『八重の桜』第21回「敗戦の責任」
【正念場の第21回、みごたえあり!】
本放送の先週日曜日に1回観て、かなり持っていかれました。
しかし容赦ない課題提出のため、いったん思いは封印し、6日たった本日土曜日にじっくり見直して書いてます。
やっぱり、見ごたえありすぎ。
山本三郎と神保修理。二つの死が中心となり、これからの会津の悲劇のさきがけになる大事な回でもあります。
脚本家にとっても、正念場となる部分。
三郎の死は、今後白虎隊や(描いてもらえるなら)二本松少年隊たちにつながる。それが主人公の弟であることはドラマ上大きな意味を持つと思う。
少年や若者の死について、単純な美化だけはして欲しくない(太平洋戦争時のアレとかにつながるので)。
そして神保修理の死は、必然的に会津藩内部の人間たちの葛藤を描き出すものになる。この人間ドラマが描けているか、どうか。
見直したときのほうが、はるかに泣いてしまった。
涙をそそる情感もたっぷりに描いているのだけれど、山本脚本にはどこか決してセンチメンタルには走らない部分がある。
人間ドラマが非常に面白かった。
慶喜と容保、修理と官兵衛、それに絡まる秋月、土佐、広沢、梶原、榎本(!)、緊張感ありましたね。
ついでに会津でも、大蔵権八と尚之助、、頼母と萱野と神保父もディスカッション。
錦旗登場のタイミングとか、一瞬一瞬目が離せないほど慶喜の夜逃げっぷりとか、ストーリー作りもうまい。
一方で、史実に対して非常に誠実な態度で臨んでいるという印象も受けた。ちょっとだけ調べたら三郎は負傷後江戸に連れて行かれてから死んだということなんだけれど、この程度の脚色は、許容範囲。
山本むつみ脚本に対する信頼感」がまた強まりました。
八重が主人公とはいえ、「ヒロイン大河」とは一線を画す。中心の三人が、完全に脇の回が続いても、ぶれた感じが少しもしない。群像劇として確立してる。むつみさん、登場人物みんな(特に男子)に、ものすごく愛情を注いでますよね。
修理と容保の関係とか、もうラストは、完全な恋愛ドラマで女子的にはたまりませんでした・・・・!!!
見守る秋月、大蔵などが常にいい「目」になっていて、彼らの目を通じて、事態の進行が眼前で行われている気がする。(良きPBL的演出だと思う)
「大事な回」でなぜかヘナヘナになる大河も多い中、大事な回を高レベルに仕上げてくる山本組、立派なものです。
あらまた、ついほめてばっかり。
今回は、自分が覚えておきたいシーンを、たっぷり抜き書きしちゃいます。
【錦旗登場】
鳥羽伏見撤退後富の森に撤退した幕府軍。
初陣の三郎が土塁の後ろで敵が近づくのを待ち構える。
目の前で行われる激しい戦いに呆然とする三郎。
砲撃手は狙われやすい。狙われる三郎を間一髪佐川官兵衛が助ける。
動けないで居た三郎も我に帰り、右腕の南天の縫込みを触り、八重の声を思い出す。「ようくねらって打ちなんしょ」
三郎も銃を放つ。「命中・・・」
うう・・・・見てられない気分だけれど、ようやく戦闘に入れた三郎。
齋藤と官兵衛も、同じ陣中で随分気が合うようになった感じ。
洋装の大蔵登場。袖口等に赤をあしらった軍服で、髪もオールバック。戊辰戦争の絵巻で見かけるような軍装。
「大砲の戦には、これが動きいいんです」
会津の反撃も始まり、薩摩方では大山巌がちょっと負傷。
初回とか今回とか、敵陣の中にチラッと見える程度なんだけど、反町大山のリアクションは結構印象に残る。
距離はあるけれど、玉鉄山川大蔵と反町大山巌の戦い、ちょっと美々しくて萌え・・・。
ついに錦旗登場。
田中土佐「見たことねえ旗だな」
修理「錦の御旗・・・」
土佐 「いかん!このままだと薩摩方に寝返るものが出る!」
敵方に西郷が見える。錦旗で勢いづく軍勢を黒い和服の軽軍装で指揮。
無表情で情報不足で、心底がまったく読めない・・・。
錦旗効果で幕府軍撤退。
容保と慶喜も衝撃を受ける。
慶喜「あるはずがない。岩倉あたりがこしらえたのであろう。
この人のちょんまげに洋装、なんか似合うなぁ・・・。
慶喜はまた「最後の一騎となるまで、戦い抜くぞ!」とか言ってるけど・・・。
さらに不幸な知らせ。淀藩が寝返る。
修理「わが軍勢の入城を拒みましてございます
譜代の淀藩が、朝敵になるのを恐れた。
慶喜「偽の錦旗に、してやられたか」
文字にすら言霊のこもる国民性。錦旗とくればなおさら。
しかし、戦場のリアリストは、それを逆手に取り、あるいは寝返りの理由にし、あるいは敵前逃亡の言い訳にする。
戦場といっても、劇場なんだなぁ・・・と思う。
数字と計算だけではなく、演出家が勝敗を決する力を持つことがあるんだね・・・。
ここに誠実な秀才が一人、インモラルな秀才に諌言してしまう。
修理「恐れながら申し上げます。このまま戦を続けましては、兵を失うばかりと拝察いたします」
慶喜「わかっておる。ではいかがすればよい。申してみよ」
(言わせるか、言わせるんだね。策士慶喜)
修理「兵たちを率いていったん江戸に戻り、戦略を立て直すべきかと存じまする」
慶喜「江戸に戻る・・・」
慶喜の言葉に正反対の諌言を口にしてしまったのだから、首を切られてもという覚悟で言ったのだろう。深く礼をする修理。
しかし、慶喜は修理の言葉を最大限に利用した。
【雪と神保内蔵助in会津】
雪の深い会津の正月。
八重とみねが諏訪神社に行くと、神保雪が祈っている。(正月なのに人も供え物も乏しく、寂しい境内だ・・・)
みね、また大きくなって子役が変わった(5人目?)。
神保雪がしみじみと言う。
「八重さん、神さまをためしてはなんねえな」
回想の修理。
「運試しなど無用だ。必ず帰ってくる」
罪作りなほどの、修理殿の優しい笑顔。
雪「あの時、落とした石のこと、もし罰が当るなら私に・・だんな様には当てて欲しくねえ」
その後、舅内蔵助の晩酌に付き合う雪。
内蔵助「殿のおそばに修理がお仕えしている限り、会津は、道を誤まることはねえ。わしはそう信じている。親ばかと思うか」
すごい。すごいセリフだよ。ここまで父親に信頼された息子なんているもんじゃない。感動的だ。そしてけして親ばかじゃい。
修理さえ居れば、容保公は大丈夫だったはずなのです・・・。
ベテラン津嘉山正種さんの演技も味わい深い。
目立つ役ではないけれど、会津の月の話や、時々実直な感じで印象が残っている。
会津のそうそうたるイケメン軍団だけではなく、林さん田中さん頼母さんら老兵たちをも、愛情を持って魅力的に描いているから、山本むつみさんに信頼を寄せちゃうんです。
【三郎の最期】
橋本に撤退した会津軍。ここでも兵力的には幕府が優勢だったはずなのだが、勝敗を決したのはまたも裏切り。津の藤堂藩が、大砲を自陣に向けてきた。
大蔵「三郎!後方に回れ」
三郎「ご一緒させてくなんしょ」
大蔵「だめだ!ここは難所。命の捨て場になる。後ろに回れ」
三郎「兄の目のこと、聞きました。山本家の男として、兄に代わって働きとうございます」
(犬っころみたいな目でみられると、大蔵もつらいだろう・・・)
三郎「姉上も、力を貸してくれます」
大蔵「八重さんが・・・」
三郎「これをこさえてくれやした」(また袖の縫込みを触る」
大蔵「南天・・・なんを転ずるか。(大蔵はいつも、八重の名が出ると弱い)わかった!良く狙って打てよ!」
三郎「はい!!」
ところが、味方の藤堂藩が、敵方に打ち込むはずの大砲を会津側に打ち込んできた。たちまち散々に崩れる会津軍。
もう、淀藩許さん!藤堂藩(津藩)許さん!
大砲の勢いで三郎も吹っ飛ばされる。銃が少し離れた土塁の上にある・・・。
手を伸ばし、銃を構えたその時、雨あられと弾丸。
頼むからもう、後ろに下がってよ〜〜〜!あんつぁまも姉上も、弟の名誉の戦死なんか望んでないよ。
いいからもう、子供はもう帰りなさい!!(母親目線)
何度も何度も南天の縫込みを見て、触って、祈るように頭を垂れ、そして顔を上げ、幼さの多分に残った激しい形相で、敵陣へ駆け出す。自殺行為だ。
土塁を越えて出て行ってしまい、的のように討たれる。
大蔵「三郎、しっかりしっせ!」
後方に運ばれ、手当を受ける三郎。
「あんつぁま、か・・・?」
もう、うわごとしか出ない。
大蔵「ああ、ここにいんぞ。よく戦ったなぁ・・・」
三郎「あんつぁま・・・・あねうえ・・・・」
大蔵がずっと手を取ってくれた。抱きしめてくれた。
「三郎。三郎〜〜〜〜!」
この3日間で死んだ、たくさんの幕府軍の一人にすぎないのだろう。わずか二十歳。少年とはいわないだろうが、それでも痛ましい。
【官兵衛と修理】
こちらの涙が乾かないうちに、物語は次の大きな局面に転じる。
官兵衛が修理に詰め寄る
「御宗家に何を吹き込んだんだ!大阪で、戦い抜くお覚悟が、ぬしの進言で撤退に変わったと聞いたぞ!」
修理「戦を続けては、無駄に兵が失われると申し上げただけです」
官兵衛「なら、先に死んだものの命は、無駄になってもいいと言うのか!」
広沢ら周囲がハラハラする。「官兵衛殿」
官兵衛「総大将が出陣すれば、形勢が一気に変わる。ぬしの進言が、その好機を無駄にしたんだぞ!!」
感情論には論理が通じない。つらいよなあ修理。
また横道ですが、官兵衛の描き方にも公平性を感じます。
観てる方には悪印象をもたれがちなキャラだけれど、美化はせず、しかし諸悪の根源みたいには描かず。戦場では凛々しく描く。
「ごめん!」
榎本登場。(山口馬木也、濃くてかっこいいぞ)
「開陽丸を率いて参った。至急上様のお目どおりを願いたいが、その前に戦況をお伺いしたい」
官兵衛「待て〜〜〜っ!」止める秋月、広沢らもいるのだが、官兵衛はとにかく扱いづらい。