土台が流される

August 14 [Wed], 2013, 0:17
妹から「トイレが詰まったので診て貰ったら、それはすぐ直ったけど床下の土台のコンクリが溶けてしまっていると言われた」というわけの判らない電話があった。

つまり、話だけ聞くと今流行の「必要もないのに家のリフォームを薦める」という詐欺そのものなのだが、前から出入りしていて町内の家を一手に引き受けている土建屋というので、嘘とも思えないという。

とりあえず、専門家に来てもらって(それを言った人はプロではあるが土台の専門家ではない)、直すとしたらどれくらいかかるのか調べて貰うことになったらしいのだが、直す金を出せと打診してきた。

冗談ではない。そんな家、ぶっこわして売ってしまえと言ったのだが、やはり嫌がる。一軒家に住みたいんだろうなあ。広いし。平屋だし。マンションの方がいいと思うんだけどな。

しかし金がないのにそんな贅沢は許されない。それでなくてもこっちも将来いや現在が不安なのに、たかられてたまるか。金が欲しけりゃ自分で稼げばいいのだ。

やはり自分の身の丈に合った家に住むべきである。私は2DKかなあ……。

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氷山空母ハボクック

August 05 [Mon], 2013, 8:37

ケーブルテレビのヒストリーチャンネルを見ていたら、「大日本帝国海軍特集」という番組が始まった。昭和17年に海軍省が作った宣伝ドキュメンタリー(?)である。

イケイケドンドンでやっていた頃の話なので景気がいい。南の島を次々に攻略して、原住民の人たちを働かせている映像などが出て、「彼らを教化してやった」「喜んで働いている」「動作が鈍いのは労働に馴れてないからだ」などという北○鮮もかくやと思える耐えられないナレーションが。

かつて日本は世界の覇者だったとかアメリカだったとかチベットだったとか色々言われているが、今回「昔、日本は北○鮮だった」ことも判明してしまった。いや、昭和17年当時は実際そうだったんだけど。

ちょっと心が辛いのでチャンネルを切り替えると、いきなり空母の設計図が出てきた。総トン数400万トン。搭載機数、数百機。氷山空母ハボクックである。計画が本当にあったことは知っていたが、「氷山空母を撃沈せよ!」(伊吹秀明)は空想だと思っていたのだ。どうやら実現しかねないところまでいっていたらしいことは初めて知ったのだった。

ケーブルテレビのナショナルジオグラフィックチャンネルの「シー・ハンター」という番組である。基本的にはダイバーが海のナゾに挑むというようなシリーズらしいのだが、なぜか沈んだハボクックを調べるという企画をやってしまったらしい。そう、ハボクックは実在したのである!

といっても、実験用の模型で、標高2900メートルのロッキー山脈の中の湖に作ったという。模型といっても、1/20だから物凄い大きさである。氷にとあるブツをまぜたパイクリートという素材で作成し、ちゃんと湖に浮いていたという。名前もついていた。「ハボクック」である。

作った人がまだ生きていて、そのインタビューもあった。カナダの兵役拒否者がつれてこられて、新兵器だと知らされずに建造したらしいのだ。基本的には、枠組みを作って氷を入れて固めるだけなので、少ない人数で結構でかい船体をつくれたらしい。

チャーチルがこれの実現にご執心で、何としてでも作れと要求していたのだが、実験が終わったときには大西洋のUボートが鎮圧されていて氷山空母の必要性がなくなっていたのである。それに原爆の開発も進んでいて、巨額の予算が必要な「ハボクックU」の建造は中止になってしまったのだった。出来ていたら歴史が変わったかもしれんのになあ。

チャーチルは「北極行って氷山を引っ張ってくる程度のことがなぜできないのだ」とか言って粘ったらしいが、駄目だったらしい。皮肉にも戦争が終わってすぐ、ちょうどいい規模の氷山が見つかった(飛行機が発着できた)のだが、もう遅かった。その氷山は溶けたそうである。

いやー空想科学現実話を堪能させてもらったが、実はもうひとつ、長年の疑問がやっと解決した。「ハボクック」というのは聖書に出てくる名前で「巨大な」とか「偉大な」というような意味らしいのだが、子供の頃に読んだ海洋冒険小説「ニワトリ号一番乗り」に「予言者ハバクク」というのが出てくるのである。

この小説では、貿易船ニワトリ号の船長がハバククの信者で、その予言に従って乗組員全員とともに船を捨てて逃げてしまう。マリー・セレスト号のように無人となったニワトリ号に、船が沈んでボートで逃げた主人公たちがたどりついて、それじゃあこの船をイギリスまで持っていこうとかいって冒険が始まるという面白い話なのだが、あのハバククが氷山空母につながっていたとは今日まで気づかなかったのであった。

歴史って本当に面白いですね。

夜の彷徨

August 05 [Mon], 2013, 8:36
そういえば、私は昔「ナイトウォーカー」だったのだった。

中学生時代、何とか現実に適応しようという試みのひとつとして、夜中にほっつき歩いていたのである。もちろん、家族が寝静まってからのことだ。といっても、せいぜい家から半径数キロ圏内だったが。

夜中の街ってのは、なかなかムードがあるものである。午前2時頃になっても、結構窓に明かりがある家や部屋があって、何となく心癒されたりして。孤独を求める者は、基本的に自分は一人が好きなのだが、かといって誰もいないと寂しい。自分と関係ないところで人の営みがあるというのが良いのだなあ。

ほっつき歩いて、疲れたら公園のベンチとか巨大なタイヤの中とかで休んだりしていたが、そのうちにチャリで結構遠出するようになり、ある日空港のそばに迷い込んでしまってパトカーに囲まれたことがあった。どうも、外国の要人か何かが夜中に着くことになっていたのか、警戒態勢だったようである。

パトカーの無線で「1名確保」とか警官に言われて、あー困ったなあとかぼんやり思っていたら、住所氏名を言ったらすぐに解放してくれた覚えがある。ま、当時は中学生がテロやるという発想なかったんだろうな。あの時大学生とかだったら過激派だと思われてヤバかったかも。

夜中に歩く時の心境を散文で書いて学研に送ったら、採用されて学習雑誌に載ったのはいいけど、かなり修正されていてショックであった。編集者はああいうの、勝手に変えちゃうんだということを知ってしまったのだった。ナイトウォーカーの孤独なニヒリズムを書いたはずが、ただの中学生の好奇心に変えられていたもんなあ。

今はもう、夜に出歩いても面白くないのでやっていない。ああいうのは禁止されてないとやる気になれないのであった。
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