明けましておめでとうございます。
昨年内中に、最後の記事としてこれからの事など書きたかったのですが、
僕の立場は坂を転がる石のように二転三転し続けていて、はっきりと何かを書ける状況ではなかったようです。
なんだかんだ、
結局。
僕は音楽に復帰する事になって、クリスマスも年末も、この正月も交渉事やら制作やらに揉みに揉まれています。
これまでと変わらず、僕らをサポートしてくれてたみんなと一緒に何かを作ったり語ったり、あーだこーだする日々は、やっぱり刺激的で楽しい。
あるきっかけから、偶然出会う事になったある「うたうたい」さんと、一緒に作業を進めています。
おそらく仙台では、まだあまり知られていない彼女。
キーが少し高いから下げてください。
でも、それだとベースが1オクターブ上がる事になっちゃうよ。
なら一度、みんなでスタジオに入ろうか。
そんなやり取りはやっぱ楽しい。
だからといって彼女は、キリマルカラーの新しいうたうたいでは、ないのです。
しかし、これからもキリマルの歌も歌い継いでくれる人です。
こんな早くに、そんな人と出会う事になりました。
11月。
なおね脱退を知って、すっ飛んで来てくれた方がいました。
僕らキリマルの面倒を見たいと熱心に誘ってくださってた方。
「うちからCD出してみないか。」
「僕らには無理です。」
そんなやりとりを幾度か繰り返し、それでもその方は何度も僕らのライヴに来てくださった。
たまに事務所へ行けば、そこにはいつも僕らのCDが飾られていて。
結局、実際にはその方のお世話になる事はなかったのだけど。
最後まで面倒を見ると言った。
そう仰って、僕の住む片田舎まですっ飛んで来てくれた。
僕はこういう人に弱いのだ。
感謝してます。
だから、あえてこう呼ばせてください。
社長。
僕は楽器はやめて違う事を始めたい。その気持ちが固まってたから、社長にはそう伝えた。
もし続けるならば、かなり無礼な条件でこれならば続けてみたい、とも伝えました。
無礼な条件とは、恥ずかしすぎるので遠回しにけどセキララに書きますが‥。
もしかしたら音楽人というのは、
完全に何かを目指すか、
それとも単純に趣味か。
完全にどっちかであるべきなんじゃないかっても思う。
もし何かを明確に目指しているなら、
「諦めたらそこで試合終了だよ」って安西先生は言ったけど、だからこそ無理を悟ったら、諦める事もできるしね。
なぜなら、僕は音楽を本気とも趣味とも言えずに中途半端でどっちつかずだったから。中途半端に仕事した。
音楽は本気の趣味。
とも人に言いました。
よくある話。
どっちつかずな僕らみたいなバンドは、なんとなく長く続いてしまって、結局は周りをびっくりさせちまう形で勝手に終わってしまう。
協力してくれてた人も、やっぱり無駄な事だったって、実にがっかりさせてしまう‥。
だから、これからは誰かに迷惑をかけない形で、趣味として純粋に音楽を楽しんでみたい気持ちもあるけど。
本気で何かを目指してる人が、明確な目標を持った「うたいたい」がどっかにいるなら、今後は裏方として、そういった人のサポートならしてみたい。
社長。
ひとりだけなら、いる。
そのうたうたいさんのライヴを聴きに行くことになったのは、12月の最初だった気がします。
この一月余り。ずっと考え続けてきた事があるのです。
パートナーが抜けて、キリマルは僕ひとり。
なおねとふたりで始めた事だから、どっちかが欠ければ、最初から解散と決めてました。
けど、それだけではむなしい気がする。
だって七年かけて活動し、繋がってきた人たちとの繋がりは、今も健在なのだ。
キリマルはボーカル不在のまま、全力で止まってる。
これから、新しく何かを目指そうという人がいるなら、ちっぽけながら僕らが経験したことや、人と人との繋がりを、次の世代と共有する事ができたら‥。
社長に薦められて、ライヴを見にいった。
確変は起こったんだって、僕は思った。
ライヴを見に行った事で、新たな「うたうたい」さんと行き合う事になって。今に至ります。
これからの僕は、裏方です。
社長と呼ばせて頂いてる、ある所に所属し、
新たな「うたうたい」さんと一緒になって歌を作り、ライヴではサポートメンバーの一人として彼女を支えてくことなります。
立場的には、僕はPなのかも知れないけど、PはパシリのPという認識のもと、音楽的な事ばかりじゃなく、これからは交渉事なんかもしなきゃいけない。
チームキリマルなんて言い方。
みんなはみんななんだから、やっぱり失礼ないい方だったなって思うけど、
全員ではないけど、これからも変わらず、時間の許す限り、一緒に活動する事になります。
写真家のマコトサンも一緒です。
正月早々、撮影のお願いもしてしまった事だし、またみんなで賑やかになんかする日々が、今年もまた始まるのです。
大きな車で、また東京にだってライヴしに行ける。
僕が至らなければ。
もしかしたら、あっけなく終わるかも知れない。
案外、長く続くかも知れない。
もし長く続いてくれたら、僕はいつか別の若い誰かに、この椅子を譲る。
そして、さりげなくフェードアウトしていきたいね。
それでも、音楽に片足くらいは突っ込んでいたいから、彼女のライヴを見に行くでしょう。
でも当分はその時期は来ないし、本心は誰にも譲りたくないから、正月返上で作業は続く。
キリマルカラーは解散なのか、継続なのか。
第三の道を見つけたというのは、この事なのです。
なおねは、キリマルの事は好きにしなさいと言ったから、
真剣に悩み考え出した、これが僕の答えです。
僕となおねで築き上げてきた財産を、これからの人とシェアする。
もしかしたらバンドとして、これ以上の終わり方はないんじゃないか。
新たな「うたうたい」さんは、これから先、きっとたくさんの歌を歌ってく中で、キリマルの歌をも歌い継いでいきたいって、云ってくれるのだから。
これからキリマルカラーは、新たなうたうたいの、一部になります。
解散でも継続でもない。それが僕なりの答です。
3月11日。あの震災から一年。
御披露目ライヴが決まると思います。
その時だけ、一度だけ再び「キリマルカラー」の名前を使わせてください。使わないかも知れないけど。
それにしてもここは、自分記録として書いてきたつもりだったから、改めて読み直してみると、しかしくだらない。
それでも、本来ネガティ部な自分が、自分なりに明るく振る舞おうとしてたり、無理な若作りに挑戦していたり、なんだかんだ楽しそうだ。
最後の一年は、本気で楽しかった。
長い間、ここを読んでくださってた方。
キリマルに関わってくれたみなさま。
ありがとうございました。
僕は近々、このブログを引っ越す事になります。
キリマルの歌を歌い継いでゆく、新たなうたうたいさんの事も、きちんと発表したいですし、
だからもう一度だけ、書かせてください。
ホームページ。ブログのリンク先。
2月までには、きっと書けるのでしょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今年一年、みなさまにたくさんの一期一会がありますように。
昨年内中に、最後の記事としてこれからの事など書きたかったのですが、
僕の立場は坂を転がる石のように二転三転し続けていて、はっきりと何かを書ける状況ではなかったようです。
なんだかんだ、
結局。
僕は音楽に復帰する事になって、クリスマスも年末も、この正月も交渉事やら制作やらに揉みに揉まれています。
これまでと変わらず、僕らをサポートしてくれてたみんなと一緒に何かを作ったり語ったり、あーだこーだする日々は、やっぱり刺激的で楽しい。
あるきっかけから、偶然出会う事になったある「うたうたい」さんと、一緒に作業を進めています。
おそらく仙台では、まだあまり知られていない彼女。
キーが少し高いから下げてください。
でも、それだとベースが1オクターブ上がる事になっちゃうよ。
なら一度、みんなでスタジオに入ろうか。
そんなやり取りはやっぱ楽しい。
だからといって彼女は、キリマルカラーの新しいうたうたいでは、ないのです。
しかし、これからもキリマルの歌も歌い継いでくれる人です。
こんな早くに、そんな人と出会う事になりました。
11月。
なおね脱退を知って、すっ飛んで来てくれた方がいました。
僕らキリマルの面倒を見たいと熱心に誘ってくださってた方。
「うちからCD出してみないか。」
「僕らには無理です。」
そんなやりとりを幾度か繰り返し、それでもその方は何度も僕らのライヴに来てくださった。
たまに事務所へ行けば、そこにはいつも僕らのCDが飾られていて。
結局、実際にはその方のお世話になる事はなかったのだけど。
最後まで面倒を見ると言った。
そう仰って、僕の住む片田舎まですっ飛んで来てくれた。
僕はこういう人に弱いのだ。
感謝してます。
だから、あえてこう呼ばせてください。
社長。
僕は楽器はやめて違う事を始めたい。その気持ちが固まってたから、社長にはそう伝えた。
もし続けるならば、かなり無礼な条件でこれならば続けてみたい、とも伝えました。
無礼な条件とは、恥ずかしすぎるので遠回しにけどセキララに書きますが‥。
もしかしたら音楽人というのは、
完全に何かを目指すか、
それとも単純に趣味か。
完全にどっちかであるべきなんじゃないかっても思う。
もし何かを明確に目指しているなら、
「諦めたらそこで試合終了だよ」って安西先生は言ったけど、だからこそ無理を悟ったら、諦める事もできるしね。
なぜなら、僕は音楽を本気とも趣味とも言えずに中途半端でどっちつかずだったから。中途半端に仕事した。
音楽は本気の趣味。
とも人に言いました。
よくある話。
どっちつかずな僕らみたいなバンドは、なんとなく長く続いてしまって、結局は周りをびっくりさせちまう形で勝手に終わってしまう。
協力してくれてた人も、やっぱり無駄な事だったって、実にがっかりさせてしまう‥。
だから、これからは誰かに迷惑をかけない形で、趣味として純粋に音楽を楽しんでみたい気持ちもあるけど。
本気で何かを目指してる人が、明確な目標を持った「うたいたい」がどっかにいるなら、今後は裏方として、そういった人のサポートならしてみたい。
社長。
ひとりだけなら、いる。
そのうたうたいさんのライヴを聴きに行くことになったのは、12月の最初だった気がします。
この一月余り。ずっと考え続けてきた事があるのです。
パートナーが抜けて、キリマルは僕ひとり。
なおねとふたりで始めた事だから、どっちかが欠ければ、最初から解散と決めてました。
けど、それだけではむなしい気がする。
だって七年かけて活動し、繋がってきた人たちとの繋がりは、今も健在なのだ。
キリマルはボーカル不在のまま、全力で止まってる。
これから、新しく何かを目指そうという人がいるなら、ちっぽけながら僕らが経験したことや、人と人との繋がりを、次の世代と共有する事ができたら‥。
社長に薦められて、ライヴを見にいった。
確変は起こったんだって、僕は思った。
ライヴを見に行った事で、新たな「うたうたい」さんと行き合う事になって。今に至ります。
これからの僕は、裏方です。
社長と呼ばせて頂いてる、ある所に所属し、
新たな「うたうたい」さんと一緒になって歌を作り、ライヴではサポートメンバーの一人として彼女を支えてくことなります。
立場的には、僕はPなのかも知れないけど、PはパシリのPという認識のもと、音楽的な事ばかりじゃなく、これからは交渉事なんかもしなきゃいけない。
チームキリマルなんて言い方。
みんなはみんななんだから、やっぱり失礼ないい方だったなって思うけど、
全員ではないけど、これからも変わらず、時間の許す限り、一緒に活動する事になります。
写真家のマコトサンも一緒です。
正月早々、撮影のお願いもしてしまった事だし、またみんなで賑やかになんかする日々が、今年もまた始まるのです。
大きな車で、また東京にだってライヴしに行ける。
僕が至らなければ。
もしかしたら、あっけなく終わるかも知れない。
案外、長く続くかも知れない。
もし長く続いてくれたら、僕はいつか別の若い誰かに、この椅子を譲る。
そして、さりげなくフェードアウトしていきたいね。
それでも、音楽に片足くらいは突っ込んでいたいから、彼女のライヴを見に行くでしょう。
でも当分はその時期は来ないし、本心は誰にも譲りたくないから、正月返上で作業は続く。
キリマルカラーは解散なのか、継続なのか。
第三の道を見つけたというのは、この事なのです。
なおねは、キリマルの事は好きにしなさいと言ったから、
真剣に悩み考え出した、これが僕の答えです。
僕となおねで築き上げてきた財産を、これからの人とシェアする。
もしかしたらバンドとして、これ以上の終わり方はないんじゃないか。
新たな「うたうたい」さんは、これから先、きっとたくさんの歌を歌ってく中で、キリマルの歌をも歌い継いでいきたいって、云ってくれるのだから。
これからキリマルカラーは、新たなうたうたいの、一部になります。
解散でも継続でもない。それが僕なりの答です。
3月11日。あの震災から一年。
御披露目ライヴが決まると思います。
その時だけ、一度だけ再び「キリマルカラー」の名前を使わせてください。使わないかも知れないけど。
それにしてもここは、自分記録として書いてきたつもりだったから、改めて読み直してみると、しかしくだらない。
それでも、本来ネガティ部な自分が、自分なりに明るく振る舞おうとしてたり、無理な若作りに挑戦していたり、なんだかんだ楽しそうだ。
最後の一年は、本気で楽しかった。
長い間、ここを読んでくださってた方。
キリマルに関わってくれたみなさま。
ありがとうございました。
僕は近々、このブログを引っ越す事になります。
キリマルの歌を歌い継いでゆく、新たなうたうたいさんの事も、きちんと発表したいですし、
だからもう一度だけ、書かせてください。
ホームページ。ブログのリンク先。
2月までには、きっと書けるのでしょう。
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
今年一年、みなさまにたくさんの一期一会がありますように。
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