あっというま

April 21 [Thu], 2011, 13:43
1月28日からもう2カ月半も経ちました。

その間に
父の預金口座相続、住宅ローンの保険申請、使用していたクレカや公共料金の処理、
働いていた会社での事務処理などをを淡々と進めていました。

今、私は普通に毎日過ごしています。
父を思いださない日は無いけれど、
1月27日までと同じように過ごせています。

一人家にこもりがちになっていることも知っていたし、
なんだか鬱っぽいんだ、とこぼしていたのも聞いていました。
私がもっと真剣にそれを受け止めて何かしてあげていたら、
そう思いました。
私がもっと気にして家へ遊びに行けば良かった、
電話もメールももっとすればよかった、
せっかくインターネット開設したのだから、父とスカイプでもすればよかった、
そんな風に思い続けました。
たった一人の娘なのに、寄りつかずほったらかしにしていたから、
父はひとりぼっちの孤独感を深めたのではないか、と・・・。

でも、今そう思っても、もう取り返しはつかない。
私は母から言わせると冷たいとさえ思える現実主義者だそうで、
それは自覚しているし、加えて無神論者です。
だから、私は思いつめることはやめました。

なぜなら、意味が無いことだから。
父には今さら伝わらないし、私も父に何もしてあげられないから。

父を思い出さない日が無いのと同じように、ああしてあげれば、こうしてあげれば、
と思い返さない日もまたありませんが、
そう思いたいだけなんです。
そう思うことで、そう悔むことで、自分への言い訳をしているだけ。

自殺という衝撃的な別れでメソメソしていましたが、
なんだか、ふっきれてしまいました。
私も勤めがあるので昼日中は仕事に追われているということもあるけれど・・・。
父が決めて選んだことなのです。
選んだことが正しくない、と思うのは残された人間の勝手。
父にとってそれが選ぶべきものだったのです。
本当はそれを選ばない道もあったかもしれなくても、
私は父の出した答えを受け入れるしかないのです。


桜がきれいだった先々週、
13年前の同じころに父と訪れたことのあるお寺の前を通りかかり、
その時の父の様子を思い出しました。
出来の悪かった私が、短大を無事良い成績で卒業でき、
すんなりと上場企業に就職もした春のことでした。
当時は、躾の厳しい父のことを怖いと思っていたから、
そんな風には思えなかったけれど、
父にしてみれば楽しく浮かれた感じだったんだな、と今なら分かるのです。
心から喜んでくれていたんだな、と思い出しました。
社会人になったから、とくれたお祝いは実印でした。
結婚したら名前が変わるからと、姓のものと名のものをセットで贈ってくれました。
これも、あの当時は地味な贈り物だな、と思いましたが
父も祖父にそうしてもらったものだと言っていたのを思い出し、
今ならこう思えるのです。
親として娘にしてやりたかったことなんだろうな、と。

父の家を整理していたら、
私がバレンタインデーや、父の日、誕生日にプレゼントに同封していた
カードが全部とってあるのを見つけました。
プレゼントあげてもほとんど無反応だったくせに・・・。
不器用なゆえにぶっきらぼう、
照れ屋ゆえに素直に伝えてこない。
そんな父を愛おしいな、と思うのです。
自殺したことを悔いて責めて、自分を責めるより、
父との素敵な思いでを見つけることにしました。

もちろん、ふいに思いだして泣き出したりはするけれど・・・。
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