うら遙(遙か×薄桜鬼)

May 27 [Sun], 2012, 23:13
『遙かなる薄桜の中で』   九十七章


 藤姫の無事を確信させて完全な事後承諾を得る為には藤姫を部屋に連れ帰ることが最低限の条件となる。
 あかね達と顔を合わせることなくすれ違った永倉は詩紋の案内のもと、人通りの少ない道を選んで屋敷へ帰る。

永倉「よし。もうすぐ屋敷だ」

 (途中で顔見知りに出会うことなくここまでやって来れたことに永倉は安心する)

詩紋「人の出入りもそんなに多くない……ということは、屋敷の人達はまだ何も知らないのかな?でも頼久さんが何も報告しないなんてちょっとおかしいかも」
永倉「揉め事を広げることなく内々に片付けるってことはよくある話だ。今のうちに行くぞ」
詩紋「だ、大丈夫ですか?門番の人は居ますけど」
永倉「そうやって怯えて挙動不審で居る方が怪しまれる。いつも通りでいいんだ」
詩紋「はあ」

 (永倉は背筋を伸ばして胸を張り、さして急ぐこともなく屋敷の門へと向かって行く)

永倉「よう。ご苦労さん」
詩紋「お疲れ様です」

 (二人は平静を装って門番に挨拶をする)

門番「ああ、どうも」

 (詩紋を見知っている門番は疑うことなく挨拶を返し二人を止めることをせずにまた前を向く)

永倉「………………」

 (永倉は振り返り、門番がこちらを気にしていないことを確認する。門番はまっすぐ前を向いているのでこちらが様子をうかがっていることなど知る由も無い)

永倉「ふー。どうやら怪しまれなかったようだな」
斎藤「新八、流山」

 (ホッとして前を向くと斎藤が二人の前に立ちはだかっていた)

永倉「よ、よう斎藤。どうした?こんな所で。確か何かの野菜を取りに行ったんじゃなかったか?」

 (屋敷の門番以上に油断のならない相手。永倉はビックリしながらもすぐに気持ちを落ち着けていつものような態度を取る)

斎藤「その用件なら既に済んだ。幸いに安倍殿の邸宅の敷地内に自生していたので分けてもらうことができた)
詩紋「良かったですね。何かお手伝いできることがあったら言ってください」
斎藤「ああ」
永倉「それじゃあ俺らはこれで」

 (永倉は片手を上げて去る為の挨拶をし、その場から立ち去ろうとした。斎藤が一人でここに居るということは藤姫の件に関してまだ何も知らないと見越してのことだ)

斎藤「待て、新八。その布の中身は何だ」

 (斎藤は鋭い眼光で永倉を見据えたまま尋ねた)

永倉「何って……アレだよ、ほら。アレ」
斎藤「そんな代名詞でわかると思っているのか」
永倉「だからほら……これくらいの大きさの……仏像!そう。仏像だって」
斎藤「ほう?この京都には長い髪の仏像も存在するというのか」
永倉「やべっ」

 (『長い髪』と言われ、永倉は布から藤姫の髪がはみ出して垂れているのかと思い慌てて腕の中に抱え込んで隠そうとした。しかし布の外から髪を見ることはできず、皆の目に映ったのはいきなり動いた『布の中身』だ。おそらく布の中の藤姫はいきなり抱え込まれてビックリしたのだろう)

斎藤「やはりな。その中に居るのは藤姫様か」

 (永倉の単純さを突いた策でまんまとハメた斎藤は溜息をついた)

永倉「何で野菜取りに行ったお前がそのこと知ってんだよ」
斎藤「安倍殿の屋敷を出て帰ろうとした時に副長や元宮らと会って話を聞いたのだ」
永倉「いや、これにはいろいろと事情があって……決して姫様を誘拐しようとしたわけじゃないんだ。な?詩紋」
詩紋「はい。それは僕も証明します」
斎藤「流山や姫様から言い出したことではないだろう。お前と言う奴はここでどれだけ世話になっているのかわかっているのか。万が一でも何かあれば源殿を始めとした屋敷の者の責任は計り知れない。おまけにお前が姫様を拐かしたという状況が揃っていながらもお前の潔白を信じた副長や元宮にも迷惑をかけているのだぞ」
詩紋「あ、あの、斎藤さん。こんな所でそんな話をしなくても……」

 (詩紋は周りを見回しながら斎藤を宥める。『藤姫をさらった』などという言葉を屋敷の者に聞かれては騒ぎが大きくなってあらぬ罪まで永倉に着せられかねない。それは内々に事を済ませようとしていたあかねの気持ちも無駄になってしまうということだ)

斎藤「………………」

 (詩紋の言葉からそれを察した斎藤は押し黙った)

永倉「ま、まあとにかく他の奴らに気づかれないうちに姫様を部屋まで送り届けねえと『無事』ってことにはならないだろ。説教はまた後で聞くから」
斎藤「……わかった。早く行くぞ」
永倉「おう」

 (詩紋の存在により、屋敷の武士や女房らに異変を悟られることなく皆は無事に藤姫の部屋へと辿り着いた)

永倉「よし、もういいぜ」

 (部屋に入り障子や几帳でできるだけ部屋の中を隠し、誰にも見られていないことを確認してから永倉は布を広げた)

藤姫「ふぅ。ありがとうございました、永倉殿」

 (布越しでない新鮮な空気を吸って一息ついた後、藤姫は永倉に礼を言う)

斎藤「すまなかった、姫様。新八がとんでもないことをしたようだ」

 (斎藤は星座をして畳に両手を突き、藤姫に頭を下げた)

藤姫「まあ、斎藤殿。頭をお上げくださいませ。永倉殿は私の為を思って…そして神子様と同じ景色を見たいという私の願いを叶える為に外へ連れて行ってくださったのです」
斎藤「いや。如何なる願いがあろうともあんたはこの京都で大事な立場の姫様だ。その立場がある以上、この屋敷の中で守り通すのが本来の武士としての役目。それを破った新八をかばう必要はありません」

 (藤姫に言われても斎藤は頭を上げ得ることなく己の意志を告げた。相手が十歳の子供であろうとも優先させるべきはその立場ということがわかっている斎藤は姿勢を崩すことはしない)

藤姫「本当に構いませんから。そこまで畏まられてしまうとかえって恐縮ですわ」
斎藤「そうか……?」

 (藤姫の困った声を聞き、斉藤はようやく頭を上げた)

永倉「ったく。真面目過ぎるんだよお前は。怨霊が出た時のことも考えてちゃんと詩紋も連れて行ったってのに」
詩紋「結局怨霊は出なかったので何もできませんでしたけど」
永倉「その場に居るだけでの安心感ってのもあるんだよ。それに悪いことが起きなかったんだからそれに越したことは無い」
斎藤「結果論ばかり言っても仕方がない。とにかく副長と元宮が帰って来たらお前もきちんと謝るのだぞ」
永倉「土方さんか……こっちに来てから怒られてばっかりだってのに……」
斎藤「返事は」
永倉「はい!」


再来週につづく。
(※6/3掲載分は番外編になります)

うら遙(遙か×薄桜鬼)

May 20 [Sun], 2012, 23:49
『遙かなる薄桜の中で』   九十六章


 頼久が何かに戸惑っている心情を宝珠から通して受け取ったあかね。
 心配になりながらも気を取り直して永倉の行方の聞き込みを続けようとしたその時、あかねの肩に一羽の白い鳥が留まった。

あかね「……鳩?」
天真「鳩はもうちょいでかいだろ」
??《神子、見つけた》
あかね「神子……?あれ、この印……」

 (怨霊と対峙し小天狗とも不通に話しているあかねが今更人外の者が喋ることに驚くことは無い。鳩をよく見るとその額に五芒星が描かれているのに気が付いた)

頼久「どうやら泰明殿の式神のようですね」
あかね「何かあったんですか?」

 (あかねは式神を肩から自分の指へと留まらせ、顔が向かい合うような形で尋ねた)

式神《洛中に鬼の呪詛を見つけた。永泉と原田左之助が見張りをしている。至急向かって浄化をしろ》
あかね「呪詛?大変。あ、でも……」

 (神子として呪詛を浄化しなければならない。しかしあかねとしては永倉を見つけてその身の潔白と藤姫の無事を確認しなければならない。二つの立場で揺れるあかねは言葉を閉ざした)

天真「先に呪詛を浄化した方がいい」
頼久「……意外だな。お前ならば永倉殿を探し出す方を優先させると思ったのだが」
天真「そりゃそっちも気になるよ。けど、『藤姫が安全』って可能性は充分にある。永倉が『護衛』だったら尚更だ。永倉の強さはお前だって知ってるだろ」
頼久「ああ」

 (頼久は天真の言葉に頷いた。朝稽古に乱入して勝負を挑んできた者達の力量は頼久も全て把握している)

天真「だから優先させるなら浄化の方だ」
頼久「なるほど。理論的だ」
あかね「……わかった。呪詛の方へ行こう。式神さん、道案内をしてもらえる?」
式神《心得た》

 (式神は再び翼を広げて宙に舞う。あかねに合わせてやや低めに飛んでゆくので足元が疎かになって転ぶなどということはなさそうだ。皆は走ってそれを追いかけた)

詩紋「……あれ?今のあかねちゃん?」

 (三人が去ったすぐ後に、船岡山から急いで下りて来た永倉達が同じ場所にたどり着いた。どこかの角も曲がっておらず距離もさほど離れていなかった為、詩紋はあかねの後姿に気が付いた)

詩紋「あか……」
永倉「こら待て。姫様がここに居る事をみすみすバラしてどうするんだ。無事に屋敷に送ってから説明しないと信用も説得力無いだろ」

 (永倉は藤姫を抱えていない方の手であかねを呼び止めようとした詩紋の口を塞いだ)

詩紋「ご、ごめんなさい」
永倉「わかればいいってことよ」

 (詩紋が永倉の言い分を理解したことにより、永倉は詩紋の口を塞いでいた手を放した)

永倉「あかねちゃんがここに居るってことは例の御神刀を頼みに行った帰りってとこだな。今ならまだ知られずに済むかも」
詩紋「御神刀って、イノリくんのお師匠さんの所に行ったはずですよね。だとすると方向が違うような……それに、一緒に居たのも土方さんや原田さんじゃなくて頼久さんみたいだったし……」

 (頼久は背が高く、あかねと共に居てもよく目立つ。詩紋が間違えるはずはない)

藤姫「頼久は本日屋敷の警護のはずです。神子様がその頼久と共に居るということは、ひょっとして神子様は一度屋敷に戻られたのではないでしょうか」
詩紋「それじゃ、あかねちゃんは藤姫を探しに来たんじゃない?」
永倉「有り得るな。……ってことは、説明してない以上俺は人さらいって思われてんのか?」
藤姫「可能性はあると思います。しかし、本当の人さらいでないことは私が証言いたしますわ。永倉殿が私の行く末を案じて外の世界を見せてくださったと私の口から言えば、神子様なら信じていただけます」
詩紋「そうだね。でも、こんな所でこの恰好じゃ……」

 (永倉の人相が悪いわけではない。しかし身体が頑丈に見える為に『力ずくで何でもやり遂げる荒くれ者』と思われることが多いだろう。事情を知らない者に不審者扱いされてもおかしくはない)

永倉「とにかく早く帰って姫様をいつもの場所に帰すのが一番だな。多分あいつら以外には姫様の不明は知られていないはずだから、他の奴が気づく前には何とかしないと」
詩紋「え?どうしてそこまでわかるんです?」
永倉「貴族の姫様が屋敷から消えたらあれくらいの人間での捜索は有り得ない。人海戦術で虱潰しが定石だ。他に武士のような奴とすれ違ってることがないなら『騒ぎの大きくならないうちに内輪で解決しよう』とでも思ってあかねちゃんが出て来たんだろ」
詩紋「なるほど」

 (『戦略』に長ける新選組幹部の言葉に詩紋は素直に納得する)

永倉「とは言え、巡察中の武士に見つかっても厄介だな。できるだけ人通りの少ない道を行こう。詩紋、わかるか」
詩紋「はい。こっちです」

 (四方の札探しの件もあり、この京の細部まで歩いたことがある詩紋は記憶をもとに人通りの少ない道を選び永倉を案内した)


来週につづく。

うら遙(遙か×薄桜鬼)

May 13 [Sun], 2012, 23:08
『遙かなる薄桜の中で』   九十五章


 『守れない今』に対してもどかしさが土方の身体を巡る。
 この京のように平和ではないけれどいつか『日常』に戻ることを願い、前へと進む。


あかね「それらしい人を見た?」

 (一方、『行方不明』とされた藤姫を見つける為に永倉の足取りを追って聞き込みをしていたあかね達は町人から有力な情報を得た)

町人「ああ。でかい荷物を抱えた体格のいい男だろ?外套を被っていて顔はハッキリ見えなかったが、外套の裾から見えた服やあの肩幅からして男であることには間違いない」
あかね「その『荷物』の中身が何かわかりませんでしたか?」
町人「さあねえ?荷を抱えている商人ならこの京に山ほど来るから中身はいちいち気にしないよ。籠を背負ってるんじゃなくて布に巻かれたモンを抱えてるだけなのは珍しいからたまたま覚えてただけだから」
あかね「そうですか。どうもありがとうございました」

 (あかねは軽く頭を下げて礼を言う。微笑んでいるようでなんとなく翳りも見え隠れしている表情だ)

天真「これで同じ目撃証言が三件目か……」
頼久「やはり藤姫様をさらったのは永倉の仕業ということだな」

 (頼久は怪訝な表情で呟いた)

あかね「まだそうと決まったわけじゃありませんよ」
頼久「お言葉ですが神子殿。荷を抱えて姿を隠した男が居たという話を証拠として見過ごすことはできません。厳しく追及すべきです」
あかね「………………」

 (あかねも本当は疑いたくない。史実において重要な役割を持っている者だからではなく友人としてのことだ。しかし確かな目撃情報がある以上優しさだけではかばいきれない)

天真「……ん?ちょっと待てよ?」
あかね「どうかした?天真くん」
天真「今までの目撃証言ではみんな『荷物を抱えたガタイのいい男』って言ってたよな」
あかね「うん。体格がいいのは永倉さんの特徴に当てはまるよ」
天真「そこがおかしい。永倉は詩紋と一緒のはずだろ?だったら『男達』とか『二人組』とかなるはずじゃねえか。となれば……」
あかね「みんなが見たのは永倉さんじゃないかもしれない?」
天真「そういうことだ」
頼久「たまたま詩紋が傍に居なかっただけかもしれん」
天真「この短時間で『たまたま』を三人も見かけるかよ。そもそも詩紋が永倉から離れて行動するわけねえ」
あかね「道案内が必要だから?」
天真「いや。永倉と一緒じゃなかったら詩紋は一人になるだろ。最初の頃に比べて度胸も付いて外に出られるようになったって言っても鬼が嫌われてる状況は変わってない。そんな中で誤解でも詩紋が『鬼』だと思われたらどうなるか、頼久もわかってるよな」
頼久「ああ」

 (詩紋が一番最初にこの京に来た時に鬼に間違われて迫害されていたところに居合わせて助けた頼久は深く頷く)

天真「ちょっと間違われたぐらいなら詩紋が耐えれば何とかなるけど、『争い』になったら話は別だろ」
あかね「そうだね…詩紋くんはそういうことを嫌ってるから。自分が何を言われても何をされても、鬼の人達が余計に誤解されないようにする為に苦しいぐらいに我慢しちゃうもの」
天真「腰に刀差してるんだから傍から見れば永倉も武士と思われる。永倉と一緒に居た方がいろんな意味で安全なのは詩紋もわかってる。それでなのに目撃される度に一人になるなんて考えられねえな」
あかね「私もそう思う。頼れる人が傍に居るなら素直に甘えるのも詩紋くんの優しさの一つだから」
頼久「では、神子殿も先程の町人達が目撃したのはいずれも永倉ではないと?」
あかね「はい」

 (あかねは自信を持ち、揺るぎない意志を湛えた瞳で頼久を見つめて言った。話一つや自分のワガママだけでは見えない事でも、人の気持ちが重なれば新たな真実となる)

天真「ま、その『荷物を抱えた男』ってのも怪しいって言えば怪しいけどな。永倉じゃない真犯人かもしれない」
頼久「天真。何故そうまで言って永倉をかばうのだ。直接の知り合いではないのだろう?」
天真「かばってんじゃねえ。信じてるだけだ。お前こそどうしてそんなに永倉を疑うんだよ」
頼久「神子殿もお住みになられている土御門の屋敷だ。警護も結界も万全で外部からの侵入者がまんまと藤姫様を連れ出すなど有り得ない。私は疑うべき者を疑っているに過ぎない」
天真「平助から『永倉が出かけた』って話を聞いたせいで同時に居なくなったことが目立ってるだけ。屋敷の奴ら全員の点呼を取ったわけじゃねえだろ。今だって藤姫を探すのと同時に永倉の疑いを晴らす為に動いてるんだからな」
頼久「………………」
天真「まさかとは思うが、土方が気に喰わないからってその仲間の永倉まで気に喰わなくなって疑いたいんじゃないだろうな?」

 (真面目だからこそそのパターンもあり得ると思った天真は少々呆れた様子を見せて頼久に尋ねた)

頼久「馬鹿を言うな。そのような私情を挟んでいては武士の務めなど果たせはしない」

 (頼久は動揺の色を全く見せることなく天真に答えた)

あかね「……頼久さん……?」

 (表情にも声にも見せない、心の奥底にある感情をあかねだけが宝珠を通して微かに感じていた。最初は分かり合えなかった天真は元々の立場が違うことで歩み寄る距離があったから近づくことができた。しかし同じ武士の道を歩んでいれば、距離が近いからこそ平行線を保って共感するかちょっとしたことでも衝突してしまうかのどちらか。同じだからこそ理解できないもどかしさから生まれた不信感はおそらく頼久自身気づいていないだろう)

頼久「何でしょうか、神子殿」
あかね「あ…いえ。すみません。何でもないです」

 (ハッキリわかったわけでもないのに『他人』の自分がどうこう言えることではないとあかねは言葉を押し込めた)

あかね「不審人物より藤姫ちゃんや永倉さんを探さないと。気を取り直して……」

    バサッ バサッ

あかね「……鳩?」

 (その時、あかねの肩に一羽の白い鳥が留まった)




来週につづく。

うら遙(遙か×薄桜鬼)

May 06 [Sun], 2012, 22:30
『遙かなる薄桜の中で』   九十四章


 町の中に埋められた呪詛の浄化にあかねが呼ばれ、永泉と原田はあかねがその場に来るまで見張りをすることになった。
 土方は再び沖田を探しに出かけることを選択し、泰明は土方の同行を選択した。

泰明「お前と行こう、土方歳三」
土方「ああ、わかった。こっちも怨霊相手はどうにもできないからな。八葉についていてもらった方が助かる」

 (ついて来てもらえるなら『有難い』と思うものの、自ら『ついて来てくれ』とは言えなかった。それは個人の事情で他人の行動を制限することはできないという武士としての配慮によるもの。だからこそ何故泰明がその道を選んだのかも聞くことはしない)

原田「じゃあ土方さん。総司のこと頼んだぜ」
土方「ああ。見つけたら周りの奴らに迷惑かけたことの説教をしておかねえとな」

 (土方はふっと笑って答えて内裏への道を取る。原田の言葉は土方が沖田を見つけることを確信してのことと感じられた。信用されて悪い気などするはずがない)

泰明「土方歳三。聞きたいことがある」

 (周りに沖田の手掛かりが残っていないかどうか注意しながらやや速めの規則正しい足音を立てて歩く中、不意に泰明が尋ねて来た)

土方「何だよ。こっちの世界で総司が行きそうな場所なら俺は答えられねえぜ。俺達の京都にはもう無い建物や地域だってあるぐらいだしな」

 (闇雲に探すよりも的を絞って探した方が合理的だと土方もわかっている。泰明の考え方が自分よりも合理的だとわかった以上その手の質問をしてくるであろうことも大体察しが付く。土方はその先手を打って断りを入れ、更に歩みを進める。沖田が通ったであろう道を探すのが今一番の『的』なおだ)

泰明「沖田総司のことではない。お前自身に関することだ」
土方「俺?」

 (土方は足を止め泰明に向き直った)

泰明「解せぬのだ。何故お前は本心を隠す?永泉はともかく原田左之助はお前の仲間であろう。仲間内で心の内を隠すことはしないものだと神子が言っていた)
土方「………………」

 (土方はしばらく黙った後、再び歩き出した)

土方「別に隠してることなんざねえよ」
泰明「それは嘘だな。お前の『気』は他の者より濃い故、その乱れもわかりやすい。真実を口にしてこのような気の乱れが生じるなど有り得ぬ」
土方「はぁ。厄介だな、陰陽師ってのは」

 (適当に言い繕ってあしらうつもりだったのに、と土方は溜息をついた)

土方「人間なんだからたとえ仲間相手でも隠し事の一つや二つあって当然なんだよ」

 (そして本当のことを口にする)

泰明「人間だからこそ言葉を以て相手に意志を伝えることができるのだ。その利点を無視してまで隠す意味が分からぬ」
土方「言いたくないから言わねえだけだ。個人的な問題も全部明け透けに話しゃいいってもんじゃねえんだよ。言葉にしたところでその先に希望があるか絶望しか無いか、そんなことはこっちで判断できねえ。そもそも、人の心に全部理由を付けて理屈と一緒に行動するなんざ馬鹿馬鹿しい話だ」
泰明「………………」

 (今度は泰明が立ち止まり黙り込む。言いたいことを全て伝えないのも謎であるが、行動に理由を伴わないのもまた謎である。今まで自分の世界に…そしてあかねの中にも見いだせなかった感覚。それを理解する答えを得る為に言葉が出ない)

土方「何だ、どうした?」

 (付いて来ない泰明が気にかかり、土方は軽く振り返って尋ねた)

泰明「神子は馬鹿なのか?」
土方「おいおい、誰もそこまで言ってねえだろ。どこからそんな考えが出て来るんだ?」
泰明「隠し事を許すこと、行動に理由を付けぬこと……お前の言い分では神子が間違っていて馬鹿馬鹿しいことをしていることになるだろう」
土方「あかねが間違ってるわけじゃねえ。生まれつきの神子でもないのに責任感を持って仲間の事もきちんと考えている。俺からすれば『馬鹿』なんて言葉は使えねえな」
泰明「では阿呆か」
土方「その悪口から離れろ。ただ人として目指してるものが違うだけだよ」
泰明「お前も神子も人間であろう?」
土方「あんたもな」

 (泰明の生い立ちを知らない土方は何故泰明が自分を含めないのか疑問に思って付け足した)

土方「『人間』って括りにすれば同じだろうが男と女としての違い、武士と神子としての違いってのは嫌でも生じる。世の中の『人間』全員が同じ考えを持っているわけじゃねえ。現に天真はやたらと突っ走りたがるが詩紋は控えめだ。うちでも原田や新八は気ィ短いが、斉藤は忍耐強い。たまに気に入らねえ奴も居て歩み寄るつもりも起きねえこともあるが、価値観の違いと世の中の間違いとは違う。新選組みたいに規律が無い場所でならどの考えを選んで生きるのも自由さ」
泰明「自由…か」

 (泰明は空を見上げた。鳥が群れを成して飛んで行く。乱れることの無い列だが地上よりも広い空を翔けられることは自由の証なのだろう。陰陽師としての役割、八葉としての役割……与えられたことをこなすだけでも自分が選んだ以上は『自由』という言葉を使って良いのだと泰明は感じた)

土方「小難しい理由なんか無くたって『八葉』として魂が赴くままに行動するのも道の一つだな」
泰明「ならば私は神子を信じる。たとえ世の理と異なろうとも八葉である以上、得るべき自由も神子と共にある」
土方「そうか。そいつはいい」
泰明「神子ならば無理強いで心を開かせることは無い。だからお前が隠していることは聞かないでおこう」
土方「そいつはどうも。それよりも総司の手掛かりを探すのを手伝ってくれ」
泰明「わかった」

 (二人は再び同じ歩調で歩き出す。そして土方は泰明に見えないように少し強く拳を握って自身の苛立ちを抑え込む。力が及ばないよりも歯痒いことがあるとこの京に来て初めて知った。今は『得るべき自由』と離れている。守るべき場所もにも護りたい者にも手が届かない。だから自分の中にある信念にすぐ向かえる八葉が少し羨ましい)



来週につづく。

うら遙(遙か×薄桜鬼)

April 29 [Sun], 2012, 23:00
『遙かなる薄桜の中で』   九十三章


 内裏から土御門殿への道筋の途中にある路地において、土方らは土に埋められた呪詛を発見した。
 呪詛はあかねでなけえれば浄化することはできないが、そのあかねも今はここに居ない。


永泉「神子をお呼びしなければなりませんね。洛北のどの辺りにいらっしゃるのでしょうか」
土方「さあな。新八がそっちに向かったって話からそっち方面に探しに行っただけだ。詳しい場所は俺達にもわからねえ」
泰明「居場所がわからぬというだけで放っておくわけにもゆくまい。式を飛ばそう」

 (泰明は袖口から符を取り出し、白い鳥へと変化させた」

泰明「行け。神子をこの場所へ連れて来るのだ」

 (鳥は空へ羽ばたき、洛北の方へ進路を取った)

原田「あれさえあれば遠くに居る隊士との連絡も楽だし相手に簡単に気づかれないで偵察することもできるな……なあ。それって教えてもらうことってできねえか?」
泰明「無理だな。お前には素質が無い」
永泉「泰明殿。そのようにハッキリと申されては原田殿が気の毒です」
泰明「原田左之助に陰陽術が可能なほどの霊力が無いのは事実だ。事実を伝えて何が悪い」
永泉「そ、それは……」

 (原田の希望を潰えるようなことを言うのはどうかと思う。しかし泰明も嘘をついているわけではない。諦めさせるなら早い方がいいと言う合理的さも実に泰明らしい)

土方「素質があろうとなかろうと別にそんなもん手にする必要無えよ。武士なら刀と身体で苦境を乗り越えるのが筋ってモンだ。原田もそんな絵空事に頼ってないでもっと腕磨け」
原田「はいはい」
斎藤「元宮らの世界には遠くの者とすぐに連絡が取れてしかも掌に収まると言う『けいたい』なるカラクリが存在すると言う。それが無い以上は安倍殿の連絡手段に頼るしかあるまい。このことを伝えるのも大事だが、総司の事も忘れてはならない」
土方「そうだな。結局ここにあったのは総司の手掛かりじゃなかったし。もっと他の手掛かりを探さないと」
泰明「だが、神子が来るまでこの場に誰か留まる必要がある」
永泉「そうですね……八葉である私達でさえ触れない方が良い呪詛です。もしも子供が遊び半分で触ってしまったら大変なことになってしまいます」

 (永泉はその場面を想像してしまったのか、少し蒼ざめながら注意を促す)

斎藤「俺が残ってもよいのだが、安倍殿の屋敷で分けてもらったこの野菜を然るべき場所へ保管しなければならない」
原田「斎藤。お前総司と野菜とどっちが大事なんだよ」

 (原田は斎藤の言い分に苦笑して言う)

斎藤「総司に決まっているだろう。人の命に代えられるものはどこにも無い。だがこの野菜も貴重でもう一度手に入れようと思っても難しいものだ。本当はすぐにでも調理したいところを待っているのだぞ」
原田「でも野菜の保管場所なんてどこでも同じだろ。ちゃんと風呂敷に包んであるんだしすぐに傷みが来る梅雨時や真夏じゃないんだから」
斎藤「わかっていないな、左之」

 (食材のことを軽んじて言ったからか、斉藤は眼光鋭く原田を見据えた)

斎藤「この野菜は本来この季節には収穫できないものだ。違う季節の外気に晒しては通常よりも鮮度が落ちる速さが変わって来る」
永泉「斎藤殿のおっしゃる通りです。旬の野菜ではないと味が落ちるものですし、土から離したことでそれ以上根から養分が摂れないことになっています。生ものほどではないにしても鮮度を保つならば正しい手段を取った方が良いと思われます」
原田「そういうことならしょうがないか。美味いものの味を落とすことはないって考えは賛同できる」
土方「斎藤。屋敷に変えるなら姫様が居ないことで騒ぎになっていないかどうか確かめてくれ」
斎藤「もし、騒ぎになっていたら?」
土方「どうやらほぼ同時刻に屋敷から姿を消した新八が犯人だと疑われている。誤解を広げられないように注意してくれ」
斎藤「心得ました」

 (斎藤は土方に軽く一礼をして土御門殿へと向かった)

永泉「では神子が来られるまで私が残りましょう」
土方「それは構わねえ。治安は特に悪くないようだが、坊さん一人でこんなとこに置いておくのも何だな」

 (土方は周りを見回して、見るからに怪しい人物が屯していないことを確かめてから言った)

原田「治安が悪く無いなら一人でもいいんじゃないか?」
泰明「そうだ。永泉は八葉だ。大抵の怨霊ならば一人で退けることができる」
土方「怨霊に関してはそうだろうな。こういう場所なら野盗も滅多に現れないだろう。だが、もしも目の前に困っている奴が現れたらどうする?」
永泉「そ、それは、放っておくことなどできません」
泰明「なるほど。永泉がこの場を離れざるを得ない場合の『予備』が必要ということか」
土方「まあそういうことだ」
原田「じゃあ俺達のうちのどっちかも残った方がいいな」
土方「お前が残れ、原田」

 (土方は原田の意見も聞かずに命令を下した)

原田「いきなり決めますか?普通」
土方「何か不都合があるなら聞いてやる」
原田「……いや。別に不都合ってほどのことは無いですけど」
永泉「原田殿。お手数をおかけしますがどうぞよろしくお願いいたします」

 (永泉は深々と頭を下げる)

原田「ほとんど突っ立ってるだけのことでそんな畏まられるとこっちも困るんだが」
永泉「も、申し訳ございません」
土方「俺は引き続き総司を探しに聞き込みをする。安倍。あんたはどうする。ここに残るか?」
泰明「………………」

 (泰明は永泉・土方・原田の顔をぐるりと一瞥する)

泰明「土方歳三。お前と共に行こう」




来週につづく。

うら遙(遙か×薄桜鬼)

April 22 [Sun], 2012, 22:56
『遙かなる薄桜の中で』   九十二章


 晴明邸で目的を果たした斎藤が土御門殿へ戻ろうとした時、道を駆けて行く土方と原田を見かけた。
 そして、その場で事情を聞いた永泉と泰明も沖田の行方を探ることに協力することとなった。


土方「最短の道となったらまずこの辺を通るはずなんだがな……」

 (この『京』と土方達の知る『京都』では基本的な道筋や代表的建造物の位置は同じだが家屋等の細かい建物の状況によってあるはずの道が無かったり、無いはずの道があったりする。土方は一先ず自分の記憶で道を追っていたが、『京』という状況を踏まえると100%の自信を持って言い切れるものでもない)

原田「聞き込みしても誰も総司らしい奴は見てないってことだし、やっぱりこっちの道じゃないのか?勘違いで追われてたって話じゃねえか。最短の道で更に先回りされていると思って迂回したってことも考えられるぜ」
斎藤「ふむ。それに、この地帯の者しか知らぬ裏道などもあるのかもしれない」
永泉「沖田殿がその裏道を知っていたという可能性は……」
泰明「逃げている際に人に道を尋ねるなど非合理的だ。考えられぬ」
原田「まあ、そうだよな。この世界じゃ見知らぬ通りすがりの奴より武士の方が正しいって思うのが定石だろうぜ」
土方「そういやあんた、陰陽師ってヤツだろ」
泰明「それがどうした」
土方「総司が何してたとかそういうことが『術』とやらでわからねえか?」
泰明「……無理だ」

 (泰明は軽く周りを見て、家屋ばかりが立ち並んでいる様子を見てから答えた)

泰明「話を聞けそうな樹木が無い」
原田「樹木?人じゃなくて?」
永泉「泰明殿は樹木とお話をすることができるのです。糺の森にある連理の賢木とも懇意でいらっしゃるのですよ」
原田「木が喋るのか?」
斎藤「俺達の時代にある連理の賢木は代替わりしたもののはずだ。この時代の樹木だからこそ喋るのかもしれぬ」
永泉「いえ、泰明殿だからこそ言葉が理解できるのです。僧侶の身でありながら私などは御仏の教えを理解するのが精一杯で神子のお役に立つことさえ……」
土方「陰陽師や僧侶がすごいのはわかったが、結局総司の手がかりが無くなったのは困るな」

 (土方はどちらを『特別扱い』することなく話を続ける。その心意気がいつものように己の非力さを悲観しかけた永泉の心を前に向かせたことを、土方自身は気づいていない)

原田「屋敷の中を土足て通ったわけじゃないから、足跡だってわからねえしな」

 (原田は諦め半分に地面を見る。土の道には大人から子供までいくつもの草履や下駄の足跡が付いていて、たとえ沖田が通っていたとしてもどれが沖田の足跡なのかわかるはずもない)

原田「……ん?」

 (原田が視線を地面に落としたまま不意に路地の奥を見ると、何やら違和感を感じた)

永泉「あっ…」

 (それと同時に永泉も声を上げた)

原田「どうした。お前も何か見つけたのか」
永泉「え?見つけた…とは、何を?」

 (問いかけられた意味が分からず永泉は戸惑いの表情を見せる)

原田「だから、あそこだよ。畑でもないのに不自然に掘り返された跡があるだろ」
永泉「は…い……?」

 (永泉は原田が指差す部分を目を凝らして見るが、建物に挟まれて薄暗く距離もある為に『肉眼』ではしっかり確認することができない)

原田「何だ。アレのことじゃないのか?」
永泉「ええと、どうなのでしょう……」
原田「ったく。ハッキリしない奴だな、お前は」

 (短気な原田は永泉の態度が性にそぐわず大きく溜息をつく)

永泉「も、申し訳ございません」

 (他人を不快にさせたことが今度こそ勘違いではないとわかった永泉。しかし、言い訳も無くただ謝るしかできない)

斎藤「左之。ただ『アレ』と言っただけではわからないのは道理だろう。永泉殿を責める理由にはならない。あの場に何があるか、言葉よりも直に見せた方が早いのではないか?」
原田「それもそうだな。少し歩くだけだ」

 (原田は自分が気づいた『違和感』のもとへ皆を連れて歩いて行く)

土方「なるほど、ここか」

 (先程居た位置から百歩も歩かないところにそれはあった)

永泉「あのような位置から、よくこのような細かい部分を見つけることができましたね」
原田「夜でも動かなきゃならない時があるから夜目は利くんだよ。物陰で薄暗いったって昼間のこの明るさならわからないことはない」

 (煮え切らない言動に苛立ちを覚える部分もあるが、血腥い出来事を起こしていることを『僧侶』にわざわざ伝えることもないとも思った原田は本当の部分を覆い隠して説明する)

土方「原田なら気づく場所に何かを埋めた……ってことは、総司の手がかりか?」

 (そう思った土方はしゃがんで掘り返されている地面に手を伸ばした)

泰明「触るな」
土方「何だよ。見ただけで何が埋まってるかわかるってのか?」
泰明「それは呪詛だ」
土方「呪詛?」
泰明「他者や地に災禍を与える行為のことだ。知らぬわけではあるまい」
土方「呪いなんてほとんど迷信だろ」
斎藤「いえ、副長。我々の時代ならともかく怨霊さえ存在するこの時代。それが真実であってもおかしくはありません」
原田「もしかして、さっきあんたが感じたのは『掘り返された跡』そのものじゃなくてこの呪いだってことか?」
永泉「はい。何やら禍々しき気を感じたもので……」
原田「そうだったのか。目に見えるモンが全てじゃないんだよな。じゃあさっきは俺が悪かったな。お前が勝手なこと言っただけかと早とちりしちまって」
永泉「いえ。説明しきれなかった私にも至らない点がありましたので。それよりも、この呪詛を放っておくことはできませんね」
土方「あんたらじゃ無理なのか?」
永泉「はい。このような呪詛は神子のお力でなければ解くことができません」
泰明「神子はどこだ」
原田「あかねちゃんなら部屋から消えた姫様を探しに源さんと天真と一緒に洛北の方へ行ったぜ」

来週につづく。

うら遙(遙か×薄桜鬼)

April 15 [Sun], 2012, 23:49
『遙かなる薄桜の中で』   九十一章


 体力と見聞の為に藤姫を船岡山まで連れて来た永倉と詩紋。
 あかねが既に屋敷に戻っていたらあかねを心配させることになると気づいて急いで山を下りて行く。


斎藤「感謝する、安倍殿」

 (その頃、斎藤は無事に目的の野菜を手に入れた上で二度と迷わぬように安倍晴明邸の門前まで泰明に送り届けてもらっていた)

泰明「問題ない」
永泉「それでは、私もこれで失礼いたします」
斎藤「送って行こう、永泉殿。身なりのいい僧侶では物盗りの恰好の的になりかねない」
永泉「ありがとうございます、斎藤殿。確かに、やむを得ない事情を踏まえて罪を犯してしまう方もいらっしゃるかもしれません。しかしそのような方々にも平等に御仏の加護がございます。全てを疑って警戒してばかりではいけないと思うのです」
斎藤「………………」

 (永泉の言葉を聞き、斉藤は永泉をじっと見つめて黙り込んだ)

永泉「斎藤殿。どうかされましたか?」

 (永泉は素直に斎藤に尋ねた。先程は『斎藤が黙った=不快に思っている』と勘違いして怯えていたのだが、一度勘違いしたことを何度も繰り返すことはしない。それが人の心に関することなら尚更だ)

斎藤「いや。あんたは確かに『僧侶』だと思ってな。俺達の仕事は人を疑ってかかることから始まる。見過ごしたことで更なる被害が出るのが日常茶飯事だからな。この京都は怨霊に対しての脅威があると思うが『人』に対してそんな平和な考えを持てるのは少し羨ましい」

 (斎藤もまた言葉が足りないことで永泉に誤解をさせないよう、自分の胸の内を全て話した)

泰明「何故羨む必要がある?手に入れられない『もの』があるわけでもない。自分がそうなりたいと思うならば羨む前に行動に移して追いつけばいいだけのことだ」

 (横で話を聞いていた泰明は斎藤の言葉に疑問を持って問いかけた)

斎藤「そうだな。俺一人なら…いや、信じる仲間達と理解してくれる者が居るなら心を羨む必要などない。だが、世にあらゆる人間が住んでいる以上は全てが自分の思い通りに事は進まない。その中を進む為には『羨望』で自分を動かすことも必要なのだ」
泰明「此岸に生きる上での道理ということか」
斎藤「平たく言えばそういうことになる」
泰明「わかった」

 (泰明にはいくつかの感情が欠けている。晴明にまじないを施され、あかねに会い、仲間が増えてもまだ足りないものがある。出会う者が本来ならば出会わなかった者だったとしても理解できれば自分の糧になるのだと泰明はなんとなく知ることができた)

斎藤「では……」

 (話も終わり、斎藤が今度こそ帰ろうとした時)

斎藤「副長!」

 (ふと通りを見ると、通りを走り過ぎる土方を見かけた為、声を上げて呼び止めた)

土方「斎藤」

 (斎藤に気づいた土方は行く方向を変えてこちらへ向かってくる。そして更に先を行っていたらしい原田も土方が進路変更したことに気づいてこちらにやって来た)

原田「良かった。お前はまだここに居たか」
斎藤「俺『は』…ということは、誰かに何かあったのか?」

 (原田の言葉の端を拾い、斎藤はその鋭い洞察力から事情を察した)

原田「総司がまだ戻って来てねえんだ。平助の話じゃ内裏付近を出てから結構な時間が経ってるのに戻ってないのはおかしいってことでな」
永泉「そ、それは大変です。もしかしたら迷っておられるかもしれません。私も協力いたします」
土方「ああ、ありがとな。しかし……」
泰明「式を飛ばそう。沖田総司だな」

 (泰明は土方の言葉を最後まで聞かずに手元の札を鳥の式神に変えて飛ばした)

土方「あんまり手ェかけさせるわけにはいかないって言おうと思ったんだけどな……」
斎藤「安倍殿の力は我々には無いもの。ここは素直に受け取っておいた方が総司も早く見つかると思います」
土方「それもそうだな。何かあったら困るし」
永泉「まずは内裏から藤姫の屋敷に戻られる途中の道筋を見てはいかがでしょう」
原田「今最短の道筋を走って通ったんだが、総司が居たような形跡はどこにもない。今度は聞き込みをしようと思っている」
斎藤「左之。たとえ戦いで動く者に対しての視力が鍛えられていると言えども急いで通り過ぎては見つかる者も見つけられない。人探しの基本を忘れたか」
原田「それもわかるけど、まずざっと見て怪しいところがないかどうか調べて『ここはない』って考えられる案を潰していくのも手だろ。この京都も格子の道は同じだから総司がどの道通ったかいくらでも考えられるんだから」
土方「今はそこで揉めてる場合じゃねえだろ」
永泉「ですが、斎藤殿の方が探す際には正しいことだと思います。もう一度最短の道をゆっくり探してみましょう」



来週につづく。

うら遙(遙か×薄桜鬼)

April 08 [Sun], 2012, 22:15
『遙かなる薄桜の中で』   九十章


 藤姫が屋敷内に居らず、手分けして『捜索』することになったあかね達。
 一方、当の本人達は目的である船岡山の頂上を目指してゆるやかな坂道を歩き始めていた。


永倉「へえ。何か建物が建って景色がまるっきり変わったってんじゃないけど、俺の知ってる船岡山の山道とは少し違うな」

 (藤姫の歩調に合わせてごくゆっくり歩く。ゆったりできるのはいいが暇を持て余してしまうところもあるので、永倉は藤姫にそれを気づかれないように周りを見て自分の知っている同じ場所と比べた)

詩紋「永倉さんは船岡山によく行くんですか?」
永倉「いや、そんな頻繁には行かない。不逞浪士が潜んでいるのはほとんど町中だし、いくら俺達の目が届きにくくて見つかりにくいって言ってもこんな所に本拠を構える奴はほとんど居ないからな」
詩紋「新選組の仕事じゃなくて、空いた時間とか散歩がてらとか。今の永倉さんの言い方だと結構詳しい感じがしたんですけど、そうじゃないんですか?」
永倉「ああ。何か誤解させちまったか。悪い悪い。言葉ってのは難しいな。ただ『行ったことがある場所』として覚えてるだけだよ。一応俺も組長だからな。『空いてる時間』ってのはほとんど無いし、あったとしても鍛錬に使うことが多い。大人になるとどうしても……自分よりも優先させなきゃ行かない事が増えて来る。怠けたら土方さんに怒られるとかじゃなくて、自分の意志で新選組に居続けて幹部にまでなった以上は責任も果たさなきゃならねえからな」
詩紋「うわぁ。すごいですね」
永倉「それに……」

 (話を続けようと永倉がふと見ると、詩紋は碧い瞳をキラキラ輝かせて尊敬の眼差しで永倉を見つめていた)

詩紋「それに?」
永倉「……いや、何でもない」

 (暇を見つけて散歩に出かけることは確かに少ない。しかし夜になれば捻出した給金で吉原に酒を飲みに出かけることはよくあること。昼間の行動のことしか話さないところを原田や平助に知られれば『何真面目ぶってるんだよ』と言われかねない。本当のことだとしても詩紋の純粋な眼差しを見ていると何とも言い出しにくいものである)

永倉「はぁ。俺も随分汚れちまったな」

 (武士として人を斬ったが故の『血の汚れ』だけではない。戦いの中で人間のあらゆる面を知り、傷つき、尚立ち上がってここに居る。たとえ汚れても『経験』を知らないままでは今のように強くなれなかったし仲間も居なかった。けれどもそれは強くなろうとしていた頃の気持ちをも覆い隠しているのだと、本物の純粋さを目の前にして気づかされる)

詩紋「そんなに足元汚れる道ですか?藤姫、大丈夫?」

 (永倉が自分の心の内のことを言っているとは全く気づかない詩紋は藤姫を気に掛ける)

藤姫「あ、ありがとうございます、詩紋殿。大丈夫ですわ」
詩紋「良かった」

 (人への気遣いも人を傷つけるのも同じ『心』。動乱の中では忘れていることがこの京には溢れていると永倉は感じた)

永倉「足元の汚れよりも痛みの方は無いか?姫様」
藤姫「はい。いつもはこれほど歩くことがないので、少し疲れましたけど、まだ大丈夫ですわ。それよりも神子様と同じ道を私も歩けるということの方が嬉しいです」

 (『山』と言っても本格的な登山用の山に比べれば比較的ゆるやかな坂。ゆっくり歩けば息切れも少ない)

永倉「そっか。やっぱり姫様だってある程度の体力が無いとな」
詩紋「でもあんまり無理しちゃダメだよ?」
藤姫「はい……しかし、私が神子様と同じ景色を見たいと言い出したのです。ここで辞めるのは、失礼に当たりますから」
永倉「そんな気ィ遣わなくても俺達は気にしないから安心しな」
藤姫「ありがとうございます。でも、まだ大丈夫です」

 (藤姫はゆっくりと地面を踏みしめてゆく。時々止まって足を摩って息を整える。それでも引き返すことなく前を見て歩き出す。星の一族の母を持ち龍神の神子の話を聞かされて育ったとしてもあかねが現れなければ『左大臣家の姫』のまま屋敷の中でずっと過ごしていただろう。だからこの道を進むのは藤姫があかねとあった絆の証でもある。決して途中で諦めたくない)

詩紋「もうすぐ頂上だよ、頑張って」
藤姫「はい」

 (山の入り口に入ってからおそらく1時間以上は経っただろうか。おそらく詩紋でもこの半分ぐらいで上りきれそうな距離と高さ。しかし焦ることなく皆で一緒に頂上へと辿り着いた)

永倉「おー。絶景絶景」
藤姫「本当に素敵ですわ。絵巻物で見た風景とまるで違います」
永倉「あの内裏も上から見るとこんな風に見えるのか。俺達の世界じゃもう見られない景色だな」
詩紋「何だっていつまでも同じところにあるとは限らないんですよね。だからこそ大事にしたいと思うんです。景色も、人も、その絆も」
永倉「ああ、そうだな」
藤姫「神子様は今どの辺りに居られるのでしょう?」
詩紋「うーん……どこだろう」

 (藤姫の言葉を受けて詩紋は真面目に目を凝らして眼下に広がる風景を見つめる)

永倉「あっはは、詩紋。いくら八葉だからって御伽噺に出て来る『千里眼』でも持たない限りそこまでわかるはずないって」

 (そんな詩紋の背中を永倉は笑って叩く)

詩紋「泰明さんなら術でわかるはずですけど……やっぱり僕では無理ですよね」
永倉「お前だから無理ってんじゃないだろ。俺でもそんな真似無理だ。今すぐわからなくたってまたちゃんと会えるんだからいいじゃねえか」
詩紋「そうですよね」
藤姫「神子様はよく動かれる方ですもの。もう用事を済まされて屋敷に戻っている頃かもしれませんわ」
詩紋「ああ、そうかも……」
永倉「…………?」

 (その場にふと考慮による沈黙の時間が流れる)

永倉「って、戻ってたらマズくないか?」
藤姫「どうしてですか?神子様が御無事で居られるならそれに越したことはございません」
詩紋「それはそうだけど、あかねちゃんは帰ったら藤姫の部屋に行くでしょう?藤姫が居ないことがわかったらすごく心配すると思う」
永倉「姫様が出かけた経緯は説明すりゃあ誤解も受けずに済むとしても、あかねちゃんが心配した時間は取り戻せないからな」
詩紋「うん。あかねちゃんには笑顔で居てほしいもの」
永倉「急ぎだ、姫様。悪いが帰り道は抱えて下りさせてもらうぜ。詩紋、ちゃんとついて来いよ」
藤姫「わかりましたわ」
詩紋「はい」

 (永倉は藤姫を軽々と持ち上げて急ぎ足で山を下りて行った。詩紋にとって永倉の速さを追うのは結構厳しいものだがあかねを心配させない為となれば乗り越えられる……いや、乗り越えてみせると心に誓った)



来週につづく。

うら遙(遙か×薄桜鬼)

April 01 [Sun], 2012, 23:42
『遙かなる薄桜の中で』   八十九章


 藤姫が部屋から消えたことで屋敷の警備の者に聞き込みをする頼久。
 様々な状況から永倉が藤姫をさらったかもしれないという可能性が浮上した。


原田「おいおい、本気にするなよ。冗談に決まってるじゃねえか」

 (一番最初に『可能性』を冗談として言い出した原田は頼久があまりにも真面目に受け止めてしまう

平助「そうだよ、考え過ぎだって。大体、俺らがこの時代の姫様を誘拐して何の得があるってんだ」
天真「だよなぁ。十歳相手に駆け落ち沙汰は有り得ねえし、営利目的にしたって使えない金手に入れても意味無いし」
あかね「それに詩紋君も一緒だったんでしょう?詩紋君がそんなことに手を貸すとは思えないよ」
頼久「お言葉ですが神子殿。永倉が何者かに雇われてことを起こしたとも考えられます。詩紋はこの屋敷の者に信頼を得ています。そこを利用する為に何らかの形で脅したとも……」
土方「そいつぁ聞き捨てならねえな。確かに新八は馬鹿正直で短絡的だが人を傷つけるような真似は絶対にしねえ。恩人を盾にするなんていう士道不覚悟の男は新選組には居ねえんだよ」

 (新八を『犯人』扱いされて土方は先程より険しい表情で頼久に言い放った)

頼久「現に藤姫様が居られなくなったのは事実ではないか」
土方「だから新八がさらったって決まったわけじゃねえだろ。人の仲間を勝手に悪人に仕立て上げるんじゃねえ」
あかね「土方さんの言う通りです。永倉さんが持っていた『荷物』の中が藤姫ちゃんっていう証拠は何も無いじゃないですか」
頼久「神子殿……」

 (自分の意見があかねに信じてもらえず頼久は落胆の色を見せる)

あかね「頼久さんを責めているんじゃありません。藤姫ちゃんが心配なのは私も同じです。だからって何の証拠も無いのに人を疑うことは良くないんじゃないでしょうか」

 (そんな頼久の心を察したあかねはただ頭ごなしに言っているのではないことを説明した。悪く言えば『ただの言い訳』かもしれない。けれども何も言わずに傷つけたままでは居させたくない)

頼久「………………」

 (あかねの言うことは良識ある人間として一理ある。頼久は己の使命との間で葛藤する)

天真「ここでぐだぐだ言っててもしょうがねえだろ。永倉を掴まえて本当のこと聞くのが一番手っ取り早い。それでどっちが正しいかもハッキリするし」
原田「そうだな」
あかね「藤堂さん、永倉さんがどっちへ向かったかわかります?」
平助「えーと、門を出てあっち行ったから……多分洛北だと思う」
頼久「ならばすぐにそちらの方面へ」
あかね「私も行きます。みんなで探せば早く見つかりますよ」
土方「京都の地形が丸ごと変わったってんじゃなければ俺達だって行けるぜ。新八に濡れ衣着させたまま待っていられるか」
平助「あ、ちょっと待って。総司がまだ戻ってねえんだよ。あかねに御所…じゃねえ。内裏に来るよう言いにくるはずなんだけど」
原田「内裏って、そんなに距離無えだろ。俺達が帰って来てからも結構経ってるってのにまだ戻って来ないなんておかしくないか?」
平助「だからもう戻ってるけど屋敷の中ですれ違いになってるんじゃないかって考えもあるんだよ。そんであかねが居るかもしれない姫様の部屋に行ったんだ」
頼久「門番の者には尋ねたのか?」
平助「聞いたけど誰も見てないって」
頼久「ここは左大臣家の屋敷。どの門にも見張りの者が置かれており不審者は一人も通すはずがない。目には見えぬ怨霊であっても泰明殿の結界に反応するはずだ。沖田が門から入って来たのならば必ず見張りの者が姿を見ているはずだ」
平助「じゃあ本当に戻ってないのか?何してんだよ、あいつ」
土方「探す奴が一人増えただけのことだ。これからやることに何一つ変わらねえ」
平助「じゃあすぐに行こうぜ。また変な手配書で別の奴に捕まったのかもしれねえ。俺もう一度内裏に行ってみる」
あかね「それじゃあ私達は洛北へ行きますね」
土方「じゃあ俺達はここから内裏の間で総司のことを聞く。ついでに新八のこともわかるかもしれねえ」
あかね「わかりました」
原田「新八は目立つから聞き込みすれば少なからずわかるとして、問題は総司だな。風貌に大して特徴が無い。一番組組長として顔が知れてる俺達の京都なら歩いているだけで恐れられる場合も多いけど、何も知らない世界だと難しいだろうな」
天真「んなこと言うなよ、仲間だろ」
原田「褒め言葉だろ。偵察するには顔が知られてない方が役立つんだよ」
土方「そんじゃあ行くぜ」

 (平助は内裏へ向かい、あかね・頼久・天真と土方・原田に分かれては洛北へ向かった)

永倉「よし。この辺でいいだろ」

 (詩紋の懸念通りに大変なことになっているとは露知らず、人気が少なくなった道端で永倉は抱えていた藤姫を下した)

永倉「大丈夫か、姫様」
藤姫「だ、大丈夫ですわ……」

 (空気が通るようにきつく布が巻かれていたわけではないが、いつも座っている場所に比べて少し息苦しかったのか藤姫は大きく深呼吸をして息を整えた後に答えた)

詩紋「船岡山の入り口までもう少し歩くことになるね」
永倉「いきなり坂道はやっぱキツイからな。少しずつ歩くのがいいんだよ」
藤姫「頑張りますわ」

 (藤姫は自分の足で一歩ずつ歩いて行く。その歩幅は永倉よりずっと小さい。詩紋もそれほど大きくないのでやはり歩幅は小さい。ごくゆっくり歩いてもまだ余りある速さ。それでも急かすことなく共に歩いて行く)

永倉「船岡山は他の山に比べて低いからな。ゆっくり行きゃ姫様も頂上まで行けるぜ」
藤姫「はい。楽しみです」

来週につづく。

うら遙(遙か×薄桜鬼)

March 25 [Sun], 2012, 23:18
『遙かなる薄桜の中で』   八十八章


 頼久と共に藤姫の部屋を訪ねた平助。
 人が居る気配が無いことから返事を待たずに障子を開けようとしたところ、部屋の中に居ると思っていたあかねが声をかけて来た。

あかね「どうしたんですか?そんな驚いた顔をして」
土方「まさか人の屋敷で妙な真似をしようとしてたんじゃねえだろうな」

 (あかねの傍には同行していた天真・土方・原田も居る)

平助「違うって」

 (土方の怒気を本能で怖れた平助は慌てて否定する)

原田「じゃあ俺達が思ってたより早く帰って来たから御神刀の交渉が上手く行かなかったとか思ってるとか?それなら大丈夫だ。あかねちゃんのおかげで何とかなる。『刀』を作るからにはそれなりの日数は必要だけどな」
平助「そりゃ良かった。……じゃなくて、何であかねがそっちに居るのかってことだよ。姫様の部屋に居たんじゃなかったのか?」
天真「何言ってんだよ。あかねはたった今俺達と一緒に帰って来たんだぜ?」
平助「だって姫様が人払いしてまで話す相手なんてあかねしか居ねえじゃん。だったら姫様は誰と話してたってんだ?」
頼久「!藤姫様、失礼します!」

 (頼久も先程は勝手に障子を開けようとした平助を止める立場にあったが、何かを直感してお咎め覚悟で障子を開けた)

頼久「っ?!」
平助「やっぱ誰も居ないな」
頼久「そんな、まさか」

 (頼久は愕然として立ち尽くす)

原田「何驚いてんだよ。姫様ったって人間なんだ。いろんな用事で部屋を出ることぐらいあるだろ」

 (そんな頼久に対して原田はあっけらかんと言う)

頼久「何を言う。この部屋の奥には神子殿が京を救うのに必要な文献が多くあるというのに藤姫様が部屋に人一人残さず部屋を出るわけがない」
原田「ん?この時代の姫様って人前に顔は出さないんじゃなかったか?」
土方「そりゃ輿入れした姫様と元服した武士の場合だろ。何度も顔を合わせておいて今更何言ってやがる」
天真「じゃあどっかに隠れてるんじゃないか?」
あかね「そうそう。この間藤姫ちゃんに私が小さい頃は何をして遊んだかって聞かれたから鬼ごっこ…追いかけっこやかくれんぼをして遊んだって話したわ。藤姫ちゃんも十歳だし興味を持って真似をしているのかも」
頼久「そう…なのですか?」

 (あかねの話を聞き、『居なくなったわけではない』という可能性が見えた頼久は少しホッとする)

あかね「はい。でも心配をかけるのはいけませんよね。藤姫ちゃん、ただいまー!」

 (あかねは藤姫が几帳の裏に隠れていると思ってひょいっと覗き込む)

あかね「あれ?居ない」
平助「だから部屋に人の気配は無えっての」
土方「そうだな……仮に隠れていたとしたらこの気配の消し方は半端じゃねえ。貴族の姫様が忍の真似ができるとも考えられねえし居ないと判断するのが正しいな」
頼久「では藤姫様はどこへ行かれたと言うのだ」

 (頼久は苛立ちを声に籠め、仲違いしていたことも忘れて土方に尋ねる)

土方「んなモン俺が知るわけねえだろ。この屋敷の警護を四六時中任されてんのは俺じゃねえんだ」

 (土方は軽く嫌味を含めて言い返す。『大人』として尋ねられたことには答えるがまだ頼久の意志を全て認めたわけではない)

天真「居るはずの場所から人が居なくなったってんならまず目撃者を探すのが一番だろ。これだけ武士が居る屋敷から簡単に出られるわけないし、最後に見た奴の証言次第でどこに行ったのかの見当ぐらいは付けられる」
原田「それもそうだな。天真、お前若いのに随分手馴れてるな」

 (新選組も人探し…正確に言えば不逞浪士や指名手配犯の捜索をすることがある。仕事として行って経験を積んだ自分達ならまだしも別の平和な時代に居る天真がその手法を知っていることに原田は感心する)

天真「いいだろ、別に」

 (天真は言葉を濁してその理由を口にするのを避けた)

頼久「この部屋を見張れる者は……あそこか」

 (頼久はざっと周りを見回し、この部屋を見通せる場所に居た武士を見つけて走って向かった)

あかね「あ、待ってください、頼久さん」

 (藤姫の行方が気になるあかね達も頼久の後を追う)

武士「藤姫様…ですか?本日はお見かけしておりませんが」
頼久「部屋から出られているはずでは?」
武士「本当ですよ。藤姫様のことで嘘をつくはずがありません。左大臣様に対する不敬に当たるじゃないですか」
頼久「そうだな。いや、お前を疑ったわけじゃないんだ」
あかね「あの部屋以外の屋敷の中に居るのかな?」
天真「忍者屋敷じゃあるまいし、他に出入り口があるとは考えられねえけどな」
あかね「まさか藤姫ちゃん、私と逆で現代に行っちゃったとか?」
天真「もっと有り得ねえ」
原田「他に誰か出入りするのを見なかったか?」
武士「ええと……女房達が一度に外に出て、それから後は詩紋殿と短髪で鉢巻を巻いたガタイのいい男が2回か3回出入りしたようですが」
土方「短髪で鉢巻……新八か。そういや今日も文献を見せてもらうとか言ってたな」
武士「それ以外の者は藤姫様の部屋に出入りしてません」
頼久「となると、最後に藤姫様を見られたのは詩紋と永倉、ということになるのか」
平助「その二人ならさっき出かけたぜ」
頼久「どこに?」
平助「さあ?そこまでは聞いてねえけど。俺も総司探して急いでて……あーっ!そうだよ。すっかり忘れてた。総司があかねに伝言伝えに来る前に止めようと思ってたんだった。あかね、まだ総司と会ってねえよな?」
あかね「帰る途中でも帰って来てからも会ってませんよ」
平助「ああ、そっか。良かった。まだ帰って来る前か」
頼久「良くなどない。藤姫様の行方の方が先だ」
武士「……そういえば、その永倉という男、何やら大きな荷を抱えていたような」
頼久「荷?それはどんな?」
武士「白い布に包まれて中身はわかりませんでしたが。一人で軽々と持ち上げていたようなのでそれほど重い物ではないと思いますが」
平助「白い布……ああ、うん。そういや肩に担いでたな。新八っつぁん馬鹿力だから大抵のモンは軽々抱えられるよな。たとえば人間でも」
原田「ははっ。まさかその中身が姫様だったりして」

 (原田は冗談めいて笑って言った)

頼久「まさか、永倉が藤姫様をさらったということか?」


来週につづく。