紅白で。
2012年03月09日(金) 7時32分
父の訃報を知って、メールや電話。 それに わざわざ 家へ お参りに来て下さった方々。 本当に ありがとうございました。m(_ _)m ききちゃん達は、本当に沢山の方々に 良くしてもらって嬉しいですぅ。
父は生前、ききちゃん達に迷惑を掛けないようにぃ〜 『コロッと死なな あかん。』と よく言っていて、母と ききちゃんはぁ〜 「そないに上手い事、いかへんわぁ。(笑)」 と 言っていたのにぃ・・・ ホンマに 潔く 逝ったなぁ。('m') 偉いわ。 と 思う。
父が倒れたのは、1月19日(木)の早朝。 ききちゃんは、もちろん寝ていて、母は目が覚めていたもののぉ〜 いつも 朝食だけは作っていた父に、出来るまでは寝ていて欲しいと言われるもんやからぁ〜 お布団の中で ゴロゴロしていたらしい。 そしたら 『お母さん。。』と言う 優しく弱々しい声が聞こえたそうな。
その声を聞き、パッと飛び起きた母は リビングで倒れている父を発見っ!
「お父さん! お父さん!!」 と 言ったが、もう 返事はなく、二日後に旅立って行った。
あの時、父が 『お母さん。。』 と 言ってなかったら 母は気付く事なく、起きて行った時には たぶん もう 父は、命尽きていたはず。 しかし、よぉ その言葉が出たなっ! なんや かんや 言うてもぉ〜 最後は、"お母さん" やったのよねぇ。(*^m^*) ニタリ。 子供としては、それが 嬉しい。
そして、手術病院へ。 手の施しようも無くぅ〜 ただ 人工呼吸で生かされていた 二日間が 父にとって 良かったのか? 悪かったのか? 分からないけれど、この二日間があったから お葬式の手配や色々と準備ができ、十分とは言えませんが、落ち着いて 父の最後を迎える事が出来たのです。
また、父が運び込まれた病院が 手術病院だった事も すごく ラッキーやったのよねぇ。 直接的には関係ないと言う事は分かってたんやけどぉ〜 父が救急車で病院へ向かった時に ききちゃんは、家で 一人 留守番をしていた。 で、やっぱり不安もあったので関係ないとは思いつつぅ・・・ ヘコヘコ主先生に 『今、お父ちゃんが・・・』 と メールしてしまったのですよ。 そしたら 先生、朝で忙しいのに わざわざ 母のところまで行ってくれたらしく、恐縮しながらも 我が母、 とても 心丈夫やったって! それを聞いた ききちゃん、驚く。 メールした 本人が驚いてぇ〜 どないするねん!(爆) ちゅ〜 話なんやけどぉ、まさか 行ってくれるとは思わんかったんやもん。 そらぁ〜 メール 受け取った方は、気になったんかも知れんがぁ〜 木曜日の朝は忙しいのに、行ってくれて ありがとうでした。m(_ _)m これからも 頼りにしたろぉ〜っと!(笑) でも いつまで居てるんやろかぁ? 堺に。(^m^?)
そして、入院した病棟には 前に整形外科病棟で お世話になっていた 婦長さんが 偶然 居はってぇ〜 それも すごく心丈夫でね、婦長さんは何度も病室を覗いてくれはったのでした。 本当に 本当に 物凄く嬉しかったですわぁ。
で、まだまだ偶然は起こる。 父が入院した 明くる日の夜。 担当の看護婦さんが 元整形で ききちゃんが お世話になっていた看護婦さん! その時、親戚も みんな帰り 母と二人だった事と、看護婦さんに会って ホッ と して 嬉しかった所為もあってぇ〜 ききちゃん そこで 初めて ワァ〜〜 と 泣いてしまった。 婦長さんや ヘコさんに会った時にも 親戚とかが居なかったら 泣いたんやろかぁ??('m'。)
そして 偶然は まだまだ 続くぅ。 ききちゃん この時は、いとこ夫婦の自動車に乗せてもらったので 実際には会っていないのですがぁ〜 父が亡くなり、病院から出ていく時の 最後の お見送りに立ち会ってくれた看護婦さんが、なんと 今の整形の婦長さんだったらしいのでしたぁ!! もう 本当に 最後の最後まで 手術病院では、心安らぐ時と言うかぁ〜 心穏やかに 最後を迎えられましたですぅ。m(_ _)m
それから 斎場では 仮通夜、お通夜、お葬式とは 親戚の人達が 本当に よく 動いてくれてぇ〜 ききちゃん達は、とても とても 助かりました。
葬儀は とっても明るいものでぇ〜 "ちょっと明るすぎたかなぁ??" と 言うようなものでしてぇ、『こんなに沢山の人達に来てもらって、お父さんは幸せです。』 と。 みんなで笑って送ってくれるように頼んだのでした。
父は なんか 最後まで ホンマに ツイテいた。 出棺の時、父の乗った車は リムジンみたいな 真っ白いもの! 聞けば そこの メモリアルホールに 1台しかなかったらしい!
そこに 母が乗り、ききちゃんは また いとこ夫婦の車に乗せてもらい、後ろを走ったのですがぁ〜 その いとこの車がね、真っ赤だったのですよぉ。
それで いとこが、『これって、ええんかなぁ? おっちゃん、"紅白" やでぇ!! ・・・。。』 って。 それに対して ききちゃんは、「ええやん! めでたくてぇ〜☆」 とな。 車の中で3人で笑いながら、父の後を付いて行ったのでした。
死は、見た目では 別れかも知れないけれどぉ、"新たなる旅立ち!" やと ききちゃんは 思うのです。 また 生まれ変わる準備ね。^^ ちなみにぃ〜 お仏壇を買うた時も 紅白で お祝いするのよ! あれは、へぇ〜〜 っと 思ったわ。(笑) 新たな 旅立ちを、紅白で 旅立てるなんてぇ〜 まぁ、無いでっ。 幸せやん! お父ちゃん。('m')! ね。
本当に 父は 沢山の方々の お陰で、最後まで 幸せでした。 もちろん 母も ききちゃんも いっぱい、いっぱい 幸せです。
感謝! 感謝!!
(*'人'*)

ありがとう。
父は生前、ききちゃん達に迷惑を掛けないようにぃ〜 『コロッと死なな あかん。』と よく言っていて、母と ききちゃんはぁ〜 「そないに上手い事、いかへんわぁ。(笑)」 と 言っていたのにぃ・・・ ホンマに 潔く 逝ったなぁ。('m') 偉いわ。 と 思う。
父が倒れたのは、1月19日(木)の早朝。 ききちゃんは、もちろん寝ていて、母は目が覚めていたもののぉ〜 いつも 朝食だけは作っていた父に、出来るまでは寝ていて欲しいと言われるもんやからぁ〜 お布団の中で ゴロゴロしていたらしい。 そしたら 『お母さん。。』と言う 優しく弱々しい声が聞こえたそうな。
その声を聞き、パッと飛び起きた母は リビングで倒れている父を発見っ!
「お父さん! お父さん!!」 と 言ったが、もう 返事はなく、二日後に旅立って行った。
あの時、父が 『お母さん。。』 と 言ってなかったら 母は気付く事なく、起きて行った時には たぶん もう 父は、命尽きていたはず。 しかし、よぉ その言葉が出たなっ! なんや かんや 言うてもぉ〜 最後は、"お母さん" やったのよねぇ。(*^m^*) ニタリ。 子供としては、それが 嬉しい。
そして、手術病院へ。 手の施しようも無くぅ〜 ただ 人工呼吸で生かされていた 二日間が 父にとって 良かったのか? 悪かったのか? 分からないけれど、この二日間があったから お葬式の手配や色々と準備ができ、十分とは言えませんが、落ち着いて 父の最後を迎える事が出来たのです。
また、父が運び込まれた病院が 手術病院だった事も すごく ラッキーやったのよねぇ。 直接的には関係ないと言う事は分かってたんやけどぉ〜 父が救急車で病院へ向かった時に ききちゃんは、家で 一人 留守番をしていた。 で、やっぱり不安もあったので関係ないとは思いつつぅ・・・ ヘコヘコ主先生に 『今、お父ちゃんが・・・』 と メールしてしまったのですよ。 そしたら 先生、朝で忙しいのに わざわざ 母のところまで行ってくれたらしく、恐縮しながらも 我が母、 とても 心丈夫やったって! それを聞いた ききちゃん、驚く。 メールした 本人が驚いてぇ〜 どないするねん!(爆) ちゅ〜 話なんやけどぉ、まさか 行ってくれるとは思わんかったんやもん。 そらぁ〜 メール 受け取った方は、気になったんかも知れんがぁ〜 木曜日の朝は忙しいのに、行ってくれて ありがとうでした。m(_ _)m これからも 頼りにしたろぉ〜っと!(笑) でも いつまで居てるんやろかぁ? 堺に。(^m^?)
そして、入院した病棟には 前に整形外科病棟で お世話になっていた 婦長さんが 偶然 居はってぇ〜 それも すごく心丈夫でね、婦長さんは何度も病室を覗いてくれはったのでした。 本当に 本当に 物凄く嬉しかったですわぁ。
で、まだまだ偶然は起こる。 父が入院した 明くる日の夜。 担当の看護婦さんが 元整形で ききちゃんが お世話になっていた看護婦さん! その時、親戚も みんな帰り 母と二人だった事と、看護婦さんに会って ホッ と して 嬉しかった所為もあってぇ〜 ききちゃん そこで 初めて ワァ〜〜 と 泣いてしまった。 婦長さんや ヘコさんに会った時にも 親戚とかが居なかったら 泣いたんやろかぁ??('m'。)
そして 偶然は まだまだ 続くぅ。 ききちゃん この時は、いとこ夫婦の自動車に乗せてもらったので 実際には会っていないのですがぁ〜 父が亡くなり、病院から出ていく時の 最後の お見送りに立ち会ってくれた看護婦さんが、なんと 今の整形の婦長さんだったらしいのでしたぁ!! もう 本当に 最後の最後まで 手術病院では、心安らぐ時と言うかぁ〜 心穏やかに 最後を迎えられましたですぅ。m(_ _)m
それから 斎場では 仮通夜、お通夜、お葬式とは 親戚の人達が 本当に よく 動いてくれてぇ〜 ききちゃん達は、とても とても 助かりました。
葬儀は とっても明るいものでぇ〜 "ちょっと明るすぎたかなぁ??" と 言うようなものでしてぇ、『こんなに沢山の人達に来てもらって、お父さんは幸せです。』 と。 みんなで笑って送ってくれるように頼んだのでした。
父は なんか 最後まで ホンマに ツイテいた。 出棺の時、父の乗った車は リムジンみたいな 真っ白いもの! 聞けば そこの メモリアルホールに 1台しかなかったらしい!
そこに 母が乗り、ききちゃんは また いとこ夫婦の車に乗せてもらい、後ろを走ったのですがぁ〜 その いとこの車がね、真っ赤だったのですよぉ。
それで いとこが、『これって、ええんかなぁ? おっちゃん、"紅白" やでぇ!! ・・・。。』 って。 それに対して ききちゃんは、「ええやん! めでたくてぇ〜☆」 とな。 車の中で3人で笑いながら、父の後を付いて行ったのでした。
死は、見た目では 別れかも知れないけれどぉ、"新たなる旅立ち!" やと ききちゃんは 思うのです。 また 生まれ変わる準備ね。^^ ちなみにぃ〜 お仏壇を買うた時も 紅白で お祝いするのよ! あれは、へぇ〜〜 っと 思ったわ。(笑) 新たな 旅立ちを、紅白で 旅立てるなんてぇ〜 まぁ、無いでっ。 幸せやん! お父ちゃん。('m')! ね。
本当に 父は 沢山の方々の お陰で、最後まで 幸せでした。 もちろん 母も ききちゃんも いっぱい、いっぱい 幸せです。
感謝! 感謝!!
(*'人'*)

ありがとう。





















