はじまりのおわり。 

April 28 [Fri], 2006, 14:13
いろいろとあったこのブログでしたが、今日で閉幕となります。

なんだかんだで一年間続いたことに自分でも驚きながらも、「書く」という表現の楽しさや苦しさ、難しさ、読んでくれる人がいるといううれしさに、会ったときに感想言ってくれる喜び、と様々なことを教えてくれた場所でした。

このブログを始めようと思ったそもそものきっかけが、「将来をさい悩む少年の軌跡」であり、その将来が決まり、それに向かって前に進み始めた今、このブログを続ける必要はないと判断し、閉幕することになった次第です。

それでも、「書く」ということは楽しく、これからも続けていきたいと思っているので、以下のアドレスで新たにブログを開幕することとなりました。

書く内容やスタンスは変わらずに、ただつらつらと書いていこうと思っています。よろしければ、お付き合いください。

   http://kimitoboku.typepad.jp/the_song_vs_the_world/

舞台は映画ではない。 

March 01 [Wed], 2006, 15:31
舞台は映画ではない。

当たり前だけど、これは大切なことだと思う。そして僕は、舞台に行くときは映画に行くときよりもテンションが上がる。それは「生=ライブ」というの醍醐味を味わいたいからだろう。

舞台では、今、この瞬間、目の前で行われている演劇を観る。演じているほうも真剣であるし、観ているほうも真剣である。
演じている人は、台詞をとちることは許されない。例え、度忘れをしたり、かんだりしても、そのまま演じ続けなければない。しかも、「失敗」を「失敗」のままにすることなしに、いかにもその芝居の中の「失敗」に見せなければならない。これは演じている人にはとてつもない緊張を課す。だから、舞台は一回の公演が短く、一日に一回か二回が限度なのだろう。
同時に、観ている人も、演じている人ほどではないにしても、緊張が強いられる。シリアスな場面でのくしゃみなんてもってのほかだし、流れにそぐわないリアクションはその場すべての空気を壊すことになってしまう。

この両者の緊張感が相互に絡み合うことで、ひとつの舞台が完成するのだろう。
演じ手の真剣さが観客に伝われば、観客はどんどんと引き込まれていくだろうし、観客が引き込まれていくにつれ劇場全体が一つになっていけば、演じ手もそれに背中を押され神がかったような雰囲気の中で二度とできない、言葉に表せないすばらしい舞台になることだってあるだろう。
もちろん、その逆だってある。気が抜けた演じ手や心無い観客が一人いるだけで、本来はすばらしい舞台が、まったく退屈でつまらないものになってしまうことだってあるだろう。
よく言われることだが、やはり舞台は、演じ手と観客によって成長していく生き物であるといえる。

「楽しい」だけじゃやっぱだめで、「喜び」を求めることが大切なんだと思う。 

March 01 [Wed], 2006, 14:37
「楽しい」ことをやっているとそれだけですぐに時間が経ち、それなりに充実した気持ちになる。それは、「楽しい」のだから当たり前で、「楽しい」から熱中できる。だから、すぐに時間も過ぎてしまう。そして、「楽しかった」と言って充実した気持ちになり、満足する。
こんなことを言って何になるのかと思ったりもするが、言いたいことがもう少し先にあるので続けることにする。
「楽しい」ことをやって「楽しかった」と満足する。当たり前なんだけど、ちょっと変だなと思わないだろうか。
もともと「楽しい(と思われる)」ことをやっているのだから、「楽しかった」のは当たり前で、わざわざそれを口に出して言うってことは、ただ「楽しかった」だけで、なにかほかに学んだり、得られたことがなかった、と言うことの裏返しではないのか。ただの自己満足のように思える。
このことになんの疑問も持たない人(持てない人)は、「楽しくない(と思われる)」と思うことは「楽しくなかった」となりたくないがためにやらないのだろう。同じように、「つらい(と思われる)」とか「きつい(と思われる)」といったネガティブなイメージを少しでも思い起こさせることは、きっとやらないのだろう。
ここで問題なのは、やってもいないことに、「楽しい」やら「つらい」やら「きつい」といった感想を当てはめていることだと思う。「ただなんとなく」、「だってそうじゃん」といったような、思い込みや決め付けでそう思ってしまう。なにか得体の知れないことに対して立ち向かわないといけないときに、とりあえずやってみようと行動するのではなくて、とりあえずこんな感じじゃない?(楽しそう、楽しくなさそう、つらそう、きつそう、、、)といって仮判断をする。そして、その仮判断がマイナスのものだったとき、自分には関係のないものとして処理し、向き合おうとすらしない。

追悼。 

February 28 [Tue], 2006, 17:37
詩人の茨木のり子さんが亡くなられた。

僕は茨木さんの大ファンだったわけではない。もちろんお会いしたこともないし、テレビなどでの映像としても彼女を見たことはない。ただ、一遍の詩が彼女を忘れられない存在にした。それが、「自分の感受性くらい」という詩だ。この詩を読んだとき、ものすごい大きな衝撃を受けた。当時小学生だった僕は担任の先生や母親から「感受性が豊かだけど、豊か過ぎるというか、自分の感情をコントロールできない」と言われていて、なんで怒られなきゃいけないのかわからなかったし、そもそも感受性って何だよって思っていて嫌だった。そんなときに「感受性」がなんなのかを教えてくれ、そして怒られたことを自分で反省することなしに人のせいにしてはいけないということに気づかせてくれたのがこの詩だった。僕を少しだけ大人にしてくれた。そして、今もなおこの詩を読むと勇気づけられ、元気が出る。

御冥福をお祈りいたします。


  自分の感受性くらい


     ぱさぱさに乾いてゆく心を
     ひとのせいにはするな
     みずから水やりを怠っておいて

     気難かしくなってきたのを
     友人のせいにはするな
     しなやかさを失ったのはどちらなのか

     苛立つのを
     近親のせいにはするな
     なにもかも下手だったのはわたくし

     初心消えかかるのを
     暮しのせいにはするな
     そもそもが ひよわな志にすぎなかった

     駄目なことの一切を
     時代のせいにはするな
     わずかに光る尊厳の放棄

     自分の感受性くらい
     自分で守れ
     ばかものよ

            (詩集「自分の感受性くらい」S52.から)

出発を迎えて。 

February 28 [Tue], 2006, 16:20
忙しかった。ほんとこの一言に尽きると思う。
一日があっという間で、まえの日に何をやってたかってこともだいぶ前の出来事のように感じて、いつの間にやら一週間が過ぎている。そんな日々だった。
でも、ただ無駄に忙しくて、忙殺されていたかというとそうではなくて、今思い返すと、とても充実しいて、ちゃんといろいろとできていたからほっとしている。
意識的に自分を忙しい状態において、それをしっかりとこなせたのは少なくともいいことであると思う。

しかし、それとこれはまったく別の問題なのだ。

これっていうのは、ある種の衝動の高まりである。僕はこれを「非現実への憧れ」と勝手に名づけているが、要は、旅に行きたい症候群といえる。この場合の「旅」というのは「何かを見るためにどこそこに行きたい」とか「何かを食べたいからどこそこに行きたい」ということではなくて、まずなによりも「そこに自分が行く」ということが大切で、そこで何をするとか何を食べるかというのは直接的なモチベにはならない(もちろんすてきな旅にする重要な要因にはなる)。

エリ・エリ レマ サバクタニ 

February 05 [Sun], 2006, 16:05
Eli,Eli,Lema Sabachthani?

「神よ、何故にわれを見捨てたもうや」(マタイ27章 46節)


この言葉をタイトルにした映画を見た。この映画は難しい。メッセージはパンフに書かれている、
「絶望感に満ちた世界を変えるのは、二人のミュージシャンが奏でる音。私はその音を探してた。」
「音、それは未来への希望だ。」
ということなのだろう。徹底的に無駄なものは省かれていて、説明すらされない。
すべての理解を僕らにゆだねているのか、それともそもそも理解なんて求めてはいないのか。

神から見捨てられる。理由もわからずたその見捨てた本人である神にだ懇願する。

そんな不条理で圧倒的なまでの絶望が押し寄せる状況に理解なんてちっぽけなものなのだ。ただ救われさえすれば。

それが、正しいか間違っているかなんて問題ではない。救われるという、つまりは生きられるという「希望」を持てるかどうか、これこそが真の問題なのかもしれない。

だから、彼はこう尋ねたのだ。

「病気の自殺と本気の自殺って何が違うんだと思う?」

thinkfeelmage. 

January 31 [Tue], 2006, 23:11
thinkfeelmage:すべてのことを自分で考え、あらゆることから何かを感じ、そしてまた新たに想像/創造する。

僕の造語です。造語と言うか、ただ三つの単語をくっつけただけなんだけど。
この言葉には、今の僕が生きていく中で大切だと思っていることが凝縮されている。

「普通」ではなく「自然」に。 

January 31 [Tue], 2006, 22:54
周りの人と違うことをやっていると気づいてしまったとき。

周りの人が当たり前にやっていることにふと疑問を持ってしまったとき。

周りの人と同じように思考し、行動することができないだけでなく、そんなことを無理してやっている自分に少なからず嫌悪感さえも抱いてしまったとき。

周りの人がわき目もふらず頑張っている姿を見て、そんな風に頑張れないやと疲れてしまい、立ち止まってしまったとき。

そんなとき、「なんで普通にできないんだろう?」って思ってしまう。「なんでこんなことでいちいち疑問に思ったり、嫌悪感を感じたり、疲れたりするんだろう」って自分を責めてしまう。

でも、それではなにも解決しない。まあ、それもわかってはいるのだけど。


「普通」ではなく「自然」に。

こう思うのは甘えなのだろうか。甘えではないと僕は思う。
それだけ周りの人のことが見えていて、自分を客観的に捕らえられているときに、「自分って何者なんだろう?」ってぶつかるということは、そのとき自分が感じていたり、思っていたり、口にしたり、行動したりしたことって、きっとその人にとってのリアルだと思うから。
それが、その人にとっての「自然」なんだろうから。

”我が我が”の状態で、「自分らしく」とか「自然でいたい」なんて言っても胡散臭さしかないけれど、自分を少しさめた目で俯瞰しているときに見える自分って「自然」なんだと思う。
ちょっと言葉にするのが難しいけど。

そうすれば、「普通」じゃない自分も「自然」な自分と受け入れられると思うし、周りの人にだって自分の存在や生き方を、ささやかにだけど、アピールできるようになるのだと思う。

なによりも生きていて楽しくなる。
だから、僕はいつも「普通」ではなくて「自然」にいようと思う。

亀田興毅のすごいところ。 

January 31 [Tue], 2006, 16:01
最近やたらと話題の、ナニワの闘犬亀田興毅。
強烈なオヤジと三兄弟全員ボクサー、そして彼自身のビッグマウスとそれを裏付ける圧倒的な強さ。
辰吉丈一郎以来の強さとカリスマ性を備えた国民的な(あまりこの言葉は好きではないけど。)ボクサーになる素質を十二分に備えているように思う。
彼の自由奔放な物言いと、それを実現するための血の滲むような努力。その努力は生半可なものではなく、僕からしてみれば常軌を逸しているのではないかと信じられないくらいのものだ。徹底的にストイックで、純粋に強さを追い求めるもの。


なんだかなぁ。とつぶやてしまった。 

January 20 [Fri], 2006, 21:18
前回と同じ題名です。でも、ほんとにそうつぶやいてしまったのだからしょうがない。

何にかというと、すでに「ライブドアショック」という呼び名までついた堀江氏による大騒動の第三幕にどうしても腑に落ちない点があるのからだ。

といっても、今回の大騒動は過去二回とは違い、「法を破っているか、いないか」という次元の問題であるから、深刻さが違う。(はずなのに、マスコミの報道スタンスは過去二回のときとそんなに変わってない気がする。いいのだろうか?)

僕は今の段階で事件の全容を知っているわけではないし、その背景や何が問題なのかといった詳細についてもよくわかっていないので、直接的なコメントをするつもりはない。ただ、どうしても引っかかることがある。

それは、あれだけの大捜査が一斉に行われたのにもかかわらず、当の堀江氏がまったくその事実を知らなかったことであり(そんな捜査が進行していたこと自体知らないのではないか)、そしてもう一つは、初っ端から東京地検の特捜部が出張ってきたということだ。

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