「ふとした拍子に、なんだって私は生きてるんだろうとつい考える。もう生きるのは面倒くさいと思う。かといって、焦燥や不安や孤独感や倦怠だけでは死ぬ衝動だって起こらない。だから、なんとか生きていかなくちゃいけないのだ、という思いでしか生きられない。」
25歳になったとき、「30歳になるまではキツいよ」と周りから散々脅かされた。
今、三十路に突入するまでもう一息なわけだけれど、確かに揺れることが多い。もちろん20代後半だからなのではなくて、30代になっても40代になっても、揺れるときは揺れるのだろう。
でも、20代後半から30代前半というのは、学校や職場で同じように進んできた友人たちのペースが変化する時期だ。結婚、離婚、出産、転職、昇進、ほんとうに、バラバラだ。
大きな変化に、もしくは変化のなさにぶつかって、ゆらゆらゆらゆら、多かれ少なかれ皆揺れている。
『
恋愛迷子
』は、そんな時の流れを傍観者として眺めてしまう女の子(といっても31歳ですが)・綾乃の物語だ。
それから、離婚を経験したアキ、夫と死別した多恵、合コンに精を出す幸子、子どもをもてあまし気味の晴香など、同世代の女性が多く登場する。
読みながら、なんだか息苦しくて溜め息が出た。でも、目が離せずに一気に読み進める。
「自分の存在そのものをなくしてしまったような、今どうしてこんなふうに呼吸を続けているのかも分からないほどの不安」。「失う前から、失うことばかりを考えてしまう」こと。
多少なりとも経験を積んでしまったことによる恐れ。途方にくれたような気持ち。
リアリティーがあるのだ、とても。あの人がこんな話をしていたな、この子が言っていたのと同じだな、そんな描写が数々出てくる。小さなセリフ、ちょっとした心の動きが、友人たちに、そして自分にも、重なっていく。
あるとき、歳上の友人に頼まれたことがあった。行儀が悪かったら叱ってほしい、ワガママを言っていたら注意してほしいと。
40歳目前ともなると、仕事では管理者、気軽に遊べる独身の女友達の中でも年長となる。一人暮しを始めてから、20年がたっていた。
「誰も私のことを怒ってくれない。皆が私の言うことを聞いてくれる。それで、誰にも気を遣わないから、ガサツになってきた気がするの。
今の私では、この先誰かを好きになっても、一緒に暮らすことなんてできないと思う。他人と暮らすのは面倒くさいし煩わしい。相手だって、寄り添う気持ちのないこんな女嫌だと思う」
そう思い至った友人は、もう1度他人との関係を見直そうとし始めた。まずは、自分のことばかり主張せず、人の話をきちんと聞くこと。普通のことなのに、できていなかった。頑ななところを柔らかく保てるよう、心がけることにしたのだった。
「考えられない。私には人との生活なんてありえないんです」
「ありえるわよ。人を求める心がある限り、ありうるものだと思うよ」
がんばれ、がんばれ。
友人にも自分にも届くように、一生懸命祈る。
「怖くない。怖くない。きっと妄りに膨らんだ想像よりも現実は怖くない。やっていけるはずなのだ」
著者小川内初枝さんは、女性が日常のなかで抱く孤独や揺らぎの描写に定評のある方とのこと(著者紹介より)。
全編を満たす閉塞感は、確かにお見事。
でも、ただの暗ーい話ではない。
お日さまを吸収したドライフルーツに、絨毯・タオルの色の鮮やかさ。川の流れの気持ちよさ。体に訴えるものが効果的に使われている。綾乃の住むマンションの近くからかかる橋は、明るい方へと彼女を導く。
「あなたのこと、ずっと見てるわ。もし住むところが離れたって、ずっとあなたの幸せを願ってる。あなたが笑って暮らせるように祈ってるわ。そして時々、会ったりしましょう」
恋愛迷子だけでなく、ありとあらゆる迷子の人に読んでいただきたい。揺れたって、きっと大丈夫。