3丁目の夕日に社会保障を観る・・・。 

2006年06月29日(木) 0時20分
ALWAYS 三丁目の夕日
【Story】
東京タワーの完成が間近に控えた昭和33年の東京下町。
そんな町の親子3人が暮らす自動車修理工場に一人の少女が
集団就職で上京してくる。
大きな工場での社長秘書を夢見ていた少女は小さな工場に
がっかりするが、工場に住む親子3人と打ち解けることで
次第に下町での暮らしになじんでいく。
一方、修理工場の向かいで駄菓子屋を営んでいる売れない作家
茶川は飲み屋のママから子供を押し付けられてめんどうを見ることに。
最初は子供をけむたがっていた茶川であったが、その子供が
自分の書く小説のファンだということを知り、次第に打ち解けていくが
そんなある日、子供の実の父親を名乗る男が茶川の前に現れる・・・


【ネタバレ注意!!】
と、まぁDVDで見たんですが・・・。
良かった、これに尽きます。吉岡さんの演技は、かの寅さんにも共通しているよーで、
なかなか好感が持てました。そして飲み屋の小雪さんがいい。「指輪つけてよ。
そのいつ買ってくれる指輪・・・。」と指輪ケースのみしか買えなかった茶川が、指輪を彼女の薬指にはめるくだりです・・・。
ラスト夕日を前に茶川の日常から離れた小雪さん扮する彼女が見えない指輪をかざすシーンが、泣ける。(男にとっての理想?彼女にそーあって欲しいみたいな?)
しかし、この映画の冒頭、上京してくる集団就職の女学生を引率する地方の職安職員、今はハローワークですが、一昔前の職安って立派なご職業だったんだなーって思います。いや、今もですけど・・・。物騒な事件が多い現在。立派な大人はたくさんいらしたのだと思います。(おかしいかな?偏見かな?)
就労することは、国民の義務だし、生活を保障するもの、今景気は上向きですが、国民一人ひとりにとって、就労を斡旋する重要な役割っを担っていたんだなーって。。。
思います。そんなこんなでいろんな視点で映画は、楽しみ学べるんですよねー。

《 ヨーダ  ジェダイの師 》 

2006年06月27日(火) 12時14分
映画「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」の中でジェダイの師ヨーダが、
弟子であるルークに言う台詞があります。
ルークが沼に沈みかけた宇宙船をフォースの力で引き上げようとし
(念力で手も触れずに引き上げる感じ)、失敗する。
「できっこない」と彼は吐き捨てる。
それを見てヨーダが自らのフォースの力で、
ルークの目の前で宇宙船を引き上げてみせる。
ルークは目をみはる。
そして思わず口にする。
「信じられません」そこでヨーダが言うのだ。
「だから失敗する。」
「やってみるのではなく、やるのだ。
        試すなどありはしない(あり得ない)。」


「やってみる」のではなく「やる」のだ。

と、心のメンター、マスターヨーダは言ったのだ。

すべては気持ちの問題なのだ。

すべては心の問題。


その他、数多く名言を残すヨーダ・・・。


スターウォーズとヨーダについては詳しい説明は、今さらいらないと思うのですが、
かくいう自分はSW(オタク)FAN・・・。
私は、特にエピソード5で、ヨーダがルークに伝える一言一言が、
自分に言われているように心に染み込みます。

「怒り・恐怖・敵意、それが暗黒面だ」

「冷静で心安らかに」

「固定観念は捨てろ」

「やってみるのではなく、やるのだ。試すことなどありはしない。」

「精神を集中し、フォースの流れを感じろ」

「心を乱すな。抑えることを学べ」

「安易な道を選べば悪の手先になりはてる」
(水は低きに流れるが如く、人は安きに流れる)

生活保護法の基本原理について 

2006年06月27日(火) 8時40分
生活保護法の基本原理は、国家責任、無差別平等、最低生活、保護の補足性の原理に基づいており、第4条では、保護の補足性をその原理としている。この条項は、保護の補足性を規定していると同時に、公的扶助制度固有の「資産調査」に基づく保護の実施に根拠を与えるものである。生活保護法における保護は、社会保障・社会福祉の諸制度に先立ったものではなく、補完的に行われるものである。通常、保護の補足性は2つの意味合いを含んでいる。第1には、今日の社会における自助努力を補足するものであり、第2に親族扶養などの私的扶養と、社会保障・社会福祉などの社会的扶養を補完するものとされている。利用し得る資産、能力、その他あらゆるものを活用して生活維持に努めた後、まだ不足する場合に限ってのみ、保護は行われる。また、他法他施策優先の原理、民法に規定されている扶養義務の優先が定められている。資産を最低生活の維持のために活用しなければならず、土地、家屋はもとより、生活用品なども含まれる。当該資産の本来の用途に従って活用することと、売却してその代金を生活費にあてなければならない。しかし、現行の取り扱いでは、宅地、家屋は現に居住の用に供されているもので、その処分価値と利用価値とを比較して、処分価値が著しい大きいもの以外は保有が認められることとなっている。国民の税によって賄われる公的な救済を受ける場合に、地域住民、低所得者との均衡からみて、最低生活の内容としてその保有を容認できるものかどうかが、判断の基準となる。能力についても労働能力があり、就労先があるにもかかわらず、就労しない者については、保護を受けることが出来ない。また、資産とはなっていないが、申請によって資産となし得るもの、恩給受給権等を有する場合には、手続きを取り、自分の力で生活を維持出来るように努力することが必要である。

福祉現場におけるスーパービジョンの役割と意義D 

2006年06月26日(月) 21時12分
スーパービジョンの発展、そして利用者本位のサービス提供のために、スーパーバイザーからスーパーバイジーへという上下関係を基盤とした教育的なものだけでなく、ピアスーパービジョンなど「横の関係」を重視した形態も積極的に活用していくことも求められていると考える。
  スーパービジョンの機能は管理的機能、評価的機能、教育的機能、支持的機能があると一般的に言われています。スーパービジョンにはさまざまな機能がありますが、残念ながら現状として施設内でスーパービジョンを行っている福祉現場においては非常に少なく思える。時間的人的余裕がない福祉現場で、どうスーパービジョンを行っていく事こそが課題であると考える。
 スーパービジョンは援助者の成長も助けるが、重要なのは、援助の客観性を担保するためのスーパービジョンのあり方だとも考えられる。どうしても援助者の個性により偏向した援助、つまり援助者側からの視点で援助することになりがちで、利用者主体(主役)でない、猫の恩返しのような状況に陥りやすい危険、問題を内包している。しかしスーパービジョンを行うことによりそれを修正することも可能であり、利用者本位のスーパービジョンの役割現場ではなかなかスーパービジョンを行うことが難しいが、グループスーパービジョンを導入することで回避可能であると考えられる。
 スーパービジョンをシリーズ化します。勉強しながらまとめてみます。
次回はスーパービジョンにおける「コーチング」や「ティーチング」の技法の起源について綴りたいと思います。

福祉現場におけるスーパービジョンの役割と意義C 

2006年06月26日(月) 21時10分
ソーシャルワーカーがクライエントを援助しようとする際に最も重要なことは、援助者としてクライエントに信頼されることである。このような信頼関係なくしては、どのような理論も役に立たない。スーパーバイザーは、ソーシャルワーカーとクライエントの援助関係に絶えず着目していなければならないし、スーパービジョンはその信頼関係を構築するために欠かすことができない。
 ソーシャルワークは、高度の知識、技術を必要とする専門性をもつものであるが、クライエントとの心の動きや言動の背景にある意味など、目で見たり手で触れたりすることのできるサービスと比較して、教えたり伝達したりすることが困難なものである。であるから、ソーシャルワーカーの利用者本位のサービスを提供したいという思いだけではそれを実現することは困難であり、スーパービジョンによって、理論や概念の重要性が再認識されることによって、実現させることが可能であるといえる。
 スーパービジョンを、より現実に活用するためには次のような課題を解決しなければならないと考える。わが国では、ソーシャルワークの分野におけるスーパービジョン体制が確立されていないため、現場のソーシャルワーカーたちは必要に迫られて、自分なりのやり方でその方法を模索しており、正しいスーパービジョンを受けることのできていないソーシャルワーカーが一定数存在すること、スーパーバイザー自身も、欧米のように専門知識と技術を、経験に照らして学習するという専門教育を受けていないがために、スーパーバイジーへの援助を的確に行うことができない、ケースワークにおいて発展してきたスーパービジョンの理論と方法を基盤にして、グループワークやコミュニティオーガニゼーションの方法論の特質を踏まえてそれぞれのスーパービジョンの内容と形態を構築していく必要がある。

福祉現場におけるスーパービジョンの役割と意義B 

2006年06月26日(月) 21時06分
スーパービジョンの主要な機能としては、教育的・学習的機能、支持的・援助的機能、管理的・調整的機能の3点があげられる。
A.教育的・学習的機能
 教育的・学習的機能は、スーパービジョンの本来的な意味からすれば、最も中心的な機能といえる。スーパービジョンは「教えること、学ぶこと」が基本にある。スーパーバイザーは、スーパーバイジーの話を傾聴し、受容する。しかし必要なときには指示し、指摘し、解釈もする。そのことを通して知識、技法、態度、倫理などを身につけていくのである。スーパービジョンによって、クライエントに適切な処遇やサービスを提供できるように導いていくことが、結果的にワーカーを育て、専門性を高めることにつながっていく。学生に対するスーパービジョンでは、特に教育的機能が前面に出る。
B.支持的・援助的機能
 支持的機能は、援助的機能、心理的機能ともいわれるものである。スーパーバイジーは、サポートを受けながら徐々に成長していく。スーパーバイジーとスーパーバイザーの両者の関わりは、ソーシャルワークの援助の過程に近いものといえよう。スーパーバイジーは、抱えている問題や課題をこの過程のなかで解決していくこともある。また、さまざまなストレスや燃えつき(バーンアウト)に対するスーパーバイザーによるサポートは、時としてスーパーバイジーを助ける。
C.管理的・調整的機能
 管理的な機能には2つの面がある。第一は仕事の負担、ケース数、効率や手順をきちんと守っているかどうかといった、いわゆる管理者・監督者の目である。一方、専門職的視点から、例えば機関の機能を担うソーシャルワーカーが役割を十分に遂行しているか、変化するニーズに機関が十分に対応できているかなどに目が向けられる。本来、この両者は一つであるべきだが、管理者が専門職でない場合もあり、時に葛藤を生むこともある。スーパービジョンは、ソーシャルワーカーを教育することによって、利用者本位のサービスを提供する上で重要な役割を果たしている。

福祉現場におけるスーパービジョンの役割と意義A 

2006年06月26日(月) 21時04分
 スーパービジョンは大きく分けて個人スーパービジョンとグループスーパービジョンに分類することができるが、視点を変えると、ライブスーパービジョン、ピアスーパービジョンという方法もある。現場の状況や取り扱う内容、ワーカーの力量などに応じて、最も効果的な方法を選択したり、組み合わせたりして行われる。
  スーパービジョンには大きく2つの役割がある。1つはソーシャルワーカーの養成である。実際のケースに即してスーパービジョンを受けることは、専門家としてのソーシャルワーカーを育てていく上で欠くことのできない、教育・訓練の方法である。これはケースワークプロセスと同様であり、スーパーバイジーが受容され、理解される体験をすることによって、クライエントの気持ちや問題状況を理解できるようになる。スーパービジョンの教育的機能はこの点に主眼がおかれている。
 もう一つの役割は、クライエントへの処遇の向上である。スーパービジョンによって、機関の目的に沿った処遇レベルを向上させることは究極の目的といえる。スーパーバイザーがスーパーバイジーを励まし、支える一方で、スーパーバイジーがクライエントに対してより良い援助ができるように指導していくことを目指している。スーパーバイザーは普通、直接クライエントに接することはないが、ソーシャルワーカーを通して間接的に処遇に関わることになる。スーパーバイジーがクライエントをより良く援助できる方法を教えるという点で、スーパーバイザーも処遇チームの一員として、クライエントに影響を与えていく存在である。そこでは心理的なサポートをするというよりも、むしろ教えることに重点がおかれる。
 当然の事ながら、この2つの役割は相反するものではなく、ソーシャルワーカーの養成が処遇の成長につながり、そして処遇の向上を目指すことがソーシャルワーカーの成長につながるという関係にある。また、社会福祉における実践が一過性で単発のものではなく、一つの処遇が次に生かされるような状況の整備が求められている。そのために、実践、評価、記録、スーパービジョンなどの要素を結びつけて蓄積していくことが必要である。そのプロセスにおける一つの要素としても、スーパービジョンの役割は大きい。

福祉現場におけるスーパービジョンの役割と意義@ 

2006年06月26日(月) 20時56分
 スーパービジョン(supervision)とは、スーパーバイザーがスーパーバイジーに対して、「スーパーバイジーの能力を最大限生かして、より良い実践ができるように援助する過程」のことを指している。したがって、スーパーバイザーは熟練した援助者があたり、スーパーバイジーは比較的経験の浅いワーカーがスーパービジョンを受けるという構図が一般的である。そしてスーパービジョンの目的には、主に2つがあげられる。第1には、援助者を養成することが目的である。社会福祉に従事する援助者は、専門職として、より高いレベルの知識、技術、倫理を身につけることが期待されている。しかし、こうした専門性を身につけることは、自分の努力だけではできない困難である。そこでスーパービジョンは、援助者の成長をサポートする重要な方法として位置づけられている。
 

社会保障の意義について 

2006年06月26日(月) 20時38分
社会保障とは、そもそも何なんだろう?
    その意義について考える。

 社会保障制度は第2次世界大戦終了後の欧米諸国では復興と国民生活の安定が、最も重要な経済政策・社会政策の課題として取り上げられることとなり最も有効な手段の一つとして20世紀後半になり、本格的に展開されるが、第2次世界大戦以前より、社会保障制度は存在していた。社会保障の概念規定は見解が多岐にわたり存在、内容、仕組みに共通の認識があるわけではない。制度自体が、それぞれの国固有の歴史的背景のもとで誕生し、社会経済情勢の変化に対応する形で絶えず改編されてきたのである。
 社会保障制度は国民にとって最も大切な生活基礎である。年金、医療、介護、雇用、生活扶助等で構成される社会保障制度は、国民の生涯設計における重要なセーフティーネットであり、これに対する信頼なしには国民の「安心」と生活の「安定」はありえない。しかし、年金、医療、介護などの社会保障の分野には、「ムダがある」、「負担が不公平」、「将来は大丈夫か」などといった指摘が数多くあるのも事実であるが、社会保障に対する信頼は、まず国民にとって「分かりやすい」制度であることが不可欠であり、改革はこの点に十分に配慮する必要がある。また、制度の「効率性」、「公平性」、「持続性」が十分に担保されたものでなければならないと同時に、国民の「安心」と生活の「安定」を支えることこそ社会保障制度の意義と考える。
 福祉は措置から契約の時代へと変換していくなかで、障害者自立支援法の施行から介護保険の改正と、今年度は大きく変動のある年であることには間違いない。社会保険庁による年金問題などは、社会全体の問題として捉えなくていけないのではないか?年金基金は今後破綻の一途をたどり、財源は底をつき超高齢社会の日本においては、若い世代の引きこもり、ニートなどというカテゴリ化され庇護のもと生きている若者たちの問題も残されている。
 日本の将来は前途多難であって、それこそ国民性、日本が古くから持ち合わせていたワビサビ、忠義、礼儀作法は失われつつある「品格」・・・。

どうなる日本?どうすんのよ〜〜〜〜っ?

Blog Open!! 

2006年06月26日(月) 0時32分
ここに『あっくん』によるBlogを開設致します!!
 遅咲きながら、Blogを始めようと思った訳!
社会福祉における職業について早くも11年が経過するわけだが、
社会の変容は驚くべきものです。こうして自分の足跡を日記形式で、手軽に綴ることができるのだから。
 福祉の現場に勤めるものとして、大したものではないのだが・・・。
社会を通じたコラム的なものから、自分の日常から趣味に至るまで、
書き込んでいけたら良いんだけど?
 そうこの度、自分は社会福祉士を受験すべく勉強をしている訳だが、
資格習得の為の足跡、今後の福祉の現場に身を置く者として、様々なことが、
書ければと思います。
 自己紹介をさせていただきますが、東京在住の三十路、熱血漢であります。
趣味は色々ですが、追々・・・。
今後ともお見知りおき下さいませ。
通称いやHNでも『あっくん』と申します。
 社会福祉士を目指す皆さん福祉の現場に就業されている方々や一般の方々、
ここで様々な人とであれば幸いです。
コメントいただければ幸いです。