サンクチュアリ:6「崩壊」 

October 19 [Fri], 2012, 21:07
 真っ暗だ…。

 どこだ…?

 体が動かない。

 ─ …ろー!

 何だ?

 ─ …きーろー!

 黄色…?

 ─ おーきーろー!!

 Oh黄色?OK牧場?ガッツ?

 ─ 起きろ!!

 起きろ?どこ?僕?起きてるし。

 ─ 起きろーーー!!

 うるさいなー。

 「起きてるよ!」

 自分の声で目覚めた。

そこは、見覚えのある場所。最悪だ。

 此処は新宿の公衆トイレじゃないか。

 臭い。こんな臭い所で横たわってたと思うと…まじで最悪だ。

 ─ やっと起きた!

 「えっと…どうなったんだ?」

 ─ 君は記憶のサンクチュアリを破壊しちゃったみたいだね。

 「…破壊…」

 ─ 最後のリミット・ダウンが終わったのに、私の状態が変わってないってことは…私の解放はまだ…みたいね。

 「リミット・ダウン…」

 おもむろに腕を見る。腕にはrest:1
とだけ浮き出ている。

 「なぁ…最後のリミット・ダウンだったんだろ?何で1のままなんだ?」

 ─ 私がわかるわけないでしょ!私だって解放されてないんだから、私のほうが聞きたいくらいよ!

 「…そか…。」


 そうだ、携帯。

 1998年8月26日7時42分

 「1分後…。」



 「ドアは…」


 ─ 見てみなさいよ!綺麗さっぱりドアが消えちゃったじゃないの!


 本当だ。今まであったはずのドアがない。
本来個室トイレはこうだと言わんばかりの壁になってる。


 「消えちゃったね。」


 ─ 「消しちゃったね。」でしょ。


 しかし、rest:1は残っている。



 「そうだ。T.Hを…」

 ─ どうなっても知らないよ?


 記憶は全て戻っている。大丈夫だ。


 待てよ。記憶が全て戻っている。金もあるはずだ。このまま生きたら、僕凄い勝ち組じゃないの?T.Hは使わずにタトゥーだとか、痣なんだよね。とか言ってごまかしてたら、やり過ごせるはず。

─ …助けに…行かないの?

僕はハッとした。腕に全て見抜かれてる。

 「いや…ほら…なんか…」

 ─ さっきの言葉は一時の感情かぁ。人間だものね。土壇場で後悔して叫んだ所で、身の安全が保障されちゃったら、わざわざ危険をおかしてまで後悔を修正しに行ったりしないわよね。

 「あぁ…そ…そうね。」

 いかん。すっかり心の内を読まれてる。


 ─ でもね、私も解放されたいんだ。君が解放してくれないと、ずっとこのままなんだよね。こうして外の世界を見れるのはいいんだけど、長くひとりで漂ってると、色々考えちゃってね。

 ─ そのうち考える事もやめちゃって…。そして…ただただ解放される瞬間だけを心待ちにしてたの。

 「どれだけ長いこと漂ってたんだよ?」



 ─ わかんない。考えたこともない。



 「時間の神が時間わからないとか…。」



 ─ 時間なんて記憶の集合体よ。君もクロノスになれば、その「無意味」さに気付くのよ。


 ─ とは言っても、あそこ壊しちゃったしね〜。本当にどうなるのかしら。

 ─ 腕、飽きちゃったから移動するわね。

 「え?」

 クロノスはそう言うと少しの間おとなしくなった。



 ドクン、ドクンと心臓の音が聞こえる。




 腕を見るとrest:1の文字が移動している。き…きもい。

 「そうか、restはお前なんだな。」

 ─ …。

 rest:1の文字が腕から肩、そして胸、それから上に上って首まで来て見えなくなった。

 「ちょ、顔はやめろ」

 手洗い場に走り、水垢で汚れた鏡を見る。

文字は顎を超え、更に上を目指す。

 鼻を超え、額に止まった瞬間、景色が変わる。



 「な…なんだ?」




 辺りは焼け野原。古い家屋と思わしき建造物の残骸。そしてこの臭いは…なんだ。あの公衆トイレとは比較にならない不愉快さだ。


 僕は辺りを見回す。そして、足元に腐敗した人の死体。しかも、だいぶ抉られてる。

 「うわああああああ!!」

 何だ此処何だここなんだここなんだここ

 空は真っ赤に燃えている。空が鳴いている。


 轟音が近づく。飛行機…か?

 飛行機と思われる物体が凄い勢いで近づく。
そして「なんだ?」と考えているうちに、物凄い爆発音と爆風が襲ってくる。

 「あああああああああああああ!」

 光と熱に包まれる。僕の体が溶けていく感覚だ。痛い。熱い。




 ─ リンクしちゃったね。




 その言葉で景色が戻る。額の文字は頬に移動している。



 「何だ今のは!」



 ─ 私の記憶かな。


 私の記憶って、ありゃどう考えても戦時中だ。

 「あの記憶の頃、生きてたのか?」


 ─ そうだねー。あの後も生きてたよ。ていうか、今も生きてますし。


 あぁそうだ。死んでないんだった。


 ─ 戦争が終わった日だったかなぁ。瓦礫の中でドアを見つけたんだっけ。



 「終戦記念日…」



 終戦記念日だって…?大東亜戦争の終戦は確か1945年8月15日…。その日にドアを見つけたって事は…今年は1998年…。


 「約53年くらい漂ってたって事!?」



 ─ うーん…そういう事なのかなぁ?



 「僕もクロノスになったら、そんな長いこと漂う事になるのか?」



 ─ どうかなぁ?運もあるからね。



 ─ 私がタイム・ハッカーだった頃のクロノスは、400年待ったみたいだったし…。


 「400年!!!?」


 ─ だから、彼に比べたら私は早い方だっただろうね。…とは言っても、それでも長かったけどね。


「なぁ…。俺もそれをやるのか…?」


 ─ 本来ならね。


 「本来…なら…か。」


─ どうなるのか私にはもうわからないよ。



 「そうか…」



 文字はまた移動を始め、鎖骨のあたりで落ち着いた。



 ─ ここでいいや。



 「腕に戻れよ…」



 ─ 腕狭くて飽きちゃったんだもの。



 「どこが広くて狭いとかあるのか…」



 ─ ねぇ、さっきリンクした時…




 ─ 私も見えたんだ。





 ─ あの子可愛いかったね。



 瞬間的に「あの子」が誰のことかわかり焦った。どこまで見られた?全部見られたのか?



 「…どこまで見た…?」



 ─ 彼女が走って出て行ったとこ。




 ─ あの子亡くなっちゃたのね。




 「…うん。」




「事故だったんだ…」


 

 ずっと後悔してたんだ。もしもあの時、喧嘩なんかしなかったらって。泣き顔で出て行く君の腕を、ちゃんと掴んでいたらって。




 ─ 行こうよ。君に会いたがってるよ。




 「…。」







 「そうだね。」




 こうする為に、戻ってきたんだ。




 「行こう。」





 あの日を思い出す。鎖骨の下に数字が浮かび上がる。


 僕はその数字に手をかざす。



 今でも君の顔、ちゃんと思い出せる。



 
 思い出すだけじゃない。




 今の僕は、君を救える。




 大きく息を吸う。




 吐き出した息は、音となって世界と繋がる。




 「T.H.E.R.E」





 優しい光が、僕を包んでいった。






 1996年12月24日 19時18分



 「ここは…」



 覚えてる。



 「懐かしいな…」



 もうすぐ彼女はここに来る。約束の時間まであと12分。


 そして喧嘩をする。


 怒った彼女は、走り出す。


 交差点に差し掛かった時、


 信号無視した車にはねられ即死。


 全て、僕の見てる前で起こった事だ。


 喧嘩の原因は、僕が彼女へのプレゼントを忘れてきたことから始まる。

 もともと、時間にルーズなところがあって、よく彼女を待たせた事もあった。それに、忘れ物をする事が多かった。

 家を出て、ひとつ忘れ物に気付いて取りに戻ると、あれも忘れてたし、これも忘れてた。なんてことはよくあった。


 そんな僕が、約束の時間より前に待ってた。


 だけど、プレゼント…忘れちゃったんだよな。


 本当は、ここで待ってる時、忘れた事に気付いてたんだよな。


 だけど、僕は…開き直った。


 いつも、忘れ物してるのを知ってる彼女だから、今日も忘れちゃった。で許してくれると思った。最悪だろ?



 そんな思い上がりが、取り返しの付かない事態を招くんだよ。



 家まで往復で40分。家に帰ればプレゼントはある。しかし…待ち合わせには遅れる。


 あの日僕は、待ち合わせには遅れなかった。


 だけど、今日、待ち合わせに遅れたらどうなる?


 考えろ。何か方法があるはずだ。



 そうだ、金…金ならある。



 あの時、学生の僕はたいした金額もなく、プレゼントを買いなおす事もできなかった。


 だけど、今はできるはず。



 が…財布がない!いつからないんだよ。どこに落とした?忘れた?くそ!現在点の家か。


 戻ることもできない。


 もう、選択の余地はない。



 僕は、全力でプレゼントのある家まで走った。


 運動は嫌いだ。


 走る事も嫌いだ。


 疲れるし、汗をかく。息も上がるし、自分を追い詰めるような気がして好きじゃなかった。


 だけど、君の為に走った。



 全力で…。



 時間は刻々と過ぎていく。



 携帯の表示は…


 1996年12月24日 19時30分



 くそ!待ち合わせの時間だ。こんな事になるならT.Hの時間を今日の朝にするべきだった。

 今となっては、どうにも出来ないが。


行き場のない怒りを押し殺して、走る。
 


 1996年12月24日 19時42分


 やっと、家に着いた。両親がご飯を食べている。

 『あら?今日は遅くなるんじゃなかったの〜?ホラホラ!彼女とデートだったんでしょ〜?』

 「うん。すぐ出る。またね」


 僕は自分の部屋へ走り、プレゼントを探す。


 置いてる場所は…覚えてる。


 「あった!」


 中身も覚えている。この日の為に、夜バイトして貯めたんだ。


 そして、僕はまた走り出した。


 携帯の表示は

 1996年12月24日 19時44分


 もう14分過ぎてる。こっから走って何分遅刻するん…いや、考えるな。考えてるうちにもっと早く走れ。



 早く。



 もっと早く。



 肺が苦しい。



 足も痛い。



 心臓がバクバクと音を立て



 汗はシャワーを浴びた後のように滴る。



 辛い。



 苦しい。



 だけど…



 君がいない人生の方が、もっと苦しかった。



 だからもっと早く走れるはずだ。







 そして、ぼんやりと待ち合わせ場所が見えてきた。
 




 1996年12月24日 20時00分



 待ち合わせ場所の時計が20時を告げる。




 彼女は…・・・?




 いない?
 

 
 間に合わなかった。




 「何でだ!」


僕は地べたに崩れ落ちた。



 『何でだ!じゃないでしょ!何分待たせるのよ!!』


 時計の裏…。


 「生きてる!間に合った!間に合ったあああああああ!!!」



 『ハァ…?間に合ってないわよ!バカ!30分も待たせた上に間に合ったとか…ばっかじゃないの!』


 「ごめん、これを取りに戻ってたんだ。」


 そう言って、僕はプレゼントを彼女に渡す。


 『プレゼント…?ありがとう。でも取りに戻ってたって、忘れてきたって事ー?』

 「うん。」

 『もー信じらんない!』





 「…ごめんな」




 色んな思いの詰まった「ごめんな」だった。
 


 『…ったく、しょうがないなー。今日はこのプレゼントに免じてそなたを許してやろではないかー!』



 「なにゆえ将軍…」



 そして僕は、彼女とのクリスマスを無事に凄すことができた。
 不安が消えたわけではなかったから、彼女の家まで送ることにした。








 ─ そろそろ時間だよ…。





 僕は、この場所に留まっていたかった。現在点に戻ったら、死んじゃうんだろ?仮に死ななかったとしても、向こうの世界に彼女が居るとも限らないじゃないか。


 だったら、此処で…



 いや…よそう。



 帰ろう。これで良かったんだ。



 彼女が近づいて、僕の背中に頭をくっつける。


 
 『ありがとう』



 「え…?」



 『なんとなく、わかるよ。』




 『うまく言えないけど、わかる』




 『だから、ありがとうね。』



 「うん…」




 それで十分だった。僕は震える唇で、彼女に告げた。



 「じゃあ、また明日な。」



 『うん。またね。』



 そう言って、彼女は家の中へ。





体が震えてる。



 そりゃそうか。これで死ぬかもしれないんだもんなぁ。



 ただ、彼女を救えたという気持ちだけは、強く心の中で響いていた。



 「なぁ、クロノス」



 ─ 何?



 「お前、最後はどんな気持ちだった?」



 ─ 別に。


 「なっ、教えたっていいじゃねーかよ。」



 ─ 後悔を全て修正したから、当然の報いだと受け止めた。



 「そか。大人だなぁ。」



 ねぇ、クロノス。僕は、受け止められないよ。それでも受け止めなきゃ先に進めないんだろ?こうなるのは最初の「選択」でもう決まっていたんだろ?



 おそらく未来に彼女は生きているだろう。



 だけど、そこに僕はいないんだろう。



 そして、クロノスは解放されるんだろう。



 
 両親は、悲しむ…よな。



 彼女は、どう思うんだろう?



 僕が彼女を想ったように、



 彼女も僕を想って生きるんだろうか?




 後悔は、まだ沢山残ってる。



 おばあちゃん、救えなかったな。



 結局僕は、彼女しか救えなかった。




 ─ 泣いてるの?




 「泣いて…ない…」




 死にたくない。





 だけど、進まなきゃいけない。




 震える声で…小さく響いた、最後の




 「リミット・ダウン」







 そして、世界は崩壊していく。






 restは「0」になった。







 ─ 解放してくれて…ありがとう。








 どれ程時間が過ぎたのだろうか。

 ─ 無音だ。─

 誰の下でも例外なく過ぎる「時間」の波は、最早僕は感じる事ができない。
そうだな…例えるなら「宇宙」といったところ…なのかな? 行った事など当然ないが、おおよそイメージとして、きっと宇宙もこんな感じなんだろう。



 僕が破壊したはずの「記憶のサンクチュアリ」は、僕のrestが0になることで、再生を果たした。



 あのサンクチュアリは「あいつ」自身のサンクチュアリだったって事だ。



 
 真っ白だ。




 どれくらい漂ってるのか、もうわからない。





 
だけど…





 感じる…。





 誰かが、ドアを開けようとしている。






 
 そして、ドアが開かれ、ドアが消える。





 一人の女が横たわっている。





 どこか…見覚えのある顔だ。





 あぁ…間違いない。彼女だ。






 しばらくして、女は目を覚ます。



 『此処は…どこ…』




 ─ 記憶のサンクチュアリさ。



 『誰!?』



 ─ 僕の名前はクロノス。時間の神だ。







 ─ 完 ─





 読んで頂きまして、ありがとうございました。
 kaito

サンクチュアリ:5「バグ」 

October 19 [Fri], 2012, 6:46
 目覚めるとそこは、一面真っ白だ。

 おかしなことに、どうやって此処に来たのか思い出せない。

 「どこだ此処は…」

 ─ もー。だから言ったじゃないの!

 「クロノス…?此処は何処だ?」

 ─ はー。自分で来たんじゃないの!記憶のサンクチュアリよ!

 「記憶の…サンクチュアリ」

 その言葉で、僕の記憶の点と点が線になった。

 「そうだ!記憶のサンクチュアリだ!」

 ─ 思い出した?

 「うん。思い出した。前に此処に来た時に違和感だったんだ。」

 ─ 違和感?

 「ほら、此処、ドアがないだろ?」

 ─ そりゃね、君のような人が来て、初めて私がドアを出せるようになる仕組みの場所だし。

 「今、ドアは出せるのか?」

 ─ …ダメね。出せないわ。一度しか出せないのかしら?

 「てことは、もう此処から出られない?」

 ─ 多分…ね。どこまで行っても真っ白な場所だから。入り口は外からだし…。出口は1つ。そしてその出口も出せないし。

 「なら、これならどう?」

 「リミット・…」

 ─ ちょちょちょちょ!何する気よ!此処を破壊するつもり!?その前に自分の腕見てみなさいよ!

 僕は腕を見る。その腕に浮かぶ数字が高速で動いてる。全部の数字がだ。restは1のまま。

 「なんだこれ?」

 ─ そもそもタイム・ハッカーが此処にいるのがおかしいって事。わかる?今この状況が既にイレギュラーだって事。

 「イレギュラーねぇ…」

 思えば、此処に来てからずっとイレギュラーだ。今更何がイレギュラーで何が当たり前とか、わかんないでしょ。

 「どっちにしろ、これで出れるかどうか、やってみないとわからないでしょ?それに…このままじゃお前も解放されないでしょ?」

 ─ そりゃそうだけど…こんなのが最後でいいわけ?

 「構わない。」

 僕はひとつの賭けに出ていた。その賭けに勝つか、負けるかわからないけど。どっちにしろ、T.Hを使って、戻ったら死ぬんだ。

 「お前の言葉を信じているよ」

 その言葉が僕の口から零れ落ちた時、気付いた。

 ─ え?

 「僕が最初に此処に来た時に言ったよな?最後には、全て記憶を失って此処にきて、そして全てを知るって。」

 ─ うん。

 「もう、思い出してる。全部」

 ─ 取り戻した…の?

 「どうやらそうらしい。両親の事も昔の彼女の事も思い出した。」

 ─ 私がクロノスになった時と同じだね。

 「僕はまだ、クロノスじゃない。だって、お前が消えていないし、体もちゃんとある。」

 ─ そうね。私がクロノスになった時には、
もう…意識だけだったもの。

 「僕にはまだ、遣り残したことがあるよ。」

 「今からそれを取り戻す。」

 ─ 好きにすればいいわ。

 どうなるかわからないけど、怖くなかった。
大事な記憶を失って、生きているより、全て思い出して死ぬ方がいいと思った。これが最後になるかもしれない。

 これで死ぬの…かもしれない。



 ねぇ…僕が死んだら君に会えるかな?
あの日、引き止めなかったのを、ずっと後悔してたんだ。あの日僕が引き止めてたら、君は死なずに済んだのかな?


 交錯する思いを胸に、零れた言葉。


 「リミット・ダウン」



 白い世界が崩れていく。



 僕の体も消えていく。



 これが…僕の終わりなのか?



 そしたら、君に会えるのか?



 ねぇ…。



 そして、僕の世界が闇に飲まれた。



 光は…来なかった。

サンクチュアリ:4「抵抗」 

October 19 [Fri], 2012, 6:31
 「なぁクロノス。T.H.E.R.Eってどういう意味なんだ?」

 ─ Time Hack Exploit Restore Event。

 「うげー。僕、英語苦手だから意味わかんないよ。」

 ─ 人間の脳は今までの事、全て記憶しているの。ただ、みんなその「覚えている事」を忘れていくのよ。だけど、脳はちゃんと覚えてる。君が思い出せなくても…本来、脳はちゃんと思い出せる。

 「未来は?」

 ─ 行けない。

 ─ 自分の現在点より未来には行けないの。

 「時間の神なのに?」

 ─ …。

 「まぁいいや。過去をやりなおせれば十分だ。」

 そして、僕は思いつく限り過去を修正する。
ナンバーズ。ギャンブル。金を生むように、時間を巻き戻す。

 「リミット・ダウン」

 「いやいや今回も稼いだね〜。ひーふーみーよー。んー。ざっと8億くらいか?笑いが止まんねっすぅ〜先輩〜!」

 ─ 8回目だよ。

 「8回目〜?何が〜?」

 ─ リミット・ダウン。次が最後よ。

 「ん〜。次が最後?まじかー。早すぎ!もっと堪能したいよ〜。」

 ─ 色々忘れちゃったね。

 「何か忘れ物した?」

 ─ 次が最後だよ。

 「次が終わったら、どうなるんだっけ?クロノスが消えて、はいさようなら〜。だっけ?」

 ─ うん。私は消えちゃうね。

 「そっか〜。短い付き合いだったが良い思いをさせてもらった!まぁ消えちゃっても元気でね〜。」

 ─ 最後の前に、私は私の役目をしなきゃね。

 「役目〜?時間移動させるのが役目でしょ?」

 ─ もうひとつ役目があるの。

 「何〜?」

 ─ 君が失った記憶を、君に教えてあげるの。

 「あぁそんな役目があるのね。神も大変だね〜。」

 ─ 知りたい?

 「う〜ん。てか、失った記憶って何?てかぶっちゃけどうでもいいかな〜。忘れたって事はどうせたいした事じゃないんでしょ。金もあるしこれから思い出いっぱい作っていけばいいじゃない?」

 ─ まぁ、そうなるよね。

 ─ でも、私は君に教えなきゃいけない。

 「あっそぅ。ま、いいや。で、僕は何の記憶を失くしたの?どーせ、しょーもない記憶でしょ?」

 ─ 教えるね。君が失くした記憶は…

 ─ 働くという記憶。

 「働く?何それ。お金こんなにいっぱいあるんだし働く必要ないじゃん。やっぱり、どうでもいい記憶だよ。」

 ─ 眠るという記憶。

 「眠る?なんだっけそれ?」

 ─ 食べるという記憶。

 「食べるって何だ?確かに腹は減ってるんだが…食べるって何だっけ?」

 ─ 人を愛するという記憶。

 「愛?何それ。好きと違うの?」

 ─ 好きは覚えてるのね。

 「愛?う〜ん。なんか昔、彼女いたような記憶あるんだけど、愛ってなんだっけ?まぁ今彼女がいるわけじゃないし〜愛も必要ないなっ!」

 ─ その彼女との記憶。

 「え、だって終わった彼女でしょ?覚えててもしょうがないじゃん。未練タラタラみたいで気持ち悪いでしょ?うん、それも必要ないね。」

 ─ 両親との記憶。

 「両親?親…?親……。覚えてない。そもそも親って何だ?」

 ─ あと…これが君が一番最初に消された記憶なんだけど…

 「何?」

─ rest:0で死ぬということ。

 「死ぬ?僕が?ありえないし!めっちゃ元気だし死ぬわけないし。」

 ─ 厳密には、死なないよ。生きてる。

 「だろ?こんなに元気なのに死ぬわけがないじゃん!」

 ─ ただ、この世界にとって、あの状態は「死」と同等。

 「…どういうことだ…?」

 ─ そして2回目に消された記憶。

 「何…?」

 ─ リミット・ダウンで「記憶が消される」という記憶。

 「おい!それどういう意味だ!教えろ!」

 ─ 記憶は人間にとって大事なもの。その大事な記憶が消されるとわかっていたら、躊躇してしまうでしょ?そういう戸惑いは、タイム・ハッカーには必要ないって事。

 「お前が…消したのか…?」

 ─ 違うわよ。私じゃない。私はただ、君の「能力」として使われただけ。

 「お前が消したんじゃなけりゃ、誰が消したって言うんだよ!お前は神だろ!」

 ─ そうね…私より偉い神とでも言えばいい?

 「んな話信じられるか!」

 ─ そもそも、今君が体験してる事からして、非現実的だってことは理解してるわよね?

 僕は完全に言葉を失ってしまった。確かに、過去に戻って、言わば「自分の歴史を捻じ曲げてきた」この事実。
 こんな非現実が罷り通る「現実」に直面しているというのに「そこ」だけ否定するのは虫がよすぎる。そんな事はわかっている。わかっているが、否定したい。

 「だけど…」

 言葉が出ない。

 ─ 次のリミット・ダウンで、君は死ぬ。
最後の1回、よく考えて使う事ね。

 腕に浮き出ている「rest:1」これが0になったら僕が死ぬだと?ありえない。人間誰しも少なからず「自分は大丈夫」とか「自分は特別」とか、そういう根拠のない自信っていうか、何と言うか、そういうの思うだろ?どう考えても、死ぬとかありえない。

 そもそも、死んでしまったら…こんな金、あっても意味がない。

 ─ やっと気付いた?自分がどれだけ愚かに身を削ってきたか。

 「ふざけんな。僕は死なない。」

 ─ 無理よ。抗えないの。

 「ふざけんな!まだ19歳だぞ!まだ何もやりきってない!」

 ─ じゃあ君は何がしたいの?

 …また論破だ。何がしたいかなんて、これから探していくもんだろ。そうやって進んでくのが人生じゃねーのかよ…。

 「なぁ…そういえば、次のクロノスになる…とか言ってたよな…。」

 ─ 覚えてたんだ?

 「てことは、お前、クロノスになる前は…
タイム・ハッカーだったのか…?」

 ─ そうよ。

 「お前もこれを経験したの…か?」

 ─ そうね。私の場合は、君とは違ってお金には使わなかったわね。自分の後悔を修正してきたわ。

 「どうして…そうできたんだ?」

 ─ 私の時のクロノスがちゃんと説明してくれたから…かな?理解に時間はかからなかったわね。

 「くそっ!なんでちゃんと説明してくれなかったんだよ!」

 ─ 私はちゃんと説明したわよ。君が理解できなかっただけでしょ。

 「抗えない…の?」

 ─ 無理。

 「どうやっても?」

 ─ どうやっても。

 「諦めるしかないの?」

 ─ うん。

 「死んじゃうの?」

 ─ うん。

 涙が止まらなかった。
 
 声を上げて泣いた。

 どうして神は「悲しい」という記憶を消してくれなかったのか。
 どうして僕はもっと時間を大事に使えなかったのか。

 もっと修正しなきゃいけないような、後悔は沢山あったはずだった。

 今となっては、それがどんな後悔だったのかすら曖昧だったけど。

 ひとつ、覚えてる。

 昔に戻って、おばあちゃんを救いたいって。

 他にもあったはずだった。

 だけど、思い出そうとしても、「それ」は
真っ黒に塗りつぶされ、「それ」が何だったのかすら思い出せない。

 「これが…記憶を消されるということか」

 ─ 悲しいね。

 「なぁ…死んだら、漂うだけの存在になるんだよな?」

 ─ そうね。

 「どれくらい?」

 ─ わからない。

 「お前はどこで漂ってたんだ?」

 ─ 記憶のサンクチュアリ。

 「あそこで…ずっとか?」

 ─ そう。

 そして、ひとつ閃く。

 「新宿の公衆トイレが入り口だったのか?」

 ─ そうよ。何回も言ってるけど。

 ─ 何故かしらね?人が記憶のサンクチュアリに来ると、どうやって来たか忘れるみたいね。

 「神の領域だから…?」

 ─ そうかもね。神に触れたからかもね。

 「最後に時間を使うよ。」

 ─ よく考えたのね?

 「あぁ。」

 ─ これが一緒にいる最後の時間ね。

 僕はあの日をイメージした。浮かび上がる数字とrest:1。迷いはもうない。

 「T.H.E.R.E」


 光に包まれていく。


 そして景色は現れる。


 1998年8月26日7時41分

 新宿の公衆トイレだ。

 今まさにこのドアを開ける瞬間だ。

 ─ 何をしようというの?

 「記憶のサンクチュアリさ」

 そしてドアノブに手をかける。あの日のように、小指が伸びる。伸びた小指は鍵に変わり鍵穴に入る。

 そして扉は開かれた。
 




 

サンクチュアリ:3「ゼア」 

October 19 [Fri], 2012, 1:03
 気付けば、そこは新宿の公衆トイレだった。
あれから何分、何時間経過したんだ?
 携帯の表示は…変わってない。
 1998年08月26日7時42分
 おそらく、何分も経っていない。というか、1分も経っていないんじゃないか。あれは一体何だったんだ?確か…

 「この腕が…喋ったんだよな…」

 ─ そうでーす!

 「どわああああ!!やっぱり夢じゃない!」

 ─ 失礼ちゃうわね。夢じゃないわよ!

 僕は周りの目を気にしながら、猛烈ダッシュで家に帰った。

 「おい腕!」

 ─ …。

 「腕!!」

 ─ 腕じゃない。クロノスだってば!

 「オーケー。クロノス。そう言えば、時間を自由に使えるとか言ってたよな?詳しく教えてくれよ。」

 ─ わかった。

 そう言うとクロノスは、この「能力」について話してくれた。

 …が、、、よくわからん。あいつが言ってる事がいまいち理解できない。

 わかった事。それは…
 ・この「能力」の名前は「タイム・ハック(T.H)」といい、過去に行くことが出来るという事。
 ・T.Hで過去に行く前の今を「自分の現在点」という事。
 ・過去で何かを変え、現在点に戻ると、大事な記憶を失ってしまうという事。
 ・能力の所持者をタイム・ハッカーという事。
 ・T.Hには残数制限があること。実際、僕の腕には「rest:9」と書かれている。
 ・残数0となったら「漂う者」となる事。それは、この世界でいう「死」と同じだという事。

 そして、クロノスは最後にこう言った。

 ─ クロノスは、タイム・ハッカーの道具なのよ。道具となって役目を終えたら、やっと解放されるの。だから、君には感謝している。だって、来てくれたんだもの。私を使って望みを叶えるといいわ。


 まじか。よくわからんけど、神降臨ってやつか!完全に信じたわけではない。ただ、この現状、少なくとも…昨日までとは違う事は確かだ。


 そうだ。手始めに、あれで確かめてみよう。

 「えーっと…確かここいらに置いたような…」

 ─ 何を探しているの?

 「ん、ナンバーズ。あったあった。」

 僕の選んだ数字は4287。今週の当たり番号は3951。あちゃー。かすりもしてない。大体こんなん当たった事ない。宝くじ買わない奴に限って「宝くじ当たんねーかなー?」とか言う。僕はそういうの嫌いだから、ちゃんと夢を買った上で「宝くじ当たんねーかなー?」と言う。

 「おいクロノス。この外れたナンバーズ、当てに行きたいんだけどどうすりゃいいんだ?」

 ─ しょうもない事に使っちゃうのね。

 「いいんだよ。その力、信用したわけじゃないから、手始めに…ってやつだ。」

 ─ ま、いいわ。お好きにどうぞ。

 「で、どうすりゃいい?」

 ─ それを買った日と場所を思い出してみなさい。イメージするの。

 言われた通り、一昨日の宝くじ売り場をイメージする。すると…

 腕に199808241322rest9と浮き出てきた。

 「なんじゃこりゃ!」

 ─ その数字をなぞりながら、こういうの

 ─ T.H.E.R.E

 「ゼア?」

 胡散臭いなぁと思いつつも、左手の人差し指と中指で、右腕の数字をなぞる。

 「T.H.E.R.E」

 僕が言葉を発したと同時に腕から強烈な光が溢れ出した。光は当たり一面を真っ白に染めていく。眩しい。とても眩しい。

 1秒とも1分ともとれるような、短いのか長いのか、とても形容し難い時間の後、光が収まる。そこは、あのナンバーズを買った宝くじ売り場だ。

 そうだ、携帯。
 携帯には1998年08月24日13時22分と表示されている。

 「…2日前だと…信じられない…」

 とにかく僕はナンバーズを買う事にした。
番号は…当たり番号「3951」

 買えた…。いや、まだわからない。

 「おいクロノス、買えたぞ!こっからどうやって明後日に帰ればいいんだよ!?」

 ─ …。

 「え?おいクロノス!!聞こえてるんだろ!?」

 ─ …。

 なんてこった。クロノスが反応しない。てことは何だ?僕はこの巻き戻った時間のまま明後日まで過ごさなければいけないって事か!?この能力は一方通行!?

 ─ ふわぁ〜〜。むにゅむにゅ。

 「おいいいいいい!!いるなら返事しろ!」

 ─ あぁごめんなさい。寝てた。神も寝るのよ。もぐもぐ。

 「何食ってんだああああ!!!」

 ─ ごはんよごはん。神も寝るしご飯食べるのよ。

 こ…この神は人の腕の中で寝たりご飯食べたりしやがって…

 「とにかく、現在点?だったか?戻る方法を教えてくれ!」

 ─ もー!さっき教えたでしょ!神の話ちゃんと聞いておいてよね!プンプン!

 なんか神がキャラ崩壊きてるよーーーー!

 ─ 戻る方法は来るときと大体同じよ。指でなぞったらこう言うの。

 ─ リミット・ダウン。

 「リミット・ダウン」

 僕の言葉と同じくして、世界が崩れていく。
何もかもが崩れて、消えていく。ここはバーチャル世界なのか?こんな崩れ方おかしいだろ。
 そして世界は真っ黒な闇に包まれる。僕だけを残して。そして瞬間に襲う光。まただ。
また眩しい。

 光がやむと、そこは僕の部屋だ。

 携帯は…
 1998年08月26日9時55分

 「今日だ…」

 「そうだ!ナンバーズ!」

 手元に握り締めたナンバーズ。恐る恐る、番号を確かめる。

 「番号は…3951だ…と」

 変わっている。確実に番号が変わっている。
外れたナンバーズが当たりに変わった。

 「うおおお!まじか!?すげぇ!!すげぇよ!」

 ─ ね。信じてもらえた?

 「うんうん。信じる信じる。信じるよ〜クロノスちゃん!よっこの神!にくいねー!」

 ─ でも、忘れないでね。リミット・ダウンして戻ってきたという事は、君は既に「大事な記憶」をひとつ失ってるという事。

 「大事な記憶〜?んー?何だろ?」

 何の記憶を失くしたのか、教えてもらえないとわかるわけもなく。そもそも、忘れたんだから、もうどうしようもないよね。てか、結構これって凄いんじゃないか?

 「クロノスは、僕が何の記憶を失ったかわかるのか?」

 ─ うん。

 「教えてよ」

 ─ 教えない。

 「なんだよケチくさー。神様ってもっとこう太っ腹なもんじゃないのか?」

 ─ 気が向いたら、教えてあげる。

 そして、僕は完全に舞い上がり、自分が神にでもなったかのような錯覚を覚え、慢心していく。restの事など完全に忘れて。

サンクチュアリ:2「極光」 

October 18 [Thu], 2012, 7:30
 一面真っ白だ…

 何だっけ…

 何処だっけ…

 あぁそうか…。僕はアイツ等と朝まで飲んでて…それで酔い潰れて…。そうか、それで此処に…。でも此処は何処だ…?

 横たわる体を起こし、まだぼんやりとした頭で辺りを見渡す。

 真っ白なんだ。

 何もない。

 壁もない。

 「夢…?」

 夢にしては、体の感触はリアルだ。つねってみる。

 ─ 痛い。

 「え?」

 ─ 痛いんですけど!

 「ええぇー!?」

 おいまじか、僕の腕が喋ってる。そうかついに「世界初!喋れる腕!」やっと出たか!これ待ちに待ってたんだよぉ〜〜! そうそう、これがあると腕が喋るんだよね〜。

 腕が喋る?

 「なんですとーーーー!!」

 まてまて、腕は喋らない。喋らない。喋るわけがないし、そもそも僕の腕はそんな喋るような腕じゃないですし。何かの間違いですし。

 ─ 混乱してるとこ申し訳ないんだけど。

 ─ あなたドア開けたよね?

 「ドア?そりゃドアぐらい開けるでしょ。ていうかみんな開けるでしょ。生きて普通に生活してたら何千何万回色んなドア開けるでしょ!」

 ─ 違うよ。あの新宿のドアだよ。

 「しんずくのどあ…?」

 何を言ってるのかさっぱりわからない。そして腕が喋ってる腕が喋ってる僕の腕が喋ってる。大体、ドアって何?新宿のドアって何だし。

 ─ そっか。思い出せないか。

 思い出すも何も、まず、此処がどこかわからない。どうしてどうやって此処に来たのかも覚えてない。そもそも自分で来たのかどうかすら定かでない。こんな何もない真っ白な場所、自分でこれる訳もない。

 そうか。これは誘拐だ。きっとこの腕の中に小人がいて、その小人が僕を誘拐したんだ。

 何の為にーーーー!!

 ていうか、僕、別にお金持ちじゃないですし。上京半年、中野の1K一人暮らし、彼女いませんし、逆さにして叩いても埃は出れど身代金だせるような感じでもないですし。

 ていうか、まず小人がいるわけねーーー。

 落ち着け。落ち着け。

 こういう時こそ深呼吸だ。

 僕は大きく呼吸する。落ち着け心臓。ちゃんと息が入ってくる。鼓動も感じる。

 これは夢じゃない。

 冷静に、話してみよう。

 「僕はどうやってここに…?」

 ─ だから君が自分でドアを開けたんだよ。

 「自分…で?…どこの?」

 ─ 新宿の公衆トイレのドア。

 「新宿の公衆トイレ…」

 ─ 覚えてないの?

 「覚えてない…」

 ─ 私を呼んだのよ。

 「君は誰…」

 ─ 私はクロノス。時間の神。

 「時間の…神…?」

 あーーーー何かもう僕の腕が変だよ!腕が神とか言っちゃってるし、ていうか、何で神が腕の中にいるんだよ!

 ─ 君が私を呼んだんだよ。だから。

 「だから…?」

 ─ 君に能力をあげた。

 「能力?」

 ─ タイム・ハッキング。

 「たいむはっきんぐ?」

 ─ 君はこれから少しだけ時間を自由に使えるの。時を移動する事もできる。


 なんとまぁ。神の次は時間を自由に…ねぇ。
何かもう、全部ぶっ飛びすぎてて理解できない。大体時間を自由に使えるってことは、時間止めたりしてURYYYYYYとかやっちゃうわけでしょ?それに健全な男子なら、ふしだらな発想で思いも寄らぬ「悦」に浸る事もできるわけでしょ。バカバカしい。あるわけがない。


 ─ だけどね、聞いて欲しいの。

 ─ 君は「時間」を使う事で、自分が大事に抱えている「記憶」を失っていくの。だから、「時間」を使うのは、何かを取り戻したい時だけにした方がいいと思うんだ。そして最後は…

 「最後は…?」

 ─ この場所に帰ってくる。

 「ここは何処なの?」

 ─ 記憶のサンクチュアリ。君は最後には、
全ての記憶を失って、ここに戻ってくる。
此処は寂しいよ。だってずっとひとりだもの。
私は此処で、君が呼ぶまでずっとひとりだった。だから、此処の寂しさは誰より知ってる。

 「そしてどうなる?」

 ─ そして、全てを知るの。そして、君が
次の「クロノス」になるの。



 ─ 使える時間は限られているわ。だから、よく考えて使う事ね。悔いのないように…


 「てか、黙って聞いてりゃ、散々言ってくれるけど僕に選択権はないわけ?そもそもその話、信れる程あたま柔らかくないんだけど。つうかぶっ飛びすぎ。どうやって此処に来たかもわかんないと思って馬鹿にしてんの?」

 ─ 選択権は…ない。

 ─ ドアを開けた時に既に君は「選択」したんだ。それじゃ、行こう。

 腕がそう言うと、目の前にドアが現れた。

 記憶を失ってくって?冗談じゃない!

 そしてドアと僕は極光に包まれた。

サンクチュアリ:1「鍵穴」 

October 18 [Thu], 2012, 5:59
どれ程時間が過ぎたのだろうか。

 ─ 無音だ。─

 誰の下でも例外なく過ぎる「時間」の波は、最早僕は感じる事ができない。
そうだな…例えるなら「宇宙」といったところ…なのかな? 行った事など当然ないが、おおよそイメージとして、きっと宇宙もこんな感じなんだろう。

 おそらくここは…。いや、それを話す前に、こうなった経緯を話さねばならないか。



 一「鍵穴」
 ─ 1998年8月 朝 新宿 ─
 真夏の太陽に輻射熱。そして朦朧とする頭。車の排気ガスを朝食代わりに目覚める。
 「あぁ…僕、夕べは酔い潰れて…」
 4月に入社した会社の仕事もだいぶ慣れてきた頃だ。金曜の夜ともなれば、酔い潰れるまで飲むのが常。薄情な同僚の姿はどこにもない。おおかたアイツ等もその辺でくたばってるんだろ。何、よくある風景だ。何一つ、疑問になるところもない。そして、僕がアイツ等を探す事もない。これも常だ。
 吐き気と頭痛に悩まされながらも僅か2ブロック先にある公園までダラダラと歩く。朝の公園に人影はない。目指す公衆トイレ。このトイレがまた不愉快極まりない。臭い。水垢のこびり付いた鏡。自分の顔を見て、零れる溜息、疲れた顔。
 「こんなはずじゃなかったんだけどなぁ…」誰に気兼ねする事もなく、僕は豪快に顔を洗う、洗う、無駄に激しく洗う。
 「どうせ僕が掃除するわけじゃないしね。」
 こういう時に限って、必要以上に汚すタイプだ。自分が掃除するなら、こうはならない。
 「僕は最悪だな…」
 水の付いた顔をシャツで拭く。そしてもう一度鏡を覗く。大体いつもの僕だ。そうして、家に帰る、というのが毎週の基本スタイルだ。
 しかし今日のこのトイレ、何かいつもと違う気がする。何が違うわけでもないのに、感じる違和感。錯覚か?いや、違う。まるで合わないパズルのピースを探すような、焦燥感。間違いない。僕は今、この違和感の元凶を探している。しかし反して、何とも言えない嫌な予感もある。嫌な…というより、危険な予感だ。本能なのか、第六感的なものなのか。はたまたこれが虫の知らせなのか。とにかく、体が危険を予知している。だがしかし、止まらぬ好奇心。僕は大きな矛盾と葛藤の渦中で、「その違和感」を探していた。そして、気付く。

 ─ 個室トイレの奥側の壁に、もうひとつドアがある… ─

普通に考えて、あまり見るトイレではないことは一目瞭然だ。
 「両側から入れる作りなのか?」
 いやいや待て待て。トイレは洋式で、しかも背側だ。タンクの奥だ。どう考えても、あっち側から入って用を足すのは至難の業だし、何のアトラクションだって話だ。そもそも設計ミスかもしれない。僕は外から見てみる事にした。
 公衆トイレをぐるっとまわり、ドアがあるであろう場所の壁まで行く。しかし、外側にドアはない。何の変哲もない、普通の壁だ。
壁を触ったり、ノックしたりしてみる。しかし、紛れもなく、そこにドアはない。
 もう一度中に入り、そのドアの前に立つ。
というか、便器の前に立つ。変だ。凄く変だ。
このドアも大概変だが、そのドアを凝視する僕も変だ。
 恐る恐る、ドアノブに手をかける。右に左にドアノブを回し、押したり引いたりしてみるが、一向にドアは開かない。そりゃそうだ。向こう側は完全に壁。ドアのドの字も見当たらない程の、否定しようがない壁だ。開く訳がない。仮に開くとしても、それは「引き」だ。しかし、引いてドアを開けたとしても、このタンクに引っかかる。精々通れるのは猫程度か。人間なんて通れないだろう。
 そして、ドアノブの下に鍵穴があることに気付く。
 「鍵穴…」
 その穴を指でなぞる。瞬間に右の人差し指の先から全身を駆け巡る激痛。滴り落ちる血。驚き、バクバクと鳴る心臓。間違いなく、一瞬何かが体を駆け巡った。
 この鍵穴…中に太い針のような物でも仕込んであったのか、「それ」が飛び出し、僕の指を突き刺したんだろう。そう考えるのが妥当か。とにかく最悪だ。誰がこんな罠みたいな物を仕込んだのか。
 僕は込み上げる怒りより何より、傷が心配だった。手洗い場へ行き、ちょろちょろと水を流し、傷を洗う。

 「あれ…?」

 さっきまで血が流れていたはずの指先に傷がない。

 「なん…だ?」

 「鳩が豆鉄砲を食ったような顔」なんて言葉があるけど、多分こんな顔だろう。でも、実際の鳩は豆鉄砲食らったって顔は変わらないだろ。オッケー。こんな事考えれるなら大丈夫だ。意外と大丈夫だ。深く呼吸をした。
 「朝から最悪だ…もう帰ろう。」
 しかし、もう一度だけ、ドアを確認して帰ろう。そして、三度、個室に入る。

 ドアに手をかけたその時、異変が起きた。

 「おい嘘だろ…小指が…」

 手はしっかりドアノブを握っている。その手に異変はない。普通にドアノブを回そうとしている「手」だ。問題なのは小指だ。

 小指が人差し指の倍近く伸びてる。そしてこの形は…

 「まじかよ」

 紛れもなく「この小指」は、明らかに「鍵のような形状」をしていた。

SEEDER - 第九話:滲む染み。 

April 11 [Fri], 2008, 10:03
そうだ、父の話しをしようか。

- 西暦5240年 冬・帝都:ヴェリカ -

父を探し求め、当てのない旅路の果てにやっと辿り着いた父。
私が40歳に差し掛かろうかという頃だった。

空はもう真っ暗で、街灯に映る雪が印象的な夜だった。

長い間夢見た再会は、冷静すぎて正直、あっけない結末のまま幕を閉じた。

その頃、父は不治の病で衰弱していた。

- 帝都:ヴェリカ中央区・ニア -

L≠iqid達の住む、超高級居住区である、このニアに、まさか私が自ら足を運ぶ事になろうとは…。

中央区に入るには、7つのゲートを越えなければいけない。
その1つ1つが厳重に警備され、外部の進入を許さなかった。

当たり前である。

ここはヴェリカを仕切る、ヴェリカ最高幹部達の、皇族達の居住区だ。

何かあってからでは遅い。

ヴェリカの持てる最高のセキュリティがなされた街、ニア。
そして、娯楽に官能、国の持てる全てを惜しみなく注がれた街。
眠ることのないその街の姿はまさに不夜城である。


一介のE:liteでは、例えL≠iqidと同伴していても入ることさえ許されない街へ、
私が入ることが出来たのは、至極簡単、そう、あの男…、父の力だ。

父はどうやら、風の噂で私が捜している事を知り、極秘裏に私と会う手はずを整えた。
今まで音沙汰の無かった父が、ここにきて動き出したのは理由がある。

彼はもう、長くはない。

自分が死ぬ前に、一度、息子に会っておきたかった、、、とでもいう、所謂、親心ってやつだろうか?

その本心はわからないが。


彼の職業はヴェリカL≠iqid…レベル5、つまり…紛れもなく皇族であり、
このヴェリカを仕切る力を持つ者の一人だった。
正式には、L≠iqidレベル5、甲・景式、銃鋼騎隊:ヴァルハラ、隊長のド=ノヴァ。
そしてルチアの参謀、つまり軍師だ。

そして、父はL≠iqid。
私の家系はE:lite。

察しの良い人ならもうおわかりかも知れないが、父にはL≠iqidとしての幸せな家庭があった。


元々ヴェリカの最高幹部クラスで多忙な毎日を送っていたわけだが、そりゃそうだ、帰って来れるわけもない。
そして、E:liteには似つかわしくない程の私の家系の莫大な資産もここにきて、頷けてしまった。


母は愛人だったといえ、父を…軍に二人と居ない軍師である父を、誇りに思っていたのだろう。

そして、私に、父を重ねたまま、死んでいったんだろう。


ベッドで横になったまま、ろくに会話もままならない父に対して、私は可笑しい程冷静で。
むしろどこか客観的に見れていたのかもしれない。

だから、父を恨むこともなかった。
その代わり、愛情も、芽生えることもなかった。

母さん。

きっと私は母さんの期待に応える事はできそうにありません。

そう、思ってしまった。

父に背を向け歩き出した私は、この先訪れる大きな闇を無意識の中で薄々察知していたのかもしれない。


さようなら、父さん、母さん。


ずっと滲んでいた、私の心の染みが、今、やっと白に戻った。

明日から、私は何を想い、生きればいいのだろうか?

津々と降り注ぐ、雪の闇へ、私と私の想いが溶けていく。
溶けて流れたその先に、鳥の囀るような春は待っているのだろうか?

何もわからないまま、闇に消えた。

SEEDER - 第八話:白い反乱分子。 

April 07 [Mon], 2008, 13:30
- 西暦5513年 スタウト半島: 死者達のゆりかご-


あの出来事から10年の月日が流れた。
切り立った崖は、今日も生者の呼吸を拒む。

この10年間、息を潜め、覚醒種の改良と研究に精をだしていた。

だが、ただ、息を潜めていたわけではない。

着実に、脈々と、準備は進んでいた。


歳も300歳を越えたというのに、衰えぬ身体。
全て、命のカードと覇王の種のお陰だろうか。


Mistとなってしまった今、迂闊に歩き回るわけにはいかない。
今は、まだ『その時』ではない。

今は…、まだ……ではない。



- 西暦5539年 ヴェリカ直轄:ジェイド城-

この年の春、ロアが何物かにより殺害された。
死因は毒殺。

犯行に及んだのは…


アイドだった。


ロアは国民を虐げるルチア5世の悪政に、異を唱える事もなく、
そして更に激しくS;;eed達を虐げ続けた。


アイドはE:lite家系だったが、そこまで裕福ではなかった。
そしてアイドには2人の妹が居た。

一番下の妹は、鋼鉄の心臓を持っていなかったのだ。

虐げられることを恐れ、アイドの家族は、ただ、それをひた隠していた。

それが他Eliteに気付かれ、虐げられた挙げ句、殺されてしまった。

ロアに助けを求めたアイドだったが、所詮S;;eedの事。

ロアが相手にする訳もなく、逆に愚かだと罵られ、更には家系まで馬鹿にされ、逆上した上での犯行だった。

いや、アイドは常々、この階級制度への疑問は持っていた。
弱者だからこそ、抱える痛みを、アイドは知っていた。

ラドゥバス部隊のアイドへ寄せる信頼は厚かった。
私も厚い信頼を寄せる一人だ。

この事件以降、ラドゥバスは、ヴェリカへの反旗を翻し、ジェイド城を占拠。


アイドは『全ての国民に自由と平和を』と掲げ、独立国家、ラドゥバスを立ち上げた。
以降、ジェイド城は、ラドゥバス城と名を変える事になる。


ヴェリカへ住む、多くのS;;eed達が、数多の危険を顧みず、ラドゥバスへ亡命したのは言うまでもない。


だがしかし、帝国からすれば、ほんの一つの弱小国家にしかすぎず、

ラドゥバスが建国した直後から風前の灯火であった事には変わりはなかった。


そして、私は意を決し、アイドへ会う事を決めた。



- 西暦5540年 独立国家ラドゥバス-

久方ぶりに訪れたセイクリッド・ヒルは、懐かしく。
完全にあの頃の色彩を取り戻していた。

何かが違うと言えば、もうこの街に、ジェイドの民達は居ない。
忙しなく動き回る、あの奇妙な風体も、もう今となっては、過去のモノなのだろう。


私はあまり目立たぬように、城へ向かう。

が、やはり、門番に止められてしまった。

門番『何者だ!!』

『流浪いの種売りでございます。』

門番『…種?花屋が城に何の用だ!?ん…待て、あんたは…』

どうやら、門番は私に気付いたようだ。

門番『誰か至急、王へ通達を!!マロゥが来たと伝えるんだ!!』


この謁見は私にとって、賭であった。


乗るか、反るか。


反れば、私はまた、孤高の志士だろう。
だが、アイドは必ず乗ってくれる。
そう、信じているから、ここまで来たのだ。


5分とせず、城へ案内された。


まず、第一段階クリアだ。


長い廊下を歩き、謁見の間へ通された。


玉座に鎮座していたのは、紛れもなくアイドだった。

アイド『遅ぇな。すぐ城へ向かえと言ったじゃないか』

久しぶりに見るアイドの目には、うっすら涙が滲んでいた。


私は、反逆者となった経緯を話そうとしたが、アイドは首を振る。

アイド『私はマロゥ、お前を信じている。お前は義に厚い奴だ。義を通したんだろう?』


何故だろう。


この男の前では、私は全て見抜かれているようだ。
私の方が何百年と長く生きているというのに、人の心を動かす力を、やはりこの男は持っているのだ。


私は、全て包み隠さず、話した。
自分の身体に埋め込まれている4つのカードの事、
エリフという男と創り上げた、覚醒種の事、
自ら埋め込んだ、覇王の種の事。

アイドは私の話しに驚きながらも、少しずつ受け入れ、
そして言葉を噛みしめ、私のその一言一言を、真剣に聞いていた。

アイド『もう一度、ラドゥバスへ戻らないか?』


どれほど、その言葉を待っていただろうか。
だが…今はまだ、時ではない。


必ず戻るが、まだ時ではない。そう伝え、アイドへ小袋を渡した。
中には数種類の覚醒種。


種の力を生かすも殺すも、その人次第だ。
植えられる人間を見極めるのは、与える方だ。

アイドはそれが出来る男だと知っている。

これが今のラドゥバスがヴェリカからの侵攻へ耐える為の、唯一の方法だと告げ、私はラドゥバスを去った。


いつの日か、また、あの白装束を身に纏える事を願いながら。

SEEDER - 第七話:贖罪の涙。 

April 07 [Mon], 2008, 11:49
私たちがセイクリッド・ヒルの半分を鎮圧した頃、東門と西門が同時に陥落した。
瞬間に雪崩れ込むイグニスとジルドアーム。

フィンレルが相変わらずな口調で皮肉を漏らす。
『おやおや、私達としたことが、どうやら遊びすぎたようですね。ラドゥバスの皆さんもこれでは暇でしょうねぇ。では、私達が城を陥落させますので、ゆっくりと休んでいて下さい』

そう告げると隊は城を目指した。

アイド『気にするな。私達は私達の仕事をするだけだ。全班に通告、継続してセイクリッド・ヒルを鎮圧するんだ!』

そして、私達は『殺戮』を繰り返す。

真上にあった太陽が西に傾き、赤く染まっていく頃、セイクリッド・ヒルはラドゥバスにより完全に陥落した。

残すはジェイド城のみである。

アイド『全班合流だ。遅れるな!これよりジェイド城へ行く!!』

白夜の行進である。

城を目指す途中、私の目をひとつの建物が奪った。

エリフの家である。

…何も想うな。そう、今は何も考えるな。何度も自分に言い聞かせる。
瞬間建物の中で何かが光る。

まさか。

彼は生きているのか?

アイド『どうした?』

私は何も言えなかった。

だが、アイドは何か察したのだろう。

アイド『行ってこい。だがすぐに城へ向かえ』

そう告げるとラドゥバスは城へ向かった。

私は走る。

そして…ドアを開けた。


静まりかえる屋内。


耳鳴りがしそうな静寂を切り裂いて、エリフの名を呼んだ。


『その声はマロゥか!?』

地下研究室への扉が開く、そこに、エリフは生きていた。

『私を殺しに来たのか?』

馬鹿な。そんなわけはないだろう。首を横に振る。
エリフ『外は危ない。早く地下へ!』

セイクリッド・ヒルで地下研究室など作っているのはエリフだけだろう。
生き延びた理由が明白になった瞬間だった。

エリフ『みんな死んだか。大方、残すは城のみってとこだろう?私も見つかったら殺されてしまうな。』

青冷めた顔だ。無理もない。

いくら友といえ、仲間を殺してきた敵が、今、目の前にいるのだ。

エリフ『私は君を信じている。この殺し合いも、国のためだろう?君の本意ではないことくらいわかっているさ。君の望む世界も、知っているつもりだ。そして…逃げ隠れしていたが、もうこれ以上私も生き延びようとは思っていない。私の意志は君に託したつもりでいる。だから…その手で私を殺してくれないか?』

馬鹿な。世迷い言を言うな。

エリフ『何処の誰とも知らぬ者に、志半ばで殺される無念よりは、全てを託し、友に殺される方が幸せだろう。君はもう覚醒種についての知識も得ている。こんな愚かな世界を終わらせてくれ…戦争のない平和な世界を!!』

エリフの目から大粒の涙がこぼれ落ちる。

瞬間、静寂を裂いて響き渡る拍手。
『傑作ですねぇ。ドラマですねぇ。泣けますねぇ。』

…フィンレルだ!!

フィンレルが此処に居るということは、ジェイド城陥落…という事か!早すぎる。

フィンレル『早すぎる、とでも言いたそうな顔ですね。まぁ、所詮こんなものですよ。それにしても…友情ですか。いいですねぇ。ですが敵国の兵に情けをかけるのですか?』

ニヤニヤと嫌らしい笑い方をする男だ。

フィンレル『そんな情など1円にもなりませんよ!!』

私の頬を何かがかすった。

ドスッと鈍い音が響く。

フィンレルの投げた剣がエリフの命を奪った。

エリフ『…マロゥ…私との約束を……』

!!!!!!!!!!!!!!!!

私の中で何かが音をたてて崩れ、そして弾けた。

フィンレル『おっと。失礼、手が滑ってしまいました。お友達は…あらあら…まぁ敵国の兵ですし、此処は戦場ですからねぇ。フフ。』

私は無意識に剣を抜きフィンレル目がけて斬りかかった。

フィンレル『フ…愚かな!!』
軽やかに私の太刀筋を避ける。
『要らぬ情けに溺れたか馬鹿が!!剣を抜いたら反逆者だというのにな!!』

反逆者?だから何だと言うのだ!?
友を殺されて、黙っていられる程、お国万歳なわけではない!!

『E:liteレベル1風情が血迷いやがって!!格の違いを見せてやろう!!』


私は所詮、暗殺者だ。接近戦に秀でているわけではない。
だがしかし、フィンレルもパラディン、平均的に特化しているとはいえ勝ち目が皆無なわけではないだろう。

踏み込んでは斬り続けるも、その太刀筋は完全に見切られていた。

フィンレル『愚かすぎる。』

じりじりと詰め寄られ、壁際へ追いやられる。


もう…後がない。


このまま終わるのか?上意に逆らえず、愛した街並みを人々を殺し、そして友も殺され、仇もとれずに、私まで反逆者として吊し上げられ、死ぬのか!?


…いや、私にはエリフとの約束がある。


…まだ…死ねない。


フィンレル『私は優しいな。そうだ、5秒だけ待ってあげましょう。その間に跪き、私に平伏し、己の愚かさを悔い改めるのであれば、此処での事は水に流しましょう』


馬鹿な。何故私が跪かなければならないのか。

目を閉じる。

エリフとの日々を思い出す。


その意志を、私が守ろう。


その約束を、私が果たそう。


目を見開く。


フィンレルへ向かって告げる最後の言葉となろう『声』を上げた。

『よく見ておけ』

私は自分の胸に剣を突き刺した。

フィンレル『馬鹿な。自害か。愚の骨頂だな』

自害?

馬鹿はお前だ。


胸を切り開き、テーブルに転がる覚醒種を、その心臓に植えた。

─ 覇王の種 ─

異常に脈打つ鼓動。
細胞という細胞が息吹きを上げ、再生を繰り返す。

みるみるうちに切り裂いた胸の傷が癒えていく。

フィンレル『お前…何をした…!?』


エリフの意志を植えただけだ。
脳裏にエリフの日々が過ぎる。
『これは覇王の種と言って、恐ろしい種さ。使う人を間違えたら、きっとこの世界は滅びてしまうだろう。それ程、恐ろしい種さ。研究ってのは面白いもんでね。失敗から突拍子もないもんが出来てしまう事もあるもんさ』


フィンレル『化け物が…、もはや情けも無用だな。死んでもらうぞ!』

化け物か…、お前の方が、よっぽど人の皮を被った化け物だろうが。

フィンレルが斬りかかった。



が、



…遅い。遅すぎる。あの早さは何処へと言わんばかりのスローモーションだ。

太刀筋を見切り横一閃。剣を振り切った。

ゴトッと、転がるフェンリルの身体。


仇はとった。



冷たくなったエリフの身体を抱き、流れる涙を止めることができなかった。

私はエリフの亡骸をかかえ、逃げるようにセイクリッド・ヒルを離れ、スタウト半島を目指した。


翌日には、フィンレル戦死、マロゥ反逆者という通達が大陸全土へ広がった。


ジェイドは滅び、ヴェリカ直轄となる。

城主に任命されたのは、ロアだった。


そして、気の遠くなるほどの長い…長い逃亡生活が始まったのである。

SEEDER - 第六話:不知火。 

February 24 [Sun], 2008, 5:45
アイドが全身全霊を込めて叫ぶ。

『全軍進撃!!先陣は城門の破壊を!中陣は城門を駆け上がり城壁を越えろ!後陣は城壁からの攻撃に備え、機を見て城壁を駆け上がれ!我等白夜の力を発揮するんだ!!』

部隊全員の士気が上がる。

先陣は容赦なく城門の殲滅を開始する。
この門を破壊するのは我が部隊では時間がかかりすぎるのは必至だ。
暗殺を得意とする部隊に正面から攻めろとは…確実に戦力外と見られていると思って間違いないだろう。
これはアイドにとって、ラドゥバスにとって、屈辱以外の何物でもない。
だからこそ、見返してやろうという気持ちにさせられたのだろう。

そもそも、この先陣は囮である。
私は中陣へ配備された。
我が隊の跳躍力は半端ではない。
この程度の城壁を越えるのは朝飯前だ。

ジェイドの民達の投石と弓が容赦なく先陣に襲いかかる。

アイド『屍を越えろ!!仲間の死を越えるんだ!!中陣!!行け!!』

中陣が走り出した頃、静かに機を狙っていたかの用に雄叫びをあげたブルド砲。
射程内には完全に中陣。

アイド『中陣を解体させろ!!左翼と右翼に別れブルド砲から逃げるんだ!!』

轟音が轟く。ブルド砲が鳴り響く。

瞬間…全員の足が止まる。

なんてことだ…。

恐怖が全身を駆けめぐる。

恐ろしい破壊力だ。

解体に間に合わなかった中陣の殆どが一瞬で消し飛んだ。


まさかである。

本当に、まさかである。

3000人弱の部隊のそれが、
一瞬で、おおよそ500人は消し飛んだ。

恐ろしい。

全員が硬直してしまった。

アイドが必死に声を上げる『怯むな!!恐れるのはブルド砲だけだ!!これさえ交わせば勝てるのだ!!死にたくない者は走り抜けろ!!』

アイドの声で私を含めた全員が我に返る。

一気に走り抜ける中陣、そして、聳える城壁。

ここまで来ればブルド砲は来ない。

安堵がよぎる。

だがしかし、これで終わりではない。

生存確率が少しだけ上がったにすぎない。

うかうかしていたら殺される。

早く城壁を越えなければ…。


私は左翼、右翼の皆は大丈夫だろうか?

その時だった、

城壁からジェイドの民が叫んだ。

『ご愁傷様。』


私は目の前が真っ白になった。


またもや、『まさか』である。


いや、『馬鹿な』である。


城壁から真下に向いたブルド砲。


そんな至近距離で打ってみろ。
私たちはおろか、城壁も、城壁の上に居るジェイドの民達でさえ死んでしまうだろう。

ジェイドの民『今まさかって思ったでしょ?我等とて馬鹿ではないのだよ。近距離型小ブルド砲。人の命を奪う程度の砲撃力さえあれば十分だからね。さぁ、死んで下さい』

私は必死に叫んだ『砲撃までまだ時間がある、全員飛ぶんだ!!城壁を超えろ!!死ぬぞ!!飛ぶんだ!!』

震える足で必死に城壁を駆け上がる。

降り注ぐ石と弓の雨。

地獄だ。

だけど生きるんだ。

私が城壁を駆け上がった頃、真下に向けて発射された小ブルド砲。
それはまさに蜃気楼、不知火の如く、容赦なく仲間を連れて行く。

とんだ策略ミスだ。

こんなもんがあるなんて、誰が想像した?

中陣はほぼ壊滅だ。私を含め残ったのは200人といない。
城壁に配備されているジェイドの民は500人程か。

なんて悠長に考えている暇はない。

殺さねば。

殺らねば殺られる。

私はここでの生活を想い出さぬように殺し続けた。

もともと早さでは我等の方が断然上だ。

接近戦になれば勝てない敵ではない。

周りの民を殺したらあとは城内へ行き、内側から開門。
これが今回の策略だ。

誰かが叫ぶ『早く城内へ!!外がもたない!!』

しばらくして城門が内側から開けられた。

南門のジェイドの民達は殆ど死滅している。

屍の山だ。

アイドが皆をねぎらう『中陣、よくやった!!だがまだ終わりではない!!一気に駆け上がり隊ところだが、部隊が相当やられた。ここからは10班に分かれ正面攻略ではなく暗殺攻略に切り替える』

1000人弱。

3000人居た部隊が城門を開けるだけで1000人へ。

まさかの威力だが、我が隊に不向きな攻略だったと言えば、相応な結果かもしれない。

しかし、ここからだ。

城門さえ攻略すれば、後は我が隊の得意とする暗殺で行けるだろう。

アイド『よし10班に分かれたな。各自班長に従い行動し、班員が半数を切った場合近くの班に合流するんだ!!まだ西門も東門も開いていないだろう。目標は城ではない。街の殲滅だ。では散れ!!』

あくまで補佐だ。

一番に乗り込んだ我が隊が街を殲滅。

あとから来る東門と西門の部隊がノンダメージで城へ行けるような、そんな補佐だ。

みんなわかっている。

私は1班。アイドと一緒だ。

アイド『さあ、こっからが腕の見せ所だ。全員行くぞ!!』
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この小説は執筆者であるkaitoの脳内で繰り広げられている世界を文字におこした物です。
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