浜田省吾 参加LIVE一覧 

November 01 [Tue], 2016, 6:54
1 ’83/07/19 小倉市民会館
2 ’83/08/13 福岡 海の中道海浜公園
3 '83/11/10 熊本市民会館
4 '84/12/18 小倉 九州厚生年金会館
(番外)’85/7/27〜28 *愛奴
    吉田拓郎 ONE LAST NIGHT in つま恋
5 '85/11/11 小倉 九州厚生年金会館
6 '86/09/09 小倉 九州厚生年金会館
7 '87/01/26 福岡国際センター
8 '88/03/23 小倉 九州厚生年金会館
9 '88/08/20 静岡浜名湖畔 渚園
10 '90/11/20 福岡サンパレス
11 '90/11/25 小倉 九州厚生年金会館
12 '90/11/26 小倉 九州厚生年金会館
13 '91/06/18 福岡国際センター
14 '93/11/15 熊本市民会館  
15 '94/03/14 熊本市民会館
16 '94/05/06 福岡国際センター
17 '96/11/26 代々木オリンピックプール
18 '97/01/18 マリンメッセ福岡
19 '97/01/19 マリンメッセ福岡
20 '99/04/02 よこすか芸術劇場
21 '99/06/28 大宮ソニックシティホール
22 '99/08/14 国営昭和記念公園
23 '00/08/01 東京国際フォーラム
24 '00/08/02 東京国際フォーラム
25 '01/09/01 幕張メッセ イベントホール
26 '01/09/02 幕張メッセ イベントホール
27 '01/09/08 さいたまスーパーアリーナ
28 '01/09/09 さいたまスーパーアリーナ
29 '01/10/06 横浜アリーナ
30 '01/10/07 横浜アリーナ
31 '01/11/24 国立代々木競技場・第一体育館
32 '01/11/25 国立代々木競技場・第一体育館
33 '02/01/10 日本武道館
34 '02/01/11 日本武道館
35 ‘05/09/10 横浜アリーナ
36 ‘05/10/29 広島グリーンアリーナ
37 ‘05/11/17 マリンメッセ福岡
38 ‘05/11/19 マリンメッセ福岡
39 ‘05/11/20 マリンメッセ福岡
40 ‘05/12/10 さいたまスーパーアリーナ
41 ‘05/12/11 さいたまスーパーアリーナ
42 ‘06/09/24 新潟県民会館
43 '06/10/20 和歌山県民文化会館大ホール
44 ‘06/12/07 鹿児島市民文化ホール第一
45 ‘06/12/23 愛媛県県民文化会館メインホール
46 ‘06/12/24 愛媛県県民文化会館メインホール
47 ‘07/04/18 福岡サンパレス&ホール
48 ‘07/06/16 NHKホール
49 ‘07/09/19 神戸国際会館こくさいホール
50 ‘07/11/19 福岡サンパレス&ホール
51 ‘07/11/20 福岡サンパレス&ホール
52 '09/07/04 仙台サンプラザホール(FFF)
53 ‘11/04/16 静岡エコパアリーナ
54 ‘11/06/04 大阪城ホール
55 ‘11/06/08 大阪城ホール
56 ‘11/09/17 広島グリーンアリーナ
57 ‘11/09/23 名古屋日本ガイシホール
58 ‘11/10/14 マリンメッセ福岡
59 ‘11/10/15 マリンメッセ福岡
60 ‘12/05/19 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
61 ‘12/05/20 宮城セキスイハイムスーパーアリーナ
62 ’13/07/13 福岡サンパレス&ホール(FFF)
63 ‘15/11/17 福岡サンパレス&ホール
64 ’16/01/08 東京国際フォーラム
65 ‘16/01/23 鹿児島市民文化ホール第一
66 ’16/09/17 長野ビッグハット
67 ’16/09/18 長野ビッグハット
68 ’16/10/22 大阪城ホール
69 ’16/10/23 大阪城ホール
70 ’16/12/20 広島グリーンアリーナ
71 ’16/12/23 広島グリーンアリーナ
72 ’16/12/24 広島グリーンアリーナ
  …to be continued

*参加回数 72(2016/12/24現在)

浜田省吾 

April 04 [Mon], 2016, 21:47
初めて行った浜田省吾さんのコンサートは「ON THE ROAD ’83」。
20歳の時だった。 



当時は北九州(小倉)に住んでおりレコードを聞く程度のファンだったが、たまたま通りがかったレコード店のプレイガイドでチケットが発売中だったので「行ってみようかな」という軽い気持ちで購入した。
7/19小倉市民会館で1階の17列目だった(今では考えられない・・・)



1曲目は「終わりなき疾走」。
ステージ中央には地球のモニュメント。
訴えるような「僕と彼女と週末に」・・・ 

「今度海の中道で初めて野外をやるんだ。来てくれるよね。その予行練習で一緒に歌おう」と「風を感じて」の大合唱。

この日から省吾さんのコンサートの虜になった。 



元米軍基地、今は国営公園。広い芝生の大広場。
1983年8月13日海の中道海浜公園で熱い夏「A PLACE IN THE SUN」を体験した。 


約2万人の観客・・・先日のさいたまスーパーアリーナの観客数とほぼ同じなのだが、当時は比べものにならないくらいの人の渦(多さ)を感じた。 



1曲目の「壁に向かって」から缶ビールを片手に全開モードで一緒に歌いまくった。

省吾さんと町支さんが途中1本のポカリスエットをが分け合って飲んだら会場から「エイズ〜」と掛け声がかかり省吾さんは苦笑いしていた。


国営公園ということで時間の制約が厳しいらしく、最後の方では省吾さんも時間を気にしながら歌っていた。 

確か「この公園の使用時間は決まっていて、僕達がそのルールを破ると今後この素晴らしい公園でコンサートをやろうとしているアーティスト達に迷惑がかかるから」と言って最後の「MIDNIGHT BLUE TRAIN」が歌われた。 

後で知ったことだがアンコールの2曲ほどがカットされたみたいだった。 


それでも省吾さん本人が今でも素晴らしいコンサートだったというとおり、夢のような時間だった。 



コンサート終演後、音楽と酒に酔った私は「浜省のファンは大人だからね」と言いながら客席のゴミを拾い始めた。

本当は一緒に行った仲間達への受け狙いの酔っ払いのパフォーマンスだったのだが、周り(他のお客さん)が拍手をしてくれたので途中でやめれなくなった・・・(汗)



83年の秋のツアーは熊本市民会館(11/11)へ参加した。 

ツアー終了後、音楽雑誌に他会場でのレポート記事が掲載された。 

詳細は覚えていないが確か内容はこういうことだった。


今回のツアーは海の中道が成功して観客へのお礼の意味が含まれているステージだった。
それは省吾さん本人が大切にしている歌3曲がセットリストに含まれていること。 

「路地裏の少年」思い出のデビュー曲。 

「MIDNIGHT BLUE TRAIN」一番辛い時期に書いた曲。 

「ラスト・ダンス」売れない頃に唯一観客と一緒に歌えた曲。


この記事を読んで、省吾さんのコンサートでなぜここという場面でこの3曲が演奏されるのかというのを自分自身の中で整理(納得)することができた。 



「Down By The Mainstreet」・・・このアルバムがなかったら省吾さんの今のステージはどうなっているのだろう? 

そのアルバムを引っさげてのON THE ROAD '84は九州厚生年金会館(12/18)へ参加した。
1曲目の「愛の世代の前に」のイントロのギターがいきなりかき鳴らされた。



1985年7月27〜28日、吉田拓郎さんの「ONE LAST NIGHT in つま恋」に参加した。
オールナイトコンサートで深夜にゲストがいろいろと来ていたコーナーで拓郎さんが「次は愛奴」と省吾さんや町支さんを招き込んだ。
(青山徹さんは当時拓郎さんのバックバンドのギターとして活動していた)

会場から怒涛のような「省吾!歌え!」コール(もちろん私も声の限り叫んだ)

残念ながら愛奴の演奏で拓郎さんが「ひらひら」や「野の仏」などを歌っただけでコメントもなかったが、省吾さんのカウント「ワン・ツー・スリー・フォー」の声だけは聞けた。



ON THE ROAD '85ではアンコールでマイクスタンドが一列に並べられ「MIRROR〜A THOUSAND NIGHTS」がメンバー全員で楽しそうに歌われた(11/12九州厚生年金会館)。



そしてON THE ROAD '86、J.BOYのツアー。
これも九州厚生年金会館(9/9)へ参加。 

2枚組のアルバムのリリース後とあって長い時間のコンサートなるのかな?と思っていたら予想どおり2部制のステージだった。



ただ私は音楽関係者ではないので詳しく(上手く)説明はできないが、J.BOYツアーが始まったばかりのステージだったせいか(2箇所目の公演)歌や演奏が何だかぎこちなく感じられ、まだ省吾さん本人がこのアルバムを自分のものに出来ていない(消化出来ていない)気がした。



J.BOYツアーも全国各地をまわり終盤を向かえた翌年1月、前回のステージに納得出来ていなかったのでもう一度と思い福岡国際センターへ出かけた(1987.1.26)。

チケットは発売後しばらく経ってから購入したので立見席(ステージサイド)だった。


実際に会場で座った席はバックステージで、省吾さんの左後頭部を見ながらのステージとなった。

しかし省吾さんは「昔武道館に外国のアーティスト(名前は忘れた)を観に行った時、席はそのあたりだったんだよ(我々の座っているバックステージを指差して)。そこに座っている君達の気持ちは良くわかる」と言ってこちらに向かっても歌ってくれたし、ステージを降りて普通の席からは見えないところ(裏の通路)からこちらに向かって手を振ってくれた。 

また好きな曲の時にだけ立ち上がればいいのですごく楽な席だった(笑)。


今回のステージは9月のステージに比べ凄く完成度の高いものになっていたように感じた。
「J.BOY」の演奏と歌が津波のように押し寄せてきた。素直に納得できた。



ON THE ROAD '88も九州厚生年金会館で参加(3/23)。 

「WHAT'S THE MATTER,BABY?」でステージにバーカウンターが作られたのには驚いた。

(これが'96のツアーの「君のいるところがMy Sweet Home」の時に家を建てる演出につながって行くのだろうか?) 



そしてこの年の8月20日、渚園「A PLACE IN THE SUN」へ九州から駆けつけた。 


会場に入りあたりを周りを見渡せば人・人・人・・・。
5万人参加という当時は天文学的(?)な観客数に驚いた。


1曲目はまた「壁にむかって」かなと思っていたら「路地裏の少年」だった。嬉しい意味で裏切られた。イントロが流れた瞬間に鳥肌が立った。
この1曲で今日のコンサートは素晴らしいものになると感じた。 

未だに自分の中ではこの時の「路地裏の少年」が一番だと思っている。


ヘリコプター音から始まった「A NEW STYLE WAR」。
そしてステージセットが割れて原子力発電所か原子爆弾をイメージしたような巨大なモニュメントが現れて「僕と彼女と週末に」「愛の世代の前に」が歌われた。 


「ラスト・ダンス」で全てが終わり帰りのバスに向かった。
本当に満足したコンサートだった。 

ただ残念なことにバスの後ろの席に座った女の子達が「なんで静かな曲で終わるの?もっと盛り上がる曲を最後に演るべきよね」と言っていたのは悲しかった。



これまで省吾さんのコンサートは基本的に1つのツアーで1回しか参加していなかったのだが、ON THE ROAD'90からは数回参加するようになった。
それだけ省吾さんのコンサートはクオリティが高いものになっていたからだと思う。
正直何度参加しても素晴らしい。 

(他のアーティストでも1つのツアーに2、3回参加することもあるが、1回行けば十分と思えるアーティストも正直いる)



1990年11月20日福岡サンパレス、11月25、26日九州厚生年金会館へ参加。

幸運なことに25日は最前列に座り「BASEBALL KID'S ROCK」の時に省吾さんとハイタッチをすることが出来た。素直に嬉しかった。 



アンコールツアーといえる'91は、省吾さんは緑のメジャーリーグ(アスレチックス)のジャンパーを着て1曲目の「愛の世代の前に」から飛ばしまくっていた(6/18福岡国際センターへ参加)。


でも正直言うとメッセージ色の強い「愛の世代の前に」はあまりオープニングに合わないような気がする(というか個人的に1曲目に持ってきて欲しくない)。 



「その永遠の一秒に」のリリース後のON THE ROAD '93は、11/15熊本市民会館へ参加した。 

本編ではニューアルバムからは1曲も歌われず、アンコールで「境界線上のアリア」「傷だらけの欲望」「最後のキス」が歌われた。 


実はこれまた幸運なことに、省吾さんは「ラストショー」の時に最前列にいた私に向かって手を差し伸べてきた。 

エッ?と自分自身の中でパニックになった・・・ 
多分、男性の観客に対して来てくれてありがとうという意味での握手だったのだと思う(最前列の男性は私一人だった)

恐る恐る握手した省吾さんの手は熱く、そして思ったよりも柔らかかった。



この興奮を胸に翌日も熊本市民会館へ勇んで出かけたら、省吾さんの体調不良により2日目は中止になっていた・・・


振替公演はこのツアーの最終日として翌94年の3月14日に行われた。 

省吾さんは前日(3/13)長崎で泉谷しげるさん提唱の普賢岳救済コンサートにスーパーバンドの一員として参加していた。

「泉谷さんから打ち上げにしつこく誘われたけど(笑)、この熊本をまた飛ばす訳にはいかないから」と言いながらいつも以上に熱いステージを観せてくれた。


2度目のアンコール「最後のキス」が終わった後、再び省吾さんは一人でステージに出てきた。


「売れない頃、町支と二人でギターを自分達で持ちながらコンサートの移動をしていた。この曲は熊本から夜行列車で鹿児島へ向かう時に書いた曲なんだ。コンサートを延期してごめんね」と言って「MIDNIGHT BLUE TRAIN」がギター1本で演奏された。
涙が滲んできた。

この時以上の「MIDNIGHT BLUE TRAIN」には未だ出会っていないような気がする。



ON THE ROAD '94は福岡国際センター(5/7)に参加した。

ステージで初めて「裸の王達」を聴いた。スクリーンの映像とマッチして凄い迫力を感じた。


ON THE ROAD '96「TENDER IS THE NIGHT」は九州から東京の代々木体育館まで出かけた(11/26)


実はこの年の8月に東京ビッグサイトへ甲斐バンドの復活コンサートを観に行く予定だったのだが、親父が倒れて断念した(今は親父は治って元気)

この仇討ちという訳ではないのだが、省吾さんの代々木へどうしても行きたかった(まだ九州での公演が発表されていなかったこともあった)


「詩人の鐘」がギター1本で始まったのには感動した。
またアンコールでのアコースティックな「A Place In The Sun」はとても心地よかった。


この'96は翌年のマリンメッセ福岡へももちろん参加した(1/18、19)



この後98年に私は仕事の関係で住まいを九州から東京に移した。


ON THE ROAD 2001は、よこすか芸術劇場(99/4/1)、大宮ソニックシティホール(99/6/27)、東京国際フォーラム(00/8/1、2)に参加でき、一日延期の99年8月15日の国営昭和記念公園「LET SUMMER ROCK!’99」もビールを持って駆けつけた。

省吾さんの「酔っ払ってる?」という言葉に素直に反応した(笑)
JR立川駅から会場までメチャクチャ遠かった・・・



THE SHOGO MUST GO ONへも、何とか予定をやり繰りして幕張2日、さいたま2日、横浜2日、代々木2日と関東近郊は全て参加することが出来た。

幕張の2日目はセンターステージの真横で通路際だったので、メインステージに戻る省吾さんに手を伸ばして肩に触れることができた(もちろん強く叩いたりしていない。笑)



また幸運にも20年ぶりの日本武道館もチケットを手にすることが出来て、2日間とも参加させてもらった。

2日目の最後、省吾さんが「ラストダンス」を歌い終えたあと、客席に向かって指で写真のフレームを作りファンを撮影する仕草を見せ、自分の胸をトントンを叩いたのが印象的だった。
まるで「今日の君たちの笑顔を胸の中に刻んだからね」と言ってくれているみたいだった。



省吾さんはしばらくツアーは充電に入るということだが、いずれもっともっと素晴らしいステージを今後も私達の前で披露してくれると信じている・・・

2002年、春。

  
P R
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