秋から冬への移り変わり 

2007年12月02日(日) 22時57分
早いもんでもう12月ですよ。
毎年感じますが、年末やら年度末ってのは本当にあっと言う間に過ぎ去りますね。
未だに理由はわかりませんが、「師走」って言葉もあるくらいですから、
昔からそうだったんでしょう。不思議なもんです。

今週末は天気が良かったですね。
最近毎週ドラムを叩いています。
今日は先日のイベントで披露した新曲「銀色の街」のドラムのレコーディング。
仕事でもなかなか発揮できないものすごい集中力で、1曲を録りきりました。
年明けには完成させたいと思います。乞う御期待!

レコーディング後は、紅葉を見に行コウヨウということで、
職場の後輩に誘われて、いざ鎌倉へ。
鎌倉に着いたのは15時半。
既に夕暮れが近づいてきていました。

お寺や神社は、どの季節に訪れても風情があるように造られてますね。
本当に自然をよく取り込んでいる。
特に秋は本領発揮といったところでしょうか。

今日のクライマックスは長谷寺のライトアップ。

暗闇に赤が映えて、見事な景色を作り出していました。
現代ならではの紅葉の楽しみ方。
初詣を思わせるような人ごみでしたが、
それはそれで年の瀬を感じさせてくれました。

帰り道にDVDを返しに恵比寿ガーデンプレイスのTSUTAYAへ。
今週末はレンタル半額だったようで、次に借りようとしてたDVDはすべて貸し出し中。
残念。

ガーデンプレイスはもう冬の装いでした。
クリスマス、もうすぐですね

3連休の中日 

2007年11月24日(土) 16時30分
いやーすみません、ようやくオランダ・ベルギー旅行記を書き上げました。
一気にアップしたのでお気づきでない方々もいらっしゃるかもしれませんが、
お時間のある時に眺めてやってください。
(実は夏にはタイに旅行に行ったので、その旅行記も追々・・・)

=====

いやー3連休ですね。
3連休初日の昨日は、美容院に行ったり、友達のライブに行ったり、
夜は職場の先輩の結婚式の2次会だったりで、大忙しだったので、
中日の今日はちょっと一人でのんびりしてやろうと思ったわけであります。

昼前に目がさめつつも、惰眠をむさぼり、起き上がったのは昼過ぎ。
日当たりとは無縁のこの部屋ですが、
今日は窓から優しい光が降り注いでいて、無性に公園に行きたくなりました。

んで、金曜日に職場の先輩から、広尾にある美味しいパン屋を教えてもらったんで、

 「有栖川宮公園で紅葉を見ながらパンとコーヒーを楽しむの会(限定1名)」

を開催するに至ったわけであります。

チャリをこぐこと5分。あっと言う間に広尾に到着。
先輩に教わった店も公園そばにあり迷わず到着。
ブルディガラっていうお店なんですがみなさんご存知ですかね?
やっぱ広尾だけあって外国人率が高いのですが、
地元のおばあちゃんもけっこういらっしゃっていて、
一種不思議な空間でありました。

僕は知る人ぞ知るフランスパン好きなんです。
たぶん誰も知りませんね。
いろんな種類のフランスパンを前に、
一人の胃袋でどうやって消化するのだろうというくらいのパンをお買い上げ。
そして、パン屋の前のカフェでカフェラテとトマトサラダをテイクアウト。

有栖川宮公園は店と目と鼻の先。
都心にあって、水と緑の溢れるここは、まさにオアシス。
公園に緑はあっても、流れる水があるところは少ないのでは。


ここではのんびりした時間が流れてますね。
適当にベンチに座ってパンとコーヒーを楽しみます。
まわりには同じような企画をしている人々がちらほら。
落ち着いたカップルから、犬連れのセレブ風の女性まで、人種もさまざまです。

たった数十分ですが、久々にぼーっとして、驚くほどリセットできたかな。
最近仕事が忙しかったり、うまくいかなかったりで、
自分では気付かなかったけど、余裕を失っていたのかもしれません。
気持ちは大丈夫でも、不思議とカラダが自然を求めていたようです。

最近高校の友達が言ってた一言をふと思い出しました。
「イイ男には余裕がある。余裕が余裕を呼んで更にイイ男になる。」
師走も近づきせわしなくなるこの季節に大事にしたい言葉です。


★Now Playing
KT Tunstall  『Eye to the Telescope』

※映画『プラダを着た悪魔』の挿入歌が有名です。

1月1日〜3日 ブリュッセル→日本 

2007年11月18日(日) 22時06分
日本にいたら初日の出でも見ようという気にもなっていたかもしれないが、
ベルギーは昨夜からあいにくの空模様だったので、
ゆっくりとカラダを休めることにした。
日本のお正月しか経験したことがないためか、
どうも年が明けた気がしなかったが、ホテルの従業員とニューイヤー!と
挨拶を交わし、新年の始まりを感じようとした。

今日はこの旅行の実質的な最終日。
明日の朝には帰国の途につかなければならないのだ。
ブリュッセルを満喫しようということで、お洒落なショップが立ち並ぶ
ルイ−ズ通りへ。

凍えるような大雨と飛ばされそうなほどの強風で、
コンディションは最悪。しかも、新年でショップはクローズド。
でも、人通りも車も少なく、街並みを十分楽しめた。

歩いてブリュッセル公園へ。

このあたりは王宮や国会議事堂が立ち並ぶ政治の中心地。
さすがに新年なのでひと気はなく、独特の重々しい雰囲気だけが漂っていた。

日本の初詣になぞらえて教会にでも行こうということになり、
サン・ミッシェル大聖堂へ。

新年で開いていないリスクもあったが、行ってみると結構人がいた。
ここでも圧倒的な建築に目を奪われる。
石造りだから日本の寺院に比べて重厚感が桁外れ、
その一方でステンドグラスなどの装飾はとても細やかで丁寧。素晴らしい。
大聖堂を出るときには天気も回復してきて、青空がのぞいていた。

グランパレス近くのシェレオンというムール貝で有名なお店でランチ。
ここはフランスにも支店があるファミレスのようなお店だが、
バケツ一杯に出されるムール貝は文句なしに美味かった。

それにしてもグランパレスはすごい。
ジャンコクトーをして「世界一美しい劇場」と言わしめたほど美しい広場だ。
それぞれの豪華な建物が完璧に調和していて、
オレをして「今まで見てきた場所の中で最も美しい」と思わしめるほどだ
(すみません)。
いや、それにしても美しい場所だ。

そういえば、ベルギーに来て見逃してはならないものがあった。
小便小僧だ。グランパレスから少し歩くと、人だかりができているところがあり、
皆が小僧を取り巻いていることは遠くからでもわかった。
世界3大がっかりとも言われているため、極力期待せずに近寄ると、
そこには確かに小僧がいた。

小さい。思った以上に小さい。
でも、まぎれもない本物の小便小僧に出会えて、
ミーハ−としては十分嬉しかった。

実は、別のところで小便小娘(?)も発見。悪趣味。
(写真の掲載は控えます・・・)


日も暮れ始め、グランパレスに明かりが灯った。
いよいよ旅の終わりを感じざるをえず、とてつもなく寂しくなってきた。
グランパレスの美しさが余計に寂しさをかきたてた。

一度ホテルに戻り、朝行ったルイ−ズ通りで最後の晩餐。
ブリュッセルグリルというレストランで最後のベルギー料理。
またこの料理を食べに戻ってきたい。

翌朝、トラムでブリュッセルzeid駅へ行き、空港行きの電車に乗り込む。
ブリュッセル国際空港からウィーン経由で日本へ。
成田空港に着いたのは更に翌日の1月3日朝。
いくらベルギー料理が美味かったとはいえ、やっぱり和食が恋しいもの。
空港のそば屋のダシの香りが一気に日本へと連れ戻してくれた。

旅行の後にいつも思うのは、やっぱり日本が好きだということ。
日本の良さを再認識するためにも、また旅に出るだろう。

12月31日 ブリュージュ→ブリュッセル 

2007年11月18日(日) 21時50分
18:35発の電車でブリュッセルに戻る。
大晦日だし豪華なディナーでも、ということで、
ブリュッセルのグランパレス周辺を歩き回りレストランを探す。

さすがにブリュッセル中心部はニューイヤーを迎える気運が高まっていてか、
どこのレストランも予約でいっぱい・・・。

寒い中、歩けど歩けど店が見つからず、みんな元気がなくなってきた。

グランパレス周辺でのディナーはあきらめ、
ホテルの方で店を探そうとトラムを待っていると、
遠くから「パン!パン!」という爆発音が。
最初は新年を祝う祝砲のようなものかと思っていたが、その正体は爆竹だった。
小さな子供たちが爆竹を投げながら近寄ってきた。

「パンッ!!」

それは嫌な予感がしたのと同時だった。
思わず声をあげてしまうほどビックリした。
なんてこった、クソガキどもがこちらに爆竹を投げつけてきやがった。
くそったれめ。
反撃したかったが、旅先で不用意にトラブルを起こしたくない。
ここは大人な対応だ、と決め、だまってトラム乗り場から離れた。
クソガキどもは不敵な笑みを浮かべて去っていった。
寒くて空腹なオレたちには笑えないアクシデントだった。

やり場のないむかむかを抱えながらトラムに飛び乗り、
ホテルのある方へ向かった。
空腹も限界で、きっとどの店も予約で一杯だろうということで、
ハンバーガーをテイクアウトしてホテルに戻る。

せっかくの旅行で、しかも大晦日なのに、
爆竹を投げられた上にハンバーガーしか食えない空しさを感じつつも、
2006年最後の夜を楽しもうとビールで乾杯。
テレビをつけると、大晦日特番がやっていた。
特に面白くもないのだが、さっきまでの空しさを埋めるには十分だった。

ビール、ハンバーガー、テレビで心も体も満たされた頃、
カウントダウンが始まった。
グッバイ2006年、ウェルカム2007年!
外では花火が上がり、新しい1年の始まりを告げていた。

12月31日 ブリュージュ 

2007年11月18日(日) 21時41分
今日は大晦日。1年の締めくくりの日。
日本にいたら年末特有のせわしなさが漂ってるだろうに、
ベルギーにはそんな気配はみじんもない。

ホテルで優雅に朝食をとり、8:27発ブリュッセルC.S.発の電車に乗り込む。
1時間ばかり揺られ、着いた先はブリュージュ。
ここは昔貿易で栄えた街らしいが、運河に土砂が堆積して船の往来が
できなくなって衰退して以来、時が止まったかのように現在まで
中世の面影をそのまま残している。

ブリュージュ駅から歩いて愛の湖広場に向かう。
きれいな公園で、修道院を始めあちこちに中世そのままの建築物が残っている。

ベルギーにはいろんな有名なものがあるが、
ワッフルも忘れちゃいけないということで、カフェでワッフルをテイクアウト。

ベルギーワッフルには、生地に砂糖が練りこまれたお馴染みの
リエージュワッフルと、生地自体は薄味でアイスなどをトッピングする
ブリュッセルワッフルの2種類がある。
この店はリエージュワッフル。とびきり美味いというわけではないが、
素朴な味でリアルなベルギーを感じた気がした(大げさ?)。

ブリュージュは有名な観光地だが、主要な場所はすべて歩いて回れるほど
こじんまりとした街だ。街を歩いていると頻繁に馬車に遭遇する。
日常的な移動手段というよりは観光用だが、街の雰囲気にピッタリはまっている。
日本の浅草や京都で見られる人力車のようなものか。
さすがに馬車に乗るのは気後れし、中心地であるマルクト広場へ歩いて行った。

広場の南には一際高い鐘楼という塔がある。
マジで狭くて急な階段を登ると、これぞ中世ヨーロッパという街並みを
一望することができた。

赤レンガの屋根が広がる風景は圧巻だ。
冬のヨーロッパらしい曇り空の中に見えた光景はどこかセピア色で、
中世にタイムスリップした気分にさせられた。

鐘楼の昇り降りで酷使した足を休めるべく、ちょっと早めのランチへ。
広場に面した雰囲気の良いレストランに入り、昼間からビールで乾杯!
大晦日だしね。

牛肉のビール煮込みなど、ここでもこてこてのベルギー料理を堪能。
ベルギーは本当にメシが美味い。
日本に帰ってきた今でも時々無性に食べたくなるほどのハマりようだ。

午後は観光スポットをぐるぐる巡ることにした。

聖母マリア教会にはミケランジェロ作の聖母子像があり、
メムリンク美術館には聖遺物箱があり、中世のキリスト教を色濃く感じさせる。
行きの飛行機でダン・ブラウンの「天使と悪魔」を読んできたこともあり、
主人公のラングトンになった気持ちでそれらの作品に込められた
メッセージを探ろうとした。本当に影響されやすい男である。

それにしても教会建築には圧倒される。
今のような土木・建築の技術もなかった時代に、
ここまで壮大な教会を建造したなど信じがたい。
ピラミッドにしろ、日本の寺院にしろ、宗教の持つ力は偉大だ。

12月30日 アムステルダム→ブリュッセル 

2007年11月18日(日) 21時23分
9:56発のタリスでいざブリュッセルへ。

タリスというのは国際電車。
電車で国境を越えるなんて、島国の日本では考えられないが、
EUという共同体の中では、国境なんて県境みたいなもんだ。

12:35ブリュッセル着。
ブリュッセルで滞在するホテルに向けて、
ブリュッセル中央駅からHorta駅までメトロで移動。
ホテルの近くにはトラムが走っていると書いてあったので、
horta駅からトラムの線路に沿って歩いてみたが・・・
ない、一向にホテルがない。
どうやら住宅街に紛れ込んでしまったようだ。
ここで親切なベルギー人が声をかけてくれ、まったく逆に進んでいたことが判明。
ホテルの近辺まで連れて行ってくれた。
日本で困っている外国人がいてもほとんどの日本人は声をかけようとしない。
ランゲージバリアというよりは、国民性の違いか。

ちょっとホテルでくつろいだ後、トラムに乗って中心部へ。
ベルギー最初の行き先は、王立美術館。

ブリューゲルやルーベンスなど、フランドル絵画の名作を数多く所蔵する
世界的にも有名な美術館だ。わくわくしながら美術館に足を踏み入れる。
一気に歴史を感じた(気がした)。
ここは、古典美術館と近代美術館の2部構成で、とてつもなく広い。
駆け足でまわってもゆうに2時間はかかる。
お目当てはブリューゲル。コーナーに差し掛かると・・・
ない、ブリューゲルがない。
白昼堂々と盗まれたか?そんなばかな。よくよく見ると・・・
Nagasaki?What’s?
そう、時を同じくして、日本で「ベルギー王立美術館展」が開催されていたのだ。
これはとんだ大誤算。よりによって日本とは・・・

暗澹たる気持ちで美術館を後にすると、その裏手に教会を発見。
中に入ると、とてつもなく美しいステンドグラスが!

ブリューゲルのショックは途端に消え、教会建築のとりこになっていた。
こんな歴史と文化を感じさせる建築が街中に普通に残っている。
たしかに、日本でも寺・神社は街中に突如現れることが多い。
位置付けは違えど、宗教を中心に町が作られていたことを感じさせる。

ベルギーは一人当たりのレストラン・美術館数が世界一という話は
先に紹介したが、他にも有名なものがある。そう、チョコレートだ。
そこで、美術館から少し歩いたところにある、ヴィタメール本店を訪れた。

2階のティールームで手の込んだ菓子をほおばる。
外ではしとしとと雨が降り始めていたが、白熱灯に照らされながら、
コーヒーとチョコレートで温かな時間を過ごした。

夕食は、ガイドブックお勧めのケルベルクというレストランに入る。
店内はベルギー人とおぼしきカップルや家族で溢れかえっており、
料理には期待できそうだ。
ムール貝の白ワイン蒸し、豚の血のソーセージ、ウサギのビール煮・・・と、
これぞベルギー料理、といったオーダーをする。

うまい。正直うまい。
昨晩のオランダ料理屋のシェフに食わせてやりたい。
アムステルダムとブリュッセルは電車でたった3時間なのに、
こんなにも食文化が違うとは。
ブリュッセルは、素晴らしい歴史と文化を持ったまちなのだ。

12月29日(金) ザーンセスカンス→ユトレヒト 

2007年01月23日(火) 1時49分
そろそろ、オランダらしいオランダを見ようと、
アムステルダムから北に車で20分ほどのザーンセスカンスという村に行った。

そこには、風車が立ち並ぶ田園風景が広がっており、
オランダに来たことを一気に実感させた。

立ち並ぶ風車のひとつは、お金を払えば中に入れるようになっていた。
その風車は、染料の粉をひくために今も動いていた。
風車の回る動力を、大小さまざまな歯車を使って変換し、粉をひく。

それにしても本当にのどかな田園風景。
同じ地球上にこんなところがあるのかと、驚かされるほどだ。
日本は郊外開発が進み、都心から数十分の圏内はすべて開発済。
昔はきっと日本にもこんな風景があったのだろう。
今あるのは、ありふれたマンションやロードサイドショップの続く単一な風景。
アムステルダム中心地は、400年くらい前の建築物の外観が
そのまま残っており、マックだろうがケンタッキーだろうがすべての店舗が
内装をリフォームして使用している。
歴史的景観を保全するための政策だそうだ。
それに比べて日本は・・・とにかく「まち」に記憶がない。

ここで、先輩とはお別れ。
いろいろ案内してもらった上に、ご飯もごちそうになり、本当に感謝感謝。
日本に来たときは接待せねば(笑)。

自動販売機のコロッケとフライドポテトで昼食を済ませ、
次はユトレヒトに向けて鉄道の旅。
アムステルダム中央駅からInter City(快速列車)で40分。
あの「ミッフィーちゃん」の生みの親、ディックブルーナの出身地だ。
そのディックブルーナの家が美術館の一部として公開されている。
巨大な金のミッフィー像に迎えられて中に入ると、
そこにはディックブルーナ氏のおびただしい数の作品が、
子供目線と大人目線の2つの方法で展示されていた。

お恥ずかしいことに、ミッフィーちゃんは日本のキャラクターだと思っていたが、
よく考えると日本語を話しているところを見たことがない気がしてきた。
ディックブルーナの作品は、ユニバーサルデザインとも言うべきか、
全世界の人が理解できるアイコンだった。
これが世界中で愛されている理由かもしれない。
触発され、作品集を12ユーロで購入。今日現在、未開封…。

ユトレヒトは、思い描いていたヨーロッパの都市そのものだった。
石畳、レンガ造りの建築物、水路、小船、白熱灯、そして歴史。
すべてが理想的だった。
こんな街に住んでみたい、と思わせるほどだ。
東京で強いて言うなら自由が丘や吉祥寺のような感じか?
実際住むことになっても、駅直結のショッピングセンター、
にぎやかな商店街があり、とても住みやすそうだ。

アムステルダムに戻り、オランダ最後のディナー。
ダム広場前の一等地にある「DAM PLAZA」というシャレたレストランに入る。
こちらでは年末までクリスマスが続き、そんな感じの客でにぎわっていた。
サラダ、カルパッチョ、パスタ、ステーキをオーダー、ビールで乾杯。
オランダのビールといえば、ハイネケン。ボトルデザインは秀逸。味は普通。
料理は、どれも微妙。特に、パスタはのびのび。オレが作ってももっとましだ。
オランダ人は普通のパスタを食べたことがないのか!!
自動販売機で買うコロッケのほうが数倍美味。
オランダは食事にお金をかけないほうがいいのだとわかった。
昨日の日本料理が恋しかった。

トラムでホテルに戻り、明日からのベルギー旅行の計画を立てる。
ベルギーは一人当たりのレストラン・美術館数が世界一とか言われるほど、
食いしん坊でミーハーなオレにはたまらない国。
楽しみだ!

12月28日(木) アムステルダムA 

2007年01月17日(水) 1時26分
ここで、ダウンしていた連れが合流。
本調子ではなさそうだが、早く治って本当によかった。
胃もたれにもかかわらずパンケーキ(日本で言うクレープ)を食べ、
向かった先は国立美術館。

ここには、レンブラントの「夜警」やフェルメールの「ミルクを注ぐ女」
を始め、数多くの著名な絵画や彫刻がある。ヨーロッパの絵画といえば、
なんとなく宗教画を思い浮かべるが、オランダ絵画は日常の風景が題材に
されていることが多い。

その中でも、やはり「夜警」は素晴らしかった。
大きな作品だが、その大きさ以上の迫力、気品があった。
オレが知る人ぞ知るミーハーだということを割り引いても、素晴らしい作品だ。

国立美術館の隣には、オランダの生んだ巨匠のための美術館があった。
ファンゴッホ美術館。
ゴッホは最も好きな画家の一人だが、改めてそのすごさを知った。
有名な作品以外にも、名作はたくさんあった。
気に入った作品のポストカードをすべて買ってやろう、と意気込んだが、
すべてを見終わる前にタイムアップ、案の定ショップもクローズド。
無念。

広場にある巨大な「I amsterdam」というオブジェと写真を撮り、
ブランドショップをウィンドウショッピングしながら夕食へ。
先輩がホテルオークラの日本食レストランを予約していてくれた。

せっかくオランダに来たのに日本料理!?と思ったが、
後日オランダ料理(性格にはオランダ人の料理)の味を知り、
先輩の賢明な判断に感謝した。
オランダで、寿司をつまみ、日本酒を飲み、優雅な時間を過ごした。

この日の締めくくりに、有名な「飾り窓」という風俗街を歩いた。
下着姿の女性がショーケースよろしくガラス張りの小部屋に入っていて、
客は道から見定め、お気に入りの部屋に入るという仕組み。
客のいる部屋はカーテンが閉まる。
なんとも合理的な仕組みだが、正直ドン引きだ。
ドラッグも合法であるこの国は、やっぱりどこか変だ。
港町だから男が集まり、必然的にそうなったのかもしれないが、
何でもありというのが日本人の倫理観からはちょっと違和感があった。
だが、なんでもオープンにすることで、
「禁止されているからこそちょっと手を出してみたい」
という中間層を一掃することに成功しているのも事実かもしれない。
政策判断は難しい。

無事、ホテルに戻り就寝。
ぐっすり眠った。

12月28日(木) アムステルダム@ 

2007年01月10日(水) 1時25分
時差もあり、9:30朝食。
パンとコーヒーだけのコンチネンタル風の朝食を予想していたが、
ありがたいことにバイキング形式だった。
バイキングとなると、とりあえず全種類制覇することを目標としてしまう
悪い癖があり、朝っぱらからパン、ソーセージ、卵、ハム、チーズ・・・を
皿いっぱい食べた。
滞在中、一切メニューが変わらないということも知らずに・・・。

朝食を終え、先輩が迎えに来た。
先輩は滞在中、ずっと案内してくれるそうだ。実に頼もしい。

調子を崩した連れを一人ホテルに残し、まずレンブラントハウスに行った。
オランダには「I amsterdam card」という優れたシステムがあり、
33ユーロで24時間、多くの美術館やトラム(路面電車)がフリーパスになるのだ。
トラムに乗り、ホテルから10分ほどで到着。

ここは、「夜警」が代表作であるオランダの画家、レンブラントの公開アトリエ。
今年はレンブラント生誕400周年らしい。
「夜警」くらいしか知らなかったが、そのような大規模でド迫力な作品もある一方、
エッチングという銅版をニードルでひっかいた版画の作品も
たくさん残しているようだ。繊細なタッチが見事だった。
自画像もあった。
なぜか今で言う「変顔」をしているような絵がお気に入りのようで、
レンブラントハウスの看板にもなっていた。

その後、「SEX MUSEUM」というなんともオランダらしいクソな博物館に行った。
世界各国から関連する美術作品などが集められていた。
思わず笑ってしまうものもあったが、基本的にエグかった。

オランダ人は昼食をあまりしっかり食べないらしい。
街にはフライドポテト屋やコロッケ(オランダ発祥)の自動販売機が
いたるところにあった。
この日は、先輩にすすめられたフライドポテトを食べた。

ものすごい量のイモに、ものすごい量のマヨネーズ・・・。
なんなんだこの量は!食いきれるわけがない!
でも、「もったいない」の精神があだとなり、胃もたれ覚悟でノルマを達成した。
当然、胃もたれだ。

次は、あのアンネの日記で有名な、アンネフランクの家を訪ねた。

ここは、アムステルダム屈指の人気スポットのようで、
すでに長蛇の列ができていた。
1時間ほど並び、ようやく入場。
アンネフランクは、本棚のうしろからつながる隠し部屋で
ナチスから身を隠して暮らしていたのだ。
その本棚や、まさにアンネの日記を書いた部屋まですべてを見ることができた。
教科書でしか知らなかった第2次世界大戦をほんの少しリアルに感じた。
日本がナチスドイツと同盟国だったということも改めて思い出した。
とても考えさせられた。

12月27日(水) 出国 

2007年01月08日(月) 3時25分
今日から、年末年始に行ったオランダ・ベルギー旅行記を連載します。
うざいくらい長くなりそうですがお付き合いください。

=====

AM11:40、成田空港。オレらを乗せたオーストリア航空機が
経由地であるウィーンに向け飛び立った。
前夜、文字通り不眠不休で仕事を片付け、あわただしく成田空港へ到着。
成田エクスプレスでほんの数十分眠ったが、
まだ見ぬオランダ・ベルギーへのドキドキ感からか、驚くほど元気だった。
第一目的地のオランダには、サークル時代にお世話になった先輩が赴任しており、
空港まで迎えに来てくれることになっていた。

ウィーンのヴィエナ空港で無事乗換えを済ませ、
ほぼ時刻どおりにオランダのスキポール空港に到着。
そこで第一のアクシデント発生!連れのスーツケースがない!
どうやら同じような人が数名いるようで、お互い困惑の表情を浮かべていた。
一人の西洋人から、荷物はどうやらウィーンに留まっているとの話を聞き、
空港のサービスカウンターでホテルまで荷物を送ってもらうよう手配した。
旅人同士は初対面でも不思議と仲が良い。
同じく荷物を一時的に失った一行と固く握手をして出口へ向かった。

出口には、スーツ姿(真冬なのにコートなし)の先輩が待っていた。
片手にはワインのビンをそのまま持っていた。
俺らは長時間のフライトでさすがに疲れていた。
ワインなんて飲めるわけもない。
しかし、先輩はオレらとスーツケースを車に乗せ、スーパーに直行。
ビールやつまみを買い込み、ホテルへ連れて行ってくれた。
車道の右側を走り、スーパーで手馴れた手つきでものを買う先輩を見て、
本当にここで暮らしているんだなぁと実感した。
いつか海外で暮らしてみたい。

ホテルに着くと、案の定、宴会が始まった。
ビールで乾杯すると、不思議と元気が戻ってきて、結局2缶さくっと飲んだ。
チーズや生ハムも食べた。
しかし、連れの一人がどうも調子が悪い様子。
普通ならビールをがぶがぶ飲むような男なだけに、
酒を受け付けないというのは調子の悪い何よりの証拠だった。

結局彼は翌日熱を出した。
2007年12月
« 前の月  |  次の月 »
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
最新コメント
アイコン画像盗賊
» 秋から冬への移り変わり (2008年10月19日)
アイコン画像タイラノ清盛
» 秋から冬への移り変わり (2008年10月18日)
アイコン画像真那斗
» 秋から冬への移り変わり (2008年10月15日)
アイコン画像†*もぇちゃ*†
» 秋から冬への移り変わり (2008年10月12日)
アイコン画像猫男爵
» 秋から冬への移り変わり (2008年10月07日)
アイコン画像をとこ
» 秋から冬への移り変わり (2008年10月05日)
アイコン画像RAOSU
» 秋から冬への移り変わり (2008年10月03日)
アイコン画像汁大臣
» 秋から冬への移り変わり (2008年09月30日)
アイコン画像ハム太郎
» 秋から冬への移り変わり (2008年09月27日)
アイコン画像酢だこ
» 秋から冬への移り変わり (2008年09月26日)
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:kishi_masaaki
読者になる
Yapme!一覧
読者になる