2年前の今日は……。

2007年04月30日(月) 15時00分
今日、在大阪支那領事館へと出向いた。

平成17年4月17日、己の生命を激しく燃焼させ、中共に対し、日本人の怒りを叩きつけ、そして、30日……2年前の今日、亡くなった、一人の国士の御霊に、花を手向けるために……。

2年前の4月17日、支那領事館前において、己の肉体に火を放ち、反日侮日の中共に対し、凄絶なる肉体言語でもって、死を賭して、民族的義憤を叩きつけたその国士の名は、島袋拓也烈士。

現場の警官が火を消し、病院に搬送されたが、治療の甲斐なく、同月30日……まだ30歳という若さで、この世を去られた。

烈士の生涯は正に波乱万丈であったという。

15歳の若さで民族的正義に覚醒し、運動の戦線に立ち、先鋭的に活動。しかしその後、純粋なるがゆえに葛藤を繰り返し、組織運動から離脱し、仏教に帰依。一時はオウム真理教に関わり、非合法ゲリラ闘争に関与、投獄されたこともあった。

しかし、烈士の中の純粋なる愛国心・憂国の志は決して消えてはいなかった。

出所後、烈士はいかなる組織活動にも関与せず、個人の立場において、自決するその日まで、一貫して、北朝鮮拉致犯罪の被害者奪還運動……ブルーリボン運動に挺身していたという……。

その烈士が、己の生命を賭して、我々日本人に訴えた「言葉」。

当時支那において荒れ狂った反日暴動や、中共の侮日姿勢に、烈士は義憤を募らせていたのだろう。

何より烈士は、かかる侮辱を受けても、阿呆のようにポカンとしている「ニッポン」に、激しい危機意識を抱いたのではないだろうか?

「しっかりせよ、日本人!」

そんな烈士の叫びが聞こえてくるようだ。

中共に媚びる反日権力やマスコミが、いかに烈士の真意を隠蔽しようが、心ある日本人は決して騙されはしない。

島袋拓也という、一人の憂国の青年の、激しい生命の迸りを、我々は決して忘れはしない。

島袋拓也烈士追悼のせめてもの気持ちを込め、花を手向けようとした私に、いつもなら挑発的な態度の警官たちが、おしなべて無言であったことが、印象的であった。

私が来る前にも、数多の有志の方々が、花を手向けに来られていた……。

島袋拓也烈士の肉体は滅んでも、魂は、志は、決して滅びはしない。

手向けた花の前で合掌しつつ、烈士に想いを馳せた。

関西管区委員会 S
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