June 15 [Mon], 2009, 0:00
ぼくたちは正しいから生きているのではなく、生きていることののなかから、なんとか正しさを作り出していくのです。
毎日新聞で連載されたコラムをまとめたという『
石田衣良の白黒つけます!!
』。
連載当時、紙面とインターネットで二者択一の質問をし、読者が票を入れたりコメントを寄せたりしていた。票の多いものが必ず勝つという仕組みではなく、衣良さんがジャッジをするようになっている。
実は、
石田衣良
の文章をまとめて読むのは初めて。雑誌や新聞でコラムを読むことはあるけれど、図書館では貸出中のことが多く、なかなかお目にかかれないのだ(私は図書館に頼りきりなのです・・・)。
衣良さんファンの友人には、1冊目がこれではなくて小説をと言われたけれど、私はこれでよかったと思う。衣良さん、すてきな方です。
まず、ことば遣いが好き。それから、男は弱いんですと訴え続ける口調が笑える(ゴメンナサイ)。人をきっちり見るけれど、時々怖いけれど、基本的に優しい。
「恋しなくなったのは男のせい?女のせい?」から「憲法9条改憲に賛成?反対?」まで、質問は様々だけれど、衣良さんはいつも同じ。
かりかりせず、かと言ってあきらめているわけでもない。穏やか〜な雰囲気だ。
他の本も読みたくなりました。
大切なのは、理解することではなく、心を寄りそわせて、いっしょに生きることなのだ。
January 01 [Mon], 2007, 16:11

おだやかにあれ こころよ
のびやかに しなやかに はれやかに
谷川俊太郎さんの『
すこやかにおだやかにしなやかに
』所収「おだやかに」より。
2007年、こんな年にしたいと思っています。
突然の更新ストップでたくさんの人にご心配おかけしたこと、本当にごめんなさい。でも、心配してもらって、とってもうれしかったです。今年は、少しずつでもここから離れずにいくつもりです。
呆れずに、どうぞお見守りください。よろしくお願いいたします。
April 15 [Sat], 2006, 23:00

今回は、ちょっと趣きを変えて、ザ・歳時記をご紹介。今、私が肌身離さず持ち歩いているのが、これ。
『俳句歳時記』
です。
今は、写真やエッセイを添えた読み物形式のものが多いけれど、もともとの歳時記といえば、中学や高校の国語の授業で、便覧に載っていたような、季節のことば(季語)をまとめたものだと思う。
時候・天文・生活・動物・植物・・・などなどの部立てがあって、項目ごとにことばが並べられており、それぞれの由来と、代表的な俳句が紹介されている。
特に俳句に興味がなくても、普段使わないような美しいことばに、うっとりした向きも少なくないはず。新しく知ったことばを実際に用いることで、そのことばの持つ世界が自分のものになっていく。
ことばというのは、不思議なものです。
文字ばかりの歳時記はちょっと・・・という方には、
『1度は使ってみたい季節の言葉』
をおススメします。
大御所長谷川櫂の選んだ俳句に、京都町家写真館でおなじみの水野克比古さんの作品で、少し古風とも言えることばの世界に引き込まれること請け合い。
■このエントリーはくみちょーさんの京都人ブログ<水野克比古フォトスペース「町家写真館」>にTBしています。
January 17 [Tue], 2006, 21:55

俵万智の
『あなたと読む恋の歌百首』
。以前単行本で読んで大いに引き込まれたこの本が文庫になったと知って、お買い上げしてしまった。韻文が苦手で、まだ古典和歌の方が良いと思っていた私が、短歌もいいなあと感じたきっかけになった本でもある。
冒頭に短歌、次に見開きで俵万智の鑑賞、という形式。
「恋愛ミーハー」というのは、本の解説を書いている野田秀樹さんのお言葉で、それはもちろん、俵万智のことを指している。ああ、そうだな、うまいなあと思った。
詳しいことは知るはずもないけれど、私にとっては万智さんは恋愛の達人だ。この本の中にも、ご本人の体験談がたくさんたくさん出てきて、ここまで書いてしまっていいのかしらと余計な心配をしてしまった。かなり、あけっぴろげなのです。
でも、それだけでは終わっておらず、短歌と様々な体験を絡めては、その重要事項をさらりと掬い出してしまう。その度に、こちらはハラハラひやりとさせられた。
恋愛はすごい。短歌もすごい。たった三十一文字で、人を泣かせることができるのだから。
100首の中には、与謝野晶子も穂村弘もある。それらが同じレベルで語られるのもまた良し。
そして、私の1番好きな歌はこちら。
観覧車回れよ回れ想ひ出は君には一日我には一生(ひとよ) 栗木京子■俵万智のチョコレートBOX ご本人の公式サイト
October 05 [Wed], 2005, 21:23

判じ物は、ことばを、音の共通する文字や絵などに置き換え、人に判断させて当て
させる謎かけのこと。
上野池之端にある十三屋さんもく(九)し(四)と
いう売り物からついた店名だし、「春夏冬中」は商い(秋ない)中という意味にな
る。有名なてぬぐいやさんかまわぬもこの仲間。要するに、文字や絵を使った駄洒
落のようなものだ。
この『
江戸の判じ絵―これを判じてごろうじろ
』という本は、とてもよくできている。
たばこと塩の博物館の企画展を本に仕立てたものなのだけれど、判じ物に限ら
ず、ことば遊びや中世・近世の咄本の第1人者が執筆している。歴史やその周辺の
解説は分かりやすく、肩の力は抜けているのに品のいい文章で書かれていて、とて
も気持ちいい。
江戸の庶民の娯楽だった判じ物。その絵は、木版の素朴さときりっとした色使い
に、そしてちょっとゆるくて渋い印象は、まさに江戸そのもの。干支や暦、名所な
ど様々な謎々が用意されているけれど、それらを眺めるだけでも楽しい。
::たばこと塩の博物館の企画展アーカイブズで、内容を見ることができます。→
●
October 01 [Sat], 2005, 17:17
■漢和辞典大好き!角川新字源は特におススメ!!生まれて初めて、「烏」(カラス)を漢和辞典でひくことになった。
漢和辞典をひくときは、いつも部首から入るのだけれど、「烏」という字を見て、はたと手が止まる。ありゃりゃ、鳥(とり)じゃないわ、と思ったのである。
カラスはもちろん鳥だし、その文字の由来も、全身が黒くて目が分からないから、鳥という字の目の部分を一画引いてあるという、鳥に縁深い文字なのだ。
でも、鳥がカラスの部首になることはあり得ない。漢和辞典の項目というのは、部首そのものか、部首プラス数画からはじまるからだ。
たとえば、草かんむりは、「草」という部首に採られている漢字そのものから、しんにょうは、しんにょうプラス1画の辷(すべる)という漢字から始まる(
新字源
の場合)。
つまり、部首マイナス1画には決してならないのである。
そこで浮かんできたのが、れっか。「烈」「然」の下にある点4つだ。そして、そのページを見てみると、カラス発見!
烏の部首は、れっかだったのだ。
ちなみに、月にいるのはうさぎさんだけれど、太陽にいるのは3本足のカラスと言われている。「火」に持っていかれているのは、正解だなあと思った。
目から鱗の調べ物でした。
August 01 [Mon], 2005, 13:00

敬語が苦手である。
この歳になって情けないのだが、場数を踏んでいないからだ。もちろん、日々お客様相手にお話はしているけれど、ネタは大体同じなので、バリエーションが増えないのである。アドリブに弱い。
曲がりなりにも大学ではことば関連の勉強をしていたので、正しい・おかしいを判断するくらいの知識はある。ただ、その知識が半端なせいで、話しながら、これから出そうとしている敬語が間違っていることに気付き、口が曲がりそうになることもある。
また、自分ができない分、よそ様のことば遣いが非常に気になる。美しい日本語が聞こえてくれば幸いだけれど、「ご覧になられる」なんて連発されると、むずむずしてしまう。電車で「お降りする際には、傘のお忘れ物などしないよう、ご注意してください」と流れた日には、やめてーと、切ない気持ちになる。
July 28 [Thu], 2005, 13:02

MARCのデータベースには、『
小学生日記
』についてこう書かれている。
「
フリマ、離婚、いじめ、中学受験、NY大停電、渋谷の女児監禁事件…、小学生はすべてを見ていた! 読売新聞社主催「全国小・中学校作文コンクール」文部科学大臣賞受賞の小学六年生「天才作文家」、ヤバすぎる第一作文集」
ぷっと笑ってしまったのは、きっと私だけではないはず。この本を読んだことがある人なら、ちょっと違うでしょ〜と突っ込まずにいられないのではないだろうか。
話題にもなっていたから、この本の存在はずっと知っていたけれど、手にとるのが遅れたのは、天才性ばかりが取りざたされていたからだ。
けれど、筆者のhanae*ちゃんのことを、私は特に天才とは思わない。失礼な言い方かもしれないけれど、私の持つ天才のイメージ―たとえばモーツァルトの派手やかさのようなもの―に当てはまらないからだ。
hanae*ちゃんはむしろ、よく生きる人だと思う。
June 19 [Sun], 2005, 7:35

我が家の犬たち、
ソラ・まめのブリーダーさんのブログを、リンクに追加いたしました。ぜひともご覧くださいませ〜。
::気まぐれPromenadeはこちら→
○ここにある道浦母都子さんの短歌は
『無援の抒情』
という本に載っている、私も大好きなもの。
わたくしの心乱れてありしとき海のようなる犬の眼にあう全共闘世代に人気だったというのがこの歌集を語る枕詞ではあるけれど、私は、道浦さんの作品を目にする度、喜びも苦しみも、全て「女」というベースの上にあるような気がする。それがどんなに重たいものであっても、あくまでも艶めいて色っぽく、そしてタフだ。
全存在として抱かれいたるあかときのわれを天上の花と思わむBlog作者のブリーダーさんも、私も、そしてソラまめも(勘違いしている人も多いけれど)、みーんな女性。それぞれに、素敵な花が咲きますように。
::このエントリーは、気まぐれPromenade「改めて」に、TBしています。
May 30 [Mon], 2005, 19:18
漢和といえば、新字源(角川)か、大漢和(大修館)だと思っていた。
と
ころが、今日「形」と「型」の使い分けを調べるときに、たまたま専門の方とそん
なことをお話したら、意外なことを教えてくれた。
現代も使われてい
るようなことばに関するものは、易しい漢辞海(三省堂)や漢語新辞典(大修館)
がよいそうだ。確かに引いてみたら、なんと分かりやすい説明!と驚いてしまっ
た。
もちろん、それぞれの漢字をひいて、意味を読み、自分で違いを考え
ればよいのだけれど、凡例付きでまとまった説明が載っているというのは便利で助
かる。
新字源は漢文を読むときの私の相棒だし(ここは絶対譲れない)、大漢和
や康煕字典は最後の砦と思っている。正直言うと、ちょっと見る程度ならともか
く、他の辞書は物足りない上に過度な説明や字体、カラーがうっとうしくて好きで
はなかった。
でも、それはあくまでも、それぞれの長短を総合判断したも
の。個人的なことを調べるときでも、1冊で済まそうと面倒くさがらずに、いろい
ろな長の部分だけをいただいてもいいなと思った。
なお、調べものの結果
はこの通り(参考:漢語新辞典)。
形:目に見える姿・フォーム
型:
形の元になるもの・タイプ・モデル
*単独で用いるときは「型」を使う。 例:型
にはまる
「鋳型」のような一般的なことばでも「鋳形」を採用している辞
書は少なくない。同意語の使い分けの基本を知ることは、頭が整理されて、気持ち
良い。
それにしても、ものを調べるプロの手順を、説明を加えながら生で
見せてもらえたのは、本当に良かった。得るものがたくさん。