ショップガール Shopgirl  アメリカ 2005 

September 28 [Fri], 2007, 21:14















コメディアン、スティーブ・マーティン原作の小説の映画化。
田舎からでてきたアーティスト志望の主人公はLAの高級デパートのドレス売り場で手袋を売っている。友達も彼もなし。仕事が終わったら車で家に帰って寝るだけ。半年に1度しか絵は仕上がらない。退屈な日々を過ごしていると、金はないけど夢はある若者と、金はあるけど父親くらいの年齢の男が現れる。学資ローンに追われる主人公はスティーブ・マーティン演じるおっさんと付き合い始めるが、やがて大事なことに気づく。みたいなことがDVDパッケージに書いてあって、ありがちなコメディかと思いきや、なんだか妙な映画だった。

全体のトーンというか、展開する速度が妙にぼやーんとしているのだ。オフビートになりきれていないのか。主人公がおやじを選ぶのも、まあローンがあるのはわかってるけれど、そっち?と不思議に思ってしまうし、いまいち登場人物の感情がわからないので、行動が唐突に感じてしまう。行間を読むように、と作ってるつもりかもしれないけど、なんか足りない!たまにはさまれる、おやじの心情を説明するステイーブ・マーティンのヴォイスオーヴァーもなんだか拍子抜け。思うに敗因は、彼がコメディアンなのにシリアスな役をやっている、という点にもある。コメディ俳優が、いかにもなコメディしかやれない、ということではない。でもスティーブ・マーティンってド・コメディアンだよね?なんかあるに違いないと待ってしまったじゃないか。

一方なにげに(これもなぜだかわからん)主人公を思い続けている若者演じるジェイソン・シュワルツマン。ロックバンドのツアーについていくという設定になっていて、自身もなんだかバンドマンぽい、と思っていたら、実際バンドをやっていたそうだ。独特のとぼけた台詞まわしがいい。この映画の見所。調べると、フランシス・コッポラの甥だそうで、ニコラス・ケイジとも親戚。ソフィア・コッポラの映画にもでてる。

全体的に、ありがちなストーリーをちょっとひねってみせようとして輪郭がぼやけているような映画。一番首をひねったのが、主人公のクレア・デインズが全然魅力的でないこと。顔とかじゃなくて。OKしか言わないし、典型的に退屈な人、という面しか見えない。主観かなー。

シッコ Sicko 

September 28 [Fri], 2007, 20:48








アメリカ国民の20%が何の保険にも加入していないという事実はあまり知られてないかもしれないが、アメリカ人の友人が、いくつも保険に入らないといけないとこぼしてるのを思い出した。保険に加入してないとどうなるか?もちろん全額負担である。たとえば作業していて指を2本切ってしまったとする。病院からは、中指がいくらで、薬指がいくらだが、どうするか?とたずねられる。映画で取材された人は、結局安いほう1本だけを接続することにした。いくらか忘れたけれど、大金だ。
治療費が払えない患者を病院が持て甘したときは?タクシーに乗せて運転手にはほかの病院の住所を教え、そこに着いたら、患者は裸足のままで歩道にポイと投げ出されるのだ。監視カメラが撮った映像はあまりにリアル。
保険業界では、保険適用の判断をする医師が、不適用にすればするほど報酬をもらえるという仕組みになっているという現実も。

保険に加入するのも、実際適用されるのも厄介なアメリカの悲惨な現実を踏まえ、さて海外ではどうでしょうか?とお隣のカナダを訪ねると、カナダは国民皆保険制度である。どんな治療であろうと無料。これはイギリスもフランスも同じ。ムーアが実際各国を訪れて、彼がこの映画の観客を代弁するかのように、ほえー、うーむ、ああもう聞きたくない!と耳を塞いだりして混乱する。カナダでは、話を聴いた相手に、あなたは社会党支持者ですか?と聞く。相手は違いますよ、と答える。私は保守党支持者だ、と。そこでまたムーアはため息をつく。アメリカ人にとって、国民が皆平等に扱われること自体が、悪の制度、社会主義だ!という連想につながるのがすごい。ノーム・チョムスキーが長年叫んでいる、政府によるプロパガンダがあまりにも成功している現実が浮き彫りに。イギリスでムーアが話を聴いた相手が、「国が国民を統制するには、彼らに恐怖感を植えつけることが有効だ。恐怖にさらされた民衆は、上にたてつく気力がなくなる」と話していたのが印象的。アメリカ政府はひとつの企業みたいなもんだ。とにかく金儲けに忙しい。

実際、国民皆保険制度は、かつてヒラリー・クリントンが実現しようと動いていたことがあったらしい。それも、保険・製薬業界に金で潰されたみたいだけれど、彼女が大統領になったらどうなるんだろうか。日本も例外ではないし、これからどうなってくんだろうなと思うと、あまり明るい未来は描けないな。

スキャナーダークリー A Scanner Darkly (2006 米) 

June 29 [Fri], 2007, 18:00
 「ブレードランナー」などその著作が多く映画化されているフィリップ・K・ディックの原作「闇のスキャナー」の映画化。原題をきくと、なんだそれ?という感じだけど、7年後の近未来のアメリカで蔓延する新種の麻薬、物質Dを追うおとり捜査官が、自身も中毒になってしまう。その裏には悪魔的な仕業が・・。どこにでも超ハイテクカメラがある監視社会の恐ろしさや、どの人間も信用できなくなってしまう様は、ジョージ・オーウェルの「1984年」にも通じる。
フィリップ・K・ディック自身の中毒体験を踏まえて書かれたもので、監視される生活についても、実際にアメリカが疑心暗鬼になってあらゆる人々を監視していた時代、ディックも政府によって家宅侵入されている経験をもとにしている(情報公開の徹底しているアメリカでは、CIAやFBIの活動記録が公開されれているそうだ)。

写真は、映画のためのスチールではなく、全体が、実写のうえからアニメーターが絵を重ねて描いたアニメーション。実写をとって、アニメーション化もして、ととっても手のかかったつくり。キアヌ・リーブス、ウディ・ハレルソン、ウィノナ・ライダー、そしてロバート・ダウニーJrという濃い面々。ロバート・ダウニー・Jrのくどいこと・・。最近復活してるみたいでいろいろでるみたい。てかこの人自身ドラッグ中毒で休んでいたんじゃなかったかしら。ウィノナ・ライダーもアル中かなんかでしばらくでてなかったし。
台詞がウイットに富んでいてそれでいて、中毒者特有の空回りで執拗な会話がうまい。とくにロバート・ダウニー・Jrの台詞まわしは芸達者。アニメーションのために顔の表情をおおげさにしたというけれど、冒頭で、虫の幻覚をみるフレックを演じるロリー・コクランという俳優がすごくいい。

麻薬撲滅に躍起になってどんどん非人間的になる社会、というすでにはじまりつつある近未来を、この映画ではたった7年後に設定しているのが恐ろしい。アメリカは変化の激しいところだから、あながちSFでもないかもしれない。

カポーティ  

June 15 [Fri], 2007, 21:54
アメリカの作家トルーマン・カポーティが、当時珍しかったノンフィクション小説を書くために、ある死刑囚と関わることになった実話を映画化した「カポーティ」。フィリップ・シーモア・ホフマンが、喋り方や外見を本物のカポーティにかなり似せて演じているというもの。少ない台詞が的確でよく練られている。俳優たちもどのポジションでもしっかりはまっていて気持ちいい。警部役のクリス・クーパー(アメリカン・ビューティー、アダプテーション)が登場シーンは少ないけれど、すごく印象的。この人の話し方って、ミスター・USAという感じで格好いい。カポーティの親友を演じるキャスリーン・キーナーもすごく素敵。好きな俳優たちがでていて、それぞれが活きていれば、もうそれで観ていて満足してしまいがち

カポーティは「ティファニーで朝食を」で有名な作家で、社交界にも顔の通じるセレブリティだった。彼がある一家惨殺事件の犯人である死刑囚を取材して小説を書くのだけど、自分の名声を上げたいために、事件を、さらにはその死刑囚までを利用している面と、自分の不幸な生い立ちを彼の孤独な人生と重ねてしまい、感情移入していく面の両方が描かれていて、複雑な人間性がくっきりでてしまう。彼の作品は繊細で、その才能は広く認められているし、当時まぎれもなく一番美しい文章を書く作家だったけれど、そこに人間性の深みは感じられない、と、同時代にやはり犯罪事件のノンフィクション(死刑執行人の歌)を書いた作家ノーマン・メイラーは語っている。たしかに映画を観てても、自己顕示欲が強く、自分勝手な性分が、やんわりとにじみてている。彼の小説の影響もあって、どんどん刑期が伸びてしまい、もし死刑にならなかったら、小説を書き終えられないために、数年が無駄になってしまう・・と死ぬほど心配する様子をちゃんと描くあたり、主人公を「なんだかんだいって良い子」に終わらせないところが面白い。
ちなみに、ノーマン・メイラーがネタにした殺人事件で死刑となった人物の実弟が書いた「心臓を貫」は、なんの掛け値もなしに素晴らしい小説です。なんの躊躇もなく激しくオススメします。一家と、その家族の数代にわたる呪縛。アメリカという国の特殊な生い立ちの匂いがぷんぷんします。

サムサッカー Thumbsucker (2005 米) 

May 04 [Fri], 2007, 11:26

17になっても指吸いの癖が治らない内省的な主人公。元フットボール選手で怪我のためにプロを断念して以来卑屈になっている父親と、刺激を欲して何が悪いの?と、好きな俳優に近づこうとする看護士の母、世話のやける兄のせいでクールなしっかり者の弟らの家族や、まわりの人間との関係がさわやかに淡々と描かれる。しかし、学校で、心的障害があると判断され、ためしに薬を飲んでみたら、すごく気分がよくなり、いきなりハイパーになってしまう、という展開がなんだか拍子抜け。でも、うつ病やらの障害が認知されているせいか、子供でも、ザナックスとかの抗鬱剤のことを知っているのが、アメリカらしい。問題があれば薬で解決、とてっとり早い方法を試すのに抵抗がない。

主人公の、ティーンらしい可愛らしさや、同じディベート部の女の子に恋心を抱くところなど、静かできれいなシーンもけっこうあるけれど、それよりもヘンに笑えるシーンのほうがどうしても印象的。まずディベート部の顧問を演じるヴィンス・ヴォーン。この人ってもうコメディの世界でしか観たことないからか、この中途半端な存在感がどうも居心地悪くて可笑しい。極めつけは、行きつけの歯科医演じるキアヌ・リーブス!主人公の歯は、指吸いが原因で、なぜ指を吸ってしまうのかは心のせいなのだ、と、いきなり主人公に催眠をかけてしまう、妙にまじめなスピリチュアル志向。ああでもないこうでもないと、真実を探す旅を続けている様子で、最後には、「人生に答えなんてないんだ。答えがなくても生き抜く力が必要なんだよ」という締め。まったくその通り、なのだがキアヌに言われてもなあーと思ってしまうのがこの人のいいキャラクターだと思う。こういうオフビートな使われ方が、彼は一番面白くなると思う。

一番のずっこけは、父親が指吸いをやめさせようと、息子の親指に、自分の名前の頭文字をMFCとペンで書いたのを、彼が恋する女の子に見られたとき。指吸いのことを知らない彼女は、これどういう意味?と聞いたとき、彼はとっさにmotherfucking cocksuckerと言ったのだけど、字幕が「マカフシギ」・・。こういうのって苦労するようなあと思うけど、なんかほかになかったのかと思う。

アモーレス・ペロス (2000 メキシコ) 

May 04 [Fri], 2007, 10:31

メキシコシティーを舞台に、3つの物語がひとつの交通事故でつながる群像劇。どのストーリーでも、愛情をもてあますあまり、一人よがりになったり、相手を思っているのに、それとは反対の方向に進まざるをえない不条理がテーマになっていて、とても現実的でリアル。撮影が素晴らしくて、俳優たちの演技も実に活きている。構成もたくみで、すごくよく出来ている映画。

とくに、元活動家で、暗殺とごみ漁りで生計をたてている老人を演じる俳優がすごくいい。ガエルも、出演作の中で一番見ていて面白い。タイトル通り、愛と犬が中心なのだけど、どのエピソードでも犬が重要な役を果たしている。怪我をした犬や死んだ犬がたくさんでてくるが、この犬たちは、タレント犬で、クーラー付きのトレイラーを使っていて、人間よりも丁寧な扱いを受けていたとか。

アマロ 神父の罪 (2002 メキシコ) 

May 04 [Fri], 2007, 0:55

若く将来を期待される神父アマロが、敬虔な教徒である美しい16歳の女性に恋をし、神父としての掟を破ってしまう。原作は1857年に書かれた小説で、映画は舞台を2001年に設定している。
アマロは、聖職者でも妻帯を認めるべきだと考えているが、神父としての出世や天職と信じる仕事を手放す気はなく、相手の女性に悲劇が起こる。進歩的な考えを持ち、心底人々のために尽くしたいと思っている主人公だが、結局本気の恋、ではなく、ただの肉欲と親愛的感情を持っていただけにすぎない。19世紀と変わらず、無責任に妊娠させておきながら、中絶はヤミ医者にやってもらわなければならない状況や、聖職者の腐敗など、今も昔も変わらない宗教社会が垣間見える。これも「キング 罪の王」と同じで、登場人物に感情移入するというよりも、社会を描いた映画。映画としての面白さには欠けるが、ガエルの出演作選びの傾向がみえて面白い。出演者ははじめて見るメキシコ人俳優たちだけれど、みんな印象深い。
神父が現代社会の風潮と、聖職者としての規律のあいだで悩む様子を、きわめて感情豊かに描いたイギリス映画に「司祭」(ライナス・ローチ、ロバート・カーライル主演)がある。こちらのほうが映画としてはかなりよくできているなあと思う。

キング 罪の王 The King (2005 米・英) 

May 04 [Fri], 2007, 0:27

海軍を除隊して、会ったことのない実の父親を訪ねるが、牧師である父親に拒絶される。彼は父親の娘に接近して彼の家庭をしずかに、とことん破壊していく。一見、聖書やシェイクスピア的なリベンジともとれるけれど、主人公の感情をみせないたんたんとした様子もあって、いかにもな復讐劇にはならず、現代の社会風刺という印象が強い。雰囲気はもっと静かだけれど、「タクシードライバー」を思い出させる。
牧師の父親は、日曜礼拝で、バンド演奏をまじえながら、派手なスピーチをするキリスト教原理主義者。原理主義とは、たとえば、ダーウィンの進化論を否定し、すべては神の創造物であり、それを学校でも教えるべきだと真顔で言う人々。アメリカではこの主張を信じる人が怖いくらい高い割合でいるらしい。
ガエル・ガルシア・べルナル扮する主人公が罪の意識を感じてないのが腹立たしくなるかというとそうでもなく、ただ本能のままに行動しているだけで、激情しないところが、見ていて怖いかというとそうでもない。登場人物の感情描写はほどほどにおさえることで、映画の中で起きる出来事や社会背景をより冷静にみせている。

天国の口、終わりの楽園 Y Tu Mama Tambien (2001 メキシコ) 

April 20 [Fri], 2007, 22:36


ティーンエイジャーのフリオとテノッチが、退屈な夏をぶち壊すべく、年上の人妻ルイサと3人で、うそっぱちの楽園ビーチ、“天国の口”をめざすロードム−ビー。若くて犬のようにじゃれ合う、たばことマリファナとセックスまみれの2人に感化されて、ルイサもだんだんオープンになってゆく。エスカレートしていった先には・・。旅の後日談が静かで穏やかで、少し物悲しい。

ガエルがロンドン留学中に出演が決まり、監督から、相手役を選らんでいいと言われ、幼馴染のディエゴ・ルナ(右)と共演することにしたというくだりから、作中の二人の意気投合ぶりが納得。会話も、身体的絡みも、これ以上ないくらい自然で、まるでNBAの試合で華麗な連携プレーを観てるような気分に。若くて怖いもの知らずで、身軽な感じが、リズミカルなスペイン語(あたりまえだけどスペインのスペイン語とかなり感じが違う)とあいまって、観てるこっちも体が軽くなるような。いきがっているけれど、まだまだうぶなところの残る少年たち。このくらいの年齢ってかわいいな。ガエルはなんだかきゃっきゃしててお猿のよう。体格も違う二人はなかなかのコンビだった。

喧嘩したり嫉妬したりの、微妙な道中で出会う人々や風景がが何気なく織り込まれていて面白い。車に轢かれた遺体や、道端で警察に捕まっている人々、出店のおばあちゃんのひ孫の悲劇、漁師の行く末など。貧富の差が激しく、政情も落ち着かない国がのぞいて見える。
ビーチもすごくきれい。楽しいのが、ビーチに張ったテントが、豚の群れにあらされるシーン。おっぱらわれてすごすごと去る豚の群れの足跡たちがかわいい。

旅が終わったあとの展開が意外にしみじみとしていて印象的。英題は、多分原題の直訳だと思うけれど、And your mother too。観る前はなんだろ?と思ったけれど、会話の中にでてきます。他愛ないのか、いいかげんすぎるのか・・。10代特有のセックス観?

恋愛睡眠のすすめ The Science of Sleep (2006 仏) 

April 20 [Fri], 2007, 22:22
邦題が気に食わないので原題にしてみたけれど、「恋愛睡眠のすすめ」の試写会に行ってきました。上映前のトークショーは、SHIHOとかのお手軽なタレントがでてくるんだろうなと思ったら、同類の梨花でした。そんなことはどうでもよく。

今回はミシェル・ゴンドリー自ら脚本も書いてるというのがこの映画の大きな特徴。最初全部英語だと思っていて、脚本英語で書けるのか??と思ったけれど(彼の英語はオリジナルでわりとぎこちない)、舞台はパリで、主演のガエル・ガルシア・ベルナル(メキシコ出身)に合わせて、スペイン語のネイティブで、フランス語はあまりできないので英語で生活する、といううまい設定になっている。この外国語で生活するというところは、ゴンドリーがNYで暮らしはじめて、さまざまな言葉のせいで生まれる誤解などの経験が生かされてるのだそう。今までの彼の作品とまた違って、100パーセント、ゴンドリー色で溢れる、かなりパーソナルな内容に仕上がっている。

フランス映画際での来日インタビューを読むとわかるけれど、彼がつくるミュージックビデオの多くは、実際に見た夢がインスピレーションになっているそうで、この映画も、主人公は冴えない現実から離れるべく、願望直球の夢をたくさんみて、夢と現実が交錯していく。何がなんだかわからない、まさしく夢の世界のようなお得意の奇天烈なシチュエーションがどんどこでてきて、演じる俳優たちはこれに着いていくのは大変だったろうなぁと思ってしまうようなシーンも多々あり。夢の中では意中の彼女に対等に接することができるのに、現実では煮え切らない、かといってもじもじしてるわけでなく、あれやこれやと彼女と一緒に遊んでるのが、どうにもこうにも子供じみていて笑える。

私は正月にゴンドリーのミュージックビデオのDVDに収録されていた「永遠に12歳」という彼のドキュメンタリーを観ていたせいで、主人公がまるっきりゴンドリー本人としか思えなかった。実際に彼の中ではそういう設定なのだろうけど(ガエルという相当正統に魅力的な俳優に演じさせてるのがまた笑える)。ほんとに12歳すぎて、かなりかわいいのだけれど、実際にこういう人がいたらどう思うだろう??(ガエルみたいにグッドルッキングでなかったら??ゴンドリーみたいなおばちゃん顔だったら?好きだけど)。一人よがりでやたらハイパーアクティブで自己完結気味な男。おまけに、彼が恋する女性が独身主義を標榜するような人なので、このギャップがいいシャルロット・ゲンズブールはすごく男っぽくて、かつての乙女的要素が影を潜めていたのが良かった。ガエルは感心するくらい役にハマっていて、言葉のせいもあってか、真剣にコミカル。すごく素敵な俳優だなあ。主人公の職場の人間たちもかなり光っていた。妙に小柄でヴァンサン・カッセルに似てるが浮浪者風の同僚やら、重要なバイプレーヤーたちで、隙がない。この言いたいことをお構いなしに言いまくる空気がいい。

トイレットペーパーの芯で作られた街の映像やら、ダンボールで作られた(ように見える)車やら、絵的な楽しさもさることながら、個人的には言葉に反応しました。言葉遊びも随所に見られる。主人公が、彼女と話してるときに言ってしまう妙なことも、母国語ならその状況では言わないんじゃないか、とか、外国語で話してるときのもどかしさやら。好きな女の子に対するどたばたした彼の行動も言動も、私はなかなか愛しいというか、とても好意的に観ることができた。ゴンドリーの、こういうストレートで大げさなところを素直に見せることができるとこが大好きだからだろうか。自分はできないのでうらやましい。でも観る人によってはイライラするかもしれないが。

「永遠に12歳」を観てればいろいろ納得なのだけれど、先入観もなにもなしでこの映画を観たら、わけわからないという感想も多いかもしれない、という点で、あまり一般受けする映画とは思えないエターナルサンシャインで知名度が上がったのだろうけれど、あれほどストーリーが洗練されているとはけして言えないので。トークショーの司会の人が、シャルロット演じる女の子がしっかりしすぎてて、ちょっと、と言っていたけれど、その意味がわからなかった。彼女も、主人公の遊びにわりと着いていけるほど変わってると思ったけれど、独身主義という点で、隙がないから面白くない(お手軽じゃない!)という意味なんだろうか。fuck thatて感じですが。

夢と現実が実は平行していることがあるという、パラレルなんとか(忘れた・・)という言葉を主人公が発していたり、カオス理論がなんとか、とぶつぶつ言ってたりしているのは、原題の睡眠の科学と関係している。バタフライ・エフェクトなんてのもありますね。とりあえずロマンティック・ムービーと方向付けたい邦題とは、観たあとの感覚が遠い。私はゴンドリー本人がめちゃくちゃ面白い人だと思うので、とても好きな映画だったけれど、これは観る人によってかなり分かれるかもしれないな、と思いました。でもガエルくんを眺めるだけでも楽しめそうです。このあとはダニエル・クロウズ脚本の監督作も製作されるらしいけれど、これは楽しみすぎて怖い。どちらの個性もうまく結合してるといいなぁ。