山田太一ドラマ『キルトの家』
注目のNHK土曜ドラマスペシャル『キルトの家』、見事な作品になりました。
前編「はじめての人たち」で、奇妙で温かい出会いの物語が始まり、
後編「短い日日のあとに」で、別れとそれぞれの明日が示される。
それぞれの明日は、ある人々には非常に短く、ある人々にはとても長い。
これぞ山田太一ドラマ。『ありふれた奇跡』には疑問を感じたけれど、ここ10年くらいに見た山田太一ドラマの中で一番よかった。今年見たドラマの中でも、一番心打たれた。
一言でこのドラマを語ることはまだまだ出来ない。
いろんな要素が不思議に調和していて、1つの老朽団地を舞台にしているのに、今の日本のすべてが、さまざまな人間たちの生が描きつくされている。
期待は裏切られなかった。

ドラマ感想の常として、放送後のネタバレ配慮はしてません。念のため。
【愛しい登場人物たち】
震災を体験して東京へ逃れてきた若い男女が、老朽化した団地に入居し、新しい生活を始めようとする。
そこで暮らす老人たちとの、出会いと別れの物語。
若い女性は南(みんなみ)レモン(杏)。男は空(三浦貴大)。
○杏の力強い目が素晴らしい。困難にあっても逃げずに立ち向かおうとする、それでいて素直に老人たちに向き合う。
化粧っけのない飾り気のない美しさは、シュガーコーティングされたような最近のドラマの女性たちとは一線を画す。
今年はこの女優の真価がいよいよ発揮された感じ。
○三浦貴大って誰?・・・と思ってたら友和百恵のサラブレッドだったのね。年下で情けないところのある、成長過程の空を好演。
この子、前半と後半で素晴らしく成長しているんですよ。登場時にはべそをかいてレモンに引っ張られていたのに、最後のほうでは勝也に「お前をほめる」と言わしめるくらいの成長を見せてくれる。私も一緒になってほめたくなった。
実はこの二人は夫婦ではない。夫の暴力から逃れた妻と、その夫の弟という関係。何もかもなくして二人で人生をやり直そうとしている。
この二人は、キルトの家に集まる老人たちに失った温かさをもらい、老人たちはこの二人にこの世への希望を見出す。
出会うことがなかったら砂を噛むような日々だっただろうに、お互いがお互いの「光」となった。
キルトの家とは、団地の近くにある一戸建てで、持ち主の老夫婦が身体を壊してしまい、家を管理していてくれるなら自由に使っていい、と言ってくれたもの。老人たちの中で一人だけ若い一枝(松坂慶子)が、そこに周囲となじまない老人たちを呼び集め、自由なサークルのような素敵なたまり場になっている。
「キルトの家」というとおり、部屋は見事なキルトの大作が所狭しと飾られている。この見事なキルトたちが、加古隆の音楽とあいまって、ドラマの意味深い背景をなしている。
そして「キルトの家」に集まる団地の老人たちのひとりひとりの造型が素晴らしい。
○橋場勝也(山崎務)は、シャイで頑固で一匹狼のロマンティスト。エキセントリックな行動を取る変人に見えながら、実は他人との距離をうまく取れないでいる。
黒メガネをかけ、まっすぐに空を指差しながら現れる登場シーンはインパクトが強かったなぁ・・・。その後の空との交流が素晴らしかった。
○沖山志津(佐々木ふみ江)は、かつて一流の芸者。三味線の腕前が素晴らしい。プライドも高く人生経験も豊富だが、多くを語らない。いつもきちんと和服を着て、口を引き結んで一人で生きているが、キルトの家には彼女なりに馴染んでいる。
キルトの家の仲間はみんなそうだが、とりわけこの二人は筋金入りの「自立した個人」。他人に寄りかからず愚痴や繰り言も言わない潔さがある。だが、迫りくる老いと衰えから目をそらすことは出来ない。
○下田美代(庄司歌江)は、キルトの家の中では心優しい普通のおばさんにみえる。けれど団地の住民たちとは気が合わず、階段の掃除のことで近所の人々ともめたりする。「一人が気楽でいい」「死ぬのなんかちっとも怖くない」と言っているけれど、遠くの息子のことがいつも気になる。
○伊吹清子(緑魔子)は周囲から浮くほどとてもおしゃれな女性。夫には二度も死に別れるなどいろんな経験してきたが、遺族年金のおかげでお金には困らない。
一人ぼっちでうつむいてランチを食べるような暮らしだったが、今はキルトの家を大切な居場所と思い、「今が幸せなの」と口に出している。
女性たちはみんなレモンにとても優しい。特に妊娠を知ってからは。
美代は米を持って階段を上がってきて、「もろて。あげたいの。もろて」
一人で肩肘張って生きることが大事なのではなく、他人の好意を受け取ることも大事なのだ、と、美代自身が感じているのかも・・・。
○河合秀一(北村総一朗)はもと時計屋さん。拾ったものに細工をしていろんな物を作り出すのが得意。ちょっと頑固だがほんわかと穏やかで知的な印象。キルトの家に一番マッチしてる?
ただ、ここが終の棲家ではないことは自覚しており、老人ホームへの入居を考えている。
○沢田道治(織本順吉)。元公務員の真面目で実直な老人。若い二人に使ってもらおうと電子レンジを買ってプレゼントしたりするが、ちょうど二人が中古のレンジを買ったところだったり、なにかと間が悪い。
○野崎高義(上田耕一)は元ヤクザで口は乱暴、シャツも派手だが、単純で明るくて気がいい。沢田とは仲良しコンビに見えたが、実はからかいすぎて嫌われていた。
「俺にキルトは似合わねえ」とか言って縁遠くなるが、ラストシーンで仲間に戻る気配が嬉しい。
名優たちが演じた一人一人の老人の、なんと手触りの確かなことか。
みんな追い先短い老人役だが、演技の輝きが薄れず、非常に元気そう。日本芸能界の財産である彼らの演技を、もっともっと見たい。
○それから、老人たちを呼び集めて明るく中心になっている桜井一枝(松坂慶子)。
彼女は少し年代が下(50歳くらい?)で、なんとなく依怙地で自治会の輪に入れない独居老人たちに声を掛け、キルトの家の常連にしている。
松坂慶子のまぶしいくらい明るい笑顔が素晴らしい。いつもとても明るい色の服を着て、周囲を明るくしてくれる。気難しい勝也も、一枝にはいつも頭が上がらない。
その行動の裏には、死んだ父親へしてやれなかったことを悔やむ気持ちがあった。そして、父親に似た勝也への思いも。
以上がキルトの家のメンバー。
もとは14人いて、4人すぐやめて、2人死んで、物語のはじめには8人。
ドラマの終盤では、3人来なくなり、3人出て行くことを告げ、残ったのは勝也、一枝、清子の3人だけ。空とレモンを入れても5人となる。
「年よりはこんなもんだ」と勝也。
諦めたように黙って事態を受け入れる老人たち。
その前で、激しく泣きじゃくるレモンを勝也と空がかわるがわる抱き締めて・・・・見ているこっちも涙が出た。
【若い二人と、勝也】
主役は、山崎務と杏。
山崎演じる勝也は、特に空との関係の発展が面白い。
この三人をめぐるセリフ群もあまりに良くて、つい抜書きしたくなる。
勝也が差し出した栄養ドリンク一本を頑なに遠慮するバリアの高い空。あまり深く団地の人と関わらないようにしているらしい。
しつこく薦められて飲まされた後の勝也がおもしろい。
「どうする、そんなに簡単に他人を信じてどうする。大変だ。動け動け。じっとしてちゃダメだ!」と空を走り回らせる。
この挑発的な出会いから、「変なジジイ」だと思っていた空だが、すぐに勝也に打ち解け、キルトの家に親しむようになる。
シャイで、いつも大きなキルトの後ろに自分の隠れ場所を作っていた勝也だが、若い二人が来たことが非常に嬉しい。
「諸君、たましいの話をしよう。たましいの話を!なんという長い間、僕らはたましいの話をしなかったんだろう」
と、吉野弘の詩(Burst)の一節を語って、ご機嫌。(この詩はこのドラマ全体の問いかけなのかもしれない)