近頃観た映画の感想まとめ書き《2》(9月編)

September 15 [Mon], 2014, 0:44

『るろうに剣心〜京都大火編〜』
『イン・ザ・ヒーロー』
『TOKYO TRIBE』


さて、映画感想まとめ書き、まだ続きます。
『ルパン』前後に最近見た映画です。

【るろうに剣心〜京都大火編〜】

期待度★★★★
満足度★★★★
おススメ度★★★★

後編『伝説の最期編』の始まる前日に駆け込みで観に行きました。
(その後も上映してるんだけれど回数が減るので・・・)
なので、後編のネタバレ感想はご容赦ください!

評判がやたら良かったみたいなので、観ておこうかなあと。
立派なもんでした!!
『ルパン三世』のすぐ後で観たので、ルパンが不憫で・・・うううううう・・・。

どちらも漫画原作アクション娯楽大作なのに、ほぼすべての項目で、どうしてこんなに差がつくんでしょう?
役者の意欲や、実力に、そんなに違いがあるとは思えない。
『るろ剣』には重厚感、悲壮感が立ち込めているのだけれど、それは作品の色合いだから比較の対象にはならない。

けどなんだろう、『るろ剣』はグイグイきますね。

一番「違い」を感じたのは、カメラかな。空気が濃密。
手触り感があり、奥行き感がある。

テンポの取り方や、場面の切り替えが上手い。

脚本もうまい。
最初、洋画(例えばパイレーツオブカリビアンの冒頭みたいな)シーンで、志々雄(フジタツ)と斎藤一(江口洋介)が対峙する。そこでとらわれた警察官たちがかなり残酷な仕打ちを受けるのだが、ギリギリ痛い感じじゃなく、「娯楽大作」の趣なのだ。

「うわぁ・・・」と観てると、いきなり場面が賑やかな明治初期の東京の芝居小屋のシーンになり、とても楽しい。演目に幕末の剣豪人斬り抜○斎が登場、佐藤健剣心が「おろ?」と観ている。隣に薫殿(武井咲)。相楽左之助(青木崇高)が興奮して騒ぐ。
平和な江戸を彼らが楽しんでいるように見えるが、志々雄の陰謀に手を焼いている政府の大久保から剣心が助力を頼まれ、そのうちに紀尾井町の大久保暗殺が起こり、剣心が巻き込まれていく…という導入。
なんだか、引き込まれるんだよね。

いいことばかりではない。ラスト近くになると、自分から勝手についてきた薫殿が絵に描いたような「さらわれ人質役」になり、かなりげんなりする。子供が泣くシーンも多すぎ。(赤ちゃんが人質になるシーンは良かったけれど)。
けれどこれって原作通りなんでしょう・・・・。

アクションは、評判通りイイ。
健君は素晴らしいなぁ・・・(演技もアクションも)。神木君の走り方もいい。江口っつあんもこんなにカッコイイの久しぶり、青木と伊勢谷の決闘シーンも面白くて迫力。そして田中泯にあんなに本格的なアクションシーンをやらせるとはどういう映画だ!ハラハラして見つめた。謎のオトコ福山さんは微妙だったけれど・・・・。

でもルパンの人々も頑張ってたんで、これ、アクション自体の差もあるとしても、「見せ方(カメラや演出)」の違いが大きいように思う。
だって日本映画の希望の星綾野剛が『ルパン』であの程度だったのに、『るろ剣』では三浦涼介が十本刀の沢下条張を演じてあれだけ長時間魅せたんだから参る。

『るろ剣』の第一作は、結構暗くて陰惨な場面が多かったイメージが強く、そんなに感心しなかった。今回の方がずっと良くなったように思う。
剣心がいい人過ぎ、優しすぎる・・・というのがかつて苦手に思っていたが、凄惨なストーリーの中で、祈るように逆刃刀を持ち続ける剣心の生き方に、健君がリアリティを出してくれている。まさにヒーロー、一点の光のよう。

『伝説の最期編』も観に行くよ!でも観るとせっかくの気分が終わっちゃいそうで、少し時間を置いていこうっと。


【イン・ザ・ヒーロー】

期待度★★★
満足度★★★
おススメ度★★★★

夫とは恐ろしく趣味が合わないので、一緒に行く映画は限られてる。これはその数少ない映画の一本。

いい日本映画だった!

特に前半はもう、今年のナンバーワンじゃないかとふと思ったくらい。
ただ後半、どうも泣かせに走ってしまったのが、ちょっと冷めた原因。
脚本水野敬也か・・・。泣かせ系だから気を付けよう。

ネタバレだから反転します。
クライマックスの「飛び降りアクション」でカットするのが定番だと思うのだけれど、それが決まった後延々とアクションシーンが続いたこと。いくら全部見せたくても、転落を最後に持ってくるとかしてくれないと、なんだか見ていて盛り上がりの波を作り損ねた感じ。
それも、その映画、「日本でのシーン」はほぼここが中心だろうに、なぜ一之瀬リョウはこのシーンにいないの?どういうストーリーの映画なのか理解に苦しむ。
一之瀬の家庭事情でまで、そんなに「泣かせ」に走る必要ないでしょ。苦労知らずのボンボンでいいじゃない。

でも、そのあたりに目をつぶればすごーく、良かった。
映画愛に満ちている。(ちょっとウザいくらいかもしれないけれど)
唐沢寿明、自分の経験を基にした代表作ができたこと、良かったね!

近頃観た映画の感想まとめ書き《1》 (8月編)

September 14 [Sun], 2014, 23:06

『 STAND BY ME ドラえもん』『リアリティのダンス』『喰女』

八月に観た映画の覚え書きです。感想なかなか追いつかないので・・・。

【STAND BY ME ドラえもん】

期待度★★★★★
満足度★★★★
おススメ度★★★★


宣伝を観ているだけでもう胸に迫るものがあり、映画館で見たら「ドラ泣き」するに違いないと思っていた。
そこまでドラ泣きはしなかったのだが、どうしてこんなに・・・と思うくらい悲しくなった。もちろん悲しいというのは、映画の批判ではないのだが・・・。

本作のコンセプトは非常に優れている。子供も大人も楽しめる、というより、ほんの少し(かなり確かに)大人寄り。
コピー通り、「すべての子供経験者に」。

多分、この映画を見て改めてドラえもんの魅力にやられた大人はたくさんいても、これをきっかけに今後毎週金曜日のドラえもんを見るようになる人はそんなにいないだろう。
大人がある日ジャングルジムの楽しさを思いっきり再認識したとしても、毎日公園通いはしないように。

あらゆる奇跡のような道具を使っても、いやタイムマシンそのものを使っても、過ぎ去った日は戻らない。年を取っていくのは止められない。ひみつ道具で過去の自分を助けたりするとしても。

子供時代は、そんなに素晴らしいものじゃない。それはのび太君に感情移入したものなら非常によく知っている。
でもそこにも楽しいことがあった。いじめられっ子の生活でも、しずかちゃんに優しくされることもあるし、びっくりするようなラッキーだって少しはあった。
年を取ってからドラえもんを見るというのは、どこか残酷で、悲しくて、だからこそ美しすぎる(じゃないですか?!)。

・・・・と、私は感じたのだが、この映画は観る人によって思い出すことが違い、映画館でのドラ泣きにもきっと一人一人違う思いで泣いてるんだろう。

非常に完成度の高い、優れた映画の証だと思う。続編はいらない。
『ドラえもん』を3D映画にする、だけの企画ならいくらでも続編が作れるわけだが、この映画には続編はふさわしくない。

話は昔触れた記憶(かなりおぼろげになっているものもあるが)のあるものばかり。
ドラえもんがやってきた話をはじめ、「のび太の結婚前夜」「たまごのなかのしずちゃん」「さようなら、ドラえもん」「しずちゃんさようなら」「帰ってきたドラえもん」・・・。

正直言って、ラストのエピは余計だった(または不適当だった)ように思う。
「なしとげプログラム」(?)によって、せっかくあれだけの思いをして別れたのだから、「昔に戻れる」ような話をラストに置くのは、大いに疑問。盛り上がって高まった気分が、ちょっと削がれた。
まあ、そこだけかな。批判したいのは。

CG,とても美しかった。3Dで見たけれど、2Dで見ても十分立体感も感じられそう。
(行った映画館の3Dメガネは画面が暗くなるタイプで、あれは苦手。)

のび太君の動き(タケコプター場面や、近未来みたいな町でモノレールと追いかけっこをするあたり)は、ディズニーを意識したのか動きがありすぎて目が回る感じだったけれど、ドラえもんの柔らかくて柔らかいボールみたいな弾力性を感じる映像はめちゃ好き。
ドラえもんのCG映像はとっても良くて、嬉しかった。
あと、しずかちゃんが良かったなぁ・・・しずかちゃんの魅力的なこと!「ドラえもんは、ラブストーリーでした」の看板に偽りなし。
まつ毛のまたたき、丁寧な顔の造形。キャラクターもしっかりしている。大人コドモ問わず万人単位しずかちゃんに恋しちゃった人がいるんじゃないだろうか。
ナウシカ路線とはまた違った強さの、日本アニメヒロインの典型を再確認。いつまでも「いやー、のび太さんのエッチ!」なんて言ってませんね。


【リアリティのダンス】

期待度★★★
満足度★★★★★
おススメ度★★★★★


珍しく、都心の小さな映画館に行って観た映画。
渋谷の「アップリンク」は、行っただけで他人に吹聴したくなるような、そんな場所ですな。
私は、映画通が語るような洋画をほとんど観ていないし、ホドロスキー監督の映画も観たことがない。けれど友人に勧められ、むしょうに見たくなって出かけました。

いい映画でした。なんだか、たまらなく良かった。
『ドラえもん』にしても『リアリティのダンス』にしても、いい映画過ぎて多くを語りたくない。

もっと難解な感じなのかな・・・とかちょっと思っていたら、とてもわかりやすく、テンポも良く、そして面白く、2時間30分をすんなりみられた。
そして、色の美しいこと!!チリの青い空と海、白く乾いた家や土地、そして原色(赤、緑、黄、青、オレンジ・・・)が、素晴らしく美しい。

うっとり見た。そして美しい。で、何だか感動する。
説明したくない。見てほしい。
こういう映画なら、もっと見たい。

ちょっとだけ紹介すると、ロシアユダヤ人である少年アレハンドロは、奇妙な両親のもとで、異人種の中で暮らしている。父は裕福な商人だが共産党員。家族に非常に厳しく、息子を男らしくするために麻酔なしで虫歯の治療を耐えさせるなどかなりエキセントリック。
母親は息子を父の生まれ変わりと信じて「お父様」と呼ぶ。すべてのセリフをオペラで語る、こぼれそうな巨乳のこの女性は、たまらなく、好き。
子供が変になるのも無理がないような両親だけれど、でもこの二人がたまらなく魅力的だった。人間的で滑稽な、愛情あふれる人々だとわかる。

手足を失った障がい者の群れ、虐げられた労働者、人種を原因とするいじめ、いろんな暗い側面が出てくるが、そこを押しつけがましくなく、時にはからりとした笑いを交えて描く。日頃日本映画と、よほどヒットした洋画しか見ていないのですが、映画通が良い、という映画も、今後敬遠しないで見るようにしようかな・・・。

御年85歳の監督が、23年ぶりに作った新作だそう。家族の絆を取り戻す物語なのだそうだ。父親役をホドロフスキーの長男が演じ、他の息子二人も行者役とアナキスト役で出演している。

とはいえ、私が堪能できたのだからなんら予備知識もいらない。
こんな素敵な映画、観ないのは惜しいです!!

『マレフィセント』についてさらに語り合ってます。

September 12 [Fri], 2014, 8:51
《お願い》
この記事は、以前の記事
「揺らぐメルヘン論 映画『マレフィセント』感想」
http://yaplog.jp/kinoko2006kun/archive/1340
を読んでからお読みください。


この記事へ頂いたコメントへの返信が長くなってしまったので、こちらに一記事立てました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

Maleficenteenaさん、お返事大変遅くなりましてすみません。

「マレフィセンティア」も読ませていただきました。
http://www.geocities.jp/maleficenteena/Maleficentia.htm#000

私が書いた感想について、こんなに熱のこもったボールが返ってきたこと、とても感謝しております。
返事を早く描きたいと思いながらなかなかまとまらず、どんどん長くなってしまったので記事を立てます。

引用、リンク等勝手に使ってしまいましたが、ご迷惑でしたら削除しますのでご指摘ください。

また私は映画『マレフィセント』を一度しか観ていないので、記憶がいろいろあいまいだと思いますのでお許しください。
以下、お互いの考え方の違いを楽しみながら、おつきあいくださいませ!

他の訪問者さんの横入りも歓迎です(よね?)。
『マレフィセント』ほど、女性問題の教材として好適な作品はありませんから・・・(その点では『アナ雪』と双璧以上です。)
またその点を除いても十分面白く美しい映画なので、まだ上映しているこの機会にご覧になってみてはいかがでしょうか??

感動するかどうかの保証はありません。
「えっ??」と思うなら、その部分も人によって結構違うと思う。
そこが面白いんですよね。

なお、Maleficenteenaさんの2個目のコメントに、

>きのこさんは「女がそんなに強くなって男は添え物でいいのか?」とは全然書いてませんでしたね?

と丁寧に書いて下さいましたが(フェアな方です)、私は文脈としてそう書いているので、そう取っていただいてOKです。

【まさにまさに、そういう物語でした】

以下、引用はすべてMaleficenteenaの文章、コメントおよびブログからのものです。

>男種族が散々この世界や社会を ( 家庭をではありません ) 暴力と悪どい金融によって支配し、それで余りにも沢山の戦争を起こして人類の歴史を悲惨なものにし続け(略)
>これからの時代に於いては、平和こそを何よりも重んじる女こそがこの世 界を支配して、そろそろ男はカラスのディアヴァルの如くに、女の創る世界の忠実なサポートに徹し、添え物化して半ば母系社会と呼べるようなものを形成した 方が、良いのではないかと考えます。


うん・・・・なるほど。『マレフィセント』が主張しているものは、ズバリそういうことなのだろうと思います・・・!

私も、「そうかなぁ・・・でもまさかね」と思っていて、ズバリは書けませんでした。

革命的なテーマですが、虚心に見れば結局そうなる。

【 Maleficenteenaさんの「気づき」に共感です】

もう一つ、Maleficenteenaさんの文章の中に「おお!」と思った部分があります。
五回目に見た時のMaleficenteenaさんの気づきの部分。

>マレフィセントが件の呪いを掛ける前に 「 姫は美しく優しく育ち、“ 誰にでも愛される ” ようになるだろう 」 と魔法の贈り物をしていた事を自分ですっかり忘れていて、その “ 誰にでも ” にマレフィセント自身も入ってる事に全然気付いてなかったからなのかも知れない。
>オーロラのあの何者をも怖れない屈託の無さと笑顔と優しさはつまり、マレフィセントからの至上の贈り物であり、
>マレフィセントはまさに 「 自身の掛けた魔法によって自身の掛けた呪いを解く 」 べく運命づけられていた…のだとも解釈出来る。


ここ、ハタと膝を打ちました。
マレフィセントの「呪い」が、マレフィセント自身への、また全女性たちへの祝福になっているんですね。(「呪」と「祝」は対の言葉だといいます。)

また、「オーロラ=自分」なのかもしれません。「16になったら眠りにおちる」のは、「16で世界を失った」自分の投影。
マレフィセントがオーロラを育て、オーロラを愛しながら自分を解放していく、というのは、Maleficenteenaさんの説と整合していると思います。

【どうしてこの物語が作られたの?】

でも、謎は残る。
こんなに一方の性がもう一方の性を攻撃するような物語がかつてあっただろうか。
どうしてそんな物語を作ったんだろう。

もともとの物語の正反対を行ってみた、というのが一番穏当な説でしょう。
女の子は心清く正しく美しく、戦うどころか何もしないで(「眠る」は究極の「何もしない」)ただ待っていれば、幸福が向こうから訪れる。
幸福をもたらしてくれるのも、魔女を駆逐して正しい世界に導いてくれるのも、男性優位社会。
今の世の中的には、どれは誰が見たっておかしい。間違っている。
だから、笑って観られる皮肉、アイロニーであれば、わかりやすい。

しかし、この映画は徹頭徹尾本気。(ですよね?)
そのテーマをあれほどはっきり打ち出したことに非常に不安定なものを感じるし、そのテーマ自体にいくつか疑問があります。

女性は「平和こそを何よりも重んじる」のでしょうか。

しかし、平和を愛するマレフィセントの国を守るために、必要なのは戦闘力でした。翼を取り戻したマレフィセントがカラスとともに繰り広げたのはまさに戦闘。なおかつ、ステファン王を許して悔悛させるという道は選ばず、突き落として殺した。そして平和が訪れてめでたしめでたし・・・なの?

それじゃあ、「戦国の世を終わらせるために」戦を続ける軍師官兵衛の理屈じゃないですか。つまり、男の正論。

>私には、この映画は北米インディアン悲史や映画アバターを髣髴させる物語であり、マレフィセントは男社会に対する女性の解放と台頭のアイコンまたは化身に見えます。

ああ、なるほど・・・・。

>平和こそを何よりも重んじる女こそがこの世 界を支配して、そろそろ男はカラスのディアヴァルの如くに、女の創る世界の忠実なサポートに徹し(略)

これが映画『マレフィセント』の主張だということは、認めます。
しかし、女がこの世界を支配し、男がサポート役に徹した方が、うまくいくかはまだわかりません。

称徳女帝に道鏡、清朝女帝の陰で宦官が力を持ったり、
また、確かに女帝になると戦争は減るような感じはするんですが、重税とか規制の押し付けとか過剰な人権(生き物・自然)保護とそれに対する過重な刑罰とか、政治におけるダーティーな側面は、戦争以外の形で現れるような気もする。

女が世を支配するようになったら・・・という一番優れた作品はよしながふみの『大奥』じゃないかと思います。家光、吉宗など優れた将軍(女)が現れ、理想的なサポート役の大奥総取締役(男)も現れる。赤面疱瘡によってバランスの崩れた社会情勢と必死で戦っている。
『大奥』では、女将軍も男将軍と変わらず優れたものは優れ、愚かなものは愚か。非常に女性に対して平等だと思います。よく女性に対してかぶせられる「ヒステリー」症状すら、男女同じくらいの割合で起こっている。
最新刊では男将軍が復活してますが、それは女帝の傀儡。この漫画の着地点には非常に興味があります。
もっとも『大奥』が結論にたどり着いたとしても、「女が政治を取った方がいい」が証明されることにはなりませんが、『マレフィセント』より冷静で周到に考え抜かれた作品になるんじゃないかと・・・。

ルパン・ザ・ドリーム(実写版『ルパン三世』感想)

September 11 [Thu], 2014, 14:17
期待度★★
満足度★★★★
おススメ度★★★★


実写版『ルパン三世』、観てきました。

もと小栗ファン母子ですから、当然見るつもりではあったのですが、ずっと前評判および、公開後の評判に小さくなっておりました。
オールド・ファンが星の数ほどいる国民的漫画・アニメ。
どう見ても「分が悪すぎる勝負」でした。

小栗君は心熱き演技派なのに、どうしてこんなに漫画原作ばかりやらされているのだろう。
『GTO』『花より男子』『名探偵コナン』『花ざかりの君たちへ』『クローズZERO』『宇宙兄弟』『獣医ドリトル』『岳』もちろんそうでないものもあるけれど、漫画原作の方が圧倒的に多い。
宇宙兄弟でもルパンでも、大泉洋の方がいい、と言う意見も多かった。宇宙は大泉だと思うけれど、ルパンビジュアルは小栗寄りでしょう・・。

普通は観る前に他人の感想は読まないんですが、この映画に関してだけは「辛抱たまらず」ちょっと読んでしまった。(鑑賞後は数多く読んだ)

最初は予想以上に悪評が目立っていた。映画評論家が100点中3点を付けたり、うろ覚えだけれど、「ルパンはあなたの大切なものを盗みます。鑑賞料金1800円です」「最低。みる価値なし」「ルパン映画と名乗らなければ許す」だの。まあ部分的にうなずかざるを得ない意見もありますが・・・・。

しかし、時間がたつにつれて、肯定的意見も増えてきた。
「どんなにひどいのかと思ってきたけれど、普通に面白かった」という穏当なものから、アクションやキャラクターを激賞したものも、原作にとらわれ過ぎずに雰囲気は生かした点をほめるものもあった。
また、ルパンを知らない若い層の、「すごく面白かった!!」「アクションカッコいい!」「小栗旬めちゃカッコいい!」という単純な意見も、とてもうれしく思う。

さて、私の感想を言うならば、
1、キャラクター、アクション、ストーリーなどなど、そんなにひどいわけではない。けれどものすごく良かったわけでもない。
2、自分たちの持てる力を出し切って誠実に一生懸命作られたことに好感を感じる。育てていきたい作品。


至極簡単ですが、上記にまとまります。
若干詳しく、以下に。

【ひどくはない。けれどものすごく良かったわけでもない】

(以下、そんなに罪作りなネタバレはないですが、いちおうネタバレ可能性ありです)


●小栗ルパン

体型、よくぞ仕上げたね!手足の細さ長さは原作みたい。
9等身で小顔で、針金のように細い手足、それが私的なルパンのイメージ。

私が一番心配していたのは、ズボンのお尻や太ももがパツパツだったらどうしよう、ということ。細いズボンにパツパツだったら、そこで一番幻滅しただろうから
(そこですか???そこなんですよ!!!)

ルパンに筋トレシーンはいらないし、ムキムキである必要もないと思うけれど・・・(五エ門にやらせといて)。まあ、それは映画の考え方だから許容します。

一番残念だったのは、頑張って痩せた結果もあると思うんだけれど、しわとほうれい線が目立ったこと。額に出るしわはルパンっぽい(モンキーっぽい)からいいと思うんだけれど、アップになるたびに口回りのほうれい線が気になって・・・・。若い頃の美しすぎる小栗君のビジュアルを思うと、もう少し美顔にも気を使ってほしいと思うのでした(スマン)

良かったのは、表情の多彩さ。
いいオトコの決め顔、余裕の「ニヤリ」顔。
「あらららららら」顔、お宝盗んで逃げるときのしてやったりの笑顔、横目でベロ出し顔。
上目づかいで「ん?」と見上げる顔(額のしわが良い)。
高級ワインを飲みまくる美味しそうな顔、タバコを煙たそうにくわえる表情・・・。
空気が薄まって苦し気になる顔や、金庫の中で気絶して目をつぶった顔にドキッとした。

今思いかえすと、いろんな小栗君の表情がキラキラ記憶に残ってる。アクションの多彩さとともに、映画を豊にしてくれている。引き出し多いね小栗君。
危うくコスプレ大会になるのを免れたのも、やはり主演に一番の功績があると思う。

アクションといえば、冒頭からまさかのバイクアクション。
長い足で盗品担いで逃げるシーン。個人で敵方に乗り込んでの格闘アクションもあった。
優雅な不二子との求愛アクションもコミカルだけどドキドキ。
要塞のような金庫を破る時の、マイケルとのハラハラアクションは手に汗握る。

特にカーチェイスの出来が良くてびっくりした!ルパンたちの小さなファイアットと、敵の乗った大きな黒い外車。ルパンの滅茶苦茶な運転操作が、車のアクロバティックな動きと見事にシンクロ。そして運転してるルパンが敵車に乗り移り、そこで激しいバトル。残された次元たちが「ブレーキ!」「アクセル!」とバタバタしてるのも面白い。そして車の屋根に乗っての五エ門の大立ち回り。
まるでアニメルパンを観てるみたい。実写でこのアニメっぽい、激しくありえなくバカバカしいアクションがやれることに、素直に驚いた。

性格付けは、まあ・・・7割オッケー。
いい加減でカッコつけでお調子者でものすごく頭が良くて、女好き。
これがもともとのイメージだとすると、宮崎アニメは私はあまりしっくりこなかった。ルパンが優しくていい人過ぎたから。
顔も、クールな無表情が決まっていてギャグ顔との落差が楽しい原作のルパンに対し、大口開けて笑っていて決めるときは熱血キャラになるアニメ版は、なんだか普通っぽくて残念だった。

今回の小栗ルパンは、やっぱりいい人で、不二子ちゃんに弱すぎる。アニメ版に近いのかな。
だから原作ファンにはちょっとだけ物足りないけれど、アニメファンのイメージはそんなに損なわれないかな。

大分前に読んだ漫画版ルパンでは、ルパンが不二子をも平気で裏切ることもあった。ルパンと不二子とのベッドシーンもあり、それもお互い策略づくだったりする。なかなかアダルトでビターでそれが痛快なんですよ。
その頃私はまだコドモで、見たこともない大人向けの絵とクールなストーリーにドキドキしたのを覚えてます。

それにしても、今に至までモンキー・パンチの画風は空前絶後。カッコいいんだよね。
今回の役者のビジュアルは、モンキー先生お墨付きの出来だとか。だから映画にも飛行機の乗客役で出演してくださってる。
(あ、山田優も1か所出てました・・・)

久々まとめてドラマの話(2014年7月期もう最終コーナー)

September 04 [Thu], 2014, 14:26

いつも一番多いドラマ関係の記事、ずっと書いてませんでした〜〜。
なにしろ8月、3記事しか書いてなかったんですね。こりゃさびれますわ・・・。

7月期はあまり期待していなかったせいもあり、いい感じに視聴本数が絞れています。(楽でいい)

序盤のドラマ感想の時、
http://yaplog.jp/kinoko2006kun/archive/1334「TBSが気になる」として、三本のドラマをピックアップしました。

そこは期待どおりでした。
視聴率はあまり芳しくなかったかもしれない。
けれど、観た人が感じた充実感は、TBSドラマにたいする信頼の回復につながったんじゃないかなぁ。

【ペテロの葬列】

驚愕の第一回の後は、ややテンポに問題があったかもしれない。
それでも毎回丁寧に描かれた登場人物の心理描写や、宮部作品らしく油断していると「あっ」と言わせる展開がみもの。
「悪(意)は伝染する」という、不気味なテーマが、淡々と描かれる。おだやかで冷静な杉村さん(小泉孝太郎)が、ここ数回静かに揺らいでいく様子など、大味な心理描写の多いドラマの中、かえってドキドキする。妻の菜穂子(国仲涼子)と間野さん(長谷川京子)の描写も、相当怖い。長塚京三演じる老人の凄絶な過去が明かされ、第二のバスジャック事件が発生。目が離せません〜〜!

【家族狩り】

こちらはもっとエグくて、衝撃的な内容で引き込むドラマに見えたかもしれない。
でもそれだけじゃいんですよ。天童荒太としては、『永遠の仔』よりこちら。
もう終盤で、意外な方向から真犯人が顔を出してきたのだけれど、中盤の「主演級の三人(松雪泰子、伊藤淳史、遠藤憲一)みんな怪しいといえば怪しいんじゃない?」と原作読みすら揺るがす上手い展開。画面がおどろおどろしくなく明るめに仕上がり、笑いすら入れてかつ戦慄させ泣かせる仕上げには感心した(レーズンパン・・・)。伊藤淳史、や認知パパと組んで明るい笑いを提供してくれたマイルドヤンキーのキスマイ北山君、評価高まりましたよ!

上記二本、本当によくできた連続ミステリードラマ。毎回こういうのが一本でもあるといいんだけどなあ・・・!「超豪華キャスト」で内容が貧弱な数多のドラマよりずっといいですよ。

【おやじの背中】

TBSのオムニバスドラマ。かなり期待していたけれど、バラツキが激しい。
素晴らしかったのは、
●第1回・・・田村正和+松たか子。岡田惠和脚本。映画みたい。香気もある。

なかなか好きだったのは、
●第5回・・・遠藤憲一×堀北真希。木皿泉脚本。さすがの木皿さん。
●第8回・・・大泉洋×子役。池端俊作脚本。
「今」を映してるからイイんだと思いました。

やや期待外れだったのは、
●第2回・・・役所広司×満島ひかり。坂元裕二脚本。
第1回が良かっただけに、ここでガクッと落ちたのが惜しい。マイ坂元裕二ブームがかなりはっきり終わった・・・・。
●第4回・・・渡瀬恒彦×中村勘三郎。鎌田敏夫脚本。
意図はわかるが共感が来なかった。そんな大声で喧嘩するかなあ。
●第7回・・・渡辺謙×東出昌大。山田太一脚本。
出だしに大いにそそられたけれど、あと何もなし。あちこち心理的に理解できない。

ただ、当たりはずれはあっても、ビッグネームが力を込めた作品というのは面白い。こういう企画はまたやってほしいなあ。日曜の夜にぴったりだと思うし。大御所には、連ドラよりこういう短編の方が力を発揮しやすいのでは?

【アオイホノオ】

これ面白い!面白い!面白い!

島本和彦の自伝的マンガが原作だけれど、なんというか、70年代末〜80年代前半の青春そのもの。
もちろん脚本は日本深夜ドラマの至宝、福田雄一さま!

思い込みの激しい「焔モユル」役の柳楽優弥、暑苦しい顔と演技がベストマッチ。
その他、浦井健治、中村倫也、ムロツヨシなど面白い面々が出てくるけれど、この人たちみんな「大阪芸大生」の役なんですよ。でもなぜかさほど違和感がないのはキャラが特殊すぎるから?

個人的に一番はまっているのは、なんといってもヤスケン(安田顕)!!将来の庵野秀明役なんですよ。思い込み天才のモユルと違い、庵野は間違いなく天才変人。ウルトラマンみたいなシャツを着ている。異様な行動や集中力が、「あ、こういう人だったんだ」と思うほど存在感があって。またパラパラアニメ課題を作ってすら、周囲との差は歴然という才能を見せつける。あのゴワついた中年面で、しっかり学生役に見える!

登場人物誰一人として、ステレオタイプな人間はいない。で、あれだけ変なのに全員リアリティがある!佐藤二朗も編集者役で登場し、ますます盛り上がる!

白井晃の美しき挑戦 『Lost Memory Theatre』

August 29 [Fri], 2014, 12:33

「音楽と芝居とダンス。ふつうはこの3つがそろうとミュージカルができます」(パンフレットより)というが、そうならない新しい試み、『Lost Memory Theatre』を観てきた。

「失われた記憶の劇場」?
観終わって思い返すと、まるでこの舞台そのものがロストメモリーのようだ。
まったく新しい試みであろうけれど、自分の記憶の中にずっと前からあって、ただ長いこと忘れていたかのような、そんな新しさと懐かしさを感じる・・・。

【白井晃×三宅純】

昨年の『ヴォイツェク』に続く、主演山本耕史、演出白井晃、音楽三宅純。という作品。
ヴォイツェクは(感想はこちら)は非常に後を引く、好きな作品だった。だから期待していた。

特に今回は、白井晃がKAAT 神奈川芸術劇場のアーティスティック・スーパーバイザー(芸術参与)に就任してはじめてのプロデュース公演である。
並々ならぬ意欲が感じられた。
白井晃が、三宅純の音楽に共鳴し、この演奏に演技とダンスを加え、誰も観たことのない「試み」に挑むという。

こちらも、『Lost Memory Theatre act-1』を繰り返し聴いて予習していた。
迷宮のような音楽世界に魅せられていた。それは「ヴォイツェク」のテーマ曲に共通する謎めいた雰囲気だった。
♪永遠は一瞬だって、一瞬は永遠だって・・・・

だからなんとなく、「抽象的な音楽劇」になるのかな、とか思っていたが、見るまでは想像はとても追いつかない。


★★★以下、「ネタバレ」はこの舞台には存在しないと思うので、そのまま書きます。★★★


舞台は、客席と舞台が同じ平面にしつらえられている。客席がやや丸くフラットな舞台を取り囲み、中央に上半身のトルソのようなマネキンが据えられ、左右にたくさんの鏡台が並んでいる。床面はチェスの盤面のようなチェッカー。正面の舞台は丸く縁どられ赤い緞帳が下りている。
客席から降りてきた青年(山本耕史)が、女(美波)や不思議な男(白井晃)やダンサー(森山開次)に出会い、舞台上の「Lost Memory Theatre」が本格的に幕を開けると、正面の幕が開き、そこにはびっくりするほど豪華な楽団スペースとなる。「舞台」には楽団しか乗っていない。オーケストラピットとか言う範疇ではない。

簡単にでも物語を紹介したいが、それよりアルバムに添えられた三宅の以下の文章の方が適切だろう。

>「特定の場所と深く結びついている記憶がある。その特定の場所が、予告も無く姿を消してしまう事がある。リンクを断ち切られた僕らの記憶は、どこに迷い込 んでしまうのだろう。どこかに失われた記憶が流れ込む劇場があったとしたらどうだろう?記憶を渇望するブレードランナーのレプリカントのように、そこには 記憶に焦がれた人たちが集まり、その記憶の疑似体験をしていく。
>そこで流れている音楽はどんなものだろう?過去にあった音楽そのものではなく、失われた記憶を喚起するような音楽とはどんなものだろう?」


その「失われた記憶が流れ込む劇場」に、迷い込んだ青年(山本耕史)を中心に物語らしきものはすすむ。自分の記憶だと思っていたのが他人の記憶であったり、迷いは深くなるばかり。そこで出会う女や老婆たちも、自分と同じく迷い込んだ人々なのか、自分の記憶や幻想であるのかもはっきりしない。

白井晃という演出家に関して、これまであまり明確なイメージを持って居なかった。
芸術性の高いマイナーな舞台を演出することもあるが、『ジャンヌダルク』などメジャーな演目をメジャーな配役で演出することもある。役者としても舞台、テレビ(『組!』の清川八郎で初めてこの人を知った)に良く出演するし、バラエティ番組にも出ている。

学生演劇出身なのに、野田秀樹や三谷幸喜などのような目立ち方はしない。
なんとなくクレバーでアートっぽいクールなおじさん(なんだか失礼な言い方でゴメン)というイメージだったかも・・・。

しかし、本作で彼のある「野心」がむき出しになったと思う。
「誰も観たことのない舞台」というのは惹句でも誇張でもなかった。

【ダンサーたち、役者たちについて】

私も正直なところ、観劇中はどうとらえてよいかわからなかった。セリフや意味はあるけれど、物語はどこにもたどり着かず、断片が散らばっているだけのように思えた。それでいて音楽的には非常に濃密な世界が空間を隅々まで満たしている。

ただ、わからないながら、わかろうとする努力は早々にやめた。
演技部分に関しては、舞踏(舞踊・ダンス)を見るようなつもりで見た。

するとダンサーはうまくはまる。四人の白い女性ダンサーは、本格的なバレエの技術で魅了してくれた。
彼女たちは、主に鏡台を倚りしろに不思議な世界を紡いでいた。鏡台を回して全面の鏡にし、舞台に鏡の映り込みを利用して舞台に何度も幻想的な効果を与えた。脇役であり黒子であり、意外に舞台を支配する主役にも見える。(私感)

森山開次は、怪鳥のように翼を広げ、長い髪を翻して楽団席とフラット舞台をバッサバッサと飛び回る。個人的には『サロメ』で見た彼の方が好きだが、今回彼は「芝居・音楽・ダンス」の三要素を柔軟につなぐ役割として場面転換に積極的に関わろうとしたという。
ただ、その雄弁すぎる「ありかた」が、少しだけ突出しすぎたような気もしなくもない。

役者たちについては、非常に難しい役割だと思ったのは山本耕史。
>舞台上に何もせず存在するということは、実はとても大切で難しいことなんですよね。(パンフより)
と言っている。一見耕史君でなくてもできそうな感じがする役だが、白井晃が彼に、というのは、やはり信頼する山本耕史にでなくては任せられない役なのだと思う。

ただ、ファン的視線で見たらフラストレーションがたまる感じがしなくもない。青年と一緒に当惑したまま終わりそう・・・。
また、純粋に舞台的な視点で見ると、ちょっと違うことを感じる。彼の得意なダンスもあるし歌も三曲くらいあるのだが、『ラスト・ファイブ・イヤーズ』や『オーシャンズ11』での歌とダンスに比べると、ここで彼が歌い踊る意味がよくわからない。
いかに歌もダンスもできる耕史君でも、専門の歌手やダンサーとの差は歴然なのだ。

女性役の美波も歌った。一瞬「やっぱだめ」と思うくらいだった。しかし彼女は最後まで歌うことはなく、楽団席からリサ・パピノーが立ち上がり、アルバムから参加している(つまりオリジナルの)楽曲を歌い上げた。役者の歌唱力不足だから最後まで歌わせない、という感じはなくて、歌いだしはストーリー上役者の声であるのが自然で、あとは音楽パートが引き継ぐ領分、という感じで流れが非常に良かったのだ。

だから・・・・耕史君も、さわりを歌いだしたら男声歌手に引き継いだらよかったように思う。(この辺は後でもう一度触れます)

揺らぐメルヘン論 映画『マレフィセント』感想

August 22 [Fri], 2014, 17:44
期待度★★★★
満足度★★★
おススメ度★★★


メルヘンの超解釈ということで気になっていた、ディズニー映画。

アンジェリーナ・ジョリーがとにかく素晴らしかった!
マレフィセントの、実写とアニメのいいとこどりみたいなあの造形。堂々たる存在感。
演技、アクション、表情、どれをとってもド迫力。
大画面からマレフィセントの張り裂けんばかりの悲しみ、悔しさ、怒りがビシビシと伝わってきた。

妖精たちの造形もさすがだし、この世ならざる妖精の国の作り込まれた雰囲気など、映画館で見たことを後悔させない。
美術は、ちょっとグリム童話の暗くて怖い雰囲気を思わせる。
それでいて大きな羽でマレフィセントが低空滑降する様子は、遊園地の3D体感アトラクションのように気持ちがいい。(観たのは2Ðだけど)

基本的に、メルヘンの新解釈というのは好きだし、『眠れる森の美女(眠り姫・いばら姫)』の魔女を主役にしたのもいい。

短めの映画なのに、とても壮大な大作を見たような感じがした。
ストーリーはわかりやすく見やすく、原作を知らなくても十分楽しめる。

けれど、ほめるのはここまでにさせて頂こう・・・。

【地に落ちた「王子様のキス」】

すでに世間でもいろいろ言われているみたいだけれど、私もやはり、この映画も『アナと雪の女王』と似通っていると思う。最近のフェミニズム映画(女賛歌映画?)の典型のように思える。
女性の「力の解放」がクライマックスであり、男は徹底的に添え物。

特に王と王子は救いようがないほどひどい扱い。

キャラクター的に魅力が感じられるオスは、マレフィセントによって美男子に変えられ、あらゆる役目を果たしてくれる忠実なカラスのみ。これがまた思いつく限りの「女性にとって都合のいいオトコ」。従順で、忠実で、優しくて、上からモノを言わないし、

ただでさえ男性の生物学的危機ははっきりしているという。
X染色体に比べY染色体が矮小化しあちこち切れかかり、地球規模で見れば遠くない未来に予想される絶滅が気になっている。
もちろん女性差別は撤廃されたとは言えないけれど、制度はかなり平等化された。家庭や市場においては女性の発言権の方が強く、失業者もホームレスも男性ばかり。なのに女性軍は、いまだに「女性解放宣言」を掲げ、男性の孤城を水攻めにするのか絨毯爆撃をかけるのか・・・。

象徴的なのは何と言っても、徹底的に価値が貶められた「王子様のキス」
ここは『アナ雪』とまるで共同戦線張ってるみたいだ。
王子様のキスを無価値に笑いものにしてしまっている点で。

原作では、「唯一奇跡を起こせるオールマイティーカード」(白雪姫もそうだけど)。もともとは「愛する人のキス」があれば姫がよみがえる、という話のはずが、この映画では王子のキスは結局何の役にも立たない。マレフィセントが探しだした以前の恋人フィリップは、愛の力も足りず、信じる力もない。

「真実の愛のキス」をすることになったのは、(もう見えてるだろうけれど一応反転)マレフィセント

王子様のキスが無価値ってことはどういうことかというと、昔話が教えてくれていた、「女の子はおとなしく耐えて待っていれば幸福(白馬に乗った王子?)が訪れる」という考え方が無価値、ということである。
女も男も自分で人生を選択していかねばならない世界になったんだから、時代とともに変遷していく物語として、これは間違ってはいない。

しかし、その後釜に座るものが、「女同士の愛」(レズではなく、姉妹愛、母子愛)っていうのは、どうなんだろう・・・?

これだよなあ・・・問題は。

以下、ネタバレ反転もしきれないので、そのまま書きます。
ネタバレが困る人は、映画を見てから読んでください。











【フェミニズム論争のたたき台映画?】

それでも『アナ雪』は呆れるほどの単純明快さ、陰影のなさで笑って許せた。

しかし『マレフィセント』は問題提起が多すぎて、もう、大学のゼミで使うジェンダー論の教材として作られたんじゃないかと思うくらい。単純に「良かった」とはちょっと言えない。(アンジーは良かったけれど)

物語は何ゆえ、「二つの国」があった、ということから始まるのか。

人間の国と、妖精の国、ということになっているが、好戦的で他国を侵略することばかり考えている醜い「男の国」と、「戦を好まないけれど魔法が使えちゃう美しい「女の国」ってことだろう(と誰でも思うんじゃないかな?)

男は「鉄」にもたとえられる。強大な力を持つマレフィセントは、鉄に触れるのが弱点なのだ。(男性への拒否感の象徴に思えた)。

男の国は妖精の(女の)国の侵略を目指して攻め込んでくる。
マレフィセント率いる妖精軍団がなかなか手ごわいとみると、マレフィセントを殺したものを跡継ぎにするとまで言う。
なんと王の言葉に応じてマレフィセントを陥れるのは、かつて愛し合った男ステファン。
ヒデェ男。恨むわなぁ・・・。

ステファンは、しかしかつて愛したマレフィセントを殺し切れなかった。殺すより残酷な行為だから仕方ないのかもしれないが、「殺せなかった」ことに全くポイントをつけていないのはわずかに気の毒。
ステファンは殺す代わりに美しく巨大な背中の翼を切り落としてマレフィセントを無力化した(実際はそんなに無力ではなかったが)。
以後マレフィセントは無邪気さや愛や他人を信じる心をなくし、恨み憎しみだけに支配されて生きるようになる(オーロラ姫によって心が溶けるまでは)。

かつての恋人は、王位継承者となり、妃を娶って女の子を産んだ。
祝賀行事に呼ばれていない魔女(マレフィセント)が来て呪いの言葉を吐く。これは童話通りだが、注目すべきはオーロラ姫とマレフィセントの関係。

あれは間違いなく、「母と娘」のメタファー。
かつての恋人が他の女に産ませた子だから憎んでもいいはずだが、なぜだかマレフィセントは、初めからオーロラ姫の笑顔に魅了されているのだ。(「可哀想なほど醜いわね」と言ったのは、魅惑されたことへのわずかな抵抗だ)。

キスの魔法は逆方向にもかかる。マレフィセントはオーロラ姫への愛を「(おでこへの)キス」ではっきり示すことで、自分にかかった呪い(不信・怒り、恨み)を解き、明るい前向きな人生に向かって踏み出すのだ。

ささやかな野望(五十路の雑考第3回)

August 08 [Fri], 2014, 4:31
カテゴリ「五十路の雑考」で、最初の記事として考えていたものは、結局3回かかり、今回が最後になります。
これをアップした後は、もっと気軽に(短めに)続けていくつもりですので、長文ごめんなさい。

◆◆◆

「五十路」カテゴリで書いているうちに、だんだん、自分の個人史と世相史を絡めて語りたくなった。

【老後は蜃気楼のように】

ここ20年くらいで、どんどん「老後」は先送りになっている。
年金受給は60歳から65歳になったが、自分が65歳になった時には、70歳にまた伸びているかもしれない。75に伸びるという説もある。(払うだけ払った年金をほとんど貰わないまま死ぬ人を当てにしている酷薄な政策だ)。
その分定年も延びるとはいえ、働き口はあるのか?「悠々・安心な老後」なんて、死ぬまで来ないかもしれない。

実感としては、砂漠の蜃気楼のように、老後の基準が先に先に逃げているようなのだ。
自分が若くなるわけではないが、世代全体が年々若返って行くようにも思える。
美魔女とまではいかずとも、自分より年上でも異様に若くてキレイな女性が増えた。
いいことでもあるが、若々しい同世代に比べて自分は「努力不足」ということにされるようになってきた(ブスがブスババアになっただけなんですけど・・・)。
この辺は「ありのまま(ブスのまま)」ではダメで、精一杯せめて小奇麗にしないと悪いのである。(林真理子でさえあれだけになったじゃないか、とか言われるし・・・)

一方、ある世代より上の人々は、ずいぶん前から老人の一番下にいて、新入りの仲間がチョボチョボずつしか入ってこない状況にあるんじゃないのかなあ・・・?(むしろ、老人枠から出て美魔女入りするシルバーも居る)

若い頃は当然、40とか50とか、想像もできないくらいの年だと思っていたわけで。当時とろくに変わらぬ女子メンタリティで女子会したり、なんちゃって青春気分を味わったり、人生はやってみないとわからない。

【30代が一番老成していた?】

ちょっと振り返ると、自分が一番精神的に老いていた(老成ではなく、「もう若くない」を意識していた)のは、30代初めだった。

1990年前後だからバブルのはずなのだが・・・。
子供が生まれたばかりで、三年半ほど夫の転勤で九州の片田舎に住んでいたという環境も大きい。
当時(地域性もあろうが)、子供を産んだ女性はあまりジーンズをはかないものと思われていた。
三つ編みをしていたお母さんが、年上女性から「子供じゃないんだから」と非難されていた。(今だときっと意味わからないよね)。

主婦たちは乳児を背負って生協の宅配物を取り分けながら、またはお茶飲みしながら、人生のほとんどを知ったもののように語り合っていた。

「子供に手がかからなくなると、親が倒れて介護に追われるようになるんだよね」「女が自由になる時期なんて、ホントにちょっぴりだよ」
それが常識だった。隔世の感である(一部の人には今も真実だろうが)。
自分に他の主婦にも、もう「老化」はあっても「成長」なんて特にないんだろうと思っていた。(その後勉強と転職を繰り返していることを思うと我ながら驚く)

結婚前は飲みに行ったり遊びに行ったりしていたが、30代になると夫婦だけで遊びに行くことが、なんだか若者の真似をしているオジサンオバサンのような気がして気後れがしたことを覚えている。
これも今ではピンと来ない。テキトーな服で夫婦で居酒屋でもライブでも普通に行く。

今思うととてもすごく不思議だが、思い出すとどう考えても「老けこんで」いた。

【1995年のパラダイムシフト】

曲がり角は、どうも1995年あたりにあった気がする。
阪神大震災の年であり、オウム真理教事件の年だ。
windows95の年でもある。
病気をして「10年生きられたら他には何も望みません」と神様にお願いしたのもこの頃だ。

震災で、日常のもろさを痛感した。
オウム真理教事件は私にとっては、「自分の世代」の顔がはっきりと見えた気がした事件だった。コアとなる幹部の年代は世代的に一緒で、オタク的考え方も似ていた。

win95との関係性は今回初めて思い出したのだが、そこまでファミコンやプレステはやっていたものの、PCなんか触ったこともなかった。
ちょうど病み上がりの頃でもあった。恐る恐るメールから始め、ブラインドタッチをマスターして、すごくステップアップした気がした。携帯も遅めだけど持つようになった。

新たなフロンティアだった・・・それもどんどん変化して進化していく。
年を取ってからの勉強というと、以前はなんとなく、俳句とか趣味の歴史学とか絵を習ったりすることだと思っていたが、やらねばならぬスキルとして、パソコンが現れた。
なんとなく、これに乗り遅れたら痛いことになる予感がした。

時代の変化を刻々感じてきたせいか、意識も変化してきた。
それまでは何となく「なしでいい」主義だった。
私の育った家では、新しいものや流行っているものをすぐ欲しがるのはさもしいことであるとされていた。使えるものを捨てるのは罪悪であり、古いものを長く大切に使うことが褒められていた。(多分、大体の家庭はそうだったと思うけれど・・・)

その考え方は染みついている。テレビにリモコンが登場した時、「2、3歩歩いてテレビのチャンネルを変えに行くことすら面倒になったら人間終わりじゃないか」と子供のくせに警戒したことを覚えている。

結婚してからも「MD?カセットがあるからいい」「カードは怖い。私は現金しか信じない」「ケータイ持ったら人間は自由を失うっていうよ」(←理屈をこねまわすところが今と一緒?)とか言う感じだった。

しかし多分95年以降、「新しいものはなるべく触ってみる」方向に変わった。「迷ったら『やる』ほうを選ぶ」「一度は騙されてみる」主義にもなった。
専業主婦時代に老けこんだのは、バブル期のOA(ワープロやFAXも含めて)に触る機会がなく「置いてけぼり」感が強かったからもある。その反動もあるのかも。

もともとは根っからの出不精の面倒くさがり屋(←自分ですご〜〜くわかっている)。
だから時々「もういいや・・・」と思うことも多い。
けれどなんとか、そんなに金がかからずに楽しくチャレンジできそうなことはやるようにしている。ブログもしかり。PC訓練校に二度も通学したのも、資格マニアになったのもしかり。続かなかったけれど、スポーツクラブで水泳やヨガをやったりもした・・。

幾つになっても、「今までできなかったことができるようになる」と言う喜びは格別だとわかった。
同じ初体験でも、「食べたことがないものを食べる」「見たことのないものを見る」よりずっと嬉しいのだ。この様子だと一生追いかける対象には困らない。
覚える能力の方は確実に衰えが来ているけど(忘れるし)・・・・。

【私の記憶の一番古い部分】

私の記憶の一番古いあたり(多分1960年代初め頃)と今とでは、世の中が全然違う。

もしかしたら、私の全人生期間の(平均だと80年くらいになる?)世の中の変化と、私が生まれるまでの2000年くらいの世の中の変化は、同じくらいになるじゃないかと、真面目に思っている。

記憶の一番古いところにある、切れ切れの情景はずいぶん「大昔」的だ。
明治生まれの祖母に頼まれて豆腐を運んでいた記憶がある。曲げ物(竹細工?)の器に「油紙」を敷いて持たされたものだ。祖母は「油紙を敷いているから水がこぼれないのだ」と言い、私は素直に感心していた。・・・・ラップどころかビニール袋もなかったのだろうか?
豆腐はもちろん、店で大豆を煮て漉して作っていたわけだ。

SMAPの27時間テレビにべったり

July 30 [Wed], 2014, 19:43

世の中に24時間超の特番はずいぶん昔からあるけれど、全部観たことなどない。
どちらかと言えば避けていた。感動の押し売りみたいな企画は悪いけど超苦手だし。見たい部分(ドラマとかね)を録画して見るくらい。
しかし今回全部録画したのだ。珍しい・・・。

7月26日(土)18:00(かな?)夕方〜7月27日(日)21:00までの27時間テレビ
「武器はテレビ。SMAP×FNS27時間テレビ」が正式名称らしい。
個人的に26日は、フル勤務の上夜は「とても大事な宴会」。隅田川と立川では大きな花火大会があり町は騒然。
録画容量も苦しく、WOWOWの椎名林檎ライブのモードを変え、官兵衛は高画質にして、『必殺』まで犠牲にしてしまった。

SMAPファンでもないのに、何だかワクワクしてたのはなんでだろう・・・。
最近ミョーにカッコよくなかったですか?
『HERO』のキムタクは40代でも遜色なく、昔よりいいくらい。高い視聴率で瀕死の月9を救済したのもやっぱカッコいい。
27時間テレビのCFは、全員ボーズの映像にまたドキッとする。
びっくりしたのは前夜のMステ。
あれ、どうしたの?みんなビジュアル近年で最高じゃないっすか。草g君なんか、ここ10年で一番若く見えるし髪型もこれまで見た中で一番いいのはどういうこと?
新曲『Top of the world』はなんと変則7拍子のカッコいい曲。大好きな『シャレオツ』も良かったよねえ!!

SMAPはずっと好きだけど、生で目撃したこともない。CDは海賊版のベストを二枚持ってるだけ。香取君は『組!』の局長だから特別な人だし、キムタクには最近の初夢で私の恋人として登場してくれたのが最高に嬉しかった(この話をすると全世代的に嘲笑されるけど、毎年見たいなあ・・)

・・・と言うくらいの、「好感度の割合高い非ファン」という立場で書きますんで、嵐とどちらが上に居るかとかいうキナ臭い争いにはくれぐれも巻き込まないでくだされ。
裏で鉄腕ダッシュ活動しているTOKIOはいいなあ、と思うし、嵐にだって「もうちょっと頑張ってSMAPを好き勝手やらせてくれ」と思ってる。でも、今回相当に好き勝手にやってたから、これは嵐のおかげかもしれないと感謝。
今年の24時間テレビの方は楽しい関ジャニがパーソナリティなのね。大いに頑張ってほしいと思う。(おお、イイヒト発言になってきた)

誤解を恐れず乱暴に言うと、この春から「落ち目のFNS(フジ)」と「落ち目の月9」と「落ち目のSMAP」(主に番組視聴率とか表紙占有率とかね・・・)あたりがガッツリ組んで、目に見える形で大攻勢をかけている感じがする。

失敗か成功か、と言う以前に、テレビウォッチャーの一人として、このチャレンジングな姿勢には興味を持たずにはいられない。
成功するか大コケするか。「賭け」である。
崖っぷちで全力で勝負に出る男は美しい。
持てる力を出し切って総力戦に臨むのなら、負けてもまた美しいのだ。

実際、そうだったじゃないか。
メインの27曲ノンストップライブは、中居君が何度も座り込み、限界超えてることが見えていた。炎天下のペンギン着ぐるみは、もうみんな笑顔もできないくらいきつそうだった。水泳大会では、惨敗が続いて土下座させられたり・・・アラフォーアイドル、息が上がってるときもあった。
でも、カッコ悪いシーンがあるからこそ、これだけカッコいい!!
♪ヘイヘイヘイカッコ悪いこともくじけずに頑張りましょう

【見た部分だけを、ザックリと】

観た記念にザックリ書きますが、後で読み返すと、後になるほど観る方も盛り上がってる。
まだ見てない部分に、すごくいいのがあったらゴメン。教えて。

○最初の「生前葬」スタイルはアグレッシブな企画で良かった。彼らの再スタートとして、これだけはっきりした形はない。
弔辞はお付き合いっぽいのもあったけど、ミタニンのはさすが。香取君を始めてみた時、「なんて嘘くさい笑顔なんだろう。この子は伸びない」と思ったとか、三谷節だったね。

○めちゃイケベースの『SMAPだらけの水泳大会』は、いかにもありがちなバタバタしたバラエティ。キムタクの体力が早くも落ちてきているか?とやや心配。

○一番ひどかった企画だったのは期待してたドラマ『SMAP解散?(かな?)俺たちに明日はある』。
思い付きだけでやっつけ仕事で作ったのがミエミエ。あれだけ多くのキャストを使って・・・。いくらドキュメンタリードラマと言っても、せっかくだから「解散という選択肢」についても踏み込んで欲しかった。
またはミタニンに頼むとか・・・。

○深夜は、ちゃんと見てないけれど、さんまちゃんのハニートラップとか、キスマイBUSAIKUとか、なんだかダラダラやってたみたい・・・こっちも酔っぱらってテレビの前で寝てたけど・・・。まあここは時間帯も時間帯だし、これはこれでいいのかも。
ジャニーズの中では珍しくSMAPと相性がいいのかキスマイ。中居君がプロデュースした舞祭組(でいいのかな?)の曲は結構好きだよ。今回の勝負も、キムタクと藤ヶ谷のキング対決が面白かった。

○夜が明けてから「朝風呂」でリラックスタイム・・・いろんな温泉を引っ張って来てるのはいいけど、おいおい、日蔭を作ってやってよ・・・。朝日がぎらぎら射す中での温泉だったら、夜明け前の方がはるかにいいと思うけど、文句言わずに楽しんでる、やっぱり彼らはプロですね。(そう、27時間で何度「彼らこそプロだ!」と思ったことか!)

○妙に長かった、「ご当地SMAP選手権」。出演者は相当ボロボロだけど、もし来年もやるなら挑戦者は増えてレベルが上がりそう。高校生の新体操SMAPとか仙台のオペラSMAPとかとりさし(?)SMAPとか面白かったけれど、牛を引っ張ってるだけとか、重機が動いてるだけとか、何だかわからないものも多し。あと、全校生徒が5人とか3人とかがただ歌うだけで高得点を与えるのは「24時間」の方だけにしてほしかった。

○逆ビストロでは、彼らにこの後続けられる体に優しいメニューを、ということで、坂上忍と今田耕司+ロバート馬場。いつも頑張って作ってる彼らだけに、料理への喜び方もさすが思いがこもってた。

その後はどんどん面白くなってった感じ。
○タモリさんとのトークコーナーは、手打ちそばの名店で。
なんと、そばができる間に、5人を横にならせてくれる優しいタモさん。
一瞬目をつぶっただけで「すげえ回復した」と喜ぶキムタク。香取君と中居君は数分だけど寝て(香取君は「眠ったふり」と言ってたけど)、不眠じゃなくて番組は大丈夫なのかと心配になる。でも、5人には一番ゆったりした至福の時間だったかも。
『いいとも』が生活からなくなった後のタモさんとのトークは、なごやかななかにどこかしらしんみりするところもあったけれど、5人とタモさんの付き合いの深さが感じられて、とっても良かった。

○反対に、至福どころか一番地獄感が強かったのはさんまちゃんのコーナー。
あまりに悲惨で面白くて、二度も観てしまった。

映画『思い出のマーニー』感想(ちょっとだけ『アナと雪の女王』感想)

July 26 [Sat], 2014, 5:42
『思い出のマーニー』観てきました。

正直期待していなかった。
観た今でも、ヒットするかどうかははなはだ微妙…じゃないかと思う。
夏季一番の上客である「お子様受け」がするとは思えないから。

でも、個人的にはとても「観てよかった」、と思う。
大人の観るアニメ映画だと思う。(そういう意味では『風立ちぬ』『かぐや姫の物語』に続く路線)
濃密なイマジネーションが喚起された。
ミステリアスな謎は解明されたように見えても、まだまだ水面下(湿地下)に汲み上げきらないモノが残っているような感じがする。(ほとんどは怖いモノ、けれど悲しいモノや美しいモノも)

女の子二人が中心となるということで、『アナと雪の女王』と比べて語られることが多かったように思う。
全然違った。
全然違うんだけれど、どこか「好対照」だ。

【『アナ雪』の短い感想】
期待度★★★
満足度★★★
おススメ度★★★

その前にこの巨大ヒット作についてミニマム感想を書いておこう(書こうと思って書けなかったもののひとつだから)。
意外なのだが、自分の同年代でも大いにはまっている人が多い。
泣いた、何度も観に行った、DVDも当然買う、と言う感じで。

テーマである「let it go(ありのままでいい)」。予告段階から一曲全部何度も聞いていた。
もちろん、「ありのまま生きてOK」なんていうのは「信じていれば夢はかなう」とかと同じくらい(一部の人を除いて)幻想だと私は思ってる。けれど子供たち、大人や友人関係の中で自分を押さえつけられている子供たちへ送るメッセージとしてはOKだ。

しかし、見た人ならだれでもわかるはずなのだが、この歌が歌われるのはクライマックスではなく、「雪の女王」が自分の強大な力を悪い方向に解放し、もっとも反社会的になった瞬間の曲なんですよ・・・見ればわかりますよね?

あの映像は素晴らしい。美しいだけではなく、女王の動作ひとつひとつで周囲が劇的に変わるスペクタクルには圧倒された。
しかしあそこにあるのは、自分の力を無制限に解放する「エロス的快感」で、人道的には罪につながるものだ。歌詞の中には、「善悪なんて関係ない」とか、「嵐をもっと暴れまわらせよう」とかものすごいことが歌われてる。

もしかして、この映画の教訓は、あまりにも個人の才能や個性を認めず閉じ込めておくと、それが一度暴走した時に本人にも制御不能なバケモノになるのだよ・・・・ということじゃないかと私は真剣に考えた。でもそれにしてはあの高らかな全肯定的な楽曲はどうしたことだろう。世間の反応はご存知の通りの拍手喝采!

最後はちゃんとしてる。(一応ネタバレ反転)
女王は山を下りてその力をコントロールし、他人のため(自国民のため)に使うことになった。「ありのまま」のパワーでなく(!!)、抑制されたパワーを使って良き為政者となった。まともな話です。原子力だって、完全に安全で平和利用できるならOKだし。(ネタバレ終)

もう一つ見ていて不満だったのはあの姉妹の心理関係。
両親が事故死してから教育係もつけず別々に部屋に閉じ込めていた、という王室がまず奇妙だ(誰か保護者面して国を乗っ取りそうなものだが)。
一番不思議なのは、あの姉妹関係なら、当然「自分にないモノ」を持っている相手に、強烈な嫉妬や劣等感を感じそうなものだ。
男に愛されたことのない姉は、その日出会った男と結婚を決めてしまい、なおかつ旅の途中で出会った男にも愛される妹に嫉妬するのが自然である。魔法力ゼロで才能にまったく恵まれなかった妹は、超絶な才能を持って生まれた姉に嫉妬しそうなものだ。
性格が歪んでいるのが通常だと思っている私が悪いのかもしれないが、予感されたドロドロがないのも拍子抜け。
あの二人の少女は一人の人間の裏と表、という解釈もあるのだが、人格統一的ではなく「姉妹愛」で終わっているから、その説も頷けない。

面白く感じたところもある。「愛する人のキス」を期待させながら、男を完全に添え物扱いにしたのは痛快。(『八重の桜』にも通じる時代性だなぁ・・・と思った)。
それにしても男子(近国の王子と山男)が、魅力に乏しい。登場した時の王子は好感度抜群なのに、後半いきなりダークになるのが唐突だし・・。

ヒロインの衣装に定番のピンクでなく緑や紫の衣装(昔なら魔女や年配女の着る色。グループなら四番手五番手の色)を使うのも面白い。ヒロインに丹念に描かれたそばかすと、上向きの鼻を与えるのもいい(これは近年のアニメ映画ではよく見るけれど)。

あと、映像と音楽だけでも映画館で見る価値はあると思った。最初の氷を切りだすシーンから、子供時代の「魔法遊び」、雪山での魔法シーンなど、これだけ手がかかっているアニメは見たことがないかも。

(ああ、ごく短く済ますはずが意外に長くなってしまった。ゴメン)

【マーニー、最初の10分はイマイチでしたが】

期待度★★
満足度★★★★
おススメ度★★★★

さて、『思い出のマーニー』。

『借りぐらしのアリエッティ』の米林宏昌監督の2作目。
(アリエッティには、ちょっと変わった辛口感想を書いてるので、よろしければ↓)
多分更年期障害による『アリエッティ』感想

公開間もないので、まだ評判もわからない。原作も読んだことがない。

始まって10分だけ、「失敗したかな・・・?」と思った。

以下、セリフはうろ覚えだから正確さは求めないでください
孤独そうな女の子杏奈が独白する。「この世には目に見えない輪が引かれていて、内側と外側がある。私は内側には入れない・・・」みたいなことを呟いてる。
図画の時間の屋外でのスケッチ(みんなジャージ姿)。杏奈のスケッチはうまい。
先生が「見せてみろ」と言う。杏奈は散々照れて気を持たせるが、先生がスケッチブックに目を落とす直前、そばで小さい子が怪我をして先生は離れていく。杏奈は握った鉛筆を手の中で折るほど悔しいらしい。(見てほしかったんなら素直に見せろよ!)

杏奈は喘息もちで寝込むことが多い。家では養母が心配ばかりしている。お医者さんとの会話は杏奈に関する心配がダダ漏れ(友達がいないとか表情がないとか)。それが部屋にいる杏奈にも丸聞こえ。

なんだよこれ・・・・・。自意識過剰で自己中で、自分からはアクションを起こさないくせに周囲に大事に扱われないことに怒っている。不平不満を隠してるつもりでも他人からは見え見え。まあどこにでもいるつまんない子じゃないですか。
まあ、「私は、私が大嫌い!」と言うのは納得だけれど・・・。
それからリアリティ大丈夫かなあ。声をひそめた会話がそのボリュームで子供部屋に全部聞き取れるって変じゃないの?

しかし、心の中の批評家が出てきて疑いに走ったのは、最初だけだった。

場面はすぐ変わり、夏休み。杏奈は札幌から西北海道(広い湿地があるから釧路あたりかなぁ・・・?)にある親戚の家に行って、喘息療養することになった。

そこからは、なんだかもう、一気。
派手なアクションもなく終始騒々しさのない映画なのだが、引き込まれて最後まで魅入られ、一度も弛みや眠気を感じなかった。

【最大の謎、マーニー】

親戚宅は、自然の中のウッディな広い家。とはいえ本の束が廊下に積んであったり内部は生活感がある。やさしくておおらかな叔父さん叔母さん。
二階にある、巣立った娘さんの広い部屋が杏奈に与えられる。窓を開けると広々とした湿地の眺めは最高。

その湿地の向こうに、大きくてクラシックな洋館がある。誰も住んでいないというが、時に二階の窓に明かりが見えたりする。

杏奈はその湿地とお屋敷に魅入られ、岸辺で靴を脱いで浅瀬を伝い、洋館の近くまで行ってみる。しかし、潮が満ちて家に帰れなくなったりする。

その次は、岸辺にボートが置いてあった。自己流でボートを漕いで洋館に向かう。制動できずに船着き場に激突しそうになったときに、金髪の少女マーニーに出会う。

この物語は優れたミステリーでもあり、最も大きな謎は、「マーニーとは何者か」。
このネタバレについては最後まで明かしませんのでご安心を・・・。
それでも、偏った前印象を与えてしまうことになるので、以下は観てから読むことをお勧めします。






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