いつの時代から姓の役割が、職的なものから権威的なものに変わっていったのか? 

2007年10月16日(火) 0時08分
姓の意義
姓は天皇から賜与されるもので、天皇・皇族は有しないもの
わが国においては、姓は、臣民たることの表象として、その奉仕や忠誠の度合い
に応じて天皇から賜与されるものであった。


姓とウジ名とカバネの関係
支配層(貴族等)では、ウジ名とカバネをあわせたものが姓とされた。
せい

※【実例】
・藤原朝臣不比等… 姓は「藤原朝臣」(藤原=ウジ名、朝臣=カバネ、不比等=実名)

・源朝臣融… 姓は「源朝臣」(源=ウジ名、朝臣=カバネ、融=実名)


カバネは、ウジの職務や家柄などの公的な地位を示すものとして、ウジの首長(氏の
上)に対し、天皇から賜与されたもの。5世紀末頃に成立し、7世紀末頃までには世
襲されるようになったと見られる。



名字の発生と姓
・時代が進むにつれ(遅くとも平安時代後期までには)、公的な呼称とされた姓と
は別に私的な呼称の名字が発生。
・名字が使用されるようになった後も、姓(ウジ名とカバネ)が正式な呼称とされ
せい
た。例えば、明治の初めまで公文書には姓と実名が使用された。


明治の民法(明治31年(1898年)公布・施行)
明治の民法は、戸籍を同じにする戸主と家族から構成される家を中心に立法
・「氏」は、家の名称とされた(一家一氏の原則)。

参考資料http://www.kantei.go.jp/jp/singi/kousitu/dai8/8siryou4.pdf#search='姓'

世界七不思議ってなに? 

2007年08月29日(水) 1時21分
>>世界七不思議ってなに?

世界の七不思議(せかいのななふしぎ)とは、古典古代(古代ギリシャ・古代ローマ時代)における7つの注目すべき建造物のことである。

一般的に挙げられる七不思議は以下の7つである。

ギザの大ピラミッド
バビロンの空中庭園
エフェソスのアルテミス神殿
オリンピアのゼウス像
ハリカルナッソスのマウソロス霊廟
ロードス島の巨像
アレクサンドリアの大灯台

この内アレクサンドリアの大灯台は、実際にはフィロンの選んだ7つには含まれていない(フィロンが選んだのはバビロンの城壁)。

これらのほとんどは地震や破壊などで消滅してしまい、「ギザの大ピラミッド」のみが現存する唯一の建物になっている。

この他、シドンのアンティパトロス、ローマの大プリニウスなど、さまざまな学者・歴史家・詩人が七不思議を選定している。

参考URL http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%96%E7%95%8C%E3%81%AE%E4%B8%83%E4%B8%8D%E6%80%9D%E8%AD%B0

三大ピラミッドってなに? 

2007年08月29日(水) 1時19分
>>三大ピラミッドってなに?

 三大ピラミッド(さんだいピラミッド)とは、エジプト、ギザの砂漠にある3基のピラミッドの総称。被葬者は、古代エジプトのファラオであるクフ王、カフラー王、メンカウラー王とされる。また、スフィンクスも三大ピラミッドに隣接している。

参考URL http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%B8%89%E5%A4%A7%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%9F%E3%83%83%E3%83%89

アッカド王国はなぜ滅びたのか? 

2007年08月29日(水) 0時44分
>>アッカド王国はなぜ滅びたのか?

農耕を主な生業とするシュメール人が4500年前にウル第一王朝を作りますが、遊牧民であったセム系のアッカド人に征服されるのが4350年位前です。アッカド人の王は部族を常時軍隊として編成していて、弓矢を主兵器として軽快な機動力を持っていました。

 しかし、アッカド王朝も他の遊牧民に攻撃されて衰え、ふたたびシュメール人に政権を取られてしまいます。このシュメール人の王朝を、ウル第三王朝といいます。ウルク、ウルといった遺跡がありますがバグダッドの南方数百キロに位置しています。日本の自衛隊が派遣されているサマワの近くです。
 ウルは現在イラクにおけるユネスコ世界遺産への登録候補地6カ所の内の一つとしてとして指定されています。

参考URL http://www.sunqueen.co.jp/yu-yu/history-02.htm

旧約と新約の違いB 

2007年08月28日(火) 5時19分
>それぞれの聖書は、いつ誰が書いた
 
 旧約は紀元前1100年ごろから後1世紀にかけてイスラエル人の無名の著者たちによって、主にヘブライ語で書かれた。さまざまな年代、時期に成立した、もろもろの文書から成る。
 新約は、50〜150年ごろに初期のキリスト教の共同体の中で、おそらくはイエス語録のようなものを中心に、他の資料が共同体の信仰の中で取捨選択されながら形成された。ギリシア語で書かれた。

>新約聖書と旧約聖書の違いは何でか。
 
 キリスト教ではユダヤ書を古い神との契約としています。その後神との契約しなおしたのが、新約聖書だとしています。
 そしてキリスト教では救世主がイエスで、それによって人類は救済されたということを地球上全ての人に伝える書物が新約聖書だとしています。新約聖書が神との新しい契約書というわけです。ユダヤ教では神の救済は実現していないとしています。キリスト教では2000年ほど前に実現し、もっとも深い罪である原罪は全人類から消えたので、今では誰一人原罪を持っていないとしています。
 ユダヤ教は原罪うんぬんにこだわっていません。 神の救済をひたすら今も待望している状態です、
新約聖書のイエスの言葉は、ほとんど旧約聖書からきています。イエスが言ったとされた言葉も旧約聖書に既に書いてある言葉か、それ以前から口伝やラビ文学などで既に語られていたものです。※イエスの言ったとされたもので一番有名なのが山の上の教訓ですが、それも既に過去の人に言い尽くされていたもの。
 
 旧約聖書が成立したのが、紀元1世紀頃です。その前から文書はありましたが、沢山の資料・口伝の中から選んで編算したのがユダヤ書。(キリスト教が言う旧約聖書)
 ユダヤ書は誰が考え出したのかは、よくわかっていません。が、創世記の部分はバビロン捕囚でバビロンにつれていかれた祭祀たちが作り出したものだと考えられています。洪水などの話は、その捕囚先の神話を元にしており、主という意味のエルもその場所で神のことをエルと呼んでいたからのようです。捕囚先で自分達の民族を考えたとき、選ばれた民で神がいつか奴隷の地位から救ってくれるという信仰が生まれ、それでユダヤ教ができたと思えます。
 ユダヤ書は作者不明なのですが、シラの書に関しては、実在の人物のようです。確かシラの孫が作者だったと思います。(彼はユダヤ書をギリシャ語コイネーに翻訳した一人)
 ユダヤ書において、律法の解釈をめぐって、ヤハウエスト エロイストらの理解から書かれているようですが、どっちが勢力を持ったかで、若干違いが見られる。
 
 新約聖書も誰が書いたのはよくわかっていません。そもそも、イエスという人物が実在したのかも実のところわかっていません。
 4福音書の内容が死海文書の中に痕跡が見られることから、イエスがいたとされるよりずっと前に後に福音書となる文章が書かれていたことになります。従って、イエスという男が生まれる前から新約聖書はあったことになってしまいます。イエスの概念が異教の神の概念に似ていることから、それらを習合した結果できた架空の存在の可能性もあります。また、複数の人の話が一人の人に統合された可能性もあります。
 
 いずれにせよ、ユダヤ書から内容がきている。

 ユダヤ教とキリスト教の大きな違いは、ユダヤ教は律法の肯定、キリスト教は律法の否定。ユダヤ教はイエスを神としていません。

 キリスト教は神であるイエスを殺したのはユダヤ教だとしていますが、実在していたとしても、殺したのはローマでありユダヤ教ではない。ユダヤ教の死刑は石打の刑ですから。
 イエスを殺したのはユダヤ教だという考えが起源となり、20世紀のホロコーストは起こった。
 
 福音(グッドニュース9)というより・・・人類最悪の悲劇の根源の書ということになります。

 歴史からするとその当時、支配していたローマのユダヤ地の提督は悪政で、そのためユダヤ人の中にはローマ軍にテロを起こしていたようで、そのレジスタンスの中にイエスというリーダーがいて、その人のローマ軍による処刑と話がごちゃまぜになった架空のストーリのような気がします。

 新約聖書の編集はエイレナイオスらがやったそうです。彼らが新約聖書を作ったわけです。が、後にその作ることになった理由から、中世を暗黒時代にしてしまった。
異端審問など。そしてそれがやがて後の魔女狩りの思想に発展していった。

 イエスを神とした途端、人類最悪の悲劇がひき起こってしまった・・・。

 誰が既に書かれていた神の愛の概念を捻じ曲げ最悪の事態を引き起こしたのか。
解釈の問題であって、文章が悪いんじゃない。
 人間の解釈でよくもなり、最悪の惨劇もひき起こる。

 魔女狩りが行われた理由はユダヤ書に「魔女を生かしておいてはならない」と書いてあったかららしいです。その魔女狩りを推奨したのがルターだった。

参考URL http://oshiete1.goo.ne.jp/qa2901748.html

旧約と新約の違いA 

2007年08月28日(火) 5時18分
 旧約聖書に描かれているのは、天地創造やノアの箱舟などの神話的な記述から始まり、ユダヤ人の祖アブラハムに起因するユダヤの歴史、(出エジプトやソロモン王、そしてバビロン捕囚などは世界史の教科書にも出てきます)神との様々な契約(つまり戒め)です。
 契約で有名なのは、―人を殺すな、とかー父母を敬え、という十戒、様々な食事の決まり(ユダヤ人は豚を食べない)や安息日(サバッド)割礼など、生活にかんする厳しい取り決めがそこにかかれています。
 旧約聖書の中で、神が救い主を使わすという予言がされていますが、

1.キリスト教はその救い主をイエスとし、彼を神の子としてみなすのがキリスト教。
2.イエスを神の子として認めず、救い主はまだ現れていないとするのがユダヤ教。
3.イエスは単なる預言者の一人であり、最後かつ最高の預言者をマホメットとするのがイスラム教。
 
三つの宗教の神は同じです。しかし、聖典として聖書をつかっているのはキリスト教のみです。(又、ギリシャ正教もキリスト教の一派ですが、聖典は違います)
 ユダヤ教には他の教典があります。トーラー、ネイビーム、など旧約聖書の内容と重なるものとタルムートといった律法書などです。
 キリスト教の聖書の内容は宗派により多少異なりますが、新約聖書はイエスが生まれる前の神からの啓示そして誕生、彼の生涯と、彼の死後の弟子たちの活躍(布教)が描かれます。という事はルターの言っている聖書は旧約、新約聖書です。ルターは、その時本来の教義からずれていたり、政治や権力者の影響が大きくなりすぎていた、利用されすぎていた旧教(カトリックや正教)に対して、聖書の教えを再度見直して目を覚まそう、という行動が発端ですね。当然、旧約、新約両方です。というよりキリスト教である以上、新約聖書が無いとはじまりません…。

 イエスはユダヤ人ですから、もちろん旧約に書かれているような教義(聖典は旧約聖書ではなくトゥーラーなどです)に従って布教していました。しかし当時はローマ帝国の支配下、ローマ帝国には独自の神がおり、ユダヤ人の中にも教義をめぐって学者たちが対立していました。
そんな中に、やさしく教えを説いたイエスはユダヤ人によって十字架で処刑される事となるのです。

 イエスの死後、弟子たちがイエスの教えを世界に広めようと布教活動を始めます。彼の教えや人生を記したものが新約聖書です。最初にある4つの福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)です、そこには彼の人生や教えが、(ヨハネ以外はイエスの弟子ではありません。ヨハネにしても、12弟子のヨハネではないとする意見が多数派です)あとはイエスの死後の弟子たちの布教活動の記述、弟子や宣教師パウロの書簡(多くを書いたパウロもイエスとは面識はありません。)黙示録という最後の審判を描いているという書、が新約聖書の内容です。

 キリスト教には様々な宗派があります。
各彼らが独自の教義をつくったりするのです。
ローマカトリックでは、聖人というものがあります。聖ヨハネとか、聖パウロ(セントポール)、聖書には聖人列挙の記述もないし、教会でおこなわれる様々な儀式の形式化もローマ教会によってなされたものです。

 ルターの宗教改革では、当時巨大な力をもった教会では腐敗がすすみ、(一番の例が免罪符)、聖書の翻訳が禁じられていた為庶民は聖書を読むことすらできませんでした。
そこで、簡単にいえば、もっと聖書に書かれている神の教えの原点に立ち返り、庶民にも門戸を広げ(聖書の翻訳)、教会の腐敗を正そうとしたのが、ルターやカルビァンなどです。当時の社会情勢などを反映し、彼らの思想を元に新しいキリスト教新派(国によってプロテスタント、ピューリタン、ユグノーという)が生まれました。

 あまり難しく考えずに、
1. ユダヤ教、キリスト教、イスラム教の神は同じ。
2. 聖典は違う
3. 新約聖書はイエスの生涯とその教えを描いたもの、旧約はユダヤ人の歴史を描いたもの
4. ローマ法王を頂点とする教会をカトリックといい、宗教改革で生まれた新派をプロテスタントなどという。後にイギリスはローマ教会から離れ独自の教会を設立した。

くらい理解しておけば、大丈夫だと思います。

旧約聖書と新約聖書の違い@ 

2007年08月28日(火) 5時08分
旧約と新約のちがい

 旧約聖書と新約聖書の違いは、大まかにいえばイエス誕生前と後である。
また新約・旧約――これはキリスト教の立場から見た呼び方である。
聖書が今の形になった時期については諸説ありますが、大体4世紀ごろ(ローマ帝国におけるキリスト教の黎明期)という説が有望。

旧約聖書
 キリストが生まれる前のこと戒めとか教えみたいなのが、神が世界を創ったときの話とかアダムとイブ、バベルの塔などが有名な話でしょうか。教えなどが箇条書きのように綴られていたりしますそこにイエスはまったく出てきません。
 また、アブラハムの子孫に、繁栄を約束したのが旧約聖書であり、手短に言うと「ヤーウェを信じるお前たち一族を繁栄させてやる、その理由は、世界ができてからの歴史で明らかじゃ」ということ。
※無論旧約聖書を信じる人々は、旧約なんて言いません。古い約束(=新しい約束で約束し直した)なんて自称しません。
 そして、旧約=神に従えば(つまり掟=律法を守るなら)、イスラエルの民は神の民になり(神の国に入)るという、イスラエルの民と神との契約。旧い約束である。
その内容は
 神に導かれたイスラエルの歴史
 神に与えられた掟の内容
 神の言葉を預かる預言者たちの警告や救いの予言
 神への祈りや格言
などがある。

新約聖書
 キリストの贖罪によって、人類(と、言っても信じる人だけど)の繁栄を約束したのが新約聖書。新約聖書は、イエスの伝道の旅をその弟子が綴ったものである。その弟子が地方の信徒に送った手紙など新約聖書は何人かの弟子のイエスのお話し短編集みたいになっていて、それぞれの弟子の視点で書いたものなどで大まかな話の筋は同じだが、違う表現の仕方、違うイエスの言葉の解釈などが楽しめる。イエスは旧約聖書を参考に伝道していたとか・・・。
 そして、新約=イスラエルの民が神との契約を破ったので、神=キリストを信じて(掟=神であるイエスが示した愛の掟を守る)人々が新しい神の民となり、神の国に入るという、神と新しいイスラエル=キリスト教信者との新しい約束である。
その内容は
 イエスの宣教活動と十字架の死と復活(福音書)
 イエスの弟子たちの活動
 初代教会に対する使徒たちの教え
 救いの成就を予告する黙示録
などがある。

課題VTR教材資料 

2007年07月18日(水) 15時28分
 私は先日の授業でVTR教材資料『第二集 大地はどこまで人を養えるか(地球 豊かさの限界(NHKスペシャル))』を見た。
 このVTR教材資料は、第二次世界大戦後から現代までの農業政策の変革を「緑の革命」を事例に挙げて展開している。「緑の革命」とは、主として開発途上国の人口増加による食糧危機克服のため、多収穫の穀類などを開発して対処しようとする農業革命のことである。1941年、ロックフェラー財団とメキシコ政府が共同で取り組んだ小麦の高収量品種開発が始まりといわれている。肥料を多くしても倒伏しにくい品種を使い、食糧生産を単一化することで、土地面積あたりの収穫をあげ、土地を仮想的に増大し、農業生産において必要な空間の大きさを小さくすることにより、農民の空間需要を抑えようとしたのである。
 ここで私が注目したのが、この農業改革が、単に発展途上国の人々を救うためではなく、国家政策の目的に行われていたという点である。
 「緑の革命」の始まりは、「赤の革命」に抵抗するためのものであったとも考えられている。中国において、1949年に共産党が権力を握ると、地方の農民組合が土地を取り戻し、借金を帳消しにし、富を再分配するように促した。それに啓発されたアジア新興諸国の農民運動も、共産党が浸透し、土地を取り戻し、それを基盤として平等な農村を作ろうと盛り上がった。この運動に対抗し、この政治状況を「安定化」させるための手段として、アメリカの財団、アメリカ国際開発局、世界銀行などが、共産主義の魅力を抑えるために集結し「緑の革命」が導入されたのである。
 実際、発展途上国の人々は飢饉により苦しんでいた。しかし、それを完全な善意を持って救済しようとするのではなく、そこに自国の利益を求めていたのだ。両者の利害が一致したという点で合理的であると考えられるかもしれないが、「緑の革命」により発展途上国の食料自給率が一時的に増大した一方で、新品種は多量の水や化学肥料、農薬を必要とし、砂漠化や農薬汚染など環境への影響や、さらには先進国(化学肥料、農薬供給国)と開発途上国、金持ち階級と貧困層との間に深刻な社会経済的な問題も引き起こしたのである。
 発展途上国を救ったという点では評価できる「緑の革命」であるが、国家背景や後に起きた問題を考えると一概に人道的な行為だとは言えないであろう。結局、強者による付加価値の搾取の世の中であるが、責任の所在をはっきりとし、国も“理性ある対応”を取るべきであると感じた。

【参考文献】
農と種をめぐるキーワード 
http://www.peaceseed.org/seed/seed_keywords.htm

課題タクシードライバー 

2007年06月23日(土) 15時23分
 〜心のうちに孤独を感じ、社会の不浄さに苛立ちを隠せないトラヴィス。そのため、うまく他人と接することが出来ずにいる。そんな時、トラヴィスは大統領候補の選挙事務所につとめるベッツィーに心惹かれる。何とか親しくなりデートに行くものの、彼女と一緒にポルノ映画を観ようとしてふられてしまう。絶望を感じたトラヴィスの頭の中に、ある計画が持ち上がっていくのであった……〜
 この作品が持っている雰囲気。それを一言で表現するならば、「混沌とした時代にひそんでいる狂気」と言えるだろう。
 私は『タクシードライバー』を見て、経済的な発展を遂げた70年代のアメリカに現代の日本が重なるような思いを抱いた。薄汚れた社会に嫌悪感を抱き反逆の精神をくすぶりながら、ポルノ映画館に通い自らを慰めるという矛盾を抱えたトラヴィスというタクシードライバー。同僚は、
「医者も弁護士もタクシードライバーも、人間なるようにしかならないんだから、結果を受け止めて楽しくのんびり生きればいいじゃないか。生き急ぐな」
と言いつつ、その実、タクシードライバーなど社会の底辺、負け組であるというコンプレックスを自覚し続けることを避けて生きる。しかし、トラヴィスは反逆を決意する。
「人生はきっかけだ」
「俺はここから飛び出したいんだ」
人は何のために働き、生きるのか。社会のため、人の役に立ちたいなど、どんな理由であれそれに満足している人や、それが実現できている人はいいかもしれない。しかし、自らの存在意義を見失っている人間のもがきを否定することは、その人間の存在意義を否定することに繋がる。
不条理な大統領候補の暗殺を計画し、ポルノに通いながら、本気で売春婦に更生を訴える。一見矛盾しているが、トラヴィスの中の正義に狂いはない。そして凄惨なクライマックスにひたすら走っていくのである。
 いったい、誰が自分を本当に理解してくれているのだろうか。それを心から自信を持って言える人間がいるであろうか。最終的には誰にも理解されない孤独感。それを知った上で築く繋がりこそが本物だと私は考える。しかし世の中は偏見に満ちていて、現代の日本が他人を理解できる余裕のある社会であるとはとても思えない。
 トラヴィスは、誰にも理解されない思いを、自らの命を投げ打ってまで社会悪を潰す行為によって自己実現を図ることで、癒そうとするのである。 私にはこの『タクシードライバー』が今の日本社会に警鐘を鳴らしているように思えてならない。私はこの歳でこの映画に巡り会えてよかったと思うし、現代に生きる他の学生にも切に見て欲しい作品だと感じた。

【参考資料】
マーティン・スコセッシ監督 『タクシードライバー』 1976年

課題ビクトリア朝のロンドンマップ 

2007年06月13日(水) 17時18分
 中世において、イギリス憲政構造のイギリス人自身の解釈は、モンテスキューが『法の精神』で指摘した権力分立観だったと言われている。
 しかしバジョットはこの分立観を否定し、議会に主権を認めるイギリス憲政の現実運営は、議会と行政機構とをハイフンのように結合する内閣主導による次第を剔示した。
 内閣を媒介に結合する立法権力と行政権力とが、王冠の権威と複合し、権力自身もまた権威化しつつ、「威厳をもった部分」という国民の感覚に訴えて憲法に尊敬の念を喚起する演劇的要因と、「機能する部分」という国民の信従を利用して現実の支配を行使する有用的要因の、分業と協業との幾重もの重層構造をなす「支配の秘密」を白日の下にあばきだしたのである。
 国王の憲政行動が、名目上はともかく、じっさいには政治家との関係で、国王に立派な分別があるならばもっぱら「相談ヲウケ・激励シ・警告スル」三点にかぎられてきているとの定式化も現実を先取りしつつもバジョット・テーゼとして、今日にいたるまでイギリ ス政治分析の手引きとされている。
 さて、この考えと、権力者特有の尊厳的パフォーマンスとそれを支えるロンドン市内に布置された権力装置と関連付けて地図を伺ってみると、国により公共施設として作られたイギリスの象徴的な建築物が立てられていることがわかる。ビックベンやロンドン塔など、国民に国家の権力を建築物によって示すことで、さらに国家の支配力を高めていったのではないかと考えられる。