※このブログはフィクションです。

2010年11月
« 前の月    |    次の月 »
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
プロフィール
  • プロフィール画像
  • アイコン画像 ニックネーム:kazmania
読者になる
Yapme!一覧
読者になる
犬の生活やらねば / 2010年11月20日(土)
昨日、11時近くまで残業した所為か、起きると昼の1時。寝たのが4時近くとはいえよく寝たものだ。おかげで体調もよい。シャンプー買わないとと散歩に出かけるが、天気もいいので遠出することに。久しぶりに秋葉原へGO。岩本町で降り、ぶらぶらしたあと、ヨドバシへ。DVDコーナーみていると、スネークマンショー「楽しいテレビ」があり、去年出てたのかと購入することに。そのまま、お笑いの棚をみていると「麻理子の部屋」??なんだろう、大江アナは好きだから即決で買い。徹子の部屋的なものを想像していたがパッケージをみると、麻理子さんの部屋へ犬が行って、麻理子さんにいろいろしてもらうって、、テレ東ぽいっちゃあぽい内容。いやいやこれでEDが治るならいいのさ。他にも寄りたいところあったのだけれど、DVD買うとみたいじゃん、おれ我慢できるほど大人じゃないじゃん。てなわけで帰宅することに。JR改札前で万歩計を落としお兄さんにひろって貰う事件を乗り越え、いい感じの喫茶店をふりきり、都営新宿線に乗り込み帰宅。あっシャンプー買うの忘れてた。
 
   
Posted at 22:21/ この記事のURL
吉祥寺 しまおまほ そしてみかん / 2010年11月14日(日)
今日も右手にオリンパスペン、左手に花束、唇に火の酒、背中に猫を背負って町へ出ろ!と4万円のコートを羽織袴でお出かけ。バスに乗ってみるかと駅前でもないバス停(千歳烏山は都市計画の敗北により、駅前ローターリーがない)から乗車。なにやら体育会系女子大生がたくさん乗ってきた。どうやらこれから試合のよう、自転車組もいる模様なので近くの体育大か?バスは出発し窓から自転車に乗った仲間に声をかける女子大生、うるさく苛立ちもあるのだが反面若さゆえのバカ騒ぎに懐かしさも感じるお年ごろ。ここで運転手からのマイクパフォーマンス「危険ですので、窓から手をださないでください。」そんなこんなで三鷹を抜けてバスは吉祥寺へ。百年って本屋さんに直行、ここは広すぎず、狭すぎず、ほどよく入りやすくてよい。(高校時代のトラウマで小さい個人経営のお店に入るのに勇気がいるの。※俺の海〜青年飛翔篇参照)しまおまほ一家御三方のサイン入り写真集「まほちゃん」、みうらじゅん著「VOWでやんす!」、稲垣足穂著「宇宙論入門」を購入。しかし、休日の吉祥寺は人が多いな、と人がいない方に歩を進めていると、井の頭線にぶつかる。このあたりまで公園になってるんだと、写真を撮りながら歩いていくうち、烏山まで歩いちゃえという気持ちがむくむくと大きくなり、それが雲になって、夕日に赤く染まっていた。青と朱と黒がグラデュエーションになった空はそれはもうきれいであそこに天国があるんだと言われれば信じてしまいそうな美しさで、それを僕はまた写真に撮るうちに周りが畑だらけになったんだ、農作業しているおじさんの畑の向こうにさっきまでいた、吉祥寺のビルがそびえ立つ景色はだれかにみせてあげたかったな。そして畑やら玉川上水やらに沿って歩くと、途中、コインロッカーに農作物が入っていてお金入れると開くってシステムに21世紀を感じ、300円で買ったみかんが思いのほか多くて、あたりは暗くなって道もわからないしでも方角はとにかく南へいそごうと歩いていたら、1時間強で無事帰宅。ちょうど坂本教授のスコラにも間に合い大満足の一日でした。
 
   
Posted at 23:25/ この記事のURL
ムシャノコージ / 2010年11月13日(土)
明日、ガス設備定期保安検査ってので東京ガスの人がくるからって、部屋を掃除、ふとんを干すのは気持ちがいい。ちょっと散歩しようと、電車に乗る。つつじヶ丘でふと降りてみる。南口の方に出た。そういえば電車から眺めて気になっていた丘の方にいってみようと(干拓地育ちの所為か丘の上や斜面の住宅に憧れをもっている。玄関に階段があるなんてすてき!でも年取ったら登るのつらくなるかなとか妙に現実的になったりして)歩いて行くと川があるため一旦、坂道を下ることになる。小さな川を越えるとなにやら建物が、武者小路実篤記念館だ。しかし、私はあまり好きではない、鶴太郎と同じレベルにみている。いや、鶴ちゃんの方があつあつおでんの芸があるから上だ。丘の上に行くと武者の公園もあるようだが外から眺めて中には入ってやるものか。坂の途中にツタの絡まったいい家があったので激写。丘を越えてしばらく歩くと仙川の町へたどり着き、そのまま家まで歩いて帰宅した。
 
   
Posted at 23:05/ この記事のURL
camera talk / 2010年11月03日(水)
 今日は11月7日の結婚式のため、写真機を購入する日。日曜日に下見をし、コンパクトカメラか、一眼か、気軽に持ち運べる利点はあるが、それなら携帯のカメラでもよいし、、。よし!オリンパスPENにしよう!!宮崎あおいがかわいいし!!!と決意を固め新宿はビックカメラへ!新宿ならヨドバシなのですが、カメラが売り場せまくて窮屈なので、、、9月にモヤさまDVD大人買いしたから許してね。さあ、オリンパスPENと決めたものの、現行PENにはE-P2とPL-1があるのである。デザインならE-P2なのですが、値段も10マソ(これくらいはリッチなあっしにゃ買えるけどね)でフラッシュなし、廉価版のLiteなら機能ほぼ同じでフラッシュ内蔵、ただまるこいデザインがいまいちグッとこない。が、フラッシュないとちょっとしたとき(どんなときだ)に不便かなと、Liteに決めた。あとは色である。なんである。あいである。青、赤はないなと、黒か白だな、いや、シャンペンゴールドという名のシルバーに黒革シールでライカ風にする手もあるぞ。折衷案で白に黒革シール張ることにした。(店員さんがパンダカメラと呼んでいたのが気にはなったが・・・)5年保障、メモリ等込で約6万5千円に18%ポイント還元。相場を調べてないのでお得だったかは?だが目的を果たした。夕方、自宅へ帰ったあと近くを散策し、(結局隣の仙川まで歩くことになるのだが)甲州街道やら焼肉屋やら電車やらを撮ってみた。そうそうご無沙汰していたあいだに北区から世田谷に引っ越しましたの、ほほほ(世田谷マダムのイメージ)。夜だからあまり練習にはならにゃい、土曜に撮影の練習をして日曜の本番に臨む所存である。
 
   
Posted at 23:51/ この記事のURL
手創り市 / 2009年02月28日(土)
今日は雑司が谷鬼子母神で手創り市が開催されるので、お昼過ぎに都電で出かけました。あっそうそう、麻生。ご連絡が遅れましたが、高級住宅街亀有(住所は足立区!)から板橋(住所は北区!)に引っ越しましたのよ。都電は新庚申塚から乗車、家からは徒歩10分くらいかな、埼京線、三田線、荒川線と三路線使えてべんり!鬼子母神で降りる予定が手前の雑司が谷で降りてしまった。まあ、都電の一駅なので十分徒歩でいけるんだけど。鬼子母神の境内に行くと露天でたくさんの人が手作りの器やら、バッグやら、アクセサリーやら小物を売ってました。境内はいるとなんか初老の紳士にいきなり写真を頼まれました。境内に樹齢何百年だかの木があってそのまえで夫婦で撮りたいようです。テレながらもチーズといって一眼レフのシャッターを切りました。名物の団子やらがあったのだけれど特に食せず、定期入れが欲しかったので千円で革のシンプルなものを買いました。木の靴べらもあったけど、木目が好きじゃなく買うにはいたらず。会場を後にし、駅前のみみずくラーメンを食べたよ。しょうゆラーメンだけど、細メンで具もたくさん入ってておいしかったし、シュウマイもおすすめです。駅の反対側にいくと子育てもなかってのを売っててひとつ食べました。あんこがいいですね。その近くに古本市開催の張り紙があり、やるのは来週だったけど、明治通りを池袋方面にいったところで歩いていけそうだったので行ってみました。ここの古本屋は知らなかったなあ。そとにあった、89年夏の甲子園大会(元木の上宮がでた年です)の雑誌とキネマ旬報の96年のもの(武のキッズリターンズのインタビューがのってました。)を各100円で購入。そのまま池袋に行き、ジュンク堂でナンバーのバックナンバーを買いました。(714号野茂の引退特集)はじめて入ったスーツカンパニーで1900円のネクタイを2本買ったあと、夏木マリのちりとんてんだかどですかでんだかのうどんを食べに歌舞伎町に行ったのだけれど、1時間待ちであきらめ(山手線が5分くらいとまってたのがそのお告げだったのかしら)、はげ天でてんぷらをたべて帰りましたとさ。
 
   
Posted at 22:16/ この記事のURL
Happy Birthday / 2009年02月26日(木)
 きょうは父の誕生日、だけど、プレゼントも贈ってないな。
もう、還暦も過ぎたのだけれどまだまだ、現役で勤労されております。
自分が仕送りするべっきーなのだけれども
薄給なもので

白球といえば、清原のDVDを仮面ライダーアマゾンにちゅうもんしたお
525本塁打全打席にひかれしまった。
 清原といえば“番長”になっちゃったけど、自分はなんといってもかっとばせ!!キヨハラくんのイメージだな。野球は好きだけどさ、80年代にパリーグの試合なんて中継ないし、オールスターか、日本シリーズくらい。今なら実家の九州じゃ、ホークスの試合やってるから見れるんだけれど。(巨人戦の差し替えは熱狂的巨人ファンの祖母には酷さ)
 てなわけで、ぼくの清原像は清原和博ではなく“キヨハラ”なのね。うーむ、やっぱりカイアンツとか微妙にかえてるあたり、無許可で書いてたのかいな? ただ、昭和60年夏の甲子園大会決勝のPL学園対宇部商の試合はおぼえてんだ。家の座敷に近所の人も何人かいて、テレビを見てて、茶の間じゃないのは多分、クーラーが当時は座敷にしかなかったからだと思うのだけれど、ふすまがあいてて、廊下にいた記憶もあるんだな。
 当時、KKコンビ率いる最強PL学園に対する宇部商(山口)うちでは甲子園はまず、佐賀代表→九州→中国・四国→関西代表と応援してるチームが負けると周辺地域のチームを応援する慣わしがあるので当然、宇部商をみんなで応援。当時、幼稚園児だったから、そんなに集中して試合見るわけでもなく、だから、廊下でひとりで遊びながらテレビの音だけ聞いてたと思うんだけど、わあって歓声があがって、「あ〜また、清原が打ったぁ」っていってたのは覚えてる。後から試合の結果をみると、2本の同点ホームランを打っててなるほどなと。清原本人もナンバーでわたしのベストゲームに選んでたよ。
 有名な二本目の本塁打のときの「甲子園は清原のためにあるのか!」は朝日放送のアナウンサーさんだからきっときいてないけど(NHKをみてたはず)、ほんとうに甲子園は清原のためにあった瞬間だった。
 こないだTBSのニュースキャスターに清原がでてたけど、たけしがちょっとあがってたのが面白かったな、野球すきだからなあ。

 野球の話は尽きないのでまた後日。
 
   
Posted at 21:04/ この記事のURL
エドはるみ / 2007年11月30日(金)
先ほどぐるナイをみていたらゴチがポールボキューズだった。一回食べてみたいんだけど、なかなかいけやしないよ。そのあとエドはるみという芸人さんがオッパッピーのあとにネタをやっていた。不勉強なせいか存じ上げなかったがネットで検索すると品川庄司が彼女についてのトークをしている動画があった。どうも出川哲郎と同世代の人で2年前にNSCにはいった人らしい。話のなかで学生時代に左翼のアジ看板の前で撮った写真をみせてもらいきれいだったといった件があったのだが、、あれもしかして…。調べてみるとやはりとういうか明治大学しかも文学部ときたもんだ。もしかしたら演劇学専攻なのかな。しばらくほうっておいたブログですがここで高らかに復活宣言、、といきたいとこだがまた気まぐれに書くかもしれないし書かないかもしれないそれはまた別の話。
 
   
Posted at 21:21/ この記事のURL
西新井大師 / 2006年12月27日(水)
今日は台風一過、天気がいいので布団を干した。定期的に干さないと気持ち悪い。ところが風が強くふとんがふっとんだ。毛布が雨で濡れていたベランダに落ち泥で黒く汚れ、布団もカバーが汚れてしまったので洗濯する羽目に。ひと手間増えてしまった。洗濯を終え毛布を今度はしっかり布団挟みで留めてからお出かけ。今日は以前から気になっていたデザインアンダーグラウンドというお店に行くことにした。天気がいいと出かけたくなるんです。そういや、昨日の深夜、家が震えるほどの落雷がありました。地図を見ると西新井大師の駅が近そうなので東武線へ。時間もあることだし東武線の駅まで歩いていこうと綾瀬方面に歩き出した。いつもは通らない綾瀬駅の北側を東西に走る道路沿いに古本屋を発見。ガンダムの小説が50円だったので2冊購入、それと逆説の日本史の第2巻、嶽本野ばらのエミリーを購入。そのまま五反野の駅に向かった。わりと距離があったがいい運動だ。寄り道をしても1時間かかっていない程度の距離である。駅に着くとなぜだか高校生がいっぱい。近くに高校があるのだろうか?異常な数だ。電車に乗り、西新井で大師線に乗り換える。乗り換えの改札で切符が吸い込まれあれれ?と思ったがそういうシステムらしい。つまり西新井大師の駅に券売機はなく改札もスルー、降りた西新井の大師線のホームにある券売機で切符を購入するのだ。西新井から目的のお店まで歩く。15分ほどで場所に着いたのだが店が見当たらない。しばらくうろうろして住所のところにいくとシャッターが降りている。あっ休みなんだ…年末だしな、今度は電話入れてからにしよう、トホホ。駅に戻り、東武線から日比谷線直通の電車で仲御徒町へ、秋葉原界隈を探索した。怪物くん、ドラえもん、21エモンなど藤子作品のVHSビデオが安く売られていたがたくさん買うほど安くなるシステムで今日はちょっともって帰るのやだなあってことで断念。ふらふらと小川町の古本屋まで行き、ベストキッドとたのきんトリオの映画のパンフを購入。そのあと行こうと思っていた洋食屋が満席で入れない涙。近くをまわると居酒屋かあさんってお店があったので入ることに。なんでもひとり従業員が休みらしく料理が追いつかない様子で大変そう。魔女つくね、たまごやき、から揚げなどを食べたがどれも手作りの家庭の味で濃すぎずおいしかった。別の店が宮迫のドラマに使われたらしい。帰宅途中から頭が痛い、疲れたのかな。寝れば治るさ。では、またいつか。
 
   
Posted at 23:06/ この記事のURL
お別れ / 2006年12月24日(日)
 先週の日曜日、学生時代の友人から卒業以来、三年半ぶりに電話がかかってきた。あれっと思いつつ同窓会でもやるのかと一瞬心がときめいた。久しぶり、弾む自分の声と違い友人は静かな調子で話し始めた。心のときめきは消えた。「○○がね、亡くなったんだ。それで24日に告別式だからよかったら参加して。」話のトーンからいい話では無いことは察していたが、なかなか現実を受け止められず、心のどこかでどっきりなんだと思い込ませて心の平衡を保たせようとした。「うん、いくから。」と涙をこらえて答えたが、声は震えていた。友人も同様に思えた。電話を切ると嗚咽がとまらなかった。これは最近涙もろくなった所為じゃない。それからクリスマスイブに葬式なんてあいつらしいなとふと思った。
 式当日、式場まで車に同乗させてもらうことになり9時前に待ち合わせの駅の西口に到着した。もうひとり、同じく同行する友達が立っていた。なんか大きくなった気がする。しばらくすると車が到着した。あとひとり、始発の飛行機で羽田から向かっている友人と合流する駅に到着。予定より早く、1時間ほど時間が空いたので朝食を取ることにした。そば屋で春菊天そばを頼んだ。正直あまりうまくはなかった。駅の周りを探索するも何もないところでみるものもない、東京から車で1時間もくるとずいぶん田舎だ。友人が合流し式場に向かった。車は田んぼだらけの田舎道を走っていった。
 式場に着くと知っている顔が何人か見えた。できればもっといい再会をしたかった。時間となり、香典を渡し、中に入ると亡くなった友達の遺影が厳かに飾ってあった。その荘厳な雰囲気とは逆に友達の顔はいつものとぼけたような表情をしていた。そのコントラストが悲しみを一層強くした。席に座り待っているがなかなか始まらない。すると和尚様が遅刻しているのでお待ちくださいとアナウンスされた。なんだかあいつらしいなと思った。焼香を済ませ、最後に母親からのあいさつだった。ずっとこらえていた涙がひとすじ流れた。私は葬儀の間ずっとコントなんじゃないかと思えてならなかった。それだけこのことが信じられなかったからだ。最後の会ったのは5月のGWのころだった。バイト先の本屋にふらっと現れ、次の日、亀有の喫茶店で話をした。そのとき前より元気が無いようにも思えた。しかし、笑い話もしていたし少し気になることはあったが重大には考えなかった。もう一度会いたかった。あの日、はじめに行こうとした喫茶店はつぶれて更地になっていた。あいつらしいなと思った。
 
   
Posted at 23:53/ この記事のURL
木曜の階段 / 2006年06月01日(木)
本日フルタイム、全日5Fレジ。なんだかカードでの高額購入が多く客の割には売り上げがあった。あと5千円出す人が多かった、日によっては1万円札ばかりでておつりのお札不足が深刻になるんだけど給料日との兼ね合いがあるのだろうか。お昼は昨日の夜に半額で買っていたハムカツサンド、大分節約になるなあ。サンドイッチが大好き、サンドウィッチ伯爵の次に好きだと思うよ。空調が変な音しだして止められる、至極暑い、足が特に堪らずしばらく靴を脱いでいた。返品下ろしたり、コピーとったりしたあと6時過ぎに遅い休憩なぜか東スポが置いてあってミルクティー飲みながら観賞。1面が宇宙人だった、これぞ東スポの真骨頂。かえりはバジル味のフライドポテトを食べた。なんだか足がだるい1日立ってたのと階段上り下りしたからだな、もっときたえなきゃ
 
   
Posted at 23:23/ この記事のURL
  | 前へ  
 
GMO MadiaHoldings, Inc.