかる&夏の平地の野営は暑い等々)、今年は、忍耐で東京往復に挑む事にした。
JR東海道昼特急大阪号。
いわゆる、高速バスである。
実は、去年、神宮に『池山引退試合』を見に行った時に使って、今回は2度目なのだが・・・
何と料金が、往復一万円也!!
しかし、たかが高速バスと馬鹿にしてはいけない。
最新型ダブルデッカー、3列シートで、隣の席とは完全に独立しているし、広い。
シートの環境だけを取ったら、新幹線や飛行機のエコノミーシートよりは断然いいはずだ。
しかし、片道8時間以上。
まあ、今年は、iBookも持っていくことだし、この8時間に、溜まった日記を一気に進めてしまえば、それも、かなり有効な時間に早変わりするはずだ。(実際は、走行中にモニターを見られたのは15分が限界であった。誰かこの激乗り物酔い体質、何とかしてくれ。)

14時10分に大阪駅前を出発。
バスは、まず、養老SAに止まり10分休憩。
その後浜名湖SA10分、足柄SA10分を経て東京駅へ着いたのは、1時間10分遅れの23時だった。
お盆休みを微妙に避けたつもりだったのだが、けっこう渋滞もあった・・・。
とまあ、道中はこんな感じ。
2階建てのバスなので、目線は高く眺めも良い。
長時間座っていなければならない事と、到着時間が読めない事を除けば、僕的には、そんなに苦痛な旅ではなかったな。

で、東京では・・・
知り合いのデザイナーと、久々に会おうと連絡を取ったりしたのだが、予定が合わず、今回は見送り。
八景島シーパラダイスに行ったり(僕は、何処に旅行に行っても、水族館があれば覗きに行ってしまうくらいの水族館好きである。)
東京ドームに、巨人VSヤクルト戦を見に行ったり(いい試合だったんんだけどなぁ・・・これで僕が見に行ったヤクルトの試合は、5連敗かも。(涙))
土曜日は、Y田家が息子と台風を連れて東京に遊びに来たので、土日と一緒に東京見物&雑貨屋めぐりをしたりしていた。
そういえば、台風、我が家のある西宮に上陸だったらしいね。
東京も、街路樹が倒れるほどの、なかなかの激しい暴風雨だった。
まさか、西宮を直撃するとは思っていなかったので、何の対策も取っていなかったのだが、そういえば、昔、台風でクーラーボックスの蓋が何処かへ飛んでいって、行方しれずになった事があったよなぁ・・・。
ってなわけで、ベランダにほったらかしたクーラーボックスと葦簀が心配。

帰りは、月曜日10時10分に東京駅発。
いきなりの大渋滞。
足柄SAに10分休憩で、浜名湖SAで45分の昼食休憩だったのだが、そこに着いたのは、14時を回っていた。
それから断続的な渋滞、養老SAを経て、大阪駅に着いたのは、20時過ぎ。
1時間50分の遅れ。まあ、お盆だしねぇ。
あ、クーラーと葦簀は、全く無事でございました。

(写真は、月島で初体験のもんじゃ焼きの図。お味は・・・不味くもないが美味くもない、うーんなるほど・・といった感じでしたな。)

 にわか自転車屋 

2003年08月12日(火) 7時24分
もう2週間半ほど前になってしまうが、陶芸家のぴりかお女史が、マウンテンバイクを持ってやってきた。
ゲイリー・フィッシャーの・・・もう、10年以上前のモデルかもしれない。
けっこう錆がまわっていて、見た目はかなりヘタっていた。
ゲイリー・フィッシャーとはアメリカの自転車メーカーで、何と!マウンテンバイクの本家本元。
その当時は、まだ、舶来ブランドのバイクはけっこう高くて、きっと、コイツもそこそこ高かったに違いない。
で、これをどーするのかと言うとですな・・・。
ちゃんと整備し直して、しっかり乗れる状態にしよう!!というのである。
僕が。(笑)
最近、なんだか、自転車を触るのが楽しくてしょがないのだ。
しかし、今ちゃんと調子良く動いている自転車を分解するのも、どーも気が引ける。
だから、彼女から全然乗っていないマウンテンバイクがあると聞いた時、『よっしゃ。そんならワシが整備したろ!』と・・・このよう
なしだい。
フレームも、どうみても彼女には大きすぎるので、ヘッドなどを交換して、なんとかポジションも出せれば、そうしたい。

それから、早速、前に買っておいた、MTBのメンテナンスブックを開いて、分解&洗浄&錆落としにとりかかった。
パーツは、何と!今は無き『サンツアー』のコンポ。
う〜む、交換パーツはあるのかなぁ・・・。
ヘッドも『アヘッド』に交換しようと思ったので、アダプターを求めて、行きつけのサンワ(自転車屋)へオリジナルのヘッドを持って
いって聞いてみると・・・。
『あ〜、これねぇ・・・スーパーオーバーサイズっていのは、もう無いんですよねぇ・・・。』との答え。
そうかぁ・・・。そういえばこの頃って、とにかく太ければエライみたいな時代だったよなぁ・・・。
無いという事ならしょうがない。チェーンはシマノのヤツでもいけるらしいので、チェーンだけ買って帰った。

そして、週末は、八ヶ岳でマウンテンバイク漬け。
帰ってきて、へろへろなりながら原稿をアップして、今度は組み付けである。
もう、ほとんど自転車屋。(笑)
グリースをコテコテ、専用工具を使って組み付け。
出来上がって、翌朝、試し乗りで、苦楽園まで朝食のパンを買いに行ってみる。
が、やはり、大きいなぁ・・・。身長171センチの僕で、シートを一番前まで出してみても、ちょっと大きい。
やはり、せめてハンドルだけでも近づけれないかと、インターネットの通販のページを見ていると・・・ありましたよ〜。
スーパーオーバーサイズ→オーバーサイズのシュレッドレスコンバーター。(なんちゃってアヘッドアダプター)
しかも、超メジャーメーカーの日東から出てるではないか。
(うーむ、サンワのニーチャン、ちょいと勉強が足らんのではないかい?)
早速注文し、商品の到着を待っている間に、今度は、後輪がパンクしている事が判明。
タイヤも、もうほとんどシんでいたので、タイヤとチューブを交換。
ついでに、全然利かなかったブレーキパッドも交換じゃ〜。(ぴりかお女史曰く、『もう任せるわ〜。(苦笑)』)
ホイールの振れも、できるかぎり取り、長すぎるチェンジやブレーキのケーブルも短くして、組み付け終了。

しかし、最後に思わぬ大仕事が待っていた。
サンツアーのリアディレイラーの調整が、全く決まらないのである。
仕事の合間にだが、丸一日イジリ倒しても、全然決まらない。
というか、チェーンが純正でないからかもしれないが、『このスプロケット、ディレイラーとちゃんと合ってるのか?』いやいやもしかして、『フレーム自体が合っていないのでは?』と思うくらい、ゼンゼンダメ。
色々試したあげく、ワッシャーのような物を間に噛まして、スプロケットとディレイラーの間を1ミリほど広げて、完璧とは言えないが、なんとかセッティングを出す事に成功した。(しばらく乗っていると馴染んでくると思うのだが・・・。)

いや〜、しかし、すっかり蘇ったぞ。
先日、本人に跨ってもらい、ポジションを調整して納車完了!
部品代、12,000円也。(安いもんだ!!?)
思わず、保管場所を、室内にお願いしてしまいましたよ。(笑)
でも、ガンガン乗って下さいませ。
来年は、天満屋ハピータウンカップにでも出ますか〜。

 孫太郎。 

2003年08月09日(土) 8時11分
この話は、たしか、シドニーオリンピックの時だから・・・3年前に遡る。
Bルー歳事企画部長のT野女史と『今年の夏のキャンプは何処にすんべぇ?』と、頭を突き合わせ、決めたのがココだった。
『孫太郎オートキャンプ場』
なんと、日本オートキャンプ協会認定の『五つ星キャンプ場』だそうである。
『なんなんだ?その五つ星って!?』という事で、ずいぶん前から気にはなっていた所ではあったが、そのように権威を振りかざす輩に、ロクな奴はいないので、今まで、行こうと思ったことさえ無かった所である。
しかしまあ、関西に住んでいるキャンパーである以上、一度は経験しておかねばならないキャンプ場でもあるかなぁ・・・という気もしたりして、大勢で行けば、少々カンに触るような事でも、ネタにして笑い飛ばせるというモノかもしれないしな・・・なんて思ったりもして、まあ、予約する事に相成った。
・・・が、我々は、いきなり奴らの先制攻撃をクラう。
なんせ、予約がエライ面倒くさかった・・・らしい。(なんせ、3年も前だので記憶がアヤフヤである。)
『ウチではこう決まっていますので、気に入らないのなら来ていただかなくて結構!』と、まさに、こんな感じで、言い方を変えれば、まるで融通のきかないお役所チックな体勢。(というか、最近のお役所の方が、ずっと愛想がいいぞ。)
利用日の3ヶ月前の午前9時から電話で受付けで、一回の申し込みで2泊3日までしか申し込みできず、チェクインは14時〜17時のたった3時間のみで、門限が20時で、消灯は22時で、チェックアウトは12時である。
何だ何だ!五つ星とは、規制と不便を強要する事なのか?
例えば五つ星ホテルなんかは(残念ながら行ったことは無いが・・)何でも、お客様最優先のサービスが受けられる所なのではないのか?
五つ星レストランなんかの評価は、椅子のひき方や、落としたフォークへの対応なんかもチェックされるそうではないか。
いったい何処が五つ星なのだ?!
これなら、猛烈怒りの相談室で取り上げられている『ゆるせん!○○市役所!』なんかも、ぜ〜んぶ五つ星じゃぁ!!(←言い過ぎ)
と・・・思いつつ、そんな中でも、何が驚いたって、このキャンプ場。
予約必須の上に、キャンセルの場合、キャンセル料がかかるらしいのである!!
ちょっと待ってくれ!キャンプとは、自然が相手の大人のレジャーである。
悪天候の場合、『決行するか否か』それは、キャンパーの自己の判断に任されるべきものであり、その決定は、キャンパー個人個人の経験やスキル、装備によって判断されるものだ。
経験豊かなキャンパーは、少々の台風でも、快適にキャンプする事ができるかもしれないし、一方、初心者のキャンパーは、ちょっとした雨だけでも、『もうダメ・・・』な状況に陥ってしまう可能性だってある。
そんな個人の判断を一切排除した、キャンセル料制度。
いったい何なのだ、このキャンプ場は!!

・・・と、憤慨の度合いを強めつつ、当日(3年前ね)・・・。
何と、台風が来てしまった。(笑)
すると、孫太郎から『今日は、台風だから来ないでくれ。キャンセル料はいらないから。』といった内容の電話。
なんじゃそりゃあ!!
そっちの勝手なキャンセル料制度で、こっちの動きを直前まで制限しておきながら、当日になってこの仕打ち!!
大量に買い込んだBBQ用の肉、およびこの週末の我々の予定は、どうしてくれるのだ!
『このヤロ〜! こうなったら、意地でも行ってやる!!』と、息巻く僕はあっさり無視され、結局その時は、伊勢の方の別のキャンプ場のコテージを手配し、何とか、肉も無駄にせずには済んだ。


そして、今年・・・・・リベンジである。
今年も、まるでサービス業とは思えないような予約の作業とやり取りに、ちゃぶ台をひっくり返しそうになった事数回を経て、当日。
8月2日、朝8時に香芝集合。
後発隊も含めると、大人15人子供3人車6台の大所帯で、12時頃に目的地の紀伊長島へ到着した。
昼食を取り、早速買いだし。
ここ紀伊長島は、マンボウで有名らしく、所々でマンボウ料理の看板があったが、マンボウの肉はゲットできず。
(噂では激ウマらしいんだけど・・・ホントかなぁ。)
代わりに、魚屋で大アサリやサザエや伊勢エビ(生は高いので、冷凍(笑))をゲットし、14時過ぎに、さあ孫太郎へチェックインである。
T野情報によると、14時のチェックイン開始時間には、お客が殺到して、もの凄い大渋滞になると言われたらしいので、(五つ星なら、何か対策しろよ!と思うが・・・)覚悟して行ったら、全然そんな事もなく、すんなり入れた。
受付のニーチャンも、愛想が良く、いったいあの電話の対応は何だったのだ?という感じの、拍子抜け。
いやいや、でも待てよ。
とある情報筋によると、きっちり区画割りされた1サイトにつき4500円(Dサイト)という料金形態にも関わらず、そこにタープを2張り張ろうとしたら断られた。という報告も上がっている。
1サイトにテントを2つも3つも張っていたら、何を言われるかわかったものではないぞ!
と、思いつつも、そういう報告は全く無視して、計3サイトにまたがり、1サイトにはいつもの巨大タープ、残りのサイトに4〜5人用のテントを5張り・・・張りにかかった所でアクシデント発生。
といっても、『キャンプ場の管理人が、テントは1サイト1張りです〜〜〜!!』と、血相を変えてスッ飛んできたわけではない。
何と、K下君が、テントのポールを忘れたらしいのだ。
ポールは、テントの骨格。これが無いとテントもただの化学繊維の布である。
この後、しばらく彼は『骨無し』と呼ばれ、そして、夜は外で寝て、全身を蚊に食われまくった事は言うまでもない。
というか、最後まで飲んでたワシも、外で寝るハメになったっちゅねん!
テント2張りも持ってきていたというのにである。(笑)

ひとしきり設営が終わり、とりあえずビールで乾杯。
カナダ人のMッチーは、MDを持って、山に蝉の音のサンプリングに。
S條社長は、釣り道具を持って、目の前の海へ投げ釣りに。
芝は青々しく、皆さん、思い思いの夏休み。
僕も、釣り道具を持って、浜に出てみた。
よく考えたら、1ヶ月ぶりくらいの釣りである。
ビーチ(遊泳禁止)が西向きで、かなり眩しく暑いが、やはり、投げ釣りは気持ちがいい。
小キス、ヒイラギ、メッキが少々。
しかし、あまり釣れないので、適当に切り上げ、そろそろ夕飯の準備である。
本日の夕飯は、Y田家お買いあげの新品の七輪でBBQ、K下君のダッチオーブンでの鳥の丸揚げ。
それと、僕のダッチオーブンでは、伊勢エビ(冷凍)も入った、豪華海鮮酒蒸し。
皆さん、テーブルセッティングも虚しく、向こうで吊した鳥にお玉で油を掛け、あっちでBBQ、こっちで酒蒸しと立ったまま、怒濤のお食事タイム。
ラストは、こんがり狐色の鳥の丸挙げを貪るように食い、宴は最高潮へ・・・。

と、そこへいきなりキャンプ場内の有線放送が鳴り響いた。
『消灯の時間です。』
そうだ!ここは規律正しい孫太郎だったのである。
と言いつつも、まあ、炊事棟とかの電気が消えるだけだろう・・・・と思っていたら、早速、管理人がやってきた。
『すいません、消灯の時間ですので・・・』
どうやら、明かりを暗くしろと言って回っているようだ。
まあ、食事も終わっているので、『はいはい、すんません〜。』と、明かりを落とす。
僕らも大人なので、こんな事に噛みついたりはしないのだ。
と思ったら、その後、5分ほどして、また管理人がやってきて、今度は、うるさいので静かにしてくれと・・・。
まあ、確かに、少々うるさかったかもしれないが、まだ10時にもなっていなかったんだけどなぁ。
それに、別に騒いでたわけではなく、普通に喋っていただけなのだが・・・。(その声がデカイという話もある。)
結局、その後、12時までに、管理人に注意されること2回。
(うるさいと思われた、各サイトの皆様、どーもすんませんでした。)
計4回の教育的指導をほどこされ、最後には、『もう黙るには寝るしかないのね・・・。』と、就寝。
(翌朝は早〜くから、今日の天気予報を、大音量で有線放送。どーやら、ここのルールは、強制的に『全員早寝早起きしろ!』という事らしい。)
そして、翌朝起きて気が付いた。
僕らのサイトは、ちょうど山側の谷の突き当たりになっていて、そこから全体のサイトに向かって開けていたのだが、その地形がいけなかったようなのだ。
声が谷に反響し、管理棟に向かって、天然のメガホンのようになっていたのである。
まあ、しかし、やはりこういう密集したキャンプ場での、ある意味集団生活では、ヨソ様にご迷惑がかかるような事はつつしむべきである。
でも、夜の宴は、キャンプの大きな楽しみでもある。
それがダメだというのなら、いくら設備が綺麗でも、それは僕らにとっては、つまらないキャンプ場だよなぁ・・・。

というわけで・・・星3つ半。
これが、僕の、孫太郎への評価である。
確かに、設備は綺麗だし、シャワーやコインランドリーなど、色々と充実もしている。
しかし、チェックインや門限など、色々と規則が煩く、キャンパーは画一的な生活を強いられるので、星1つ減。
それから、釣りがイマイチだったので星半分減。
あと、サイトにアリが多かった・・・。
ちなみに、夜中注意されたのは、僕らの方が悪いので、星勘定には入れないぞ。

朝食を食い、テントを撤収し、早々に車にて、近所の古里海岸海水浴場へ。
で、海水浴を楽しんだ後、古里温泉温泉に入り、帰りに、奈良で、謎のパラダイス系蕎麦屋で夕食を取り、香芝SAにて解散。
皆さん、お疲れさまでした〜。
それから、アップ、遅くなってすんませんでした〜。(笑)

(写真は、夕飯の豪華海鮮酒蒸しの図。)

 梅雨明け。 

2003年07月30日(水) 22時48分
梅雨も明け、ツール・ド・フランスも、蓋を開ければ、ランス様の総合5連勝でめでたく幕を閉じた。
そして一方、僕のツール参戦は、夏風邪をひき込んだ事もあり、わずか二日に止まった。
というか、この風邪も、前半で6人がリタイヤしてしまったチームファッサボルトロのように、ツール参戦ゆえの疲労困憊で抵抗力が落ちていたところに、風邪の菌にヤラれてしまった結果と言っても過言ではないだろう。(一緒にするなよって?)
やはり、ツールは、過酷だったのである。(バーチャルだけどな。)
実は、まだ全快というわけでもないのだが、いつまでもグズグズと肉体を甘やかしてもいられない。
こういうのは、乗りながら治すのだ。
総合二位になったヤン・ウルリッヒも、ツール前半39度の熱を出しながらも、きっちり復活していたではないか。(だから、一緒にするなって?)
最近は、すっかり、自転車で大阪へ行き、納品や打ち合わせの日々。
トレーニングの甲斐あってか、この頃は、大阪まで、片道55分を切っている。
先日は、南港ATCに打ち合わせにいく用事があって、弁天町から渡し船で渡ろうと思ったら、もうその渡しは廃線(っていうのか?)になっていて、結局、住之江公園までの大回りになってしまった。
遠かったわぁ〜。

それにしても、今年の夏は、どーもまだ夏っぽくない。
普通、梅雨明けといったら、ぱ〜っと夏空が広がったりするもんであるが、今年はそうでもない。
今日あたりは、いよいよ夏らしい蒸し暑さだなぁ・・と思ったが、それは、西日直撃の我が家の話で、一歩外に出たら、実はけっこう涼しかった。
しかしまあ、知らないうちに、クマゼミ、ミンミンゼミ、アブラゼミ、ヒグラシと、蝉はひととうり鳴き始めてはいる。
まだ全開とはいかないまでも、夏は着実にやって来ていますな。

(写真は、今日、大阪へ打ち合わせに行く途中、淀川大橋から見えた梅田方面の風景。)

 ビジョンメガネからの手紙。 

2003年07月26日(土) 0時53分
少し前になるが、オールスターで、阪神VSパ・リーグという、僕的には、かなりシラケた試合をやっていたその頃・・・。
ポストに、こんな封書が届いていた。(右写真参照)
なになに・・・『特別プレゼント 選手と同じお名前のあなた様へ!!』

ぬぅあにぃ!!
ワシが、大のヤクルトファンである事を知っての狼藉か!!
というか、誰だ? 阪神でワシと同じ名前を名乗っているフトドキ者は!
佐々木 誠も、萩原 誠も引退したはずではないか。
と・・・思って調べてみたら、まあ、吉野 誠はいいとして、何と!!
今岡が『誠』を名乗っているではないか〜っ!!(ってゆーか、『誠』って多いのねぇ・・・)
イヤイヤ、別に僕は、阪神の選手が嫌いというわけではない。
片岡や、赤星、低音がステキな藪など、けっこう好きな選手もいる。
星野監督にも頑張ってほしい。
しかし・・・よりによって、今岡ですかい!
いや、ヤメておこう。実際会ったらイイ奴かもしれないし・・・(笑)

しかし、最近の阪神好調便乗商法にも、たいがい辟易していたのだが、それにしても、けしからんのはビジョンメガネである。
阪神間に住んでいたら、全員阪神ファンか!!
これが、お客様全員に・・・というサービスなら、まだわかる。
ビジョンメガネは、阪神タイガースを応援しているのだなあ・・・と(まあ、ただの便乗商法なのだろうが)思ってサラリと流す事もできただろう。
しかし、『選手と同じ名前だから当たりました!』などと、このピンポイントの狙い打たれ。
うれしかねーやーい!!
ライバルチームの他球団ファンが、そんな事を言われて喜ぶわけがないではないか!
少し考えればわかりそうなんもんである。
いや、考えてみると、ビジョンメガネでこの企画が出た時、こういう客がいるという事は十分予想できたはずである。
(一応、同封のチラシのようなものに、小さい字で、『お気に召されない場合は申し訳ございません。同じ野球ファンとしてお受け取り頂ければ幸いです。』と書いてもあった。)
しかし、『関西在住で、阪神の選手と同じ名前で、野球ファンで、阪神以外の同リーグのチームの熱烈なファン』であるという、恐らく超少数派は、きっと『取るに足らない』と、排除されたに違いない。
あーそーですか。ビジョンメガネさん、阪神ファン以外の客はイランというわけですな。
というか、優勝しそうになったから突然阪神を応援しだした、超便乗商法企業ごときに、なんで、ワシが排除されねばならんのだ!!
納得イカン! ああ、納得イカンぞ〜!!

あ、ちなみに、その『特別プレゼント』とは、タイガース柄のメガネ拭き(400円)であった。
誰か、欲しい人〜。差し上げます。
洗顔用としても使えるらしいぞ。


 シマノ八ヶ岳バイカーズフェスティバル! 

2003年07月24日(木) 0時28分
気が付いたら、エライ更新を空けてしまったが・・・
週末、金土日は、八ヶ岳に行って来た。
でも、今回は(珍しく)遊びではない。
第13回八ヶ岳バイカーズフェスティバルの取材に行っていたのである。
シマノのオフィシャルイベントHPのスタッフとして。
そして、僕の肩書きは、何と!『ライター』である。(最近はこういう仕事もやっておるのだよ。わはは。)
もともとこの仕事、今年から、キャプテンT野が受けた仕事だったのだが、今回、彼女は、皆生トライアスロンに出る事になっていたので、僕が引き受けることになったしだい。

出発は、金曜日の昼。
ディレクターのA奥氏の車に、カメラマンのN橋君と乗り込み、一路、会場である山梨県清里の『サンメドウズ・ハイランドパーク』スキー場へ向かった。
6時間をかけ到着した現地は、霧時々雨。
とりあえず、会場の下見に行ったが、真っ白で何がなんだかよくわからない。
そして、さすがは高原清里。もう大阪では、茹だるような暑さなのに、気温摂氏15度、激寒である。
カメラマンのN橋君のTシャツ姿が、さらに寒々しい。
何と彼は、上着はTシャツしか持っていという超軽装。しかも、カッパも無し。
いくら若いといっても(22才!)、ちょっと読みが無さすぎだ〜。(笑)
(結局彼は、この後3日間、震え続けながら撮影をしていた。その震えで手ぶれを起こしていない事を祈るばかりである。)

翌日。いよいよ、大会開催。
朝5時20分起き。相変わらず霧が凄い。でも雨は降っていない。
僕の仕事は、会場や競技の様子を取材したり、このイベントに参加している色んな人たちにインタビューをする。というもの。
アップされるHPは、主に、初心者のバイカーがターゲットなので、表彰台の一番高いところの登っている選手というよりも、どちらかというと、家族連れや女性バイカー、楽しげなグループなんかを捜して会場やキャンプサイトをウロウロ。
写真を撮り、『何処から来たの?』とか『何の競技にエントリーしてるの?』等のお決まりの質問から、全然関係ない世間話まで、とりあえず、手当たり次第に取材していく。
風邪気味だった事もあって、夕方には声もガラガラ。
昨日までの雨で、コースもかなりドロドロズルズルで、取材するだけでも大変である。
でも、参加している選手達は、かなり楽しそう。
何かエントリーして、自転車持ってくれば良かったかなぁ・・・。

さらに翌日。今日が最終日である。
今日も5時20分起き。朝一の競技は、6時半とかに招集なのだ。
天気予報は、相変わらず曇りだったが、霧は7時前頃晴れて、初めて、会場が全貌を現した。
その後、お天気は徐々に回復し、昼頃には薄日も差す天気。
お天気が良くなると気分も良くなるのか、皆さん昨日よりも表情も明るく取材もしやすい。
昼前から、昨日行けなかった、シマノのブースの取材に行く。
HPの取材なのだが、取材と言いつつ、もうほとんど、僕個人の質問コーナー。(笑)
興味のおもむくままに、色んな質問を浴びせかけ、その後、メカニックの所に行って、さらに突っ込んだ質問。
しまいには、『これはオフレコでお願いするんだけど・・・。』(おお!!オフレコ!)
とまで言わせるほど、かなり立ち入った所まで取材してしまった。(笑)
(しかしまあ、そんなマニアックな事を書くHPでもないので、その取材は、ほとんど反映されてないんだけどね。)
その後、和やかな、ツーリング系の競技を取材した後、会場に戻り、閉会式。
その日のうちに帰阪。

自宅に帰ったのは、22時前だっただろうか。
その後、午前1時頃まで写真と、走り書きのメモの整理をして、就寝。
翌朝は6時に起きて、早速原稿書きに取りかかり、すべての原稿と写真の整理が終わったのは、19時半頃。
いや〜、ハードでした。
でも、なかなか面白い経験でしたな。

ちなみに、レースや会場の感じは、散々HPに書いたので、ココでは割愛させていただきます。
まあ、多少(?)美化しておりますな。(笑)
実際、この3倍くらいの取材はしているんだけどねぇ・・・。
詳しくはコチラの「2003年度八ヶ岳バイカーズフェスティバルの様子」をクリック。
http://cycle.shimano.co.jp/frame_event.html

(今大会、一番人気の、4時間エンデューロの1シーン。けっこう過酷です。)

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