「こうぜい」と「かづらき」に寄せて

July 06 [Sun], 2014, 7:59
「和字書体三十六景」の最初を飾る書体は「あけぼの」と「やぶさめ」である。
「あけぼの」の原資料は『御物本倭漢朗詠集』(株式会社便利堂、1992年・11版)および書道技法講座『粘葉本和漢朗詠集』(大石隆子編、二玄社)である。藤原行成(ふじわらのゆきなり)筆と伝えられているが、確証はまったくない。この時代には、行成と同じぐらいの力量をもったひとが多くいて、そのなかで能書家としていちばん名が通っていたのが行成だったために「行成筆」と伝えられているのだろう。現在でも初心者の絶好の書の手本とされているように、癖がなく、奇をてらうところもなく、すべて整っている。最も品格の高い代表的な書風である。



「やぶさめ」の原資料は『御物更級日記 藤原定家筆』(笠間書院、1999年)である。藤原定家(ふじわらのさだいえ)の書は「奇癖」「悪筆」という評価であったが、近年、力強い書き振りとして評価されるようになった。定家の書蹟は必要に応じて書かれたもので、「読ませる」ということを目的にしており、「書かせる」というためのものではなかった。だから正しく書くことについてのみ注意をはらっていたようである。自分の仕事に適した実用速筆体といえるものだった。



「あけぼの」と「やぶさめ」は、本文用を視野に入れて制作した書体である。したがって、それぞれ単体のひらがなを抜き出して、デジタルタイプとして再生した。書物のカバー・デザインなどでも使用され、好評を得ている。
 その後、『粘葉本和漢朗詠集』を原資料とした「こうぜい」、藤原定家の書跡をベースにした「かづらき」が発表された。どちらも、最新のフォント・エンジニアリングを駆使してプロポーショナル(文字ごとの固有の字幅)やリガチュア(合字)が実現されている、意欲的な活字書体である。

「こうぜい」は、東京タイプディレクターズクラブが主催する東京TDC賞2014で、タイプデザイン賞を受賞した。伝藤原行成筆『粘葉本和漢朗詠集』の研究をもとに、文字のつながりを自由にコントロールできる和字書体(漢字数文字を付属)である。
 宇野由希子さん(現在字游工房)が書体をデザインし、独自のフォント制作ツール開発を含むエンジニアリングを山田和寛さん(現在モノタイプ)が手がけた。宇野さんが学生時代に、日本の書における文字のつながりに着目して卒業制作として制作したものがベースとなっている。
「あけぼの」とはことなり、「こうぜい」では文字のつながり方に注目をしている。ひらがな50音それぞれに4パターンの選択肢が用意されている。その4パターンは連綿体ではなく、「意連(意識のつながり)」が着目されている。それだけではなく、リガチュア(合字)や、いわゆる変体仮名も用意されている。
「こうぜい」という名称は、「行成様(こうぜいよう)」(藤原行成の書風。世尊寺様ともよばれ、平安時代に広く用いられた)に由来すると思われる。

一方、The Type Directors Club (New York, NY)で、2010年の審査員賞を受賞したのが、アドビシステムズの西塚涼子さんデザインの和字書体「かづらき」(漢字1000字を付属)である。
西塚さんもまた、学生時代に藤原定家の書風に触発され、卒業制作として取り組んでいる。大学卒業後も制作を続け、2002年のモリサワ賞国際タイプフェイス・コンテストで銀賞に輝く。その書体をベースに、アドビシステムズのフォント開発チームの協力を得て制作したのが「かづらき」である。
「かづらき」は、プロポーショナル(文字ごとの固有の字幅)を縦組み用、横組み用双方に実現させているのはもちろん、「やぶさめ」にはないリガチュア(合字)もデザインされている。OpenTypeフォントの機能によって、特定の文字の組み合わせに対して自動的に連続した形のリガチュア(合字)で表示することも可能であるという。
「かづらき」という名称は、定家が詠んだ歌「歎くとも 恋ふとも逢はん 道やなき 君葛城の 峰の白雲」に由来している。

「こうぜい」も「かづらき」も、女性のタイプフェイス・デザイナーの手によるものである。まさに「女手」である。世代は違うが、宇野さんも西塚さんも、学生時代からじっくりと真摯に取り組んできていることに好感が持てる。
 おそらく、「あけぼの」と「やぶさめ」は何の影響もあたえてはいないだろうが、このようなテーマに若い人がチャレンジしていくことは喜ばしいことだ。タイプフェイス・デザイナーとして今後の活躍が楽しみである。応援したい。
 そして「あけぼの」と「やぶさめ」同様に、「こうぜい」と「かづらき」も、ひろく使用されることを願っている。
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