盗み聞きするべからず

March 15 [Mon], 2010, 21:21
先日、不覚にも電車内で寝てしまった。
しばらくして起きると私の両隣りにはサラリーマンが座っている。そして私の前にもサラリーマンが一人立っている。

実はこのサラリーマン三人、同僚なのか何なのかは知らないが、共に電車に乗り込んだらしい。会社の話や、最近の仕事上での話題に花を咲かせている。
私は三人に挟まれながら聞くともなくボーっと、寝るんだが寝ないんだか、居るんだか居ないんだか分からないような、「ぬらりひょん」の様なそんなような感じで座席に腰掛けていた。

するといきなり(恐らく彼らにとっては話のまっただ中だろう)、三人の誰かが、
「健太は?」

と尋ねた。
するとまた誰かが、

「健太か〜!?」
と、なんとも嫌そうな声色で答える。

見ず知らずの健太の話になった途端、私は聞き耳を立てざるを得なかった。
「健太」と言った瞬間からの彼らの反応の良さ、なぜか嫌そうな皆の様子が感じられたからだ。そして私は健太に興味を持った。

「健太はな〜・・・・。行ってケンカにでもなったらどうすんだ?」
「喧嘩にはならんだろう。子供じゃないんだから。」
「まあケンカは無いが機嫌悪くなったら、俺どうしようもねえな〜。」
「健太はやめとくかー。」

ほう。健太とやらは嫌われているのか。しかし何故こんなにも健太は嫌われているのだろうか。そして健太は何歳なのだろう。彼らは50代半ばといったところだが、もし健太が新入社員など若い者だったらそれは可哀相じゃないか。健太だって頑張って働いているのだ。おじさん三人に陰口を言われているなんて知ったら、健太、会社辞めてまうぞ。

どんよりとした銀座線車内。私は健太に同情した。
健太。お前は今どこで何をしている。こんなことを言われて。
ところで健太はどういう風貌なのだ。きっと黒髪短髪。少し細身の弱々しい体格。生真面目な学生の様なメガネをかけ、スーツはグレーのストライプ調。ネクタイは紺色で全体的に地味〜なシャイボーイ。だけど見えないところは意外とこだわりがある。お財布はポールスミス、ハンカチだって常に携帯。仕事が終わって家に帰ったらまずガウンに着替えてチェアーに座ってシャンパン片手にチーズを頬張る。ティム・ロビンスの『ショーシャンクの空に』なんかを観ながら飼い猫を膝に乗せ・・・・・・おっと。明らかに妄想の域に入った。
まあ健太は家に帰ったら、明日の取引先との商談のためにパソコンやら資料やらを机一杯に広げ、「ああでもないこうでもない」と試行錯誤を繰り返し、田舎のお袋さんから届いた野菜をトッピングしたラーメンかなんかをすすりながら仕事をしているんだろうなー。もう少し健康的なものをお食べよ健太。
忙しいのは分かるが、お米をお食べ。日本人なんだし。お米は生命の源だよ。


はて。私は頑張っている健太に少しばかり恋心を抱いているのではなかろうか。こんなにも健太のことが気にかかる。不憫だけども一生懸命働いている健太のことを考えると、一人息子を都会に送り出した、野菜を送ってくれたあのお袋さんの気持ちが手に取るように伝わってくる。
上司であろう三人に陰口を叩かれながらも必死に頑張っている健太。


健太、私は応援しているぞ。負けるな!頑張れ!!

私は、真面目メガネの健太に陰ながらエールを送った。



そして、両隣と前方にいるサラリーマン三人に意識を戻す。
この三人のおやじは。頑張っている若者に対してよく無礼な台詞を吐けるものだ。

そう思うや否や、耳を疑うような台詞が飛び込んできた。
「じゃああんまり変わんないけどマックにしとくか。」

・・・・・?


「マックは前も行ったから大丈夫だな。ケンタがダメならマックって言うのもなんか貧乏くさいけど、まあ良いか。わははははははは。」
一同「わははははははは。」


・・えっと・・・。
「マック」って人名では無いよな?ケンタからのマック。


・・・。明らかにケンタッキーフライドチキンは嫌だからマクドナルドにしようっていう流れではないか。

私がエールを送った健太は?
恋心を抱いた健太は?
田舎から上京してきた健太はどこに?

彼らは最初から「健太」という人の話ではなく「ケンタ」という目的地の話をしていたのだろうか。
ケンタッキーフライドチキンの「ケンタ」に行くとか行かないとかの話だったのだろうか。



・・・・私の恋心が脆くも崩れ去った瞬間であった。


私は、ケンタッキーについて話したい時は「ケンタ」などとは言わず、「ケンタッキー」と言おうと、深く、心に誓った。


妄想乙!
なんて言うのは思うだけなら自由だが声には出さないでもらいたい。