プラトニック・エロスを求めて迷想する「きのこ御殿」

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『広島に原爆を落とす日』感想@(問題提起篇) / 2010年09月09日(木)
『広島に原爆を落とす日』シアターコクーン(8月21日観劇)

半月も前の話になってしまったが、この夏『広島に原爆を落とす日』を観て来ることができた。つかこうへいの名作にして最大の問題作、そして今回は追悼公演ともなった。

テーマは複雑多岐にわたっているようでもあるが、中心となる問いかけはぶれていない。

「40万人もの命を一度に奪う原爆の投下ボタンを押すことができた、その人間のメンタリティとは何か(何が彼に原爆投下ボタンを押すことを可能にさせたか)」。

一人の人間が史上人を殺した数としては、秦の始皇帝やヒトラーをはるかにしのぐという。それも彼らと違い、直接に殺人を行うのだ。

発狂する確率は(この話では)160%。死刑囚にやらせる、何人かに同時にボタンを押させる、などという案もあったが、人間が作り上げた原爆のボタンは、強靭な意思を持った正気の人間に、誤ることなく広島の真上に押させるべきである(この話では)。とすれば、その人間はどういう人間だったのか。

【壮大な偽史としても問題作】

もちろん『広島・・・』は純然たる戦争ものではない。
戦時から現代にわたる壮大な「偽史」である。
テーマは「戦争」というよりも、つか劇の中で繰り返し語られてきた、人間の「極限的な愛と暴力」であり、人間同士の果てしない差別構造かもしれない。

日本の戦争ものの主流ともいえる、被害者側から戦争の悲惨を訴えたものではない。
むしろ民衆が描かれず、権力者や軍関係者など「戦争の絵図を描き、実行した側」の心理状況に妄想的に寄りすぎであろう・・・との非難を浴びる心配すらある。
それでも、公式ページやパンフレットにも言うように、この舞台はやはり

>人類が、3度目の投下ボタンに手をかけないため
>被爆し、アメリカの核の傘の下で戦後を生きてきた日本だからこそ、
>「日本が語り継がなければ」

そのために作られたのだそうだ。
しかしつかこうへいらしく非常に逆説的、反語的表現に満ちているので、つか劇に全く白紙で臨む人や、または中学生などがこれを観ると、混乱に陥りそう。

しかしこの作品においては、賛辞や感動より、そういう違和感や素朴な疑問をこそ大事にしたい。

【名作の完全版がヴェールを脱ぐ日】

>つかこうへい渾身の名作が、2010年完全版として甦る!!(公式より)

初めての完全版、なのだそうである。

1979年西武劇場(現在のパルコ劇場)で風間杜夫主演で上演。12年前に稲垣吾郎主演で上演。
しかしどちらも今回の主役在日韓国人犬子恨一郎(いぬこ・はんいちろう)ではなく、白系ロシア人のディープ山崎だった。
1986年、小説として発表された時には犬子恨一郎だった。(私の手元にある角川文庫版もそれ)
観劇後に読み返したが、かなり小説版に忠実に作られていると思う。現代の記者山崎のシーンが付け加わって重層的に仕上げた構成は大きく違うが。

犬子恨一郎としての上演がこれまで全く皆無なのかどうかはわからないが、おりしもつかさんの逝去直後の追悼公演のタイミングとして、この大作であり一番の問題作でもある本作が上演されたことは何か運命的にも感じられる。

【恨一郎≒つかこうへい?】

ラスト近く、筧利夫演じる「日本を嘆き、日本を愛そうとした」犬子恨一郎の長セリフを聞いていて突然、恨一郎はやはりつかこうへいなのではないか???と思わされた。
つか作品の中で、他に本人を思わせる人物はないわけでもないと思うが、恨一郎の立場や複雑に捻じ曲がった情念や愛は、つかこうへいに一番近いのではないか。

そして、これは私の思いつきに過ぎないのだが、恨一郎が、愛する人のために、愛する人の真上に落とす「原爆」こそ、この戯曲『広島に原爆を落とす日』なのじゃないか・・・・と思った。

この痛いほどの愛を、できる限り受け止めたいと思った。
広島の爆心地で恨一郎の投下する原爆を待ち受ける髪百合子のように。
(後日談にあたる『愛人刑事』では結末が変わるが、別な作品と見るべきだと思う)

【演技演出について少しだけ】

私はこれまで『広島に原爆を落とす日』は観ていない。
つか劇は、学生時代に新幹線で上京して何度か見た。『初級革命講座 飛龍伝』『いつも心に太陽を』『蒲田行進曲』。そしてここ数年の『幕末純情伝』http://yaplog.jp/kinoko2006kun/archive/528(石原さとみ)、『飛龍伝2010 ラストプリンセス』(黒木メイサ)
http://yaplog.jp/kinoko2006kun/archive/805、そして今回。それだけ。
昔から、一番気になる演劇人はつかこうへいで、観ていなかった『熱海殺人事件』や『広島に原爆を落とす日』など、脚本や小説を読んで幾度も脳内上演したものである。

正直なところ、2月に観たばかりの『ラストプリンセス』はつか劇になっていないと思った。しかし、前年に観た『幕末純情伝』には、私の思っていたつか劇のエッセンスは健在で嬉しかった。(感想あり)

今回は、つか劇の出演回数の多い筧利夫(犬子恨一郎、記者山崎)が主演。
それに山本亨(重宗総理)、大口兼悟(ヒトラー)、武田義晴(刑事猪熊)、平沼紀久(記者・部下)馬場徹、山口紗弥加。それからヒロイン百合子に仲間リサ。黒船リア・ディゾン
つか初舞台の方もいるが、『ラストプリンセス』で感じたような「これがつか劇・・・?」という違和感はなかった。
演出岡村さんの力と、出演者全員一丸となってつかさんの『広島』をやるんだ、という意欲をひしひしと感じた。

筧さんの情熱的で魂をぶつけてくるような渾身の演技は、やはり素晴らしかった。そうか、長年空想してきたけれど、これが犬子恨一郎なのか・・・。
仲間リサもさほど個性や巧さを感じるわけではなかったが、つか劇のヒロインとしてすっくとした美しい姿を見せて違和感がなかったのはすごいと思う。

ただし、つか劇らしい畳み掛けるような性急な早セリフが延々と続き、(聞き取れない部分はほとんどないものの)、ゆとりや幅のない性急さも感じられた。笑う場面はあるものの少なめ。
幕間に弁当を食べるような新橋演舞場のつか劇に若干馴染んでしまったためそう思うだけかも知れないけど・・・。


大口兼悟は心優しい金髪紳士のヒトラーを好演していたが、気力だけで生きている末期がんのヒトラーというには体格や血色が良すぎたかも。
山本亨、武田義晴などの舞台回しの巧さで、笑いやゆとりを担当していたように思う。
特に「日本がアメリカに勝てっこねぇのによ」という豪放で繊細、涙もろいのに非情な決断を下す重宗のキャラは大好き。
→ところで、重宗閣下の登場のたびに、山下清みたいな格好の男が重宗の尻に頭をつけるように身体を屈めて登場していたけれど、あれはいったい何のこと(意味・象徴?)なのでしょう・・・・?
もしご存知でしたらどなたか、どうかコメント欄にて教えて下さい。(個人的な推察でも嬉しいです)

1時間40分休憩なしの舞台はあれよあれよと言う間に終わるが、そこに詰め込まれたメッセージは濃厚で、熱い熱い情熱と情念が舞台の端々からほとばしる。
つか劇らしく、舞台装置みたいはものはほとんどない(高低差を持たせているだけ)。時折派手なポップスに乗せて、踊るシーンがやはり嬉しい。(『北ウィング』と『世界が終わるまでは・・・』が懐かしかった)。

【テーマについて語りたい】

以上、役者や演技の印象についてはごくごく簡単に書かせて頂くにとどめた。

この作品は、できればもっとテーマや内容について語りたいと思っているので。

舞台の感想など読み歩くと、大体、役者の演技や演出(美術や音楽も含めて)について語られることが多い。過去の舞台と詳細に比べてみごとな劇評を書いておられたりする。
それは非常に面白いし勉強にもなるのだが、この作品については、もっとテーマについて、初めてつか劇に接する人の感じるような「ごく素朴な疑問」を手離してはならないように思う。

すでにこの作品は、功成り遂げて逝去したつかこうへいの中でも代表作であり「名作」だが、この作品が投下されたときの挑発力は、少しも衰えていない。しかし評価を得たがゆえに、内容について語られることが少なくなってしまったように思う。

舞台を見ていない人にもできれば参加していただきたく、以下、この偽史にこめられた内容の挑発的なエッセンスをあげるので読んで欲しい。

(以下、ネタバレを含んでくるのでご了承ください。ただしこれによって、舞台への興味を減じさせるものではないと判断したものです)

●原爆を投下したのは、米兵ではなく、日本軍将校である。それも在日朝鮮人であり、国を滅ぼされた王の一族の末裔、犬子恨一郎である。
(つかこうへいが本格的に自らの出自「在日」を扱ったのはこの作品が初めてと言われている)
●結果的に、真珠湾攻撃も、人間魚雷作戦も、戦艦大和建造も、原爆投下も、七三一部隊の人体実験も、「日本人がそんな卑劣な手段を使うはずはないから」すべて恨一郎が実行することになる(または、したことにされる)。
成功すれば誰かの手柄にされ、失敗すれば国民すべてに憎悪され唾棄されることになる。
●戦艦大和は、日本人が終戦を受け入れるために(原爆を日本に投下させないために)、はりぼてで外見だけ立派に作り、わざと沈められた。
●恨一郎の愛した女、髪百合子は、ヒトラーの下に遣わされ、ドイツを参戦させ、余命一年と言うヒトラーを気力だけで生き続けさせた。それも原爆を日本でなくドイツに落とさせるため。
●ヒトラーがユダヤ人を殺戮した背景に、遠い昔妹ヒルダをユダヤ人に輪姦されたと言う過去がある。
(これ原作どおりなんですが、フィクションにしてもこんな設定マズイんじゃないですか・・・?と思った。今何にも言われないのがむしろ不思議)
●原爆は「エンジェル」と言われている。またヒトラー兄妹のことも、「天使のように無垢」と言っている。


このあたり、逆説と反語がつかの一つの特徴とはいえ、反感も不快も批判も恐れぬすごい設定。

●しかし原爆は結局日本に投下された。
●真珠湾攻撃は、原爆投下の口実を得るためにアメリカが日本に仕向けたものである。だから大統領は情報をつかんでいてもハワイを見捨てた。日本はそれに乗せられ、原爆投下されるに十分な恨みを買うことになった。
●大和を沈ませたあと、重宗はこれで戦争が終わることを国民に納得させられると思った。
●しかしヒトラーが死に、七三一部隊の所業が明らかになり、アメリカにとって原爆を落とすことのできる唯一の国は日本となった。
●あらゆる手を用い、恨一郎を過酷に使い潰しながら原爆投下回避をもくろんでいた重宗総理は、結局原爆投下を呑むことになる。戦後日本の安全保障、そして高度成長の約束と引き換えに・・・。
(しつこいですが、作品はフィクションですのでお気をつけください。東條は東郷、重光は重宗、ルーズベルトはローズベルト。しかしエノラ・ゲイやヒトラーは実名なので戸惑います)
●結局は恨一郎は、自分が一番愛していて、また愛する髪百合子が待つ広島に原爆を落とすことを選ぶ。


改めてすごい脚本だと思う。

戦争を扱った作品(一般国民の被害者的視点で描かれようと、権力者の側から描かれようと)は多い。しかし『広島に原爆を落とす日』のような作品は、他に似たものがない。

【論点整理・・・ディスカッションのために】

しかし、この作品は、理解されつつ鑑賞されているのか、演じられているのか、実は非常に不安になる。
舞台のはらむ異様なほどの「熱」は伝わってくるのだ。だから「すごい」「感動した」ということはできる。いや多分理屈では理解されてなどいないのではないか。理解できなくとも、演じるもの、観るものの心にささくれや引っかき傷を作る。

それを疑問の形でまとめていく。つか劇に何度も登場するモチーフでもあるのだが、もっともむき出しの形でこの作品に出ていると思うので。

できれば、一緒に考えてみてください。

(1)愛についての疑問

@恨一郎の愛
恨一郎は、結局のところ、「愛のために原爆を落とす」のである。
「私のあなたに対する思いは、あの広島40万市民を皆殺しにしても余りあるものなのです」
反語だ逆説だと言っても、おいそれと理解できるものではない。

Aつか劇のスーパーヒロイン
「お前のためなら世界を滅ぼす」ほどに愛されるヒロインが、このごろのつか劇には必ず登場する。(初期作品にはいなかったと思う)『幕末純情伝』でも『ラストプリンセス』でも。
女性的エロティシズムにも、母性にも満ち溢れ、強く戦闘的で、絶対的に美しい・・・彼女たちはいったい何なのか。つかこうへいにはいつから女神が登場するようになったのか。

B恨一郎の愛国心
朝鮮と日本、どちらをより多く愛しているのか。または劇中のセリフのように「百合子の美しさが私の祖国」として百合子が愛国心を上回るのか。

(2)差別についての疑問

つかこうへいはつねに差別のテーマを手離さず、「いつかこうへい」の祈りを込めてペンネームをつけたと言われる。しかし、作品に表れた部分では明確に差別を糾弾する形では現れていない。

今回も、「弱い人が泣くことのない世の中」がいつか来ることを祈りながらも、二人の愛も奇妙な形で引き裂かれ続ける。
恨一郎と百合子が出会う場面は二つだが、愛する人と自分を自ら階級的に隔てた後で上官として愛を告げることになる。幼い頃の出会いでも、百合子は「手が触れると腐るほど卑しい泣き女の一族」として登場し、また恨一郎は「朝鮮人」として差別され利用され続ける。
さらに恨一郎は百合子の方から「朝鮮人と結婚はできない」と最初の求愛を断られすらする。

「つかこうへい一流の手法」と言ってしまえばそれまでだが、彼の差別論について、もっと考えられるべきではないだろうかと思っている。

(3)現代におけるつか劇の意義

また、最近気になるのは、今の時代においてつか劇のメッセージはどういう意味を成すのか、ということ。つか劇は以前から最も好きだが、少しばかり時代に遅れてしまった部分がある、と私は感じている。
しかし、つかは常に時代に合わせて自作を書き換えてきたはずだ。つか亡き今、つか劇は再演され続けるだけでは足りない。そのスピリットを受け継がれていかねばなるまい。

(4)最も素朴な疑問

最後に、非常に素朴な疑問として・・・・。
この作品を見て「原爆のボタンはけして押してはならない、」「戦争は繰り返してはならない」と素直に感じることができるのだろうか?


以上4点を中心に考えを続けて行きたいので、劇を観た方も観ていない方にも、お付き合いいただければ幸いです。
Posted at 08:12 / KOUHEI TSUKA / この記事のURL
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コメント

トリガーマグナムさん、はじめましていらっしゃいませ!
長々しい記事を読んでいただき、ありがとうございます。
気が向かれましたら、またのご訪問をお願いいたします。
Posted by:きのこ at 2011年05月28日(土) 12:13

今、学校におります。参考にさしていただきました
Posted by:トリガーマグナム at 2011年05月27日(金) 15:15

rukaさんへ。
つかこうへいのこの作品は、普通の反戦、反核テーマとは大きく趣が違い、観た方がどういう風に理解しているのかが非常に興味があります。

しかし、つか作品の中で最も注目すべき、究極のテーマを扱っているようにも思います。どこまで肉薄できるかは全く自信がないですが、自分の言葉で頑張って書いてみようと思います。

ルイスさんへ。
オダギリさんの体調については、情報をちょっと探しましたがよくわかりませんでした。撮影は暑い中ハードだったようですが、『塀の中の中学校』本当に楽しみにしています。

耕史君のお姿も見られるし、10月はいろいろと楽しみです。

傍観者さん、情報補足いただきましてありがとうございます。
会見キャンセルの理由はよくわからないままですが、体調不良ではないとのことですよね。

『塀の中の中学校』はもちろん、『熱海の捜査官』の、無駄に美しすぎるくらい美しいオダギリさんも、毎週楽しみに観ています。
Posted by:きのこ at 2010年09月11日(土) 08:34

横から失礼します。
ルイスさん、会見キャンセルを連絡した翌日であり会見が予定されていた日の前日でもある9月5日、オダギリさんは落語のイベントに元気に登場していたそうです。取りあえず体調は深刻な状態ではなさそうかと思われます。
Posted by:傍観者 at 2010年09月10日(金) 01:35

こんにちは。
この場をお借りしまして、耕史氏がnhkーhiに出るという事ですが、かつて共演された、鮎川誠氏や、マーティー・フリードマン様も出るという事で、嬉しいのですが、しかも、いま、女性ギタリストで注目を呼んでいる『オリアンティ』嬢も出るそうですが、オリ嬢は個人的にスキなんでどんな感じか気になるしー、どんな構成になるのか気になります。

ただ、私はゆっくり観られる時間がないので逆にもどかしいですけれども、耕史氏には楽しまれたら嬉しいですよね。


オダジョーピンチ>

ご存知かもしれませんが、spドラマの『塀の中の学校』の囲み取材だったそうですが、大事な時に体調を崩してしまい私は心配です。
Posted by:ルイス at 2010年09月09日(木) 13:30

きのこさんこんにちわ
つかこうへいさんの
「広島に原爆を落とす日」を
ご覧になられたんですね
確かに原爆は恐ろしい兵器です
アメリカが広島に原爆を落とし、
何万人の人々を犠牲にしましたもの
今年8月の広島原爆慰霊祭に
*間違えてましたらすみません
アメリカ大使が初めて参加されましたね
この悲劇を次の世代へと語り継ぐことですよね。
Posted by:ruka339 at 2010年09月09日(木) 10:14

P R
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