プラトニック・エロスを求めて迷想する「きのこ御殿」

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夢にまで見た・・・・ / 2012年05月22日(火)
昨日の朝、金環日食が見られました・・・!

特別早起きもせず、何の準備もせず、洗濯物をいつものように干している2階のベランダから。
(結局日食グラスも買えなくて、サングラスをかけて、UVカット加工のサンシェード越しに見ることにした)。

朝からまぶしいほどの太陽。うすく雲がかかっていた方が、部分色の三日月形はよく見えた。
もしかしたら・・・見られるかも・・・・・。
お泊りの娘や遠くにいる夫にメールをする。
三日月がどんどん細くなり、もうすぐ輪っかがつながりそう・・・・。

すうっと空が薄暗くなり、気温が急に下がったように思えた。急に冷たい風が吹いたので驚いた。

つながった!なんて完璧なゴールデンリング!!

こんなに簡単に、こんなにまさにお手本のような金環日食が見られるなんて・・・。

通勤時間になってから、生きてて良かった・・・とか、ふっと思いました。

◆◆◆

10歳くらいの頃、一時的に天文少女だったことがある。
星座を覚え、惑星の運行を調べ、毎夜のように家を出て自転車で明かりのないところまで行き、空を見上げるような。次第にいるか座とかかんむり座とか、マイナーな星座を発見するのが楽しくなったりしていた。
なぜか厳冬期になると夜空を見上げる意欲が湧く。冬の星座はやはり魅力的だったから。
子供向けの星や宇宙の本もいろいろ読んでた。見てきたように描かれた惑星の光景なんかは、特に想像力を書きたてた。星座の起源としてのギリシャ神話も好きだったなあ。

ほどなく皆既日食は見ることができた。
けれどその頃から、生きてるうちに金環日食が見られるといいなあ・・・と思っていた。地球のどこかで金環食があり、お金持ちが自家用クルーザーなんかで日食見物に出かけているなどという話を聞くと、悔しかったものである。

こんなにあっさりと、特別な準備もなしに観られてしまうなんて、昔の自分に申し訳ない。
でも、見られたよ、とてもきれいだったよ、と言ってあげたいような気がする。


 
Posted at 23:09 / きのこのつぶやき / この記事のURL
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震災後一年A 〜FUKUSHIMA〜 / 2012年03月12日(月)

震災特別番組より
NHKスペシャル『南相馬 原発最前線の町で生きる』
同『原発事故 100時間の記録』
同『”同日同時刻”生中継 被災地の夜』
日本テレビ『復興テレビ みんなのチカラ3.11』内再現ドラマ『全電源喪失(ステーションブラックアウト)』
テレビ朝日『報道ステーションSUNDAY』他


ついに3月11日。
けれど体調が好転しないし明日からの仕事は休めないしで、もう完全に家にこもって休むことにしました。
珍しく家の中に誰もいないので、雑炊を作って朝昼とも食べて、ショウガハチミツ湯を飲みながら、あったかい部屋で震災番組を見てます。

自分の弱さと役に立たなさ、あと怠慢さをも噛み締めております。

さすがに録画はせずザッピング。
なんとなくテレ朝にあわせていたら、アジアスーパーグリッド構想の孫正義さんが生出演していた。この構想にはいろいろ批判もあるらしいんだけど、ゴビ砂漠で原発二千器分の自然エネルギー発電ができるからそれを引っ張るとか、なんだか話が大きくていいなあ、と単純に思ってしまう。(専門知識なくてスミマセン)
大内昭宏さんが、あの日テレビが間違って伝えたことも検証すると言ってたことに好感。なんで津波の高さが低く伝えられたのか、とか。
あと伊勢谷友介さんが被災地支援の様子。この前観た伊勢谷監督の映画『セイジ』に、「一人でも不幸な人がいるうちは幸福になってはいけないと思っている」のがセイジだ、というようなセリフがあったと思うのですが、伊勢谷さんはそういう思いでいるのでしょうか・・・・・?

他局でも、村上弘明から桜井くん亀梨くんまで、これまでも被災地に何度も足を運んだタレントさんたちが多く出演。
企画的にはアリバイ的な急ごしらえ感のある番組も正直あるけれど、見ていると自分の知識更新の怠慢さを痛感したり、初めて聞く話も多かった。
被災地であるDASH村生放送も見たかったんだけどいろいろ重なってて・・・。

それにしても被災地の子供たちの笑顔にはいつも救われる。幼い子供たちも、高校生や中学生たちも、どんなつらい境遇でもやはり若さはそれだけで生きる希望にあふれてるし、周囲にも明るさをくれる。

午後2時46分には家の中でたった一人で立ち上がって黙祷。
今上天皇にはいつも頭が下がります。二月の手術の後だというのに、いつもの温かい笑顔でお言葉を述べられる。

強くなりたいなあ。誰かの役に立てる人でいたいなあ。これ以上弱ってお荷物になりたくないなあ。

せめてもと震災番組の感想を書くわけですが、今度はTSUNAMIとは分けて、FUKUSHIMAの方面を。
カッコつけて英字書きにしているわけでもないのですが、この震災を世界に向けたドキュメンタリー映画として制作してくれないかなあ・・・そしたらこういうタイトルにして2本作って欲しい・・・とずっと思ってたので。
(例によって空想してただけですが)

一本はタイタニックも敵わない実際の地震と津波の圧倒的な衝撃映像を中心にし、そこで起こる生死のドキュメンタリーや復興へと立ち上がる人々を感動的に盛り込んだ『TSUNAMI』。
もう一本は対照的に、原発周辺の沈黙の風景を淡々と映し出し、重いテーマを描き出す『FUKUSHIMA』。満身創痍の生き物のような原発建屋や野生化した牛や犬、鳥たちや放置された田畑の映像をじっくり撮って欲しい。
もちろん実現したら、収益はすべて被災地復興に使って欲しい。

【原発最前線の町で生きる】

たくさんの報道番組の中で特に見ていて心が痛んだのは、やはり先月ようやく一時立ち入りが許された原発周辺の地域。捜索すらされずに見捨てられた地域だ。
置き去りにされた牛や犬が野生化し、家や畑を荒らし放題。飢えて痩せ衰え、餓死したものも多い。最近になってようやく殺処分が始まったとのこと。
人間が食べるために飼われてきた牛だが、酪農家は家族同然に牛たちを愛している。それを見離し、一年も生き延びてきた牛たちを結局は殺さねばならない。
『南極大陸』で置き去りにされた犬たちに涙していた頃も、こんな近くに絶望的な牛たちが居たのに、それを忘れていた。ちょっと考えれば当然知っていることだったのに・・・。

NHKスペシャルにて「3.11あの日から一年」シリーズを連日放送していたが、3月9日に放送された『南相馬 原発最前線の町で生きる』も突き刺さってくるものが多かった。

死者の数こそ岩手県や宮城県より少ないけれど、福島県の被災地は違う。見捨てられた町に住み続ける人々の声には希望が感じられず、自嘲的にも自棄にも聞える。居酒屋でのシーンが多いのも特徴か。
「いいことなんかなにもない」と農家の老女は無表情につぶやく。
「あたしら実験材料だわ。生きてやるよ。子供産んでやるよ」と酒場で豪語する女性。
「年寄りだけのパラダイスにすっぺ」と言う老人。
娘の婚約者は原発で働いている。
子供や孫は放射能を考えて避難させ、自分たちは住み慣れたこの地で生きようと決めている老人も居る。

3.11以後はじめての牛の出産。老夫婦が力いっぱい足を引っ張って、出産させる。せっかく生まれた命だけれど、この小牛はどうなるんだろう。母子ともに汚染されているから殺処分なのか。
セシウムを吸収するということで植えられた(実は効果がないと後で判明)ひまわりがたくさん咲いている。鮮やかな黄色は目にまぶしいが、季節を過ぎればがっくりと首をうなだれる。

驚いたのは、昔好きで良く聴いていた忌野清志郎の曲(曲名は忘れたけど、「ラブ・ミー・テンダー」の日本語替え歌にしたもの)が流れていて、そのものズバリだと被災者たちに愛聴されていること。

(抜粋)放射能はいらねえ 牛乳飲みてえ
なに言ってんだ えらそうに 世界の真ん中で
オーマイダーリン、アイラブユー 長生きしてえな


南相馬の居酒屋には、亡き清志郎がふらっと現れそうな雰囲気もありました。

【原発事故 100時間の記録】

それ以上に衝撃的で、刻々とした緊張感に満ちていて、涙なくしては見られなかったのがやはりNHKスペシャル『原発事故 100時間の記録』でした。
こちらは3月3日放送で、昨日録画を見たものです。

浪江村の馬場町長と、双葉厚生病院の西山看護師と、浪江町消防隊員リーダーの高野さんを中心に描く。
最初の夜が訪れた時、彼らは誰も原発事故の恐怖が迫っていることを知らなかった。

3月11日、高野さんは暗くなってから福島第一原発に近い海岸の請戸地区に到達したものの、地区全体が壊滅状態で、何の明かりもなくシンとしていた。暗闇に「誰かいるのか!」と声を掛けると、うめき声や何かを叩く音もかすかに聞える。照明機材と応援を求めていったん本部に戻るが、機材も人員も足りない。町は夜の捜索は危険と判断し、捜索活動は翌朝に持ち越される。

その時官邸では危機管理センターにて総理、細野補佐官、福山官房長官ら(番組ではこの人々への肉声インタビューも入ってます)が、原発事故の深刻さを知って10キロ圏内の避難命令を決定しつつあった。双葉町のほぼ全体と浪江町の中心部、5万人以上。

浪江町長は、テレビで始めて避難命令を知った。
バスや避難場所すら確保しきれないまま、人々は理由も知らず、バスや自家用車で避難。徹夜明けの双葉厚生病院でも、突然防護服の警察官が現れ、とりあえず動ける人はバスに乗れと言われただけ。前夜運ばれた泥まみれの重傷被災者も多数いて、西山さんは彼らとともに病院に残った。

前の日の夜、生存者の声が聞えていた請戸地区への捜索も打ち切られた。消防隊員は住民の避難誘導に狩り出された。

そのことを思い、高野さんは今も悔しさに涙を流す。(見ていて私も泣いた)
あの時すぐにでも現場に戻っていれば、明日の朝まで待たないで捜索してれば、そのときは原発のことなんか耳に入っていなかったから救助に行けた。「原発のせいにしてっけど、俺のミスだと思ってますよ」。
「後で必ず助けに来るから、がんばれ」と声を掛けていながら果たせなかったことがつらい。
宮城県では、「一晩中救助します」と告げた自衛隊員の一言が、小学校の屋上で避難していた人々の心の支えになったというのに、ここでは・・・。

高野さんが声を聞いたと思われる佐藤さんは、消防隊の仲間だった。遺体の状況(流された屋根につかまっていた)から、数日生きながらえていたかもしれない。幼い二人の子供も遺体で発見され、妻は行方不明。そのことすら、先月ようやく判明したという。
息子と嫁と二人の孫を一度に失った両親の苦悩も痛々しい。


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Posted at 03:14 / きのこのつぶやき / この記事のURL
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震災後一年@ 〜TSUNAMI〜 / 2012年03月11日(日)
ドキュメンタリー『自衛隊だけが撮った3.11〜そこにある命を救いたい〜』
ドラマ『3.11その日、石巻で何が起きたのか〜6枚の壁新聞〜』
他、震災番組を中心に


【弱すぎるきのこの自己嫌悪】

引き続き、震災特番ばかり見ています。
ただあの地震の激しい揺れの映像と、津波が町を飲み込んでいく映像は、ずっと見ているとたまらないものがありますね。
そのせいじゃないとは思いますが今週はすっかり体調を崩してしまいました。
腹痛、頭痛、悪寒、風邪の症状みたいなのが5日たっても治まらず、熱も出たのに今週帰省するつもりだったのに行けなくなってしまったくらい・・・。一人暮らしの父の元には、他のきょうだいに頼んで行ってもらいました。

つくづく、自分の弱々しさが悲しくなります。情けない。

あの日から一年しか経っていない。いまだに避難生活を続けている人もたくさんいるし、復興の光が見えずにいる地域も、解決しない問題もたくさんある。それを知っていながら次第にきちんと向き合うのを避けていたことが後ろめたい。スーパーで毎日続けていた募金も、その店で集めるのをやめてしまったからという理由でやらなくなってしまった。
結局、自分のやったことは、震災後4度帰省して手伝いくらいはしたけれど、あとはなるたけ地元企業の作っているお土産品を多めに買ったり、外食したり、みんなで旅館に泊まって楽しんだり、そんなことしかしていない。

「また来るよ!」「美味しかったよ!」「がんばってね!」と声を掛けるようにはしているけれど、結局はお客さんになって美味しいものを食べたり温泉に入ったりしているだけだなぁ・・・。

大学時代の友人のなかには、青春時代を被災地で過ごしたという理由から自発的にボランティアに出かけた人も何人もいた。これは正月の年賀状で知ったこと。我々の年代は、子供に手がかからなくなり、体力もまだまだあるということで、行動で示してくれている人もいるのだなぁ・・・頭が下がる。
歯科医師だったり、マッサージ師や臨床心理の資格を持っていたりする人もいる。趣味のせいで、サバイバル生活技術にはちょっと自信のある知人もいた。

私はこれといって何か役立つ技術はない。
筋力のないこと、体力のないことを特長とし甘えているところがあるけれど、昨今いよいよこのままでは歩けなくなるのではと筋力をつけるべくクラブに通っています。(ああ、また10日休んでしまったけど)
年寄りを背負って走ることはできなくても、赤ん坊を抱いて100メートルくらい走るくらいの体力がなくては、どこに行ってもお荷物ですもんね。
災害用品を点検し、持ち出し品を確認し、コトが起こってから食品や電池やガソリンを奪い合って本当に必要な人の分を奪うことのないよう、買い置きは切らさない。

なるべくなら他人に負担をかけずに生き延びられるようにしなくては、と思う。
そして、なるべくなら他人に少しでも分けてあげられる、役に立てる人間になりたいなぁ・・・。
そのためにも、体力や健康、お金は必要だし、仕事をして自立していたい。

震災番組も、やはりなるべく見ようと思う。
視聴率が取れないから・・・とTV局の腰が引くようになっちゃあいけませんしね。見るのがつらくても重くても、次第に意外に見えていなかった重要な課題が何か、おぼろげにわかってくるから・・・。

【自衛隊だけが撮った3.11】

フジテレビで3月9日にやっていた、『自衛隊だけが撮った3.11 〜そこにある命を救いたい〜』も良かった。
警察、消防とともに、自衛隊の力強い活躍には感銘を受け続けていた。「軍隊かどうか」の等の議論は横に置いといて、平和と人命救助のための自衛隊の仕事は素晴らしいと思う。
多賀城駐屯地の車両も、松島航空基地の飛行機もほとんど水に浸かって使えなくなったこと。それでも、情報の足りない中不眠不休で救助を続けたたくさんの自衛隊員には頭が下がる。
実際に津波に飲み込まれた隊員もたくさんいる。しかし濁流の中で右手に一人、左手に一人と流されている人を持ち上げ、一人で計18人も津波から救い上げたこと。そういう人たちがたくさんいる。
命令系統がない状態でも、人命救助にかける一心には他の雑念が混ざっていない。

中野小学校で孤立した550人を一晩賭けて全員救助した霞の目駐屯地のヘリの活躍も素晴らしかった。暗視カメラだけが頼りの飛行の恐怖がリアルだった。
あの大川小学校へ向かったのは高知の部隊。自分も死体など観たことすらない若い隊員たちが、懸命に救助に励む。

そして福島原発まで入って放水作業をしたのは、中央即応集団CRF部隊だった。防護服に身を包み(放射性物質が付くのを防げても、放射線を防ぐことはできないということだ)、作業の中断ができないことを恐れて紙おむつを身につけた隊員まで居たという。無人の三キロ圏内部で、飢えた犬たちが集まり、離れ牛たちが列を成している情景は怖かった。牛が馬のように痩せて、首輪につながれたまま餓死している。

自衛隊が空撮した津波が大海原を渡ってくる景色はなんといったらいいんだろう・・・・。人間の太刀打ちできない自然の猛威を感じる。しかし一年でこれだけ町を立ち直らせた人間たちの力も涙ぐましく、力強い。

自衛隊員も警察も、報道記者も病院のスタッフも、自分の家族の安否も知れないのに自分の仕事の責任を果たそうと必死になっている。
彼らを見ていると、頭が下がるのはもちろんだけれど、ああいう仕事についているということが素晴らしいなぁと思う。
職業に貴賎がないというのは大嘘で、真に他人のためになる誇りのもてる仕事があるし、そうでない仕事も多い。
これをもって自衛隊を礼賛するわけではないけれど、災害報道を見た全国の子供たちが、そういう姿をカッコいいと感じ、仕事の尊さを感じ、いつかそんな仕事を考えてくれたら、いいなあ。


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Posted at 15:43 / きのこのつぶやき / この記事のURL
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新春、国芳にびっくり / 2012年01月05日(木)
『時をかける浮世絵師〜歌川国芳・江戸にスカイツリーを描いた男〜』

帰省先から戻りました。
早速仕事始めです。
年のせいか疲れがなかなか取れず、今日は職場で貧血を起こして倒れるという醜態を演じてしまいました。

つい書きすぎるのが悪い癖ですが、今年は程ほどにしよう。
睡眠優先。間違っても、大河の毎週感想などは書きません(!)。

ああ、毎年「きのこのこ」の年賀イラストを描いていたのですが、忘れてました・・・。

という感じですが、今年もよろしくお願いします。

◆◆◆

実家で参ったのは、WOWOWの寅さん映画特集が延々とついてること(いや、見ると面白いですが・・・)。あと毎年ウィーンフィル。お笑い番組を見たい子供たちはちょっと不満・・・。
それでも、『紅白』は習慣のように一族で見ます。
私はおせち作りや年越し蕎麦の準備でキッチンと往復しながらですが・・・。
三谷さんがゲスト席にいたのでびっくり。今年NHKで何かやるのかな?

それから、やっぱり箱根駅伝。これも断続的にですが、やっぱり見始めると面白い。その間に仙台名物の初売りに繰り出したりします。
毎年のことながら、とても普通な帰省生活です。

ドラマは、今年時代劇が少なかったような気がします。テレビ東京の忠臣蔵くらい?正月に信長も秀吉もなし、というのは珍しいのでは。
NHKが正月時代劇をやらなかったのはなんで・・・?『開拓者たち』もいいけれど(まだ録っただけだけど)、元旦の時代劇枠は残して欲しかった。『塚原ト伝SP』でもやって欲しかったなぁ。

唯一見たのは『相棒SP(ピエロ)』。
毎度おなじみ大晦日に帰れない特命係・・・という設定だけど、二時間半引きつけて飽きさせない作り。80代とアラ5とアラハタが揃って楽しめる推理ドラマだったことに改めて感心(父はミッチー嫌いで寺脇派だけど)。
惨い描写もお正月向けにソフトにしてあるし、緊張感も安心感もある。
レギュラーメンバーがオーケストラのようにバランスがいいしね。

ゲストもよかった。大橋のぞみちゃん、休業前にいいドラマで活躍しましたね。なんだかきれいになったように思う。
吉田栄作、斎藤工はそれぞれ年代の違う色気があって良かった。

【歌川国芳が面白い!】

見たものは少なめですが、正月番組の中で最も面白かったのは、意外にも美術番組。
『時をかける浮世絵師〜歌川国芳・江戸にスカイツリーを描いた男〜』
いやぁ、もちろん耕史くんがナビゲーターだったというのが視聴動機でしたが、内容そのものが面白かった。BSの教養番組なので、耕史くんというフラグがなかったら見なかったかも知れず、それは損失だったと思う。

いや、内容というより・・・国芳って、こんなにすごい画家だったの???
と、目ウロコの連続でした。
二時間もあったとは思えない。

昨年嵐の大野君の紹介した「伊藤若沖」の特集(BSプレミアム)も面白く、また規模も大きかったけれど、個人的には国芳作品の方に引かれる。

>その男に引き寄せられたのは本当に偶然だったのだろうか?
一枚に奇妙な浮世絵との出会いカッらすべては始まった。

で始まる、耕史くんのナレーションも良かった。
ナレーターにとどまらず、あちこち訪れて国芳を掘り下げる旅をするのだけれど、流れもスムーズで、地に足が着いている感じ。この番組の耕史くんはとても美しい。世に美男子やカッコいい男は溢れ返っているけれど、30代男性で耕史くんのような種類の美しさを発揮している人は珍しい。手をあごに当てて考えるようなポーズの横からのアングルはやはり絶品。
服装も、細身のジーンズにちょっとフェミニンなすっきりきれいめコーディネート。最近見た中で一番いい感じかも。個人的に眼鏡かけてないほうが好きですし。

ただし、「つかみ」となっている「スカイツリーを予見して描いたのか否か」的なミステリー部分はそんなに惹かれなかった。
この話が一部で話題になっているのがこの番組制作の動機らしいのだが、そもそも番組に出てきた国芳作品の中で、「東都三ツ股の図」は傑作とは思えないし、予言者としての国芳というのもピンと来ないので。
結局は「井戸掘りやぐら」を絵のバランスを取って大きく描いちゃった、という解釈か。
耕史くんがスカイツリーを眺めてたたずんでいた「きよすばし」は、新橋演舞場に行く時必ず通る橋だぁ・・・。

【奇想の天才絵師】

歌川国芳。北斎らと同時代の江戸後期の浮世絵師。
ただ、北斎、広重、写楽、歌麿らビッグネームと比べると、そんなに知られていない。

だから、見るべき作品はあるにせよ、ビッグ4に比べるといくつかの面(例えば芸術性、独創性、技術面、作品量など)で落ちるんだろう、と思っていた。

いやいやいや・・・・違ってましたね。

専門性(?)の高い写楽(役者絵)、歌麿(美人画)、広重(名所画)と比べると、国芳は北斎に近いのではないかと思う。
大衆受けする得意ジャンルを描いている方が商売効率はいいわけだが、北斎や国芳は1つのジャンルに甘んじないタイプなのではないだろうか。

北斎は『富岳三十六景』が代名詞のようでも、風景画、鳥獣画、妖怪画、春画など多岐のジャンルにわたり、また挿絵の世界では驚くべき奇想を発揮している。
テーマにも表現にも貪欲なのである。

国芳作品の多彩さは、北斎をもしのぐかもしれない。
あらゆるジャンルの作品を描き、その数も膨大。作品の多彩さ、画風の力強さ、着想の奇抜さにびっくり。
唯一弱点があるとすれば、あまりに多彩すぎて「これが国芳」と誰でもピンと来るような「一対一対応の作品(ジャンル)」がないことかも・・・。

でも私ははまりそう。広重や歌麿、若沖などより好みです。

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Posted at 07:11 / きのこのつぶやき / この記事のURL
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帰省つれづれ / 2011年08月20日(土)
ご無沙汰しておりました。

少し前に帰省から戻ってきたものの、猛暑と疲れと仕事の忙しさとでノートパソコンも開けずに過ごしていました。
この間も新規のコメントいただきまして、ありがとうございました。返信遅れていてすみません。

猛暑続きでしたね。

例年8月もは、6日ヒロシマ、9日ナガサキ、15日終戦記念日と続く鎮魂の日が、例年のお盆の慰霊の行事と重なり、子供の頃から独特な雰囲気を感じていました。
そこに微妙に12日の日航ジャンボ事故の日付も重なり、さらに今年は11日には「震災後5カ月」というものも挟まり、一層その感を深くしました。
震災(津波)による死者は、不明もまだまだ多いながら、宮城一県だけで1万人を越える見込み。今年の新盆はどういう状況になったのか・・・。

それでも帰省中に出会う故郷の人々は、明るくて前向きで穏やかで、いつもながら心打たれます。世界で評価された日本人の美徳が東北人にある、というのはあながち調子の良い褒め上げでもないかもしれない。

◆◆◆◆◆

父は母が死んでから仙台で一人暮らし。
心臓と膝の疾患で障害者認定されている80代でありながら、震災後むしろパワーアップしているのに驚く。今回は娘や婿達、孫達を前に民謡を歌い盆踊りを所望し校歌を歌わせてました。

また40年間電力マンをやっていたため原発には一家言あり。子世代を相手にエネルギー問題を語る。私の原発全廃希望がセンチメンタルに聞えるほど、資料もなしに数字を挙げて原発の必要性を擁護し、それにまた反対意見も出る、政府の対応に対する批判も出る。
その白熱振りに普段オトナの話に加わらない孫たちまで質問を発する、というほど盛り上がったのでした。

それにしても父よ、寝室のこけしコレクション50数本は倒したまま、または箱にでも入れておけばいいじゃないの・・・?
まだまだ余震もあるのに、床の間中段に見事に全部並べてあったのにはびっくり。
大きいものは90センチくらいの高さで結構な重さ。それも前面に価値のある作品が来るように新たに並べ直したのだと胸を張り、地震が来たらこれで大体の震度がわかるなどと大胆なことを言っております・・・。

これまで「こけし総倒し」クラスの地震(仙台では4回はあった)の後は誰か直すまで放っておいた父が、新たに赤い布まで敷いてきれいに並べ直した。
余程片付けるべきかとも思ったけれど、その元気さが嬉しく、落下位置など確かめただけでそのままにしてきてしまいました。

ちなみに19日昼にも宮城福島中心に強めの地震。「スワ、こけしは?」と急いで連絡を取ったら、「倒れてなかった」と父の声が聞けました。

◆◆◆◆

帰省中他人のペースに合わせて行動していると、むしろスキマの時間ができる。(乗り物に乗ったり人を待ったりが増えるから)。普段より本が読めるのが嬉しい。

で、今回読んだのが浅田次郎『日輪の遺産』。辻村深月の『子供たちは夜に遊ぶ』(辻村深月は最近はまってます)。

『日輪の遺産』は映画公開の前に・・・と読んだのですが、あの猛暑の中、8月13,14,15で読みきったのが、超ベストタイミング。
昭和20年の8月も妙に晴れて暑い日が続いたらしい。
来週から、堺雅人さん主演で映画が公開されます。


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Posted at 23:01 / きのこのつぶやき / この記事のURL
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PC復活しました。 / 2011年07月02日(土)
おひさしぶりです。きのこです。

パソコンの修理に二週間以上かかってしまいました。
その間になんと携帯まで使えなくなり、こちらは少し先に直ったものの日常生活が大変でした。
その上この間腰を痛め、熱中症で一度寝込み、仕事は大変な繁忙期で毎日のように帰宅は10時過ぎ。

ブログと離れた日々を過ごしているうちに、ますます間遠になってしまいました。
時々訪れて下さっていた皆様、まことに申しわけない。ありがとうございました。

ようやくPCが帰ってきましたが、結局は「その時その時自分が書きたいもの」のことを書くだけです。
ここのところの生活の楽しみは「週末の観劇(それも主に2000円くらいで観られる中小劇団めぐり。今は特につか芝居)」になっているので、ますますこれまでの訪問者さんの思いと離れていってしまうかもしれません。ごめんなさい。

でもまたドラマや映画やメジャーな舞台に関しても書くと思います。
観るべき作品があれば耕史君はじめ好きな役者についての記事も書くと思います。

プラトニック・エロスを求めて迷想するのは・・・・やっぱりこれだけは基本ですね。

こんな拙宅でしかありませんが、今後ともたまにのぞきに来てくだされば幸いです。

きのこ

 
Posted at 23:27 / きのこのつぶやき / この記事のURL
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太郎さんのこと / 2011年05月28日(土)
(5月28日朝記載)↓
今からフジテレビの「にじいろジーン」に、山本太郎さん出演!
サノパチツーショットが見られるかも・・・。
太郎さん、今大変な転機ですが、どうか出演してくれますように・・・。


(その後記載)↓
【にじいろジーンでサノパチコンビ】

朝刊の番組欄で、「にじいろジーン」に山本太郎さんの名前を発見。
急いでそのことだけアップしましたが、間に合わなかったでしょうか・・・?
時間になるまで、本当に太郎さんの映像を流してくれるのか心配でしたが、ちゃんと放送してくれました。

ニットの帽子に茶色い皮ジャンの太郎さん。
柄パーカーを引っ掛けた、てかてかリーゼント(?)のぐっさん。
風貌はやや変わりましたが、やっぱり、二人揃うと「サノパチ」(原田左之助と永倉新八)だぁ!
会うたびに二人でミニコンとばかりしているということ。副長の話題でも出ないかな?と思っていたけれど空振り。

たまにしか見ない番組ですが(ゴメン)、今月はじめ頃には勘太郎さんが出演。二人でストレッチマッサージをしあう、という画も見られました。
そして、今日は番組の最初に永倉さん、左之助、平助の三人が並んで座った『組!』の映像も・・・・。
ううう、懐かしい・・・・キミタチの青春はワタシの二度目の青春だ!!

太郎さん36歳、ぐっさん42歳。
『組!』のサノパチコンビのイメージが強いので、もう少し年が近いような気もしてましたが、顔を見るとやはりぐっさん老けましたかな?

太郎さんのプライベートはほとんど知らなかったんで、なんとなく妻子が居るような気さえしていました。ごめんなさい。
年に一回は母親と旅行するという、趣味が親孝行という太郎さんでした。

それに反応した、ぐっさんの親孝行論、もいいです。
「自分が最高の人生を送っていることが一番の親孝行」
うんうん、またそれは、最高の子育てにもなるでしょう。

笹塚のインド料理屋でお食事した後、南青山に住むマジシャンの「なか。たつや」さんとマジックを習う。
映画『カイジ』(藤原竜也主演)に出演した時に、いろいろ教えてもらったとのこと。
マジックならどーして副長に教わらないの?と一瞬思ったけれど、やはりそこはプロとアマの差?
その後はシーカヤック。
太郎さんは、水上から東京湾岸の風景を見てみたかったとのこと。
ぐっさんは奄美のシーカヤックマラソンに何度か出場しているのだそう。
天気はいまいちなれど「気持ちいい!」と大興奮のサノパチ。二人乗りかと思ったけれど、別々ですね。

佃島の水門の下を潜るとき、端の裏に声が反射するので、ぐっさんが「たららら〜たららたららら〜(いとしき〜ともはいずこに〜?)」と歌いだし、太郎さんもそれに合わせてハモってくれました。
やっぱり二人は熱い『組!』の絆が続いているのだな・・・・と毎度の感慨にふける。

二人とも、リアルも仕事も充実、という感じですよね。
売れっ子でも芸能人芸能人していなくて、例えば小学校の父母会や地域の集会にそのまま居ても全然違和感がないかも。

太郎さんのツイッターを今回覗いてみると、「仕事は旅人、たまに俳優やってます」そうで。
太郎さんは、『組!』メンバーの中では美形強調されてなかったけれど、はじめ映画『バトルロワイヤル』(これも竜也君主演ですね)で年上のクラスメイトを演じたときには、竜也君より安藤政信より精悍な美男子に見えて「キャッ!」だったことを、告白させて頂きます。

その他で、印象的なのは『輪違屋糸里』の平山五郎役。(このドラマには不満だらけだけど、太郎さんは良かった!)
あとWOWWOWドラマで主演した『孤独の歌声』は凄みがありました。
耕史君との『さんかくはぁと』は可愛い!
「ダンス甲子園」の映像を知った時はびっくりしましたけどね。
でも今も、顔も身体もカッコよく、気取らず優しげな男前です。


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離婚した三谷さんの前途にエール / 2011年05月26日(木)


火曜の朝、寝ぼけた耳に飛び込んできたニュースにびっくり。
私の人生を変えた『組!』の生みの親、三谷さんが5月23日に離婚したとのこと。
妻小林聡美さんとは15年半の結婚生活の後でした。

最初はショックで、なにがなんだかわからなかったけれど、時間が経つにつれて心にしっくりと落ちてきました。

このお二人の下した決断と、その後については、何の心配もしていません。

いい結婚というのがあるように、いい離婚というのもあるでしょう。

「すれ違いの生活」なのかな・・・?とは感じていました。
「ありふれた生活」の中で、愛犬との散歩のことばかり語り、途中で大好きなカップラーメンを買って朝ごはんにしたりする執筆生活。
妻はいつも遠くで映画の撮影。

それでも、尊敬する妻の活躍を応援しつつ、きままな時折の一人の時間を楽しんでいるように見えた。
今も二人の間に尊敬も友情もあるように思う。
でもその関係は、「夫婦」という形式にそぐわない、もっとお互い自由でいる方が自然であるような、そういうものになってきたように思います。

◆◆◆

お二人の現在の活躍は、凄みを増していると思います。

小林さんは『かもめ食堂』『めがね』で絶賛されているし(あまり私は観ないけれど)。
そして、今年の「三谷感謝祭」は凄い!
油が乗った三谷作品本道でありながら、これまでの三谷作品にはない凄みや、コメディにとどまらない深みも増している。それでいて笑いもパワーアップしているし。

昨日の夜も、娘に付き合ってついつい『ろくでなし啄木』を見返してしまった。役者の勢いとあいまって、観れば観るほど凄い舞台です。
そして『国民の映画』!!
三谷作品は、明らかに大きな最終(?)脱皮期を迎えているような気がします。
ここのところの大作にかすかに不満だったのは、賑やか過ぎるオールスターキャストをリスペクトするのにエネルギーを使いすぎて、シンプルに自分のやりたい脚本になっていないように見えたこと(『わが家の歴史』とか『THE有頂天ホテル』とか)。

喜劇作家ではあるけれど、喜劇作家であるという枠に自分をはめ込まないで欲しいと思っています。
シリアスミステリーや、社会を告発するようなテーマでも、多分三谷さんが大真面目に作れば絶対笑いの連続。むしろまじめに作った作品の方が、「お笑い満載」を狙って作った作品よりも、本気で笑えるものにも結果的になるんじゃないかと思います。(つかこうへいもそうですし)
映画『ステキな金縛り』はタイトルと設定を聞く限りはこれまで通りの「正統コメディ」に思えるけれど、ちょっと違う展開も期待してますよ。


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帰省先にて / 2011年05月05日(木)

昨夜帰省先から帰ってきました。

3・11以来初めての帰省。
実家の片付け、お世話になった方々へのご挨拶、気になっていた墓参り、最後の日は実家に一族11人集まって無事を確かめ合い、慰労・激励・祝い会(姪の大学合格など)と兼ねまくり、あっという間に四泊五日が過ぎました。

父親が心配していたより元気だったので、一安心。
帰省の間中、震災被害については、さまざまな話を聞きました。
家や家族を失った人の話はやはり知人の中にも何人かあり、胸苦しくなりました。

けれど、感動させられた話のほうが多かったです。
もっと悲惨な話や深刻な被害ははるかに多いと思いますが、今回は心が温まるような話を中心に書くことになりそうです。

【父の周辺】

独居老人である父親を近所の人やヘルパーさん、民生委員さんが助けてくれたことは聞いていましたが、涙が出るほどありがたい話ばかりでした。

父親は被災の瞬間に「これは家が崩れる」と、家とともに死ぬことを覚悟し、外に飛び出すこともしなかったとのこと。玄関の上部にある大きなガラスが割れて落ちたので、外に出ようとしていたら大怪我していた可能性が高い。

その夜は家の中でも移動せず布団にくるまって眠り、海岸から5キロの場所に居ながら津波があったことすら知らなかったそうです(ラジオも手の届くところになかったため)。
父は自分の生活ペースを乱すことが苦手で、脚力もないため炊き出しや避難所に行くことは考えず、翌日に来てくれた妹の家(そこも電気や水道、ガスは止まっているが、石油ストーブとカセットコンロとラジオはあった)にも行かなかった人。
「食べ物はある(冷蔵庫は一メートルほど移動していたが倒れなかったし、保存食もあったので)「寒いだけだから」と動かなかった。(結果的には正解でした)

それでも震災当時、ライフラインも情報も絶たれていて、真っ暗闇の中極寒の夜が四日も続いたわけです。

近所の人が気にして、避難所から貰ったおにぎりを持ってきてくれたり、石油ストーブで調理した夕食のおかずを差し入れてくれたりしたということ。

一番ありがたかったのは隣家の主婦がポットごとお湯を差し入れてくれたこと。何の熱源もない家の中、ポットいっぱいのお湯はどれほど貴重なことか。これがあればその主婦も、自分の子供たちにもう一杯温かいスープやカップラーメンも食べさせてやれる。それを他人に与えるというのはどれだけ大きなことか。
それでも最後、「カセットボンベも最後になり、水の汲み置きもなくなったので、これが最後になります」とポットを持ってきたときには、さすがの父も一緒に泣いたといいます。

また、ヘルパーさんも容器に入れたガソリンを10リットル手に持って差し入れてくれたとのこと。車にガソリンがあまり入っていないことを聞いて、気にしてくれたのでしょう。
ちなみにヘルパーさんはいろいろな規則に縛られていて、契約にない仕事(草むしりや料理など)をしたことがわかるだけで上に叱られるということなので、ガソリンを運ぶなど全く仕事とは関係ないことです。

お湯にしろガソリンにしろ、まさに血の一滴。苦労して長時間並んで手に入れた、いくらでも必要なものなのに、それを他人に与えることができる「普通の人たち」はなんて貴いことなのでしょう。
しかし今回お礼の挨拶に回ると、父が風呂を使わせてくれたことを一様に感謝し、私たちに気を遣わせまいと必死という感じでした。

また驚いたのは、11日の夕刊を配達の女性が届けに来たということ。間違いなく配達の人もどこかで前代未聞の揺れを体験しているというのに(内容には震災記事もなく、テレビ欄の内容も役に立たないのに・・・)、それでも仕事を果たそうとするのは、世界を驚かせた日本人の美徳?
新聞は翌日からも、遅れながらも休まず届けられたそうです。

生協だってすごい。父が生活物資のほとんどを頼っている生協の共同購入は半月前からようやくほとんどの物が届くようになったそうです。
もちろん三月はほとんど届くものがなかった(これは東京も似たようなものでしたが)。それなのに、時折配達の人はやってきて、注文していないバナナやパンなど「どうぞ」と届けてくれたとのこと。配達としてではなくセンターにあるものを利用者さんに無料で分けて配る、という感じなのかな?
無料ではないけれど、「トイレットペーパーの不足はありませんか」とトラックに残っていた分を売ってくれたそうです。、

幸い、父のところは四日目に電気がつき、エアコンも電話もテレビも使えるようになったのでありがたかったです。父も口を開けば「ありがたかった。運が良かった」と感謝することばかり。犠牲者の多い地域のことを思うと申しわけない気持ちになるばかりで、義援金も出しているとのこと。

昼夜働き続けて電気を通した人々もいます。
電力マンだった父親が昔宮城沖地震のときにやったことと同じ。感慨深そうです。
だから、福島の事故のことを思うととても辛くなるそう。ただ自分も関わった女川原発の近くには避難所があり、人々が逃げ出すのではなくむしろ集まってきているのだということを救いのように話していました。

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Posted at 15:29 / きのこのつぶやき / この記事のURL
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つれづれと / 2011年04月20日(水)

世の中が一変してしまったように感じることが多い。
震災以来、価値観が若干崩壊した部分はある。(崩壊した方が良かったものもあるが)
以前面白く感じたものが「なんでこんなことに時間を費やしてきたんだろう」となんだかむなしくなったりすることもある。

ブログはその中のひとつなのかな?と思ったこともある。
さっぱりブログの更新ができない。返信もサボっていてごめんなさい。

しかし、被災地の様子を何らかの方法で伝え続け、勇気を与え、少ない情報をつなぎ続けているブログもたくさんある。
ツイッターもブログも、マスメディアが伝えられない情報を伝え、人と人をつなぐ有効なツールだと思う。

実は、3日前にしばらくぶりでPCを立ち上げたら、トップページの後全く動かなくなってしまった。半日経っても、1日経っても替わらず、もうこれはまたPCが壊れてしまったのだと思ったけれど、昨日の朝ダメモトでつけたら復活していた。

ありがたい。
私のブログなどには何の情報もなく、読んだ人に何かプラスになるような要素もない。
それでも、とりあえず自分にとってのみ、日々の思ったことを書き留めていくことができるだけで、いいかな。

お付き合いいただける方がいらっしゃったら、感謝します。

◆◆◆◆

このあとはつれづれと。

他に興味が向かないものだから、震災以来の新聞を切り抜いたりしていた。朝日新聞の「30分間」という連載記事は、実際に津波に襲われて生き延びた人々の記録。埋もれてはならないような体験がたくさん載っていて、改めてあの日の恐怖に身が竦む。

なにしろ2万人を超えることは確実な犠牲者。毎日情報に接していても、「こんな苦労もあったのか」と今さら驚くような事実も多い。
募金とごく個人的な支援を続けているだけで大したことはしていないけれど、この悲劇の記憶を忘れないようにしないと。

新聞記事の中では、4月17日に朝日新聞に載った意見、首都圏でモノが消えた事に関して書かれた「ザ・コラム」が良かった。

>不安を抑えるためにモノを買う。それを生み出したものの正体はなんだろう。
>「過剰」にどっぷり浸った日常が突然崩れた時、その空白や飢餓感から消費社会の住人はモノを買うことで安心を取り戻そうとしたのではなかったか。
>消費者の「欲望」を時に作り出してまで利潤を得てきた企業にとってさえ、自分が育てた消費社会という巨大な妖怪を制御できない。

「欲望を時に作り出してまで」と書かれているが、これは控えめで、ほとんどの欲望は誰かに作って与えられたものだ、という気がする。

ファッション、住宅、家電、車、演劇や旅行といったイベントも、作られ、動機付けられた「欲望」からくるものだという気がする。
試しに「なしでいいじゃないか」という呪文を唱えると、本当に自分の生活に必要なもの以外はほとんどの購入意欲が削がれてしまう。それでは経済が止まってしまうからいけないのだろうか。

◆◆◆◆◆

本も読む。

原発事故と被害についての件が、自分でどうにもわからないので。
なるべく正反対の主張が載っていそうな本を選んだ。

○広瀬隆『原子炉時限爆弾』(ダイヤモンド社)
チェルノブイリの時『危険な話』でショックを与えてくれた最左翼という感じの広瀬隆の本。

○大朏博善『本当は怖いだけじゃない 放射線の話』(WAC)
とりあえず心の安定を与えて欲しい向きには役立つが、しかし本当にこの程度のものなの?

推進派と反対派の議論は週刊誌やテレビでも度々取り上げられているが、「もう少ししっかりわかりたい」と類書をあさってもますますよくわからなくなるのはなぜなんだろう・・・。

◆◆◆◆◆

世間では有名人による「みんなで力を合わせて復興のために頑張ろう」という世論がまとまりつつある。
素晴らしいことだと思う。被災者に勇気を与え、実際の支援になることだと思う。

しかしまだよくわからない。
日本を脱出した外国人たちは本当に「地震と津波と、そして脅える必要のない放射線被害に脅えて日本を逃げ出した」だけなのだろうか??

産地によって野菜や魚を買い控えることは、本当に「風評被害に脅えて被災者を三重苦に陥れる卑怯で無意味な所業」なのだろうか??

もしかしたら、崖っぷちで温かいダンスを踊っているのは日本人だけで、世界はもう「誉めるしかない」状況なのだろうか?

太平洋戦争末期、戦敗の報を内心一番拒否したかったのは、軍部よりも国民ではなかったか?「ここで頑張って耐えていれば、いつかどうにかなる」ものなのだろうか?

いろいろ考え込みます。私的には、ある程度納得できるまで自分で調べた上で、行動を決めたいと思っています。ワッと、盛り上げよう、みんなで頑張ろう、というほうにはならないと思いますが・・・。

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Posted at 08:01 / きのこのつぶやき / この記事のURL
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