ラストダイナソー 

March 31 [Thu], 2005, 4:41
この世に恐竜が存在した時代、そこはどんなところだったのだろうと幼いころの僕は必死に空想した。海は何色だったのか、空は青かったのか、寒かったのか暑かったのか。挙げればきりが無いほどの疑問に折り合いをつけて日々を生きていた。
あれから20年が経ち、すっかり僕も大人をしている。子供だったころの純粋さはとうの昔に消え、大人の浅ましさにまみれている。無邪気さで世の中を渡れるほど僕は無知ではない。
それは突然訪れた。僕の勤める会社に入社してきた新入社員、そのあきれるほどの無邪気さと無知っぷりに度肝を抜かれてしまった。それは今の僕にとってありえないもの、そう恐竜のように絶滅しきったものだと思っていたものだった。面接をした人事課のやつの話では、その無邪気さに社長がほれて入社させたのだとか。社長も頭がおかしい。さらにこんなやつの教育係を押し付ける上司もおかしいと思う。だって僕は窓際でいつも目立たぬように対面を取り繕うばかりのダメ社員なのだから。
彼の教育係になってからというもの、僕の生活から平穏の二文字は消えうせた。まるで恐竜の襲来に脅え、うずくまっている小動物のように僕の心は日々憔悴していった。彼の無邪気さはあまりにも突拍子も無い形で人を唖然とさせる。一番初めに驚いたのは上司だろうが目上おの人間だろうがすべて同じ扱いをするところだ。同僚に挨拶するように上司に挨拶されるたびに上司のとがった視線が僕に突き刺さった。次にその無知っぷりだ。挨拶の仕方や対人関係の礼儀など彼の中には一通りしかしらないし、尊敬語や謙譲語、さらには一般常識でさえ彼の中には皆無に近かった。
研修期間中の僕の仕事は恐竜退治だった。一つ一つの間違いをつぶしていき、彼を立派な大人に仕上げるのが僕の仕事だった。それはたやすいことではなく、僕は何度も彼の恐竜っぷりを実感し、そのたびに胃が痛くなる思いを積み重ねた。
しかし恐竜の絶滅は意外な形で訪れる。見るに見かねた社長が彼の首を切ったのだ。こうしてわが社の恐竜は絶滅した。煮え切らない形ではあったが。

恐竜の絶滅なんて突然だ。それに今は恐竜の時代ではない。
僕は少しだけ残念に思い、恐竜の終わりを嘆いた。でも結局今の世の中に恐竜は要らない。僕らは小動物でとても弱い。

セルラーフォンフィアー 

March 31 [Thu], 2005, 2:18
今日も携帯が鳴らなかった。最後の着信から2週間が経過している。私は世界に取り残されてしまったようだ。日々は過ぎ、季節は変わろうとしているのに私は何も変わらずに日々を生きている。
別に誰かと話したい訳じゃない。ただ単に、誰にも必要とされていないということがひどく惨めで悲しい気分にさせる。私は机の充電器に座っている携帯を睨みつけた。君が生まれてこなければこんな気持ちにならないですんだのに。
最近の私は携帯が気になって何も手がつけられない状態になってしまった。料理をしていても、仕事をしていても。その視線の隅にいつも携帯を入れていないと落ち着かない。鳴らない電話の前で私は苛々してしまう。携帯に起きる変化を見逃さないように毎日毎日携帯を睨み続けている。
最後の着信から3週間が過ぎた日、やっと着信があったけれどそれは私が期待していたものではなかった。内容は宅配業者からの在宅の確認。私は泣きたくなって電話を切った。やっぱり私は世界と隔絶され、一人現実の隙間に落ちてしまったのだ。そう思うことでなんとか自分を落ち着けたら、涙が止まらなくなってしまった。目の前には私の涙で池が出来そうだった。
最後の着信から4週間がたった。
私は現実の隙間で生きることに折り合いをつけ始めていた。もう目の端に携帯を入れるようなことは無い。でも逆に携帯が鳴ることが怖くてしかたなくなってしまった。今携帯は机の引出しの一番奥にしまってある。私の世界にとってもはや携帯はお化けのように私を怖がらせる存在になってしまっていた。
最後の着信から4週間と3日が経った日、携帯が鳴った。
私は怖くて出ることが出来ないでいた。それでもなりつづける携帯。私は携帯を取り壁に投げつけ壊した。携帯から剥がれ落ちたバッテリーを見つめ私は救われた気持ちになった。
これでもう怖がることは無い。

最後の着信から5週間がたった。
世界は変わらずに進み、私は携帯から開放された。
開放されると同時に世界から本当に必要とされなくなった。私は相変わらず携帯を憎んで、怖がっている。

ピンクリボンエスプリ 

February 27 [Sun], 2005, 14:51
嫌いな人が沢山いる。無神経な人、横暴な人、無関心な人。なんでこんなにも人が嫌いなのだろうか。人を好きになるほうがいいはずなのだけれど、私はそれが出来ない。嫌いになるほうが楽なのだから。
去年、私を好きだといってくれた人は車に轢かれて天に召されてしまった。私は毎日毎日泣いた。あの日から人が嫌いになり始めた。
皆私が不幸なのを喜んでいるように見えた。よってたかって私の不幸を観察して、吟味して、味わっているみたいだった。それが私には絶えられなかった。私の人嫌いは加速していった。
昨日、リボンを買ってみた。長い間そんな事はしたことが無かったが、不意に目に入ったリボンに心惹かれてしまったのだ。理由はわからないけれども。
本当は嫌いになってなりたくない。皆に愛されたい。でも心がそれを許さない。私は現実から逃げている。
リボンを結ぶ指に力をこめる。長く伸びた髪をまとめて結ぶ。たったそれだけのことなのに、涙がこぼれた。
彼が最後に言った言葉。「好きだよ。」って言葉が私を縛る。リボンを結んだ感覚と、この言葉を思い出すときの感覚はとても似ている。縛り付けられる幸福感、縛り付けられる絶望感。
溶け合った感情が私を責め続けている。リボンを結ぶ回数が増えるたびに、少しずつ私は変わっていけるかしら。

オムレットタイムオーバー 

February 24 [Thu], 2005, 13:22
目玉焼きを焼くのには時間がかかる。かといって火力を上げると焦げてしまう。焦げた目玉焼きを食べると泣きたくなる。苦くて美味しくない。
だから私は、時間が無い朝に限りオムレツを作る。卵2個と牛乳少々、バター一欠けらをフライパンに落としたらあとはかき混ぜるだけ。別に形にはこだわらないのでぐちゃぐちゃでもいい。手早く作れるところがいいのだ。
今日も私はオムレツを焼く。朝食は決まってオムレツとソーセージと食パン。それに牛乳たっぷりのカフェオレ。それを二人分用意して彼を起こすのが日課。この日課をこなさないと私は調子が悪い。気分の問題だけれども。寝ぼけ眼の彼を急きたてて私は朝食を済ます。出勤時間の遅い彼に片づけを任せて家を出る。でも帰ってくるまで食器はシンクで水に浸かったまま。
いつものように朝起きてオムレツを作っている途中で今日が休みだと気がついた。彼を起こすのは可哀想なので自分の分の朝食をつくり一人でのんびりと食べる。彼がオムレツの匂いにつられて起きてくる。「起こしてくれればよかったのに。」と彼。「休みだし可哀想かと思って。」と私。彼はけだるそうに後ろから私に抱きつくと、フォークに刺さったオムレツをぱくっと食べた。「俺はこのオムレツとおまえが大好きなんだよ。もうどっちかが欠けたら俺は死んじゃうかも。」けだるそうに抱きついてる彼を感じながら私は幸せに包まれる。
オムレツを作りながら私は考える。こんなオムレツを好きだといってくれる人がいる事を。今度からはもう少し手をかけてつくろうかなと思ったが、時間がかかりすぎるのでやめた。オムレツに時間をかけるより彼との時間を作ろうと思った。

ドロップフロムザスカイ 

February 15 [Tue], 2005, 10:47
僕は空から落ちた鳥。日々をたゆたう人間。切れ切れにちりばめられた記憶の糸をたどりながら僕は病室の天井を眺める。今という時間において僕は何物でもない。海岸に流れ着いた椰子の実。
僕が記憶している景色は沢山あれど、それらすべて薄いフィルターがかかっていてぼやけてしまう。僕がその景色の中にいたという実感がまるで無く、ただ遠くから眺めているだけ。いったい僕は誰なのだろう。
医師の話はいつも変わらず「無理せずに思い出していこう。」だ。無理をするも何も僕は何を思い出して良いかもわからない。僕はそれすらも思い出せない。
僕は空から落ちた鳥。毎晩夢を見る。その風景はいつも落下する幸福感。
いつから僕はここにこうやっているのだろうか。記憶が繋がらない。
病室の天井は白く、所々にシミがある。その一つ一つを数えようとしていても何時の間にかシミは形を変え失われていく。それが現実に起こっていることなのかも判らない。
僕はこうやって時を重ねる。思い出せなくてもいいと思う。
僕は空から落ちた鳥。今日も幸福な落下の夢を見る。

セイアゲインバットアイドントヒアー 

February 06 [Sun], 2005, 7:23
なんであんな事をしたのか判らない。いつもどおりに食事をしてお互いいつもの駅で別れるときに、いつもどおり別れを惜しんで躊躇して別れる前に僕は彼女にキスをせがんだ。まるでおもちゃを欲しがる子供のように。それは一見子供っぽく無様であるように思えて、それでもそのときの僕にはとても重要な事だった。
けれどそれは頑なに拒否された。そのとき判った気がした。僕らの関係性が。お互いに好きな人がいるのにもかかわらずこうやって人目をしのんで会っている。それ自体は不倫みたいに見えるかもしれないけれど、お互い何の約束もなく当日にメールをしてそれで食事をする関係。僕らはお互いに暇なのだ。
そんな関係がすでに1年続いている。何回かベッドをともにする事はあったけれども、それはお互いに酔いが回った結果で、後悔はしていないけれども次を望んでもいなかった。それでも僕は彼女にキスをして欲しかった。
なんでそんな事を思ってしまったのだろう。自分でもよくわからない。満たされないパートナーとの関係の中で僕は嫌気が差していたのは事実だ。彼女にどんどん惹かれているのも事実で、僕の心はどっちつかずのままずっとさまよっていた。そんな僕の心が彼女を求めてしまった結果こんな事をせがんでしまったのだ。
でも拒否された。結果としては予想の範疇で僕は驚かなかった。でも悲しかった。
拒否された事で僕はどんどん彼女にはまっていった。自分のパートナーとの関係も変わらずに続けている一方で僕はどんどん加速度を上げ彼女に魅せられていった。
「あなたには私はふさわしくないの。」そんな言葉を聞くたびに僕は死にたくなる。それでも彼女は言葉を止めない。「私なんかに構ってないであなたも大人になりなさい。」年は変わらないのにその物言いはちょっと苛々する。
今日もくだらない日常を棚に上げて僕は彼女と食事をする。届かない思いが僕を苦しめるのなら、僕は自分が壊れるまで彼女との時を過ごすだろう。
「それでも僕はここにいたいと思うんだ。」

サムワンコールゼムセルフ 

February 06 [Sun], 2005, 2:22
私はまだ愛を語るには恋愛経験が不足している。そう感じたのはこの前学校の友達と話をしているときだった。私は小中高と全部女子高に通っていたので男性に対して免疫というか、対応の仕方があまりわからない。大学に入って初めて共学というものを味わっている。始めは戸惑いもしたが、彼氏もできたし今では合コンにも行き、立派に-といったら変だけど-女子大生をやっている。
恋愛経験が不足している。そう感じるとなんだか負けた気がするし、過去に対してちょっと後悔が生まれる。もう少し積極的に行動しておけばとか、親の反対を押し切ってまでも共学の学校に入学しておけばとか。今となっては仕方が無いので、兎に角恋愛を経験するしかないと思った私は気になる彼にそっと近づき、告白されるように仕向けた。なんとなく自分から告白するのは負けた気がするから嫌なのだ。恋愛の経験はなくとも知識は豊富だった。まぁ少女漫画や恋愛小説、ドラマに映画。恋愛を題材にしたものはそこらじゅうに転がっていて簡単に手に入る。
彼と付き合い始めたのは大学1年の5月のことだった。彼は真面目だけれど、面白く興味深い人だった。何より顔が私の好みだった。それはとても重要な事だったけど、今になって思えばそんなのどうだってよかったのだ。彼はとても優しくて何より紳士的だった。でもすぐに別れが来た。夏休みに入り、お互い疎遠になってしまったことが原因で、私は他に好きな人が出来てしまったのだ。当然彼は怒って何度も罵られたけど、彼よりも今好きな彼のほうが圧倒的に魅力的に思えて、そう考えたら別にどうという事も無かった。私ははじめての恋愛を2ヶ月で終わらせた。

キングカップオレンジ 

February 02 [Wed], 2005, 16:04
とにかく何も考えたくなかった私はそのまま電車に乗り込み郊外の家をあとにした。電車は一定の速度で私を都会へと連れて行く。悲しいわけではなかったが涙がこぼれた。
今の家に移って3年が経った。私は新しい環境にすぐには溶け込めず、学校や地域からすぐに孤立していった。元はといえば父が会社でミスをしたせいでこんな田舎の支社に飛ばされたのだ。初めは単身赴任という案も出たのだが、母が何を思ったか寂しいから嫌だと言い出したのだ。我が親ながら頭が痛い。私は私で学校を転校したくなかったので、最後まで残るといったのだが無理だった。それから1ヶ月で私は都会にさよならを告げ郊外の何も無い寂れた町に移り住んだのだ。
当時高校1年だった私も、今では高校を卒業し、したいことが見つからなくてふらふらとニートを続けている始末。趣味といえば偶にお菓子を作るくらい。ここに来て欲望やら願望なんてモノがすっかり失われてしまった気がする。ココはそういう場所だった。親からは早く就職しなさいとか、家にいるなとか、そんな無茶な要求やら非難やらを浴びせられて、元々私の居場所なんて無かったあの家に本格的に居場所がなくなった。
私は追い詰められて母の言うとおりにお見合いをし、好きでもない人との結婚を明日に控えていた。今時19で結婚する人なんてできちゃった結婚か、相当な馬鹿かのどっちかだと私は思う。だって結婚したら自分の人生に他の人が介入してくるんだよ。そんなの考えられない。とか思っていたものの順調に話が進んでいき、相手の人も悪い人ではなく、いつも私をたてて気を使ってくれるのでなんとなくココまで来てしまった。
そして私は怖くなって逃げ出した。ああ、明日私は違う苗字になって今までとは違う人になるんだなとか、病院とかで呼ばれるときも全然しっくりこない苗字でよばれちゃうのかとか考えてたら怖くなった。とにかく今は明日が怖かった。

スタンディングオンジャンピングエッジ 

February 01 [Tue], 2005, 12:53
世界のぎりぎりの端で生活している僕らに日常というものはすでに荒廃しきったものでしかなかった。あの日起きた事件をきっかけに僕らの世界は壊れ始め、今まさに崩れ落ちようとしている。でも僕らはその端に立ちぎりぎりの世界のバランスを保とうとしている。
あの日僕らはいつもと同じように朝食を済ませ、学校に向かった。事件は朝礼の時間に起きた。鳴り響く銃声と怒号。叫び声に奇声。そこはもはや僕らの日常ではなかった。世界は変わってしまったのだ。
それからの24時間、僕らの記憶は失われ気がついたときには各々病院のベッドの上だった。学校は閉鎖され、犯人は射殺、死亡者1000人以上。生存者のほうが少ないくらいだ。
それからの僕らは酷かった。毎晩見る悪夢、来訪者に対する恐怖。すべてのものに圧迫され毎日を恐怖に彩られながら生きていた。
「僕らの世界は壊れてしまったんだ。」彼が言った。
「でも僕らは壊れてはいけないよね。」僕は言った。
今日も手首に鋭い刃を立てながら僕らは生きる。この世界が壊れて無くなるまで僕らはこの世界の端に立って今日もバランスをとっている。

マンオンザムーンライト 

January 31 [Mon], 2005, 1:35
ある夕立ちが激しく降る日、俺はある男に出会った。男はどこか寂し気な憂いを秘めた表情を浮かべ、行く当てもなかった俺にこう言った。
「人生なんて大事なところでいつも選択を間違うもんさ。君が今ここにいる事もそんな間違いが運んだのさ。」
男はそう言うと俺にたばこをなげ、夕立がやんだ月明かりに消えていった。翌日彼は死体で見つかった。
あの日から何年もの月日が流れたけれども、俺はあの男の表情を忘れる事はできない。今では家族を持ち一般的な幸せというものを手に入れている俺にはあんな表情は作れないだろう。そうずっと思っていた。
ある日妻が俺にこう言った。「最近どこか寂しそうね」と。
寂しいはずはなかった。今幸せだと感じている。嘘ではない。ではなぜ俺は寂しそうなんだろう。
ふっと口元に笑みが溢れた。俺はまた選択を間違ったのだろう。しかし今ある現実はその積み重ねだ。間違いと自覚しながらも選んだ人生だ。
ああ、だから俺は寂しいのかもしれない。正解を選べなかった自分に、正解の先にあった未来に未練があるのかもしれない。
「また寂しそうな顔してるわよ。」と妻が笑いながら言う。
「寂しくなんかあるもんか。ただちょっと昔を思い出しただけさ。」といって俺はベランダに出て月明かりに照らされる。これから先もずっと終わりまでも。ちょっとした寂しさを抱えて俺は生きていく。あの男のように。