保田隆芳

July 08 [Thu], 2010, 13:48
保田 隆芳(1920年3月18日 - 2009年7月1日)は元騎手(東京競馬倶楽部、日本競馬会、国営競馬、日本中央競馬会(JRA))、元調教師(日本中央競馬会)である。保田一隆調教師は実子。

名門・尾形藤吉厩舎の主戦騎手であり蛯名武五郎、野平祐二と並ぶ戦後の中央競馬における騎手の第一人者でもあった。またアメリカ遠征の手土産として新たな騎乗フォーム(モンキー乗り)を持ち帰り、騎乗法に革命的な変革をもたらした。2004年、騎手顕彰者に選出。

騎手として通算1295勝をあげたほか、年間最多勝を3回記録、さらに、3歳クラシック競走ならびに天皇賞・有馬記念の各競走において通算で22勝をあげるなど顕著な成績を収め、中央競馬の発展に多大な貢献があった。

71年に調教師に転向し、厩舎を開業。尾形厩舎から譲られたメジロアサマで開業1年目に安田記念、函館記念、天皇賞(秋)に勝利した。76年から77年にかけ天馬トウショウボーイを管理し皐月賞、有馬記念、宝塚記念に優勝した。97年に調教師を引退した。

野平祐二

July 01 [Thu], 2010, 13:47
野平 祐二(1928年3月20日 - 2001年8月6日)は、元騎手(日本競馬会、国営競馬、日本中央競馬会(JRA))、元調教師(JRA)。千葉県船橋市古作出身。騎手としても調教師としても成功し「ミスター競馬」と呼ばれた。父の野平省三は元騎手(日本競馬会)、元調教師(国営競馬、日本中央競馬会)。孫の二本柳壮は騎手(JRA)。2004年、騎手顕彰者に選出。

海外競馬で主流だった「モンキー乗り」を戦後間もない日本でいち早く修得し、また調教師時代に七冠馬シンボリルドルフを管理するなどの華麗な経歴から「ミスター競馬」と称された。

騎手として通算1339勝をあげたほか、年間最多勝を2回記録、さらに、3歳クラシック競走ならびに天皇賞・有馬記念の各競走において通算で7勝をあげるなど顕著な成績を収め、中央競馬の発展に多大な貢献があった。

調教師・騎手顕彰者

June 24 [Thu], 2010, 13:52
調教師・騎手顕彰者は、中央競馬の発展に多大な貢献のあった調教師・騎手の功績を讃え、後世に伝えていくことを目的とする顕彰制度。

2004年に日本中央競馬会(JRA)創立50周年記念事業の一環として、調教師7名、騎手3名が顕彰された。現在、東京競馬場内の競馬の殿堂に、顕彰者のブロンズ盾(レリーフ像、銘板付)、写真入プロフィールパネルが展示されている。顕彰者は野球選手などで言う所の「殿堂入り」に相当する。競馬の殿堂。

調教師の選考基準は、JRAにおける通算勝利度数が1000勝以上であり、管理馬が旧八大競走(皐月賞、日本ダービー、菊花賞、桜花賞、オークス、天皇賞(春)、天皇賞(秋)、有馬記念)のうち、日本ダービーを含む5種類以上の競走において延べ10勝以上を記録した調教師。

騎手の選考基準は、通算勝利度数が概ね1000勝を記録し、年間最多勝利記録などで特に顕著な成績を残した騎手。
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:kensyousya
読者になる
2010年07月
« 前の月  |  次の月 »
1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 31
Yapme!一覧
読者になる