あいかわらず間遠ですみません。
この前、『20世紀少年第二章 最後の希望』見てきました。
面白かったです!
第一章に比べれば落ちるかな・・・?と思っていたのですがそういうこともなし。ビッグプロジェクトにしてめくるめくエンターティメント、ポップコーンもドリンクも不要、夢中になって見ました。
詰め込みすぎの部分も、削って欲しくないエピソードも色々ありましたが、倍の時間をかけて細かくやってもスピード感が削がれるでしょう。この壮大な物語を三部作構造に分けてそれぞれのクライマックスを持ってくるという企画は成功だと思います。
ところで・・・・一緒に見に行った娘は第1志望の推薦が落っこちてしまいました。
受験の真っ最中、発表までの落ち着かない時間、わずかにリフレッシュもかねて行ったのですが・・・・。
まあ、倍率が高いので覚悟はしていたのですが、これであと1月我が家の受験シーズンはダブルで続きます。
茨の道ほど成長につながる!頑張れわが子よ!と思いつつ、どうしてこんなイイ子を落とすんだ・・・と恨みたくなる親バカ心もちょっとあり。
さて、やっぱり大好きな作品ですので感想をなんとか書いておこうと思います。
ほとんど予備知識なしで見に行った第一章の時と違い、今回は半分くらい内容を読んでから観ることになりました。
なんで途中で読むのをやめたかといえば、映画を観る前に最後まで読んでしまうのが勿体なくなったためで・・・・。リアルタイムで次週の展開を待っていた読者さんには及びもつかないながら、ちょっとそんな気分を味わいたいと思っております。最終章のネタバレに出くわしたくないので、ますますネット無精になりつつあります。封切日の8月29日まで原作を我慢できるか?
しかし、以下の感想にはネタバレ(第二章の)を含みます。
自分ではネタバレ感想を書いておきながら、三章以降のネタバレは拒否するというはなはだ勝手な態度でありますが、どうかご了解とお許しを・・・・。
「原作に忠実」をモットーに作られた第一章に比べると、第二章は大幅にストーーリーの改変が行われています。しかしイメージはかなり忠実に再現されています。
第一章が「血の大晦日」に向けていたように、今回万博開会式(および神の誕生?)というクライマックスに向け、ストーリーを収斂させていこうと言う手法。複雑なエピソード群を自在に配置し、非常にうまくまとまっていたと思います。
さすが原作者が脚本に参画しているだけのことはある・・・。また、やはりさすがは堤幸彦。
大作のプレッシャーに臆することなく、これを映画にできるのは自分しか居ないくらいの気概を持って作っているのかも・・・・。
ガッカリとかイメージ違いとか多分そういう批判的意見もあるでしょうけれど、そう言う声を発した人も多分二章を観てしまったら三章を見ずにはいられないでしょう・・・・。
【キャスティングがそっくり&ニギヤカ!】
例によって、思い通りのキャスティングが魅力。
オッチョ(豊川悦司)ユキジ(常盤貴子)ら、老けメイクでも魅力たっぷりの連投組ももちろんいいけれど、新顔も登場するたびに「ほお」と感嘆しました。
カンナ(新人の平愛梨)は柴崎コウを思わせるけれど、まっすぐで強い目力がいい。小泉響子(『銭ゲバ』にも出ている木南晴夏)のオーバーな動きや表情も原作そっくり。
出色だと思ったのは「ホクロの警官」佐藤二朗。第二章で一番手を汚す役ですが、原作以上に不気味で怖い。
また『ハロハロ音頭』を歌う春波夫役の古田新太さんも良い〜〜〜!
神父役の六平直政、ラーメン屋の西村雅彦、蝶野刑事の藤木直人、担任の甲本雅裕、
ともだちランドのドリームナビゲーター高須に小池栄子、万博の開会式の司会は徳光和夫、ヤマネの隣人に佐々木すみ江。
おなじみお笑い界からは、前田健が重要なマライヤ役、あとはなわやバナナマンの二人。
金兵衛さんこと小松政夫さんがカンナの働く中華料理店店主で登場したのも嬉しかったです。そういえば長屋の住人はつねさん(石井トミ子)も、第一章からケンヂの母親役で出てたんですね。
次々繰り出されるキャストにびっくりしているだけでも楽しいくらい。
総予算60億円だけあってケチケチしないところがいいですね。
【サダキヨについて】
新キャラの中で一番重要な役はもちろんサダキヨ。
ユースケサンタマリアが頑張ってましたが・・・あの石膏を顔に塗り重ねたようなメイクはちょっと不自然すぎ・・・。口角をあげた強烈なサダキヨスマイルがなく無表情なのがちょっとつまらない。
原作の既読部分の中では、サダキヨの活躍する10巻に一番引き込まれました。
映画でも忠実に再現されていた「ともだち博物館」の場面も良かったけれど、映画ではなかった(残念!)ながら、「顔のない少年」「顔のある少年」のエピソードは特に素晴らしかった!!
ともだち博物館でのコイズミとのやりとりはもっとじっくり欲しかったところですが、「僕はいいもんか、わるもんか」と自問自答する姿は印象的でした。
サダキヨには、なんだか「千と千尋」の「カオナシ」を思い出させられます。
第一章から「サダキヨ」という音だけでゾッとさせられたのは、「サダコ」と「スケキヨさん」(犬神家の一族のマスク男)からのイメージもあるのかも。
【ともだちについて】
ともだちについて、今の材料で少し考えてみたい(真相を知っている方はお見逃しを)。
●ともだちは、ケンヂたちの記憶から抜け落ちていた存在。サダキヨのように、実は皆の記憶にあったわけだけれど、それまではお面の下の顔が思いだせなかった。理科室で何が起きていたか、そこに至る経緯は何か、みんなが深層に押し込めているらしいその「記憶」が全ての鍵を握るのかもしれない。
●理科室で、あの時ぶら下がっていたカツマタ君かその生まれ変わりか。そこにいたサダキヨとヤマネ君(小日向文世)は今回候補からほぼ外れる感じ。
●それでは理科室の時校庭でドンキーを待っていた四人(マルオ、モンちゃん、ヨシツネ、ケロヨン)は一応ともだち候補から外れるのか。そこにいなかったケンヂ、オッチョ、フクベエは・・・?またまだヴェールの中のコンチは・・・?
●サダキヨはともだちが唯一の友達(?)で、しかし実際には利用されていた。
●ともだちは万博に行かず、それを隠していた。
●「9人の戦士が立ち上がった」というケンヂの予言に反して、実際に血のおおみそかに立ち上がったのは7人だったこと、教科書に載っているテロリストの写真が6人しか写っていないのには何か意味があるのか。あの写真はいったい誰が撮影したのか。象徴的写真としては、昔の原っぱでウルトラマンポーズを取るあの写真の人数も気になる。
●ともだちはカンナの父親であり、キリコの夫である・・・・と言っているが本当か。
●ともだちは復活するあたりで明らかに声が変わっている・・・。
●教会で狙撃されたのが誰なのかはまったくわからない。何しろ顔を覆っている被害者なのだから何でもできるトリック。(あんな奇術にもならない「復活」に全世界が感動するなんて・・・)
●ともだちのコンプレックスがいろいろ明らかになったのが面白かった。
「ケンヂくん、あそびましょ」「ともだちになってくれる?」ケンヂの書いた「よげんの書」を貪り読み、それを生涯かけて実現して行こうという粘着的情熱。ケンヂ(みんなに慕われる存在)への嫉妬と憎悪と、そして愛着。
サダキヨが出てくるあたりから、物語のテーマが次第に内面的なものになり、「ともだちは誰か」ということよりも、「ともだちとは何か」みたいなことに興味が移ってきます。
ともだちも自分達の世代の内部から出てきたものには違いないとしても、「個人の内部のもう一人の自分」みたいな、最近非常によくある精神分析的な話にはして欲しくないなぁ・・・。
あくまで少年漫画の冒険活劇として、スカッとやってほしい!
【割愛された惜しいシーン】
読んだ部分の中で自分が気に行ったシーンが割愛されているのが不満・・・。
●第一章の冒頭部でも印象的だった「うみほたる刑務所」。オッチョと角田の脱出劇がやや簡単だったですね。海ほたる刑務所というアイディアは大好きで、未来において刑務所くらいしか使い道がないだろうと言うのもなんとなく説得力がある。すごく深い絶望的な場所だということ、特別房に入ったらそのあと出てからも「紅組」「白組」に性的にもいたぶられて生存不能であることなども略。
21世紀の最暗部が描かれていて凄みがあって好きでしたが・・・。
房はもっと暗く、オッチョが掘ったトンネルも、音もカケラもなく開けられるのでなくては。
でも映画だけみれば、トヨエツと森山未来の好演で、納得のシーンになってますね。
●また、エピソードの順序を変えている結果、ハラハラドキドキのラビット・ナボコフのシーンがなくなったのが惜しい。でも時間もかかるし映画的には退屈かもしれないから仕方がないのかな?
カンナがともだちランドに行くことになったのは自然にまとまっているけれど。
【他に気づいたことなど】
●原作とは違ったオリジナルとして、「レーザーあやとり」が流行っていたり、捜査本部の会議が空中モニターを使って行われたり、携帯の形が変わったりという「未来っぽさ」も狙っていて面白いのですが、あまりたいしたことないかな。たった6年後ですし。
むしろホームレスが今と変わらない状態で生活し、歌舞伎町のたたずまいもさっぱり21世紀に見えないところがいいのかも。
「ともだちの塔」が万博の象徴となり、当時とほとんど変わらない荒れ野のパビリオンもすごい。
●堤幸彦お得意の新興宗教ムードはたっぷり。『トリック』でイヤと言うほどあらゆる怪しげな教団の祈りだの踊りだのをやってますからね。「絶交」の決定に「喜んで!」と応じる小池栄子率いる明るい集団は、マニュアル重視のファーストフードの戯画っぽくもある。
堤幸彦には、どうしてもパワーがあるうちにもう一つのビッグプロジェクトとして、『オウム真理教』をメジャー映画化してほしいんです。あのキャリアと、世代的使命感に基づいて、是非。
常盤荘に住む漫画家の話や、海ほたる刑務所の角田など、漫画への情熱が出てくるシーンも楽しい。開明墨汁でラブコメを書き、ユキジに「お二人の情熱が伝わってこない」と言われる赤ジャージ緑ジャージのウジコウジオはもちろん藤子不二夫。手塚さんや石森さんに当たる人も投獄されたらしい。角田はつのだじろう?
シリアスな武左衛門さん、宇梶さんのモンちゃんが、病床でユキジに愛を告白するシーンも良かったですね。「おれ達はみんなお前に惚れてた・・・」。ドイツ帰りで「モンちゃん」とは、『MONSTER』を思い出させますね。
目玉の、ステンドグラスを割って教会へ飛び込むシーンを始め、大活躍のオッチョですが、彼にもトラウマが。「ショータ君は君を待っていた」と古傷を抉るともだちは何を知ってるんだ?
56歳でもこんなにカッコイイトヨエツはたまんないです!あの目がいいですねえ・・・はああ。
マルオも春波夫のそばで健在だったのが嬉しい。北の果ての町、ムルップ町でいったい何が起きる・・・?第三章での活躍が期待されます。
【ケンヂの影】
第二章の時系列上は登場しないけれど、ケンヂの影が気になる。
第一章で「テキトーな歌」と思っていたカレーの歌が、何度も聞いているうちになんだか涙が出るほどいい曲に聞こえるのは、演出がいいんだろうなぁ・・・。
カンナはなぜあれほどケンヂを盲信してるんだろう・・・?過去に囚われすぎて同年代の友人もいないヒロイン、カンナが時々痛々しい。
また、エピローグ部分で「オラはしんじまっただ♪」を歌って旅をしているケンヂが登場するのが、いよいよ第三章への期待をかきたてます。
「ばんぱく」って、いったい何の象徴なんだろう・・・。
結局、みんな行けなかった、月の石も見られなかったような感じなのだけれど。45年後にもう一度繰り返さねばならぬほどのイベントだったのだろうか・・・?
サダキヨやヤマネ君やともだちなど、成績優秀だった「科学」の子たち、アルコールランプで心が落ち着くような少年達にとって、果たされなかった夢の場所なのかもしれない。
そういえば、第一章で自分をアポロのオルドリンに例えていた。月面に降り立つことがなくても、十分栄誉な役目だと思うのだけれど、どうしてもアームストロング船長になりたかったんだろうか・・・?
「あくまのセールスマン」は、人類を滅亡させたのだろうか?
ともだちは結局、全人類を滅亡させたいのか支配したいのか・・・?滅亡した世界を支配して神になっても仕方がないだろうに・・・・やっぱり「ケンヂと遊びたい」だけなのかな?
第三章「僕らの旗」が本当に楽しみです。
また、この作品を見るとどうしても気になってしまう「世代論」に関しては、記事を改めましてまた書いて見たいと思います。
「本当ですか」と書かれてある部分ですが、その言葉どおりではないですが、映画ではそのように取れるようリード(ミスリード?)されています。もちろん確証は与えていません。
原作は11巻までしか読んでいないので、生物学的や法的にも父親はわからないです。フ●●●かな?というのは第一章で思いましたが、それも蔵之介があそこで終わりでは無駄に美しすぎるためで・・・
「最後まで読んだらガッカリした」という感想も確かに聞くのですが、いい加減に結末をつけたのか、それ以外ありえないのか、『エヴァンゲリオン』でも『デスノート』でも最終回は議論の的になりますね。
bulz-iさんの推理、とても面白く読みました。第二章以降は未知の分野なので、原作と変えてくる可能性も含めて楽しみに待ちたいと思います。