方キロメートル超

August 28 [Wed], 2013, 18:23
遵義会議は四川省への進軍を決定した。しかし、毛沢東にとって、この進軍は下手をすれば命取りになるおそれがあった。四川省に進軍すれば、張国烹軍と合流することになる。張国烹は、紅
軍第一方面軍よりはるかに強大な八万余りの第四方面軍を率いる百戦錬磨の軍人だ。
この強大な部隊と合流したら最後、洛甫の党ナンバ11の地位――そして、黒幕たる毛沢東の地
位――は非常に危うくなると思われた。張国黒は、 一九二一年の中国共産党第一回党大会で議長を
つとめた大物だ。当時、毛沢東は末席に連なる無名の参加者でしかなく、洛甫にいたってはまだ共
産党員でもなかった(洛甫の入党は一九二五年)。規則を曲げてむりやり書記処に割り込んだ毛沢
東とちがって、張国黒は正真正銘の書記処メンバーだった。加えて、張国壽はコミンテルン執行委
員会委員という相当に威信の高い地位にあり、モスクワ暮らしが長かったことからソ連に対する影
響力もあり、スターリンに面会したこともあった。 一九三一年一月にモスクワから帰国したあと、
張国烹は上海の命を受けて、華中東域の湖だ省、剛配省、貿御省が境を接する地点に作られた躙戦
院根拠地に赴いた。張国烹の指導下で部豫院根拠地は瑞金の中央根拠地に匹敵する規模に発展し、
かん
一九三二年夏には面積四万平方キロメートル超、人口二五〇万、兵員四万五〇〇〇の軍隊を持つ革
命根拠地になっていた。その年の秋、落介石軍の攻撃を受けて根拠地を放棄したあと、張国憲は四
川省北部へ移動し、 一年で部豫院よりさらに大きな根拠地を新たに建設し、第四方面軍を八万以上
の兵力に拡大した。張国烹はまちがいなく共産党員として最大の成功をおさめた人物であり、指導
部に加われば必然的に新しくナンバ11に選ばれるものと思われた。
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