僕が中学、高校の時に楽しみにしていた学校行事のひとつに、
三者面談(懇談)がありました。あれ、本当におもしろかったです。
まあ、僕の周りの級友はたいていが面談日が近づくと憂鬱な顔を並べてましたが…
僕は三者面談を、親・担任教師それぞれをチクる場所として活用していたんです。
嫌なガキですねー。こんな具合でした
(机をはさんで真正面に座る担任に向かって)
「あれっ、今日はいい背広着てるやないっすか。そんなん持ってたんですか?
いっつもそでのボタンが取れかけのカッターシャツ(←ワイシャツのコトです
)のすそを、
ひざのところが破れたジャージにむりやり入れ込んでますよねぇ…
それに今日はタバコ吸わはらへんのですね。いつもは50分の授業で3〜4本吸ってはるのに?」
(横に座っている親に向かって)
「オカン、いっつも先生のコトを、『あの先生のお父さんが▲◎高校の校長してはるから、
三流私大出でも、すんなり地元の中学教師になれた』ってゆーてるやんか?
なんで今日だけ、”せんせ、せんせっ”て、持ち上げんの?」
(
↑大分県教育委の教員採用問題なんて、どこでもとっくの昔からどあったんです
)
(誰に向かって言うともなく…)
「うちって、オトンが夜10時頃にパチンコから帰ってくるんやけど、たいていは負けてスッて
戻るから、そっから荒れるのね。夜中はだいたい夫婦喧嘩してるから、試験勉強でけへん」
これで、たいていの面談は10分以内で終わってくれました。
このブログを読んでいる人の中に、迫り来る三者面談が
悩みの種だという中高生がいるのなら、ぜひこの作戦を下敷きに、
自分なりのセリフをアレンジして試してみてくれたまえ!成功を祈る
星野仙一もたぶん、三者面談は苦手だったでしょう。
できれば今の星野を、倉敷市の水島中学校まで連れてきて、
当時の中学の担任と星野の母親(もしくは父親)との三者面談させたいことろですが、
それも今となっては、無理というものです。
ご存じのように、星野の父親・仙蔵氏は仙一が8か月目の時に、
母親・敏子氏は2003年星野が甲子園で胴上げされた3日前に、91歳で亡くなりました。
30年以上も前の歌を引き合いに出して恐縮なのですが、
(その後、宮崎駿の『魔女の宅急便』で挿入歌になったのでご存じの方も多いと思う)
荒井由実の『ルージュの伝言』でも、こう歌われています↓
「(あの人の)ママから電話で、叱ってもらうわ マイダーリン
」
ならば、こういうのはどうでしょう。
実の父親や母親にしかってもらえないのなら、
星野が父性や母性を感じる人物・対象に頼んで、
星野にお灸をすえてもらうという方法です。
星野が父性を感じていた人物・対象として、
まず思い出されるのが、明治大学野球部の名物監督だった島岡吉郎氏。
しかし、その島岡御大(おんたい)も、とうの昔に鬼籍に入り、ご登場の願いは叶いません。
となると、もうこの人しかいません。
(しばらくこの人をテレビで見ないけど、死んでませんよねって、失礼
)
その人の名は、川上哲治氏。現在88歳。てぇコトは米寿ですか、すごい!
しかもナベツネより6つも年上ですか、それもすごい!

ドラフトで自分を指名しなかった経緯もあり、
現役14年間で一度も口をきかなかったV9戦士の親玉を、
星野は現役引退後に”オヤジさん”と慕うようになります。
そして…
「星野は中日の監督になったとき、背番号を『77』にした。
『77』は、川上がV1の年から勇退までつけていた背番号だ。
(中略)星野はこの『77』をいただいた。第二期監督時も
『77』、そして阪神監督になっても『77』をつけている。
星野の監督としての目標は川上のV9であるに違いない。
理想の高さを無言で、背中で、語っているかのようである」
高田実彦著『星野仙一 炎の監督術』(プレジデント社)より
川上さん、今でもNHKラジオでの解説は、担当されてるのでしょうか?
できればその解説のお仕事のついでに、
星野の耳元まで歩み寄り、苦言を呈してはいただけないでしょうか?
明日は、続きを書きます。
父性を感じるのが川上哲治氏なら、
星野が母性を感じるのは、誰なのか?
そしてその方に”星野退治”・”星野征伐”のために、ご登場願えるのか?
その意外な答えを、書いてみたいと思います
三者面談(懇談)がありました。あれ、本当におもしろかったです。
まあ、僕の周りの級友はたいていが面談日が近づくと憂鬱な顔を並べてましたが…
僕は三者面談を、親・担任教師それぞれをチクる場所として活用していたんです。
嫌なガキですねー。こんな具合でした

(机をはさんで真正面に座る担任に向かって)
「あれっ、今日はいい背広着てるやないっすか。そんなん持ってたんですか?
いっつもそでのボタンが取れかけのカッターシャツ(←ワイシャツのコトです
)のすそを、ひざのところが破れたジャージにむりやり入れ込んでますよねぇ…
それに今日はタバコ吸わはらへんのですね。いつもは50分の授業で3〜4本吸ってはるのに?」
(横に座っている親に向かって)
「オカン、いっつも先生のコトを、『あの先生のお父さんが▲◎高校の校長してはるから、
三流私大出でも、すんなり地元の中学教師になれた』ってゆーてるやんか?
なんで今日だけ、”せんせ、せんせっ”て、持ち上げんの?」
(
↑大分県教育委の教員採用問題なんて、どこでもとっくの昔からどあったんです
)(誰に向かって言うともなく…)
「うちって、オトンが夜10時頃にパチンコから帰ってくるんやけど、たいていは負けてスッて
戻るから、そっから荒れるのね。夜中はだいたい夫婦喧嘩してるから、試験勉強でけへん」
これで、たいていの面談は10分以内で終わってくれました。
このブログを読んでいる人の中に、迫り来る三者面談が
悩みの種だという中高生がいるのなら、ぜひこの作戦を下敷きに、
自分なりのセリフをアレンジして試してみてくれたまえ!成功を祈る

星野仙一もたぶん、三者面談は苦手だったでしょう。
できれば今の星野を、倉敷市の水島中学校まで連れてきて、
当時の中学の担任と星野の母親(もしくは父親)との三者面談させたいことろですが、
それも今となっては、無理というものです。
ご存じのように、星野の父親・仙蔵氏は仙一が8か月目の時に、
母親・敏子氏は2003年星野が甲子園で胴上げされた3日前に、91歳で亡くなりました。
30年以上も前の歌を引き合いに出して恐縮なのですが、
(その後、宮崎駿の『魔女の宅急便』で挿入歌になったのでご存じの方も多いと思う)
荒井由実の『ルージュの伝言』でも、こう歌われています↓
「(あの人の)ママから電話で、叱ってもらうわ マイダーリン
」ならば、こういうのはどうでしょう。
実の父親や母親にしかってもらえないのなら、
星野が父性や母性を感じる人物・対象に頼んで、
星野にお灸をすえてもらうという方法です。
星野が父性を感じていた人物・対象として、
まず思い出されるのが、明治大学野球部の名物監督だった島岡吉郎氏。
しかし、その島岡御大(おんたい)も、とうの昔に鬼籍に入り、ご登場の願いは叶いません。
となると、もうこの人しかいません。
(しばらくこの人をテレビで見ないけど、死んでませんよねって、失礼
)その人の名は、川上哲治氏。現在88歳。てぇコトは米寿ですか、すごい!
しかもナベツネより6つも年上ですか、それもすごい!

ドラフトで自分を指名しなかった経緯もあり、
現役14年間で一度も口をきかなかったV9戦士の親玉を、
星野は現役引退後に”オヤジさん”と慕うようになります。
そして…
「星野は中日の監督になったとき、背番号を『77』にした。
『77』は、川上がV1の年から勇退までつけていた背番号だ。
(中略)星野はこの『77』をいただいた。第二期監督時も
『77』、そして阪神監督になっても『77』をつけている。
星野の監督としての目標は川上のV9であるに違いない。
理想の高さを無言で、背中で、語っているかのようである」
高田実彦著『星野仙一 炎の監督術』(プレジデント社)より
川上さん、今でもNHKラジオでの解説は、担当されてるのでしょうか?
できればその解説のお仕事のついでに、
星野の耳元まで歩み寄り、苦言を呈してはいただけないでしょうか?
明日は、続きを書きます。
父性を感じるのが川上哲治氏なら、
星野が母性を感じるのは、誰なのか?
そしてその方に”星野退治”・”星野征伐”のために、ご登場願えるのか?
その意外な答えを、書いてみたいと思います
[ PR ]飛鳥山 マンション
- 北京ショック |
- URL |
- Comment [0] |



)

)
)












)














