楽天・田尾監督 辞任 

2005年05月20日(金) 9時15分
楽天・田尾監督辞意「話が全然違う」

楽天の田尾監督は昨日、三木谷オーナーに辞意を伝えた。
当初、三木谷オーナーは「そんな話はしていない」と否定したが、田尾監督は「辞意? そうです」とあっさり認めた。理由について問われると「成績不振の責任は監督にある」と前置きしながら、「就任のときと話が違う。オーナーとGMの足並みも揃っていないし、チームを強くしていこうという熱いものが感じられない」とバッサリ。報道陣から「引き受けて損したか?」との問いには、「いい経験になりました」と笑顔で答えた。
田尾監督の暴露を受けた三木谷オーナーは「そういう話は確かにあったが、こちらとしては説得している」と引き留めに必死だという。

田尾監督笑顔で辞任「スッキリした」

楽天・田尾監督はこの日、フルキャストスタジアム宮城の記者室裏で会見した。
「選手もコーチも一生懸命やってくれました。成績不振の責任は監督にあります」と一切の責任を背負った。オーナーとの確執を聞かれると、「確執というか、考え方の相違」とだけ答えた。三木谷オーナーは次期監督について「いま人選中」とだけ答え、姿を消した。

夜行列車殺人事件 

2005年05月10日(火) 9時35分

警視庁警部・十津川省三シリーズ1夜行列車殺人事件

ストーリー 国鉄・木本総裁(神山繁)宛に送られてきた爆破予告の手紙。国鉄当局と警察は対策に苦慮する。一方、“国鉄全線完乗”を目指す藤代(菊池健一郎)という男が殺された。ところが、その腕時計のアラームが爆破予告時刻にセットされていた。十津川警部(鹿賀丈史)の調べで、犯人の恐るべき計画が判明、全夜行列車に厳戒態勢がひかれた。

キャスト 十津川警部…鹿賀丈史  亀井刑事…橋爪 功
西本刑事…坂口憲二  日下刑事…山田純大  氷室悠子…若林しほ
藤代友彦…菊池健一郎  中河英男…甲本雅裕  桜井刑事…合田雅吏
三田村刑事…萬 雅之  田中刑事…須藤正裕  北条刑事…岩崎ひろみ
松木車掌…小林 隆  三浦刑事…川端竜太  江島警部…不破万作
小野田副総裁…佐々木勝彦  木本総裁…神山 繁  北野 浩…モロ師岡
三上部長…石田太郎  本多捜査一課長…平泉 成


犯人=中河英男
動機=国鉄とフラれた恨み

燕爆発 虎大逆転負け 

2005年04月30日(土) 10時56分
燕史上初14点差逆転
 神宮球場で行なわれたヤクルト対阪神9回戦で史上初の珍事が起こった。
 阪神は初回に赤星の先頭打者本塁打などの4点を皮切りに、5回までに16安打14得点の猛攻。5回表を終了してヤクルトはたったの2安打、虎のエース・井川に完全に封じ込められていた。ヤクルト・八重樫打撃コーチが「あれが分岐点になったね」と振り返ったのは5回裏。先頭打者・青木に対して井川が頭部へ死球を与え、危険球退場となった。阪神・岡田監督は「確かに井川の降板は予想外だったけど、14−0やし大丈夫やろうと思ってた」と振り返る。阪神はここでルーキー・辻元をマウンドへ送る。阪神・久保投手コーチは「14点あるから思い切り腕を振っていけって言ったんだけど、固まってたな」と苦笑い。ゴールデンルーキーの初登板が歴史的大逆転劇のきっかけを作った。

神 450060000 14
ヤ 00000169X 16

<勝>山 部 2勝2敗
<敗>安 藤 1勝1敗2S
<援>石 井 1勝1敗11S
<本>赤 星A  今 岡EF  スペンサーE
   矢 野B  鳥 谷B
   岩 村JK 青 木A  ラミレスI
   鈴木健G  古 田D  城 石B

阪神・岡田監督「まさかやな。言葉も出えへんわ」
ヤクルト・若松監督「史上初?だろうね。明日が怖いな」
ヤクルト・八重樫打撃コーチ「辻元は球が甘かったな。ほとんどのバッターが真芯で捕らえていた。打撃コーチとして選手に感謝したいね」
阪神・久保投手コーチ「こんな試合をしてたんじゃ投手コーチはクビだな」

山本監督代行も辞意 

2005年04月27日(水) 6時32分
休養中の堀内監督がシーズン終了をもって退団する意向を表明したことを受けて、山本功児監督代行は「監督が辞めるのにヘッドコーチが残ってどうするんだよ」と次期監督説を一蹴。堀内監督の正式な辞意を受けて、弘田外野守備走塁コーチがすでに辞意を伝えていた。
また、正式な辞意表明があったことで、巨人・滝鼻オーナーは「シーズン終了後に新しい体制が発表できるよう調整したい」と話した。

G堀内監督休養 

2005年04月27日(水) 6時20分
この日の阪神戦に敗れ、リーグ最速で60敗を喫した巨人・滝鼻オーナーは「成績不振と体調を考慮した」として堀内恒夫監督の休養を発表した。後任は山本功児ヘッドコーチが指揮をとる。巨人の監督がシーズン途中で休養するのは史上初めて。
会見に同席した清武代表は「監督からの申し出?いえ、オーナーと球団社長との話し合いで決定し、昨日、堀内監督に伝えました」と事実上の解任であることを認めた。
堀内監督はこの日、自宅前で報道陣の取材に応じ、「何も言う事はないよ。会見がすべて。体調は問題ない。結果がすべてだ」と渋い顔で受け答えた。ファンに対して一言と言われると「期待に応えられず申し訳ない」と頭を下げた。山本監督代行は「昨日電話で聞いた。やれと言われたらやるしかない」と話した。また、シーズン前に「この戦力で優勝できなかったら辞める」と発言したことについて、「うまくいかないね」と進退問題はかわした。
堀内監督の事実上の更迭について渡辺恒雄前オーナーは「これだけ負けたら監督が責任をとるのは当然。来季?わからんわからん」と不敵な笑みをみせた。巨人ファン1000人に緊急電話アンケートを実施したところ、有効回答数のうち87%が「賛成・仕方ない」だった。

八重樫監督以下コーチングスタッフ発表 

2005年04月26日(火) 9時26分
八重樫ヤクルト ヘッドに大矢氏 
ヤクルト本社で八重樫監督の就任会見が行なわれた。前チーフコーチの渡辺進GMと、元横浜監督の大矢明彦ヘッドコーチが同席した。八重樫監督は「若松さんの後は古田がやるものだと思っていたので、話を頂いたときは正直驚いた」と率直な感想を述べ、「チームは世代交代の難しい時期にきている。どこまでできるかわからないが、できる限りのことはやるつもり」と苦労人らしく真面目に答えた。チーフコーチからの転身となった渡辺GMについては「オーナーのほうからGMの人選を相談され、チームの現状を把握できている渡辺チーフを推薦しました」と八重樫監督。渡辺GMは「監督とは現役時代からずっと一緒にやってきた。言いたいことは言い合えるので、チームの活性化に繋がれば」と要請を快諾。八重樫監督の参謀となる大矢ヘッドコーチは「監督もおっしゃったように次は古田だと考えていたので、まさかまたヤクルトのユニフォームが着られるとは思っていなかった」と驚きを隠せなかった。コーチングスタッフの詳細は以下のとおり。( )内は前職。

監督 八重樫 幸雄 (打撃コーチ)
ヘッド 大矢 明彦 
投手 尾花 高夫 (ソフトバンク投手コーチ)
投手 荒木 大輔 (西武投手コーチ)
打撃 杉村 繁 
内野守備走塁 辻 発彦
外野守備走塁 西岡 良洋
バッテリー 高橋 寛
二軍監督 小川 淳司
二軍ヘッド兼投手 松岡 弘
二軍投手 伊藤 智仁
二軍打撃 荒井 幸雄
二軍打撃 角 富士夫
二軍内野守備走塁 水谷新太郎
二軍外野守備走塁 城 友博
二軍バッテリー 中西親志

ヤクルト新監督に八重樫コーチ 

2005年04月20日(水) 11時32分
ヤクルト・八重樫新監督誕生へ
 若松前監督の退任、古田の監督要請拒否などで迷走を続けていたヤクルトの監督人事は八重樫幸雄打撃コーチの昇格で一本化、明日にも発表される。
 これは多菊社長が明かしたもので「うちのOBにも優秀な人材はいます。八重樫コーチなんか二軍監督もやってるし、適任じゃないか」と名前を挙げた。多菊社長の言葉どおり、八重樫コーチは現役24年(実働23年)ヤクルト一筋で、引退後は二軍バッテリーコーチに就任。98年には二軍監督としてファーム日本一を達成、99年若松政権下ではチーフ兼打撃コーチを務める。翌2000年からは打撃コーチに専任し、岩村や宮出、ユウイチらを育成した。また、ラミレスが日本野球に馴染んだのも八重樫コーチの尽力によるもの。選手からの人望も厚く、熱心な指導法には定評がある。中西太氏の打撃理論の継承者で、若手の早出特打には必ず付き添うなど、とにかく熱心。現役時代は独特のオープンスタンスで一世を風靡したが、あれも研究に研究を重ねた結果、辿り着いたもの。苦労人だけあって選手の親身になれる存在だ。
 球団関係者によると、ヘッドコーチとして中西太氏を招聘したいという。コーチ陣にはダイエー・尾花投手コーチ、西武・荒木投手コーチ、元横浜監督の大矢明彦氏など、複数のOBの名前が挙がっている。

ヤクルト・若松監督退任 

2005年04月20日(水) 10時52分
ヤクルト・若松監督退任「すっきり」と笑顔
 今季4位に終わったヤクルト・若松監督が、契約満了のため退任することになった。若松監督は会見で「肉体的に厳しいときもあったけど、コーチ・選手・裏方さんのおかげでここまで出来た。すっきりしている」と笑顔を交えて会見。故郷である北海道日本ハムの監督就任の話には「まだ、そういう話は聞いていないので、答えようがないよ」と苦笑した。後任の監督については「古田? それは古田とフロントが話して決める問題でしょう」と話した。
 また、若松監督退任に伴って渡辺チーフコーチ、小川二軍監督も辞意を表明した。


古田、監督就任拒否「現役にこだわりたい」
 若松監督の退任に伴い、後任人事に追われていたヤクルト・多菊球団社長は、この日、古田敦也捕手に監督要請を断られていたことを明かした。多菊社長は「兼任監督案も提示したが、本人はあくまで現役一本で行きたいということだった」と渋い顔。当の古田は「とてもありがたい話だけど、僕はあくまで現役にこだわりたいんで」と淡々と話した。規定路線と思われていた古田監督が暗礁に乗り上げ、ヤクルトは次期監督探しに追われることになる。
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