久しぶり!
October 16 [Fri], 2009, 20:19
おひさしぶりです。
いつからかなー、大阪に行く前からか・・・。遥か昔のことのように思いますが・・・。
大阪での5週間は結構辛かった。
慣れない土地、慣れない場所で、自分の役割とは何か、認定看護師とは何か、どんどんわからなくなった。
でも患者さんの支えられたと思うし、学ぶことがいっぱいあって、毎日新鮮でした。
そして、一緒に実習に行ったメンバーとの生活はほんとに楽しかった〜。
みんながいてくれたから、なんとかやっていけたと思います。
5週間、寮生活だったので不便なことはあったけれど、夜中に集まってはしゃべりまくって気がついたら朝、ということもありました。
まるで、修学旅行・・・
大阪では、実習記録やカンファレンスの準備のため、なかなか観光できませんでした。
大阪入りした翌日に大阪の研修生の方になんばを案内してもらいました。
ストッキングを買いたいという私に、「底値で買わないかん!」と豪語し、なんばから本町までひたすら歩いて大阪でのおそらく底値でストッキングを購入しました。(1足60円くらい!)
このときはこれから始まる地獄の5週間を知らずに、一番幸せなころでした・・・。
はじめの1週間はなかなか寮生活に慣れませんでした。トイレ、お風呂がかなりのネックになった・・・。
シャワーは欠かせないし。
トイレは極力行かないようにしていたら便秘になった・・・。
なんとか膀胱炎は免れましたが。
2週目にはおなかを壊しました。
ストレスかなーなんて考えていたのですが・・・原因はお茶。
2Lのペットボトルのお茶を購入したのですが、ズボラな私は離れたところにおいてある共用の冷蔵庫に入れるのが面倒で常温で部屋に置きっぱなし。
さらに、コップを使わずラッパ飲み。(唾液がペットボトル内に入る)
これに加えてトイレに行きたくない一心で水分を控えていたら、2L消費するのに2週間近くかかり・・・
=細菌繁殖!!
よっておなかを壊しました・・・。
残ったお茶のなかに何かが浮いていました・・・。やばい、飲んでまった!!
実習生からは、即、2Lペットボトル禁止令が出ました。
プライベートでも辛いことが続きました。
実習中に、前の職場で長く受け持っていた患者さんが天国にいかれました。
入院したと連絡を頂き、翌日に名古屋に帰り、お見舞いに行ったので、最後に会うことができました。
一緒に闘った4年間。私が支えるのではなくて、いつも支えてもらっていた気がします。とても、とても大切な人でした。「また会えるよ」って、もう言ってくれないんだと思ったら、涙が止まりませんでした。
次の週末には、叔父さんが倒れた、との連絡。脳出血でした。
いそいで名古屋に帰りました。
挿管されて、四肢を抑制されて、苦しそうな叔父さんを見たときには本当に辛かった。
名古屋に住んでいるけど、あまり親しくはしていなかった叔父さん。それでも、大事な親族です。
今まで仕事として患者さんを抑制しなければいけないことはあったけれど、実際に自分の親族が抑制されているのを見ると、こんなにも辛いんだ、と思いました。自分の心がいかに麻痺していたかがわかりました。
今でも叔父さんは入院中ですが、少しずつ元気になってきています。
医療従事者として、脳卒中を看るものとして、叔父さんからは学ぶことがいっぱいありました。
家族の気持ち・・・状態が改善しないことへのあせりや、今後への不安・・・。
でも・・・悩んでもしょうがない!
今は、叔父さんにとってどんなことをしてあげるのがよいのか、日々考えています。
ただ、言葉を発することができず、訴えることができないので、なんでもとりあえずやってみることにしています。散歩、音楽、絵、DVD・・・言葉が理解できなくても心に響くもの、脳に刺激を与えれるもの・・・。
コミュニケーション障害があっても、伝えようとする姿勢や気持ちが大切なんだということを、先の患者さんが教えてくれたことを思い出しました。
看護師さんに対しては、ケアの仕方云々よりもまずは、感謝の気持ちのほうが強いなあー。
同業者ですが、受け手としてみると、また違うもんです。
声をかけてくれるだけでもなんだかうれしい気持ちになります。叔父さんも話せないけど、きっとそう思っているはず。
自分もちゃんと看護できているんだろうか。考えさせられます・・・。
話はそれましたが、無事になんとか事例検討会、修了試験も終わり、卒業することができました。
半年間、早かったー!
ほんの数日前に入学式だった気がします。
この半年で得た知識はどれだけ使えるのかわかりませんが、得たものは大きかったと思います。
(そして、増えた体重も大きかったと思います・・・いや、実際大きかった
)
これからが、大変です。
でも日本各地の施設で同じように頑張っているみんながいるから、頑張れると思う。
いつからかなー、大阪に行く前からか・・・。遥か昔のことのように思いますが・・・。
大阪での5週間は結構辛かった。
慣れない土地、慣れない場所で、自分の役割とは何か、認定看護師とは何か、どんどんわからなくなった。
でも患者さんの支えられたと思うし、学ぶことがいっぱいあって、毎日新鮮でした。
そして、一緒に実習に行ったメンバーとの生活はほんとに楽しかった〜。
みんながいてくれたから、なんとかやっていけたと思います。
5週間、寮生活だったので不便なことはあったけれど、夜中に集まってはしゃべりまくって気がついたら朝、ということもありました。
まるで、修学旅行・・・

大阪では、実習記録やカンファレンスの準備のため、なかなか観光できませんでした。
大阪入りした翌日に大阪の研修生の方になんばを案内してもらいました。
ストッキングを買いたいという私に、「底値で買わないかん!」と豪語し、なんばから本町までひたすら歩いて大阪でのおそらく底値でストッキングを購入しました。(1足60円くらい!)
このときはこれから始まる地獄の5週間を知らずに、一番幸せなころでした・・・。
はじめの1週間はなかなか寮生活に慣れませんでした。トイレ、お風呂がかなりのネックになった・・・。
シャワーは欠かせないし。
トイレは極力行かないようにしていたら便秘になった・・・。
なんとか膀胱炎は免れましたが。
2週目にはおなかを壊しました。
ストレスかなーなんて考えていたのですが・・・原因はお茶。
2Lのペットボトルのお茶を購入したのですが、ズボラな私は離れたところにおいてある共用の冷蔵庫に入れるのが面倒で常温で部屋に置きっぱなし。
さらに、コップを使わずラッパ飲み。(唾液がペットボトル内に入る)
これに加えてトイレに行きたくない一心で水分を控えていたら、2L消費するのに2週間近くかかり・・・
=細菌繁殖!!

よっておなかを壊しました・・・。
残ったお茶のなかに何かが浮いていました・・・。やばい、飲んでまった!!
実習生からは、即、2Lペットボトル禁止令が出ました。
プライベートでも辛いことが続きました。
実習中に、前の職場で長く受け持っていた患者さんが天国にいかれました。
入院したと連絡を頂き、翌日に名古屋に帰り、お見舞いに行ったので、最後に会うことができました。
一緒に闘った4年間。私が支えるのではなくて、いつも支えてもらっていた気がします。とても、とても大切な人でした。「また会えるよ」って、もう言ってくれないんだと思ったら、涙が止まりませんでした。
次の週末には、叔父さんが倒れた、との連絡。脳出血でした。
いそいで名古屋に帰りました。
挿管されて、四肢を抑制されて、苦しそうな叔父さんを見たときには本当に辛かった。
名古屋に住んでいるけど、あまり親しくはしていなかった叔父さん。それでも、大事な親族です。
今まで仕事として患者さんを抑制しなければいけないことはあったけれど、実際に自分の親族が抑制されているのを見ると、こんなにも辛いんだ、と思いました。自分の心がいかに麻痺していたかがわかりました。
今でも叔父さんは入院中ですが、少しずつ元気になってきています。
医療従事者として、脳卒中を看るものとして、叔父さんからは学ぶことがいっぱいありました。
家族の気持ち・・・状態が改善しないことへのあせりや、今後への不安・・・。
でも・・・悩んでもしょうがない!
今は、叔父さんにとってどんなことをしてあげるのがよいのか、日々考えています。
ただ、言葉を発することができず、訴えることができないので、なんでもとりあえずやってみることにしています。散歩、音楽、絵、DVD・・・言葉が理解できなくても心に響くもの、脳に刺激を与えれるもの・・・。
コミュニケーション障害があっても、伝えようとする姿勢や気持ちが大切なんだということを、先の患者さんが教えてくれたことを思い出しました。
看護師さんに対しては、ケアの仕方云々よりもまずは、感謝の気持ちのほうが強いなあー。
同業者ですが、受け手としてみると、また違うもんです。
声をかけてくれるだけでもなんだかうれしい気持ちになります。叔父さんも話せないけど、きっとそう思っているはず。
自分もちゃんと看護できているんだろうか。考えさせられます・・・。
話はそれましたが、無事になんとか事例検討会、修了試験も終わり、卒業することができました。
半年間、早かったー!
ほんの数日前に入学式だった気がします。
この半年で得た知識はどれだけ使えるのかわかりませんが、得たものは大きかったと思います。
(そして、増えた体重も大きかったと思います・・・いや、実際大きかった

)これからが、大変です。
でも日本各地の施設で同じように頑張っているみんながいるから、頑張れると思う。
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