今日は

February 27 [Mon], 2012, 23:28
スロヴァキア国立ブラチスラバ歌劇場で
Mozartのドン・ジョバンニ(Don Giovanni)を
鑑賞しますこの劇場に入るのは、なんと
今日が初めてです





お天気も良くて最高
ウィーンからバスで一時間。



クロアチア 4

February 23 [Thu], 2012, 7:09
クロアチアの夕暮れ。
アドリア海沿いをゆっくりお散歩





どこから空で、どこまでが海かわかりますか?





クロアチアはとっても深いエネルギーのある
場所ですね。


February 22 [Wed], 2012, 23:10





この金と赤の龍が描かれた陶器は3〜4年前に
ウィーンで購入したものだ。両方とも日本製だけど
輸出用につくられたもので、手書き、とても
手の込んだ仕上がりだ。



その昔、私の先祖が暮らした宮島の厳島をたたえる
水にも神様がいたといわれて来ただろう。厳島には
竜神信仰なる歴史も存在した。

イランやインドの古い歴史には、水の女神は芸術の
神様でもあった。日本には弁財天として伝わった。



私がこの小坪にお水を入れるのは他でもない、私が
見る事のなかった大叔父たち家族が、広島・原爆の悲劇に
見舞われた事に対する少しばかりの、気持だ。


彼らの犠牲の上にあってこそ、豊嶋弥左衛門が
流麗豪放な京の花を咲かせられた事、それを
忘れてはいけないと思っている。



クロアチア 3

February 20 [Mon], 2012, 8:10


  クロアチアの港で魚を購入!
水揚げされたばかり
 



大きな鉄板にオリーブ油を入れて焼く
 



サラダには日本ではあまり見かけない、かぼちゃの
種から取れるオイルと酢でドレッシング
とっても身体に良いです
 




アドリア海の恵を美味しく頂きました



クロアチア 2

February 19 [Sun], 2012, 19:01
クロアチアの奇麗な湖(アドリア海)





透き通るグリーンの海水(アドリア海)




クロアチアも冬なので結構寒いですが
大自然、特に海や湖が最高に美しいです。



クロアチア

February 18 [Sat], 2012, 21:16
初クロアチア!


湖がとても奇麗、もちろん海も。








心のオアシスですね〜。


父の思い出

February 17 [Fri], 2012, 4:10
今月は父が亡くなって20年になる。
私は思春期の年頃だったので、それはそれは色いろと
難しい時期だったと記憶している。


思い出の映像にいる父は何と言っても若い。




小学生の頃だったか、舞台でどんなお花でいたいか
と言う話をした事がある。父は「お父さんは百合の花で
ありたい」と語ってくれた、百合の花は高貴で
品があるから、と。(蘭も好きだった)



物心つくころに、山口だったか初めて父の舞台姿を
見た事を覚えている。それは何とも優しくいぶし銀の様な
光を放っていたのを思い出す。父が面をつけて舞台で
舞うと手と足、そして声がとても美しい能役者だった。




父も私も末っ子だったので、お互いの気持を多く共有できた
ように思うし、亡くなる前の一年間は姉兄が上京した為に、
まるで一人っ子の様に愛情を注いでもらった。


個人の評価と期待があったのだろうか、後のことや
今後の家の問題について、特に兄の事について
沢山の話をしなければならなかった。父とのタイムリミットが
それぞれに迫っていた。



20年の歳月が投げかけてくるものは、やはり大きな愛情、
我家は父が「こうであるべきだろう」と望んだ様に
進んでいるのではないかと感じる、私はその精神の神秘さ
そして崇高さを実感している。



週末

February 13 [Mon], 2012, 22:29
週末を利用して髪の毛をチョキ・チョキ、
オーストリアとハンガリーの国境沿いま​でちょっくらドライブ。


ヨーロッパの子達と放射能の話になると必ず出てくる、
チェルノブ​イリの話。

今回の日本の原発問題とその違いを説明するのにどんだけ
努力がいるのか​!けれど悲しくなるのは、どこに一体
その根拠があるのか・・・はっきり言って分らない。


チェルノブイリ周辺の当時の話を彼女達から
直接聞くと、やっぱり恐いし何を信じるのかと言うのは
いつも「運」なのかもしれないとも思う。




ウィーンでは日本へのオペラ公演を、特に若い音楽家たちは
ためらっているのが現状。


週末

February 10 [Fri], 2012, 23:16
週末はリラックスして
楽しく過ごしましょう!!












ミスターバタフライ 8

February 04 [Sat], 2012, 23:48
別れと言うのはどんな人にとっても
なんとなく分っていたとしても、やはり突然やってくるものだ。

マダム・バタフライでプラハ国立歌劇場に共に華を
咲かせてきたマエストロ・グレゴールが亡くなった知らせを、
受ける時が来ていた。



「マエストロが亡くなりました、次のバタフライの公演は追悼演奏の
形を取りたいと思います。貴方の意見を御願いします。」



誰もがそうなのだと思うのだけれど、亡くして初めて分る存在と言うのが
ある。私にとってこの音楽上のパートナーは大きな、はかりしれない
エネルギーだったと思う。マエストロはチェコの大変な時代に、外国人として
ドイツやアメリカ、いわゆる「西側」にゲストで招かれていた音楽家だ。


そして彼の「武勇伝」は、彼が音楽を軸に他の奏者に媚びたりしない
人間であり、出身国に対する偏見やそれに伴う自分のおかれた立場に
屈しない精神を持っていた事を証明してくれる。


沢山の苦労をしてきたと感じさせたのは、その「優しさ」だった。


ある日私が劇場支配人と揉めて、朝10時前に言い争わなければ
ならなかったがその心情を誰よりも理解してくれた。芸術家に国境はない
と思うし、自分に誇りがあるならば差別もしないだろうが、社会の
体制やそれに縛られた頑固な考え方は摩擦を生み、「相互の」
免疫力がなければバランスを保つ解決作は出て来ない。



その日の舞台が初まる前、後にも先にも一回きりだったが
メイクの部屋にマエストロがやってこられて「大丈夫か」と言って
私の手を握った。朝10時の言い争いの、心の折り合いがつかず
私は再び涙を流し、メイクのおばさんも困っていたのだった。


舞台人としてのやる気は充分だったが、この体制が許せなかった。



メイクが終わって自分の控え室に戻ると、劇場の秘書や事務の
方々一同という名目でお花が届いていた。
「Kikukoさん、私達は貴方に心から感謝している」


こんな日の本番もマエストロとは一緒に乗り越えて来た。






追悼会となった日「プラハ国民劇場」で音楽葬が執り行われた。
大変に立派なものであらためてこのマエストロの偉大さを知る所
となった。国葬というか、劇場葬と呼ぶのか、もう私が生きている
間には見る事はないだろうと言うほどのものだった。

私は父が亡くなって以来そもそも葬式が好きではない、けれど
この日は初めてプラハ国民劇場に入ってマエストロの棺桶を見た、
しっかりとお別れしなければならないと思ったからだ。

この音楽葬の後、同日プラハ国立劇場で「マダム・バタフライ」が
上演され、これをマエストロの追悼会とした。私は無限の空虚感と共に
この作品に立ち向かった。




プロフィール
  • ニックネーム: きっこ      ★★ Teshima Kikuko ★★
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「喜劇も悲劇も表現できる
大きな才能と美しい声を 持った本物の芸術家」
    クリスタ・ルートヴィヒ
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  東京芸大卒業、サントリーホール主催オペラアカデミーで研鑽を積み、旧・安田生命クオリティーオブライフ文化財団の助成で、ベルリン国立音楽大学、文化庁海外派遣研修生としてミュンヘン国立音楽大学・カールスルーエ国立音楽大学オペラ科、バイエルン歌劇場主催・若手オペラアカデミーで学び、ウィーンで(財)ロームミュージックファンデーション特別音楽研究生としてドイツ歌曲の研究をした。    ドミンゴコンクール日本代表、国際コンクール「新しい声」アジア代表、世界大会では奨励賞。
 ’98年には、ブダペスト(ハンガリー)・ヴェローナ(イタリア)国際コンクールで優勝・1位を獲得、ハンガリー国立ブタペスト歌劇場で「ラ・ボエーム」のムゼッタ役でヨーロッパ・デビューを飾った。その際、ウィーン国立歌劇場・名誉会員・宮廷歌手の名・メゾソプラノのクリスタ・ルートヴィヒから高い評価を受けた。  同年、サントリーホールオペラ「愛の妙薬」に唯一の日本人ソリストとして、ジュゼッペ・サッバティーニ、エヴァ・メイらと共に登場した。
 27歳で伝統と格式を誇るプラハ国立歌劇場での「蝶々夫人」(タイトルロール)に抜擢され、大成功を収める。チェコの巨匠指揮者故ボフミール・グレゴルに「やっと本物のマダム・バタフラ(蝶々さん)に出会った」 と言わしめ、みずみずしい歌唱と豊かな表現力、傑出した存在感で上演を成功に導き、同歌劇場人気プログラムとなる。4シーズン連続の蝶々さんを一人で務め、劇場史初まって以来の名誉を受けた。   また「トゥーランドット」にも出演、役柄(ローレン)デビューとなったリューでも高く評価された。  これまで、バイエルン国立歌劇場管弦楽団、メトロポリタン歌劇場管弦楽団、ゲルトナープラッツ歌劇場管弦楽団、ケルン放送交響楽団、日本フィルハーモニー、ドイツ・ザクセン州交響楽 名古屋フィル、スロベニア国営リュビリャナ放送響と共演した。
 北九州市民文化奨励賞受賞、文化特命大使、北九州市文化市民賞受賞。
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