Love letter

April 09 [Sun], 2017, 22:26




日常いろいろなことを考えるけど
その度うたうたとして無くなってしまっていく。


ので。


今日はマックに駆け込んでコーヒー飲みながら書く。
頭が締め付けられそうな感覚の中
眉間の皺はMAX。
文章書く時って苦しい。


__________________






秋ごろから何かが終わる、
という出来事ばかりが次々身に降りかかってきて
終わるということがあまりに
身近に迫り通り抜けて、その中で
また、朽ちていくと同時に始まるのだということを
嫌という程体験した秋だった。
終わっていくことを体感しながら、
自分の中の何かも
朽ちていきながら、それは一方で
まるで終わりではないということ、
嫌という程ここまで追い詰められても
まだまだ思考は働いてしまうし、
自動書記の様に
何か見えないシナリオを描いている様な感覚のまま
毎日を過ごしていた。


死んでも死んでも生まれていく。
全く人間という生き物ってのは
完全に死なない限りは止まれないんだな。
まあ、放っておいても生まれていくし
変われるということなのだから
生きていれば変わっていけるということでもあるんだろう。


年末から年始にかけて、その年に亡くなった、
愛した人のことを想ったりしていて、
私はその人のことを思う時間を必要以上に確保する事によって、
変わっていくということに対して
今思うと抵抗していた様な気がする。
つまりは過去に留まろうとする働き。


そして、無くなっていくものとその抵抗の中で
それは突然に生まれた。
止められない気持ちの昂り。


ある日その男の前で開いたタロットカードに描かれていた
16番目のカードは
塔のカードだった。
崩壊と再生のカード。
それまで私は私なりに恋をしていたし
恋をしているつもりだったし、
亡くなった人のことを考えていたし
それらを愛しているつもりだった。


それがたった一枚のタロットカードに依って、
迫り来るこの運命が避けられないものであることを直感し、
畏怖と暗闇の中から遠く一番星の様に見える光のイメージが
近づけば星ではなく、続く道であることを本能で理解した。
たぶん1月9日だった。


自分の人生にこんなにくっきりとした台本があったとは
まるで知らずに生きてきた。
突然突きつけられた運命。
人は、それが運命だとわかる時には分かるものである。
そのせいで数日眠れなかった。


抵抗は何の役にも立たない。
初めて抱きしめられたその時に、
この人は私が倒れても倒れない人だという情報、
が嫌になる程私の全身に流れ込んできて
気づけば凭れていて



…凭れてから気づいたのだから。



頭で考えることなど取るに足らない。
身体は真実にしか動かない。





それが私の人生にひらりと舞い降りた時から
今までとは全く違う感覚が私の中を通り抜けて
まるで全部ペンキで外も中も塗り替えられたみたいになった。
それでも抵抗した。
私が私足らしめる何かを残しておくために。
こんな辛いことや悲しいことや深刻な経験を
こんなに簡単に凭れてしまった誰かに、
明け渡すわけにはいかなかったから。
それがあってはじめて私で、
誰かに胸の中を開いて見せることは、即ち
自分のアイデンティティが崩壊することだったし、
極端にいえばだけれど、自己の死を意味していたから。
だけど不思議な事に、いくら深刻そうなふりをしてみても
何枚くるんでみても
私が必死に張る卵の薄皮のような脆弱なバリアは
何度も何度もその度にめくれ、
剥がされいとも簡単に、
ぺらりと剥かれていった。


何者にも影響を受けず
1人で生きていくことが最も美しくて
正しいと思っていたし、そう生きて生きたかったのに。




私の憧れは野生の鳥だった。
自分の体温は自分の羽根を膨らませて守り
冷たい空気の中凛と微動だにせず
行くときになれば羽を広げ見えないところまで飛んでいける
そんな様でありたかった。
誰かに寄りかかるなど以ての外だった。
触ってもいいけど抉るな。


このまま何となくボロボロなりながらも
野生の鳥目指して生きていきたいと
気持ちはそう思っていたし、実際本気だった。
いかにもそれは美しいと思えたし、
何より満足だった。
この日々がずっと続けばいいと思っていた。
それが、私の思う美しさにマッチしていた。


それが春になったとき
今日のことだけれどまるで変わっていたので
仕事片手に頭は半分はそのことで驚いた。
私は変化していた。
そして同時に野生の鳥とは幻想だったことに気づいていた。
あの凛とした野生の鳥ですら、
生物同士が交歓した愛の中から生まれたものだった。
あれは独立した独りの姿では無かったのだ。
加えて、私は鳥ではなく人間でもあった。
理想とするものにはなれない。
覚悟が身体の中を走った。
私は人間であることから逃げられないという確実な事実と真実。
人間は人間として人間の生き方があって
それを体感しなければいけなかったのだ。
生まれた意味がそこにあったのに
いつのまに何となくにして生きていたのではないか。
現に身体を重ねたとき
溺れそうになる程わたしは、その瞬間、活きたのではないか。
逃げられないことを識っていたのではなかったか?生まれた時から。


私は君によって変態を遂げ
(metamorphosis)
生きていれば影響を受け
これからも変化し続けていくであろうことを
今受け入れたひとつの生命である。
そして、憧れた野生の鳥は
本能の名の下に統治された
この世に降り立ち放たれた愛の閃光の
(flash)
ひとつの具現化された姿。
それは孤独の象徴ではなかった。
私はきみに誓おう。
これからは孤独の象徴としての鳥ではなく
愛の象徴として堂々と現世を翔ぶと。











干し柿に恋をした。

January 05 [Thu], 2017, 20:01





干し柿に今日、本気で恋をした。
(真面目。)


今日は、久しぶりに歯医者くらいしか予定がなくて
いつも通り本屋に長居した後、午後はコーヒーを飲んで
そのあと運動のために徒歩で家まで帰ったのだけど
自宅の一駅前にてそれは起こってしまった。


その駅前には、フルーツandコーヒー
という珍しい組み合わせのカフェがあって
店はそこそこおしゃれながら
コーヒーを売る気配が全くなく(笑)
いつもお店の中でおばあちゃん2人が
のんびりと座ってお話をしていて
店先にテキトーな感じでいろいろのフルーツを並べて売っているのだが
珍しく店が開いている時間に久しぶりに通ったのと
いつも家にストックしている果物が
バナナしか無くなっていたので、なんかあるかなーと
ちょびっと覗いてみたのだった。
商品自体はいちごとかぶどうとかそれなりに並んでいたんだけど
端っこの方にあって目に止まったもの、それは干し柿。


干し柿といえば、小学校のころ家に帰らないで先にばあちゃんちにいくと
(家とばあちゃんちは徒歩3分くらいで
ものすごく近かった)
ばあちゃんがベランダで手作りしたやつがおやつとしてよく出てきたものだった。
まだ小学生だった私にとっては
干し柿はなんだか地味でとんでもなく
ただただ甘い意味のわからん食べ物で、
ばあちゃんが勧めてくれるからなんとなく断りきれず(ばあちゃんが干してるし)
行くたび食べてたけど
正直まじで古臭い甘さがキツく、気分が乗らない時には無理やり口の中に押し込んで
気合いで飲み込んでいた。
(ばあちゃんごめん)
その頃の私にとっては、干し柿なんていう黒オレンジの意味不明な食べ物より
アイスクリームとかクッキーとかの方が余程魅力的だったし、こんなのただの甘い黒い干からびた固まりだ!と内心干し柿が出て来ることに恨みさえ感じていた。




さて、そんな干し柿が、ふと目の前に現れたのだが
実はそんな干し柿でも、近年健康志向に変わり、フルーツ好きと化した私の中では
再チャレンジ候補の食べ物に入っていた。
(食べ物に限らず、人生終わるまでの中で苦い経験で物事を終わらせないという自分ルールがあるため、干し柿も記憶修正の必要があるとみていた)


あの頃の記憶はもしかしたら間違っているかもしれない。
生の柿があんなに美味しいんだから
干したことによって生まれる美味さとかなんかがあって
ぜったいにポテンシャル高いに違いない。
あの頃味が分からなかっただけなんじゃねえ?
実際、オシャレな料理サイトには
干し柿をラム酒につけてパウンドケーキに練りこんだやつがあったし。
あんなオシャレなサイトが紹介してるんだから
絶対に間違いないじゃん。

そんな風に今年は何度も考えていて
実は虎視眈々と干し柿チャレンジデイ、を
狙っていた。


私は奥でお茶中のおばーちゃんを呼んで一声かけた。
『すみません干し柿ひとパックくださーい』
『はい〜』
なんと、5個で350円
今年スーパーにて値段のアベレージをチェックしていたが
これは格段に安い!
特に高級スーパーで、これなら味に遜色ないだろうと見立てていたものだと、
3個で1000円はくだらず半ば諦めていたが
この干し柿は色ツヤ、干し具合をみても
リサーチ内容とほぼ同じ姿をしているように見えた。
それが350円と!
(ただパックされているだけなので、おそらく店のおばーちゃんが手作りしてるかなんかなんだろうけどw)
干し具合を丹念にチェックし、
何パックか並んでいる中でもより高級スーパーで目にしたものに近いパックを手に取る。
そして、お釣りが返ってくるまでのその間
真剣に想像力を働かせ、この水分の残り具合からの柔らかさを頭で推測する、、、




お釣りの50円が返って来て
ついに、干し柿は私のものとなった。




どこで食べようかと迷って、
普通は自宅に戻って食べるんだろうが
私にはそれができなかった。
この数ヶ月の間何度も機会を伺っていた干し柿。
そう、幼い頃からの記憶修正、その日は今日なんだ。

そう思うと止めることはできず、少しその店から離れた場所で
とうとうバリバリとパックの端を
開いてしまった。


5つの輝く干し柿。(輝いてねーよ)
柔らかいその中の一粒を
そうっとパックに引っかからないように取り出す。
すこし乾きながらも、フニャリとした手触り。
昔ばーちゃんが作ってたやつより少し柔らかめだろうか。
記憶がよみがえる。
そして、ふんわりとしたその甘い香りに包まれながら
柔らかいその物体にそうっと歯を立てる。
ちぎれた果実の一部はゆっくりと口の中に入り、舌と上顎の間でぐぐうっ、と押しつぶされていく…




………。




え。
待って。
完全に恋したんですけど。




うーまーいーぞー
(味皇的表現)




砂糖など使っていないのにまるで上品な和菓子のような甘みと
きめ細やかな繊維が絡まる。
そのテクスチャー。
何とも地味なその見た目からは想像ができないほどの
密やかながら凝縮された果実のうまみ。
なんだなんだ
ばあちゃんの記憶とは一体なんだったのか。


ふと冷静に戻り、電車の駅前で1人
白い袋からそそくさと干し柿を出して齧っている30代という最低な画を垂れ流していることを認識し
恥ずかしさのあまり顔を俯きながら
齧った干し柿を袋に戻す。
出す。
齧る。
しまう!
出す!
齧る!
しまう!!
出す!!!
くそ!!!!
やめらんないよ…。




かくして34歳の今日、私は完全なる
干し柿ファンとして
この世に再び命を与えられたのだった。




家に帰っても干し柿を調べる手は一向に止まらず、
市田柿、あんぽ柿、紅柿など
地域やその製法による
その種類にも驚かされ
さらに、
・柿ミルフィーユ(柿とバターをミルフィーユのように重ねて固めたお菓子)
・やま柿(全国菓子博覧会名誉総裁賞受賞作、柿の和菓子)
・寒天つるし柿(干し柿を潰し寒天で固めたもの)
などとどまることを知らない干し柿バリエーションを目にし
未だ味わったことのない
干し柿パラダイスに期待と妄想は膨らむばかりなのである。



完全に、干し柿に恋をした。




干し柿よ
ああ干し柿よ
干し柿よ
(適当)




通常なら、この時期は下旬から
各デパートにて、チョコレートフェアが始まるわけで
毎年なら当然チョコレート研究をするところであるが
今年は風向きは変わりそうである。
そう、恋する干し柿のために。
今年は1人でも干し柿フェアなのだ。

毎年使っているチョコレート軍資金は
すみません、今年初干し柿に使うかもしれません。
(或いは今もう1つ嵌っている羊羹かもしれない)
だれか、私に何かプレゼントしようと思っている方!
もしいらっしゃれば
干し柿で!
干し柿でお願いします!!






そんな干し柿の話でした。笑
















感性の華

December 30 [Fri], 2016, 3:24



酔っ払って足元さえ覚束なくても
お前のことぐらい覚えてんだよ
ついでに
美しいと思うものだって覚えてる
バカにされるほど狂っちゃいねぇんだ
感性の華は夜に咲き誇る

覚えてるか
あの日は死にゃあしねぇんだよ
噛み締めながら
踏み越えてくんだ

感性の華は夜に咲き誇る







サンクチュアリ

December 30 [Fri], 2016, 3:20



ああ サンクチュアリ
今は何も考えないでいたい
全ての恐れを神にあずけて
わたしのからだのこえをきく

こころに羽が生えて とんで
すべてを自由にに想像できるの
すべてがふわっと 気づけばそこに訪れている
うまれてく わたし自身の声


寒いけどさむくない
暑いけどあつくない
あたたかいのはこの世界のすべて


あたまでかんがえたりしなくても
本当はやさしくなれるよ


あちらで愛する人に出会い
こちらで嫌いな人に出会い
こんなに与えられてばかりなのに
人はそれでも求めたがる
ひとくるり見渡せば宝物の中に
わたしは埋まっていた
溢れ出る涙
それはこんなにもほら満たされてる証
すべては自分の中にもってる
ほら
その手のひらをそっとひらけば
あなたも光をもってる



サンクチュアリ
全ての恐れを
ここにあずけてsurrender
いつかブーメランのように
光り輝く未来になって
戻ってくるだろう
護られてる 大丈夫
恐れに満ちたその一歩を踏み出せば
そこはサンクチュアリ










インターセクト

December 05 [Mon], 2016, 15:28






言葉が滲み出てこないほどに
難しい感情を胸に閉じ込めている
ぎゅっと固まり目を閉じて
肩を窄めただ
目を閉じて静かにすぎるのを待つだけ
この感情はいつまでstayする
たぶん通り過ぎるまであともうすぐ
この感情はいつならthroughする
だって通り過ぎるまであともう少し
言葉を紡ぎ出せないなんて
どうかしてる
うまく言えない
通りすぎた人と
これから交わる人を想う


涙が零れる
どうかしてる
うまくできない


わたしは
通りすぎた人と
これから交わるひとの交差点


涙が零れる
どうかしてる
うまくいられない
私の中を出会いが交差して
私は変わっていく
私の知らない私に















pureness

December 01 [Thu], 2016, 20:19






"pureness"



さっきまでの仕事が終わったら
髪の毛にスプレー振って
葡萄酒色の口紅塗りつけ
夜の街の中飛び出していく

烟るタバコとフォアローゼズの匂い
注がれる酒に負け
割れるグラスで手を切り血を流すか
辛うじて残った理性で
その手を振り払うか

こんな事したいわけじゃない
全てに潰されそうになりながら
何もない夜空に向かい
唇を噛んで宙を睨みつけてる
欲しいものが此処にある訳無いじゃん
そんなこと識ってんだよ

汚れてる女だとかスカしてるとか
好きなくらい言えばいい
見えるものだけ見るなら
それを見ればいい
私の中のpurenessは消えない
真実は見えない奥にある

自分の中の聖域くらい
自分で護ってみせるさ
見せかけの温もりは要らない
自分を温める体温くらい
生まれた時から持ってる

汚れてる女だとかスカしてるとか
好きなくらい言えばいい
見えるものしか見ない奴は
それを見てればいい
私の中のpurenessは消えない
真実は見えない奥にある

泥々に傷つきながら でも
抱き締めてるものがあるさ
簡単に明け渡したりはしない
本当に大切なことのために
握り締めてるものがあるさ
それがどんなに儚くとも
光り続ける 私のpureness





came into sight

November 29 [Tue], 2016, 21:28





あの日


血を流し絶望しながら空を仰いだはずなのに

今は全てが嘘みたいな青空をみながら

バスに揺られている

低く黒い雲に重なって上から

真っ白く大きな雲が悠然と広がり

少しずつ動いて私に話しかける

つまり必要だったんだってこと

つまり変われるんだってこと

つまり、今は過去じゃないってこと

どうしたって生きてれば感動的なんだってこと

今全身で感じ取っている

今暗い雲しか見えないあなたも

それは今にフォーカスしているだけ

低く黒い雲の上に

大きく白い雲と青空が輝いてる

見える日は来る

見える日は来る






まだやめてません!ひさしぶりの更新。

November 23 [Wed], 2016, 22:00


おひさしぶりです。


なんと今、気づいたら。
まもなく34歳になってました。笑


仕事場で、今日なんとなく

『もう少しで、34さいだなー』と

ぼんやり考えて過ごしていましたら、
このブログの存在を思いだしました。

そのことを考えながら家路をいそいでいたところ
自分がどんな記事を書いていたのか
とっても気になりはじめました。
それと同時に、今後自分が目標とする自分の中の
1つの目標があるのですが
その目標を達成するためには、
現在感性が鈍りすぎていること、また
ものを書き上げる力があまりにも落ちていること
を、痛感した次第で。
そのため、日々の自分のワークとして
頻繁ではないかもしれませんが
辞めないで、もう少しこのブログを継続させ
ときどきいじくる事にしました。

このブログにはわたしの20代前半からが
714記事も凝縮していますw
どうしてかよくこんなに書けたもんだなwww
でも、今読み返してみると、恐ろしく
今では取り戻せないとも思われるような
自分のみずみずしい感性(笑)に
驚きます。
勿論、子供っぽい文章もそれはそれは
多数なのですが
それ含めて、現在迄の自分を
こうして何処かに素直に表現し
残しておいて本当に良かったなと今思えます。

(特にプロフィールの一問一答がウケる。)

プロフィールは今迄の奴何処かに取っておきたいくらいですw
でも、来月あたり変えようかなって思います。

詩やとりとめもない文章などよく書いていましたが
あの頃とは時代?が変わり
ブログよりもよりインスタントな表現が世の中は主流で。
でも、今回再開しようと決めた直前の文章もそのことについて
書いてありますが
なにぶん、書き上げる、というエネルギーのかかる作業から
ここ数年逃げてきた気がして。
ただ、書き上げない
練り上げない
限り、作品としては成り立たないんですよね。
いや、成り立たせたいと思う訳でもないのですが
少なくとも、書き上げる、という事での
自己鍛錬の場になるという事信じてやって行きたいと
そう思います。

このブログをよく書いていた20代のころは
もっと暗かったというか
まだまだバランスのとれない考え方をしていた頃で
今読むとあんな事で悩んでいたのかと笑っちゃうくらい
今はもっと良い自分、もっと大好きな自分に
なれている。
34歳にさしかかる今、そう思えるのは
間違いなくいままで関わってきてくれた人
一人残らずみんなのおかげだなと
ブログを読み返して本当に感謝でいっぱい。
今の自分にどんなことが書けるか
さぼっていたのでかなり未知数ですが
出来る限りまた頑張ってみるのだ!!
人生勉強!


書き上げる。

February 04 [Mon], 2013, 3:41




4ヶ月程前に見た夢の事をどうしても書きたくて、
一気にメモしたのち放置して何日もが経つ。
衝撃的な体験であり、且つ衝撃的な夢であったので
うまく書き上げることが出来なくて
何度もその夢のことや、書き留めた文章を読み直すのだけれど、
どうもしっくりくる表現は見つからないし
持たせたいリズム感をだすこともできないし
最後の部分もどうしたらいいかさっぱり
思いつかなくて困っていたのだけど、
今日はすこしだけその難敵について、推敲し
書き進めることが出来た。
誰にも分かってはもらえないかもしれないのだけど
地味な喜びというのはあるものなんだなあと
妙に分かったような気分。

普段から、『書く』ことはあれども
それは『書き上げ』られてはいない。
ことにTwitterやFacebookなど、簡便で
瞬間的に発信出来るものが主流、といった
感じで生活の中心を占拠してしまうと
より、書き上げられたものを目にする機会が減る。
ただ流れていってしまう綴りの羅列、ではなくて
凝縮されたひとつの言葉の集合体として発することを
諦めてはいけない。
それを書き上げた時必ず、ただ書いて流れてしまったものにはない
別の説得力やら輝き、存在感を持つ筈なのだから。
私自身がインスタントに傾いてしまっている生活に気付いた、
ということなのだろうけれども、
果たしてインスタントから脱出しなければならないわけでもなし。
やはり、『バランス感』なのである。
こうやって書いていても
大分前の一行を危うく最後の一行にしよう
と思ってしまっていたのだから
しょうがないものですね。

せめて、4ヶ月前の体験くらいは、
書き上げよう、と思う、今日この頃です。



かみふうせん

January 17 [Thu], 2013, 0:48






して


やめて


なんてなかった


かみふうせん


うすく綺麗に透けた和紙


あなたのひとふきで


ぷくぅ





色のない空虚がはいる


しかしわたしはそのひとふきで


めいっぱい


めいっぱいに膨らんで


はじける


紙が破けてしまうなんて


知ってるのに







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