思えば、一人の人に執着しない性質だった。
どれだけ仲を深めても、決定的な別れがある事を知っていたからだろうか。
もしくは、
「うん?どうしたんだいそれ?」
風呂敷に包まれた四角いものに大帝は首を傾げる。
「…昨日の残りの煮物と、今朝作りましたゴーヤチャンプルと、それから五穀米を詰めたものです」
「うん。いや、食べ物だってのは分かってるよ」
そうじゃなくて、それどうするの?と、表情で問えば、伊呂波は思案するかの様に表情を硬くする。
「…どうしようか、迷っております」
「…え、用途なし?」
「いえ、」
彼にしては歯切れが悪い。
…最近の、伊呂波を取り巻く環境は少し変わった。
まぁ、仕事先が一つ減って、仕事先が一つ増えた。
プラマイゼロ
…数字的に見れば。
「あぁ、新しい仕事先にもってくの?あそこの人達、きっと喜ぶよー」
「……そうだと、…いいのですが、」
煮え切らない返事。
「……伊呂波?」
「はい」
「変だよね?」
「いえ、…」
話が進まない。
お互い、固まったまんま。
「…でもさ、それ、持っていくなら早く持っていかないと冷めちゃうよ?
伊呂波のご飯は美味しいけれど、やっぱ温かいうちに食べたいよねぇ」
「………」
返事は、中々返ってこない。
ようやく肌寒さを感じるようになってきた午後。
昨日よりも少し寒く感じるのは、きっとしとしと降り続ける雨のせい。
「主」
「うん」
ようやく、重く口が開かれる。
「…拙者は、…怖いのです」
「怖い?」
「……今まで、己から仲を持とうと行動する事はありました。
しかし、ある一定で、拙者は…それ以上の関係を望もうと、しておりませんでした」
「ふむ」
まぁ、確かに。
伊呂波はお弟子さんもいるし、友人もそこそこ多い、
けれども、誰かと、深く関わりあう事は、そんなに無かった…気がする。
「それで?」
「……」
促せば、再び伊呂波は押し黙る。
「相手って、誰なの?」
「…それは、」
言いよどむ、声。
ああ、駄目だなぁ・・・僕も。
分かってるのに。
「伊呂波、一つ、昔話をしてもいい?」
「……はい」
「僕もね、人と深く関わり合うのはあんまししないんだ。
けれども、伊呂波みたいに怖いーとかじゃなくて、面倒なの。面倒くさいだけ
あと基本的に、僕は他人に殆ど興味がないんだ。例外を除いて」
「………」
「でもね、そんな僕にも、一度だけあったんだ。
この人じゃなきゃ駄目だ、この人と離れたくない、…そういう人が。
……あ、同性だよ?健全な意味で」
「…はい」
軽く笑っているのに、生真面目な表情を伊呂波は崩さない。
「でね、その日から猛アタック。あたーっく!
…で、ね。まぁ、すっごく仲良くなったんだ…とってもとっても」
「…今でも?」
「ううん。ぜーんぜん」
あっさり大帝は否定し、伊呂波は少し表情を崩しかける。
「…まぁ、ねぇ。とーきどきは連絡とってたけど、今は全然。
時間がたって、あの子も僕にとっては興味ない子の一人になちゃったのかなぁ…」
「………それで、」
「うん?」
「結局、主は拙者に何を言いたかったのですか?」
「…なんだろうねぇ」
大帝も困った顔でうーん…と唸れば、伊呂波はそれに輪をかけて困った表情をする。
「そうだね。まぁ、僕はころころ気が変わるけどね、それでも、」
「…はい」
「それでも、…今しかないって思ったときは、我武者羅になる。
自分の本来の性格とか無視して」
「………我武者羅に」
うん。僕よりもっと合わない。伊呂波の我武者羅って。
うんうん、と大帝はうなずく。
「…なんだろうね、今の気持ちや過去の気持ち、…「その時」とはもう別物だけどね
けれども、確かに、「その時」僕はあの子の事が大好きだったんだ。
誰よりも」
「………」
「だからね、今は淡白な付き合いでも、僕はそのときの事を思い出す度に、あの子を好きなんだって認識する。
認識できる」
「……」
「だからね、僕は今のこの状態でも、何の後悔もない。
あの時の「好き」という気持ちが本物で、それがきっと今も、ひょっこり自分の感情として戻るんだって思っているから」
「……ならば、拙者は、」
真摯な、瞳。
「行けばいいんじゃないかな?一番今、行きたい所に」
「しかし、もう拙者は、何の関係も、」
「関係?…なければ、作ればいいじゃない?」
「作る?」
大帝は、ニコと笑みを浮かべた。
「僕だってね、人に興味はないけれど、…でもそんな僕だって「友達作り」は得意なんだよ?」