浅田次郎『一刀斎夢録』(上・下)文藝春秋刊
小さな職場で2人欠けたままのため、もう本気で潰れ死にするんじゃないかと思うほどです。
普段は「仕事と家事だけだと生きてる気がしない」と公言し、夜中朝方いろいろやってるんですが、もはや精根尽き果ててなにもできない感じ。
単に仕事が多いのなら文句も言うけれど、倒れた同僚の気持ちを思うとここは耐えるしかない。
本日(昨日になったけど)日曜、正月休み以来初めて休みました。
仕事は山積のまま(むしろ増える一方)ですが、このままが続いたら笑いごとじゃなく倒れそう。母が脳卒中で倒れてその後障害を負ったのもここらの年齢なんで怖い。

ブログを利用して愚痴ってしまってゴメン。
●そういえば数日前、コメントにて驚きのニュース、WOWWOWドラマ『死刑基準』が放送中止になったということを教えて頂きました。その時もなかなかピンと来なくて落胆するのに時間がかかったくらい。
日が経つにつれて、残念な思いがジワジワこみ上げてきました。
私はまだ期待やイメージを膨らませていなかったですが、制作側、出演者の方はたまんないですよね。
【一刀斎夢録にどっぷり】
さて、短い時間をはぎ合わせて、浅田次郎の新刊『一刀斎夢録』読んでました。電車の中で涙を隠しながら、2日前に読了。
読んでいる間は一刀斎翁の語る慶応3年から大正元年の世界にどっぷりと漬かってました。
読んでいれば職場の苦労も吹き飛ぶくらい。
本の中では元新選組隊士が、すきっ腹を抱えたまま雨に打たれて軒下で寝る日々を送ったり、不似合いな桜の下で死に掛けた仲間を手押し車に乗せて引きづって歩いたり、道端には死体もゴロゴロしてますから・・・。
いろいろ苦労があったって、私には食べるものとあったかいねぐらがあるんだから・・・・と、小説の本題とは違うところに慰めを見出したり。
さてさて、ネタバレにならないようにこの小説の感想を書くのはなかなか難しいのだけれど、読んでない人の宣伝にもなるように書いてみます。
読んだ方の感想が飛び込んだら嬉しいなあ。その時はまた。
◆◆◆◆
ご存知の方も多いと思うのですが、「一刀斎」は新選組三番隊長・斎藤一のことです。
「斎藤一」をサカサにしたということ。
永倉新八と並んで長生きした彼が、警察も退職し女子高の警備員も退職し隠遁している。そこに士官の梶原稔が明治天皇の御大喪の休みに、毎夜毎夜一升瓶を持って訪ねてきて一刀斎から昔話を聞く、という構成。
『組!』のオダギリ斎藤以来、新選組隊士の中で土方さん、山南さんの次に好きなのが斎藤一。
何度も書いてますが、浅田次郎新選組三部作は、私のお気に入りです。
○一作目、『壬生義士伝』は、多数の人の語り口を借りて吉村貫一郎の新選組の日々を中心にし、その前の故郷での様子や、吉村の子供達の後日談も語られる。
小説でも泣きまくり、渡辺謙主演のドラマ版(テレビ東京12時間ドラマ)では泣きまくりました。(映画版よりドラマ版が好きです)
浅田次郎版『壬生義士伝』(旧館の記事です)
○二作目『輪違屋糸里』は、島原の太夫糸里の目を借りて、芹澤鴨暗殺を中心に描いたもの。多面体的魅力を持つ土方さんが非常に良く、ドラマ版では糸里(上戸彩)と土方を主演にして作ってましたが、イトウヒデアキ土方がどうにも許せず、悪口記事を書きまくってしまいました。
狭量偏向感想「ワチガイヤイトサト」
↑読み直したら、「ボケ・カス・ダイコン」とテレビに毒づきまくってる自分が面白かったっす・・・。
それぞれの記事でも書いてるんでそこだけでも読んでいただくと嬉しいんですが、浅田次郎の描く土方さんはツボ!大好き!山本耕史適合度(当時)抜群です。
浅田さん、ついに土方さんをはっきりした主役にして書くことはなかったけれど、三部作を通して見ると、やっぱり一番土方歳三に惚れてるなぁ・・・とつくづく。
一作目と二作目で土方さんのキャラクターが違うので、つながってないのかな・・・とも思ったのですが、見る視点による違いだけなのだと今回確信しました。
斎藤さんも、『壬生義士伝』の中で吉村を表面上嫌い抜き、実は最も愛していたあの斎藤さん。会津で負けてから吉村の故郷南部の里を泣きながら斗南に落ちて行ったあの斎藤さんに間違いなし。
土方さんについて、「わしがもしおなごであれば、ぞっこん惚れるであろうと思うたよ」と言った、あの斎藤さんの語り口も全く一緒です。
『一刀斎』の中で、三部作に連なるエピソードが散見されるのも嬉しい。
吉村貫一郎と斎藤が一緒に乞食のような市村鉄之助を拾う場面もいい。吉村が理想の先生のように少年隊士に接するのに対し、斎藤は全く違う接し方をする。それが今回のキモです。
『壬生義士』でたっぷり泣かせてくれた池田七三郎が話に出てくるのも、続けて読んでいるファンには嬉しい。
【やはり、泣かせ節全開】
疲れた疲れたと言いながらつい、前置きが長くなってしまいました。
本題の『一刀斎夢録』ですが、正直言って半分くらい夢中になって読んだあたりで、ちょっとウェットすぎるんじゃないか、「泣かせ節」の浅田次郎とはいえ、あまりに情と涙の乱れ打ちなので酒に酔いながら書いてるのか、と思ったことも告白しておきます。
斎藤一は人情のない冷徹な鬼のように言っていながら、読んでるとこれほど死んでいったものたちへ思いを恋々と語る男も珍しい。
無口なイメージがあるだけに、毎晩夜明けまで語りつくす饒舌さに若干驚く。士官一の剣客、多摩出身の梶原稔という最適の聞き手を見つけたからといっても。
まあ、『壬生義士』の複数語りと違い、斎藤一人に上下二巻分の小説のほとんどを語らせるのだから、饒舌でないと仕方がないのだけれど。
ちょっと笑える部分として、斎藤さんは小説中何度も「巾着ごと金を投げる」んです。「おかしいか」と本人も言うくらいなんだけど、その後も散々投げてるので、気になり始めるとちょっとキュート。
また「人間はみな糞袋」といつも言っている斎藤だが、死地をともに生きた新選組の仲間への愛着はすごい。
常に批判的に語る永倉のことすらも結局は愛を持って語っている。
今回はしかし、市村鉄之助との話がメイン。
連載は途中まで立ち読みしていただけなので鉄之助がこれほど主たる位置を占めるとは思わず、びっくりしました。そして、鉄之助が主ならもう、泣けるに決まってるじゃないですか。
他、有名隊士以外では、林新太郎。三番隊の副長格で洒落者。斎藤とは月代を剃り合う仲。この最期もすごい。
明治まで生き延びて死んだ伍長格の志村武蔵の死に際にも泣かされる。
吉村亡き後小姓組を束ね、西南戦争で再び斎藤と邂逅する久米部正親という隊士には、物語の最後の最後まで泣かされた。あまりの結末に声も出ないでいると、久米部が号泣してくれて、それにつらされた、と言う感じ。
一刀斎の「愛」の行き着く先は、
「愛するがゆえに愛するものの命を奪う」
「自分が愛するものの所へ行くために、誰かの愛によって殺してもらう」。
当館のキャプションじゃないけれど、これは究極の「プラトニック・エロス」。男色シーンは出てこないけれど、(というか、新選組に男色は決してなかったと斎藤自身がはっきり言ってるけれど)これは男と男の究極の恋愛物語でしょう。少なくとも私にはそうとしか思われない。
また今回は恋愛以上に、縋りつく親を求めるような子の情に泣かされます。
鉄之助が見も知らぬ実の親に捨てられ、養父母に虐待されて捨てられ、斎藤に捨てられ、土方に捨てられた・・・と見る斎藤の目には、鉄之助が自分と重なっている。または、新選組全体が時代の孤児のようなものだと言いたいのかもしれない。