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今戸神社 / 2005年04月30日(土)
ファンタジー小説を書きたいお話はもう何度もお話しましたが…
今ひとつ書きたいのが、『百社』めぐりと言う随筆です。
具体的、どんなことを書くのかは何も決めていませんが、五木寛之先生が、百寺めぐりと言うのを書かれていますので、私はその神社版を書く…
それで、できれば、私の本と五木先生の本が書店の店頭に並んで置かれるようになり、この本を通して、読んでくださる人々に、今一度、日本人の信仰の2本柱ともいえる神社とお寺への造詣と感心を深め、大切にしてもらう…と、言うのが、私の夢なのです。

そこで、その準備のつもりで、今行おうとしているのは、今年一年の間に、都内に限定して百の神社をお参りし、御朱印を頂くという事です。
現在、三十三社めぐり終えているのですが…
今日は、浅草神社、今戸神社、下谷神社、鷲神社、千束稲荷神社、吉原神社、小野照崎神社、小網神社の七社、お参りしてきました。
その中で、とても面白かったのは、今戸神社です。
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御朱印を記帳してくださった、神社の奥さんは、とても親しみやすい方で、いろんなお話を聞かせてくださいました。
江戸時代から始まったと言う招き猫の発祥の地が、今戸神社であることや、今戸神社のお嬢さんが、神職につくと同時にいらすトレーターもされていること、新撰組の沖田壮士が終焉を迎えた場所であること…
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どのお話も、とても面白く、限られた時間で一社でも多くの神社を巡り歩かねばならないにもかかわらず、ついつい長いしてしまいました。
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その上、玄関口まで案内してくれて、そこに飾られている、とても可愛い招き猫の数々の写真撮影までさせてくださいました。
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折を見て、またお参りに出かけたいと、思います。
 
   
Posted at 21:23 / 寺社随想 / この記事のURL
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花は愛する人に似ている / 2005年04月29日(金)
根津神社のツツジ祭り、上野東照宮のボタン祭り、亀戸天神の藤祭りに出かけてきました。

朝に見る花は、初恋の人に似ています。
少年の日、いつも傍にいるときは、ただ嬉しくて、ただ楽しくて、ただ胸がいっぱいで、ときめいていて頭の中は、その人への思いでいっぱいでした。
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けれども、思えば、あの頃の私は、彼女の本当の美しさ、愛しさを知りませんでした。
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どんなに、あの人が大切かだなんて、振り向けばそこにいるのが当たり前すぎていて、どれだけ大切かだなんて、本当にはわかっていませんでした。
本当に思い知らされたのは、卒業して、いつもと変わりなく分かれた後、深く考えないままに、会わないままに、月日が過ぎ去ってゆき、ふと思い返してみれば、もうそこには彼女がいないことを知ったときでした。
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昨夜から、朝一番にツツジを見るのが楽しみで、とうとう一睡もしないままに根津神社に出向いた私は、一面、天国の庭先のように美しく敷き詰めるツツジ達に、無我夢中でシャッターばかり向け、次の花、また次の花と、目を走らせて、ツツジ園のはしからはしまでをせわしなく駆け回っていました。
でも、本当に、ツツジが美しかったのを思いいらされたのは、ツツジ園を出て、根津神社を出たあとでした。
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あまりにもせわしなく走り回ってしまったばかりに、一つの花をじっくり堪能することを忘れていたことに気づいた私は、目を瞑ればなお目の前に広がる花の絨毯をまえに、仄かな胸の痛みを覚えました。

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昼下がりに出会う花は、大切な恋人に似ています。
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彼女との束の間の逢瀬が楽しみでもあれば支えともなり、日々の暮らしがどんなにつらくとも悲しくとも、歯を食いしばって耐えることも出来れば、笑ってやり過ごすことも出来ます。
これから出会う彼女の面影が、日常の苦しみをも喜びに変えてくれるからです。
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けれども、彼女の中に本当の安らぎを見出すのは、優しい人々に祝福されて、結ばれた後のこと…
家に帰れば、必ず彼女がいる…
もう、時が過ぎれば、別れることもなければ、離れる必要もない。
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ずっとずっと傍にいて、いつまでも、共に生きることが出来るのだと知った時のこと。
もはや、次の逢瀬までの切なさや寂しさもなく、いつも彼女のぬくもりの中にいることが出来ると知ったとき、彼女の中に本当の安らぎを見出すことが出来るでしょう。
昼下がり…
仄かなかげりを帯びだした空の下、静かな木漏れ日の下え、ボタンの花の清楚な微笑を見出したとき…
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日常の中で、いろんなことはあったけど、今日まで何とか頑張ってよかったな、生きていて良かったなと思いました。
けれども、この気品のある花のぬくもりに、いつも抱かれて暮らすことが出来たなら、私の心はもっと静かになるでしょう…
何があっても、恐れるなくいらだつことなく、穏やかな気持ちで受け入れることが出来るでしょう…
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今はまだ、わが身一人、かろうじて生きるのがやっとだけど、いつかひとかどのものになって、花を育てるゆとりができた時…
もう一度、ボタン園を見に来たならば、もはや見るだけで終わりにはしないでしょう…
心にかなう、私だけの一輪のボタンの鉢を家に迎えることでしょう。

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たそがれ時に出会った花は、長い年月を積み重ねた、古妻に似ています。
かつて初々しかった新妻は、家庭を守り子を育てて、幾年も重ねてきた月日が、つややかな色を添えています。
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深い紫の雅な彩りと香りを帯びています。
夕映えに映える藤の花よ…
私は、お前と共に老いて行こう…
最後の一瞬まで、共に生きてゆこう…
そして、やがて、夜が来たならば、共に静かに枯れてゆこう…

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Posted at 23:10 / 草・木・花随想 / この記事のURL
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豚足 / 2005年04月28日(木)
どんな職場にも、一人や二人いるものです。
いつまで経っても、仕事を覚えないというか…
覚える気があるのかないのかわからず、みんなの足を引っ張り続ける人と言うのは…
私の職場にも、一人、そう言う人がおりまして…
はたから見ると、どう見えるかはわかりませんが、自分では、比較的、そういう方に寛大なつもりではいたのですが…
その人だけは、どうも、見ていてイライラしたり、ハラハラしたりして、先日は、とうとう怒鳴ってしまいました。
今までは、他の人と話をするときも、そう言う人のことが取りざたされて、愚痴の対象になった時でも、自分としては庇って物を言うようにしていたのですが、その人については、どうにも我慢できず、真っ先にその人の愚痴をこぼしたりもしてしまいました。
ついでに言えば、私の中で、その人を見捨ててしまったんですね。
ところが、久しぶりに、先日一緒に夜勤をしたのですが、その人が沖縄の出身だと聞いて、私が豚足を食べたいとお話したのを覚えていてくれて、山のようにこしらえて、もって来てくれたんですね。
半ば、冗談で言った事を覚えていてくれて、わざわざ作ってきてくれたのです。
しかも、他の事はどうであれ、先日、私に怒られた事は必死に守ろうとして、今まで見た事もないほど、よく頑張ってくれていたのです。
そんな彼女の姿を見て、何ていうのかな…
少し、自分が恥ずかしくなりました。
私は、職場の中にあって、大して優秀でもなければ、出来のよい職員ではありません。大して、職場に貢献もできていません。
だから、せめて、他の人が寛大になれない分、また、他の人が見放しても、覚えの良くない同僚や後輩には寛大になり、絶対見放すまいと、ずっと思ってきたのですが…
寛大…と、言う意味では、それははたが評価することなので、なんとも言えませんが、少なくとも…
そう、少なくとも、たとえ他の誰もが見放すような人であっても、少なくとも、私だけは、人を見放したり、見捨てたりするべきではないなと…

因みに…
その人から貰った豚足、基本的に私の好みの味とは少々異なっておりましたが、とてもおいしい豚足でした。
 
   
Posted at 23:58 / 徒然随想 / この記事のURL
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斑鳩について / 2005年04月27日(水)
斑鳩について、何度か質問をいただきましたので、私の知っている範囲内で、少しお話したいと思います。
まず、読み方は、二つあります。
一つは、イカルガ、もう一つは、イカルです。
もともとは、スズメ目アトリ科の鳥の名前で、奈良県の斑鳩町の名前は、昔、この鳥がたくさんすんでいたことに、依頼するのだそうです。
斑鳩町と言えば、昔、聖徳太子の一家・上宮家が暮らしていた地でもあり、上宮家が住んでいた宮を、斑鳩宮と言っていたそうです。
このHPのタイトルは、その斑鳩宮からとって、つけたものです。
ところで…
この鳥の斑鳩ですが…
聖徳太子一家の暮らしていた地の名前の由来となった鳥ですから、白鳥や鶴みたいに、品格のある大きな鳥を想像していたのですが…
まだ、本物をこの目で見たことはありませんが…
ネットで写真を見たとき、驚いてしまいました。
とても小さく、愛らしい鳥だったからです。
けれども、何度も見ているうちに、何となく、うなずけるような気持ちにもなってきました。
聖徳太子と言えば、平和を大切に、国民皆が仲良く楽しく暮らせる国を作りたがり、海外政策で言えば、当時、百済・高句麗・新羅の三つに分かれて血みどろの戦いを繰り広げていた朝鮮半島の情勢を前に、この中の一つに肩入れして、他の二つと戦争をしようとしていた諸侯が大勢いた中で、何処の国とも仲良くしようと頑張った皇子様でした。
そして、息子の山背大兄王は、そんな父親の気づいた日本の平和を壊さないために皇位継承争いから身を引き、最後には家族ともども自害した皇子様…
愛らしくも、どこかはかなげで、品のある斑鳩と言う鳥は、何ともふさわしい鳥のように思えました。

斑鳩と言う鳥については、↓を参照にしてください。

http://www.suntory.co.jp/eco/birds/encyclopedia/7.html

http://www1.u-netsurf.ne.jp/~khag/ikaru.htm
 
   
Posted at 14:00 / 神話随想 / この記事のURL
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本当に胸が痛むとき… / 2005年04月26日(火)
昨日起こった、JR西日本での列車脱線事故について、一言、お見舞いの言葉なり、お悔やみの言葉なりを述べたいのですが…
どうしても、できずにいます。
風を引いて熱を出したとか、交通事故にあって怪我をしたと言うことであれば、いくらでもそう言う言葉が出ると思うのですが…
余りにも、大勢の幸福が崩れ去ったのを目の前にしたとき、どうしても、言葉にすることが出来ません。
どんなに、優しい言葉を並べても、いたわりの声をかけても、どうにも取り戻しようのないかけがえのない数々のものをどうすることも出来ず、ただただ、胸が引き裂かれるような、そんな痛みや哀しみがいやますばかりですから。
今は、ただ、祈りたいと思います。
何をどう祈ってよいのかわかりませんが、それでも、ひたすら祈りたいと思います。
それしか、自分には出来ることがないのですから…
 
   
Posted at 23:06 / 徒然随想 / この記事のURL
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頑張って生きたね… / 2005年04月25日(月)
今日、私の勤める老人ホームで、一人の入居者が亡くなりました。
昨夜まで、いつもと変わりなく過ごしていたのに、今朝方急になくなったのだと言います。
でも、それを聞いて不思議と悲しい気持ちは沸きませんでした。
長い間、思い糖尿病を煩い、腐りかけた足の激痛にずっと苦しんでいた事、早くに亡くした、一番愛していた息子のところにずっと逝きたかがっていたこと、ずっと目の前で見てきたからです。
毎晩、眠ることも出来ず、殆ど麻薬と同じ強力な鎮痛剤もまるで効をなさず、泣き叫ぶことしか出来なかった激痛からやっと開放された…
夢にまで見た息子のところに漸く行けた…
正直、なくなったと聞いて、彼女に向かって思わずついて出た言葉は、「よかったね」という言葉でした。
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でも、一つだけ、胸にかすかな痛みを覚えるのは…
以前、それなりに人員が充実してゆとりがあり、彼女も終わりよりも頭がしっかりしていた頃、早く息子の所に行きたいと口癖のように言っていた彼女に、私は、「もうすぐ逝けますよ。もうすぐ、息子さんが迎えに来てくれますよ。きっと、今は、もう一度会えた時に、今生ではできなかった親孝行を思い切りするための準備をしているのですよ。」と、話していました。
すると、彼女はとても喜んでくれていたのですが…
人員が減り、彼女に殆ど言葉が通じなくなってから、もう殆ど、ろくに言葉も交わさなくなっていました。
目を離せない入居者を一人で三十人みなければ行けない激務の最中、人の顔をみては、体をひっくり返してくれの、背中を押してくれのと言う彼女を、わずらわしく思うように場狩思いました。
それが、漸く最近、人員も増え始め、身体的にも精神的にもゆとりをもて始めてきました。時折、かつて彼女といろんな言葉を交わした日々も、思い出し始めていました。時間が出来たら、何をどうしても、あの激痛はどうにもならないまでも、彼女の要望に可能な限りこたえてあげたいな…とも、思い始めていた矢先に、彼女は不意に逝ってしまったのです。
その事を思うと、何となく、胸がちくりとするような気がするのです。
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ところで…
うちの施設は、毎日、各階ごとに担当が振り分けられるのですが…
私の今日の担当は、彼女のいた階でした。
彼女のいた階は、彼女も含めて、はしたな手のかかりようでない、少し目を離すと、何をするかわからない人達ばかりのいる階なのですが…
今日は、なぜかみんな、とても落ち着いていて、いつもなら考えられないほど平和に時が過ぎてゆきました。
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せめて、もう一度、優しく声をかけてあげたかった彼女に、今、一言だけ送りたいと思います。
頑張って、生きたね…
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Posted at 21:41 / 老幼随想 / この記事のURL
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募金 / 2005年04月24日(日)
以前、街中で共同募金を見かけると、いつも何かしらの後ろめたさを感じていました。
他の人たちは、結構お札を募金箱に入れているのに対し、私はいつも10円玉とか100円玉を一枚こっそり入れていたのですが、募金活動をしているお兄さんやお姉さん達は、お札を入れる人達に対するのと、まったく同じ笑顔を向けて、元気良くお礼の挨拶をしてくれたからです。
他の人達のように、自分にも募金箱に入れるお札がなかったわけではありません。
お財布の中には、無駄遣いさえしなければ、募金にお札一枚くらいいれても、それなりに余裕があるほどには、いつもお金が入っていたのです。
それでも、なかなかお札を入れる勇気が出なかったのは、たいてい、募金箱を見かけるのは、これから欲しいものを買いに出かける道すがらだったからです。
欲しいものと言っても、大したものではありません。
CDであったり、映画館系のグッズであったり、今、募金を必要としている人達の状況を考えれば、らちもないものばかりです。
それでも、そのつまらないものをどうしても買いたいばかりに、たった一枚のお札を募金箱に入れる勇気が沸かなかったのです。
ところが、半年ほど前…
ちょうど、お酒をたくさん飲んでいて、そうとう泥酔していた勢いもあったのでしょう。
新潟県震災の救援基金の募金箱と、盲導犬育成費の募金箱に、お札を一枚入れたのですが…
この時、不思議なことを二つ経験いたしました。
一つは、かつて、お札を入れる事ができなかった時は、このお札を入れてしまった後の喪失感をあんなに不安に思っていたのに、いざ入れてしまうと、そんなものは一気に吹き飛んで、何か自分の心を縛っていたものから急に開放されたような安らかで自由な気持ちになった事…
もう一つは、お札を入れられずにいた時は、自分でも何に使ったのかわからないうちに、見る間にお財布からお金が消えてしまい、給料日前には文字通り無一文になっていたのですが、お札を募金箱に入れた月は、わずかではあるものの、お財布の中に最後の一日まで、お金が残っていたのです。
本当に、不思議なものです。
そんな事があってから、私は、誰かの力になりたいとか、助けたいとか言う気持ちが、そんなにあるわけではないのですが、給料日前まで、最低限度困らない程度にはお金が残るように…と、言う気持ちを込めて、一月に一回ずつ位は、思い切った募金をするようにしました。
そして昨日、たまたま、あしながおじさんの募金を見つけた私は、今月はまだ、どこにも募金をしてなかったことを思い出し、急いでお札を一枚、募金箱に入れてきました。
(と、言っても、大した金額を入れているわけでもないんですけどね…)
 
   
Posted at 14:46 / 徒然随想 / この記事のURL
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朝の撮影 / 2005年04月24日(日)
写真撮影は、基本的に夕方に行うようにいたします。
昼間だと、余りに日差しが強すぎて、被写体が反射して目に負担が大きいのと、被写体の色も出にくいからです。
何より、どこか哀愁漂う夕暮れの雰囲気が、好きだからです。
しかし、今日は少々気分を変えて、朝方、撮影に出かけてみました。
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これがまた、なかなか気持ちのよいものでした。
特に、休日の朝方と言うのもあるのでしょう。
何となく、まだ寝静まった空気漂う街中で、朝日を浴びて元気良く笑いかけるお花達の笑顔はすがすがしく、一晩の眠りでは、今ひとつぬぐいきれない昨日の仕事の疲れを一気に癒してくれて、新しくすばらしい一日を予感させてくれます。
この次、写真撮影に出かける時は、もっと早朝に出かけてみようかな…
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Posted at 14:23 / 徒然随想 / この記事のURL
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夜勤明け帰りの寄り道 / 2005年04月23日(土)
夜勤明けの帰り道…
まっすぐ家に帰って早く寝ようかとも思ったのですが、外はお天気でホカホカ陽気に誘われて、ちょっぴり散歩がてらに寄り道をしてみました。
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行く先は、職場近くに新しく建ったちょっぴり大きな本屋さんです。
前からずっと欲しかった鳥の図鑑…
給料日前の寂しい財布で買うには、少々高い本ではありましたが、迷いに迷った末に、思い切って買ってしまいました。
これで、私の全財産は千円。
明日はせっかくの休暇だと言うのに、これでは何処にも遊びに行けなくなってしまいました。
でも、ずっと欲しかった本を手に、気持ちはウキウキと、これを片手にいつかバードウォッチングに出かける日の事を思いながら外に出てみると、思わずため息が漏れてしまいました。
本屋のあるビルの庭先一面に植えられた木々には、とても愛らしい花が咲いていたからです。
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遠い名所まで草木や花の散策も楽しいものですが、最近はまっているのは、身近な場所にある、それも、注意してみなければ見落としがちな、素敵な場所を探すこと。
今日もまた、一つ、そんな場所を見つけられた喜びに胸いっぱいになりながら、いつまでもその場所を離れがたい気持ちを抑えつつ、家路に着きました。
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Posted at 23:40 / 徒然日誌 / この記事のURL
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HP / 2005年04月22日(金)
まだ、未定ではありますが…
これから一年、ブログを続けながら、HPの勉強をし、次の誕生日には、HPを開こうかな…
なんて事を考えています。
一応、考えているのは、日本の鳥、花、神話、古代史をメインに、私の好きなものを思い浮かぶままに扱ったHPにしたいと思っています。
まあ、これも、このブログ同様、将来小説を書く上での資料集めを、訪問してくださる方々のいろんなお話を伺いながら行うことが、一番の目的なんですけどね。
ところで、まだ海のものとも山のものともつかないもののために、あれこれ迷うと言うのもおかしなものかもしれませんが…
一つ、とても迷っていることがあります。
それは、私のHNについてです。
斑鳩とは、前にもお話しましたように、聖徳太子、山背大兄王親子が暮らした地名でありますが、同時に、イカルガともイカルとも読むスズメ目アトリ科に属する鳥の名前でもあります。
そこで、鳥の斑鳩を私のシンボルにしようと考えているのですが…
この斑鳩HPの名前をHPの名前、HNを山背大兄皇子にしようか、それとも、HPの名前を上宮、HNを斑鳩にしようかと言う事です。
まあ、一年ありますので、ゆっくり考えようかとも思います。
このことも含めて、来年、HPを開くにあたって、何かご意見や
アドバイスなどありましたら、いろいろお聞かせいただきたいと思います。
 
   
Posted at 03:06 / 徒然随想 / この記事のURL
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