優しさとおせっかい 

October 10 [Wed], 2007, 7:31
今日お友達にお説教されちゃいました

とても仲の良い子で私の家の事情を知っている数少ない友人の1人なのですが

その子が何を思ったか突然『あきらめちゃだめだよ』と熱いエールと

『どうしてそんなに簡単にあきらめられるの?』とお説教を・・・・・・・・・

彼女にも言いましたが私だってお気楽に一浪コースを選んだわけでなく

悩んで、迷って、たくさん考えた上の決断です

(日頃私がへらへらしているので友人にはそう見えてしまったのかもしれませんが)

それにたとえ今年行けなくたって勉強はしています

皆より遅れたって大学には行きたい

彼女が心配して言ってくれているのも分かってるし

それが彼女の優しさだということも

でもその優しさも違う立場から受け取ってみると優しさとして受け取るのは難しい

もし私と彼女が逆の立場で私が彼女に今日彼女が私に言ったことを言えば

彼女はどう思うだろう?

もちろん人によって受け取り方はいろいろだから彼女は優しさとして受け取るかもしれません

心配してくれたのはとても感謝している

だけど、ごめんだけど今日の私にはおせっかいとしてしか受け取れなかった

ごめんね

う〜ん、今日はひねくれ者スイッチがONしてしまったなぁ

はやく純真モードに切り替えないと(笑)

とりあえず今日の教訓は日頃からへらへらしていると思いがけないところで誤解されちゃう、で


私信
ミスジョーカー様
コメントありがとうございます!!

同じ境遇の人がいるっていうのはやっぱり心強いものです

たとえ1つの夢がかなえられなくてもそこから次の夢へ向かってゆけるしなやかさというのはミスジョーカーさんこそとても強いと思います

それに私は自分のことばかりで家族のことまで思いやれていませんでした

私の学校も進学校で周りの皆さんも受験真っ盛りで勉強いやいや症候群にかかってるけど勉強したらその分の成果を今年から発揮できるんだから甘ったれんな、なんてたまに毒づいてしまったり

人と比べたら軽いもんだと思っても当人には大変なんですから誰かと比べたらマシなんてないと思います

私は私の大変なこと、ミスジョーカーさんはミスジョーカーさんの大変なことをお互い頑張ってのりきりましょう!        
        
        

行ってきました♪3920〜織田さんコンサート 

October 09 [Tue], 2007, 5:37
昨日のブログでも書いたように織田さんのコンサート行ってきました

会場は年齢も男女も問わず織田さんはマルチに人気なんだなと発見
(おば様層がもっといらっしゃるかと思ってました )

5時30分頃に開演して最初に向かったのは売店

大変な人だかりと目玉が飛び出る商品の値段

気の弱い友人は終始お姉さま方に圧倒され並んでいるにも関わらずごぼう抜きの嵐に合いパンフレット1つ買うのに大苦労のようでした

私も母にと思ってパンフレットを買おうと思いましたが6000円もする有難いお品は庶民にはとても手が出ませんでした

そしてお買い物も済ませ、いざ中へ

中へ入るともうそわそわ落ち着かない友人

いつもは大人しい大和撫子な彼女、コンサートで声を張ってるところなんて想像つきません

ところがしばらくしてコンサートが始まると横には友人はいませんでした・・・

もう織田さんが登場した途端スイッチON

今まで聞いたことない大声で名前を呼び、あげく涙まで流し始めました(◎□◎;)

こ、こいつ・・・かわいいじゃないか

おめめウルウル、ほっぺた林檎の友人はいつにもまして乙女にみえました

これが織田さんの破壊力・・・・・・・

しかし織田さんのすごいところはここからでした


(ここから下はコンサートのネタバレなので見たくないかたはご覧にならないように)
登場して2〜3曲歌った後まずショッキングその@ 織田さんの20年間を振り返ろうという事で昔の映像が出てきたのですが・・・・・

なんと、天下の織田裕二が、あの織田さんが(しつこい)

ぴちぴち短パン、シャツinという衝撃のルックで登場!!!

時代の流れって怖い(((>△<)))

その後もどこの香港マフィアだ!というような面白衣装(違)もご披露いただき大変楽しませていただきました

織田さんファンの母よ・・・・この衝撃に貴女は耐えられるのか・・・

まぁ横の友人が可愛いとはしゃいでいたようにきっと母も見れば可愛い〜と絶叫していたのでしょう

それからしばらくはまた美声をとどろかせ、急に退場?!

と思いきやスクリーンに映る映像でなんとなんと楽屋へ向かう織田さんが!!!!

そして着替え中!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!

会場が爆発音に包まれました(笑)

もちろんドアの前にSP?が立っていて見れませんでしたが

驚きはこれだけかと思いきや着替え室から出てきた織田さんはガチャピンになっていました(あれ?)

再び会場爆発

あ、あれは?!と私が呆気にとられているうちに再び舞台へ登場♪

それにしても織田さん、あなたは本物のエンターテイナーだ☆

その他にも歌詞を間違えちゃって、思わず照れ////なんてほのぼの場面も交えつつ2時間ほどのコンサートはあっという間に終わってしまいました


今回のコンサートを見て改めて織田さんすげぇと思いました

確かにこれ程人気なのも納得というスターぶりでした

でもとってもお茶目で少し親近感

こんな楽しいコンサートだったら次も行きたいなと思います

次は母も交えて3人で行けたらおもしろいなぁ

追記:母にはきっと非合法な織田さん生写真数枚組み(500円)をお土産にしました

織田裕二さん!!! 

October 08 [Mon], 2007, 8:05
本日はご友人の付き添いということで無料でなんとあの『踊る大捜査線』シリーズ青島役の織田さんのコンサートに行けちゃうことになりました

しかし、私としては申し訳ないのが母のこと・・・

母はもう織田さんの大大大ファンなんです

どれぐらい好きかというとこの前の世界陸上大阪大会、チケットも持ってないのに織田さんと同じ場所にいる雰囲気を感じたいというなんとも可愛い理由で長居陸上競技場の前まで行って、意味なく競技場の周りを1周しちゃうよってくらい大っ好きなんです。

行くと決まった日から代わってほしいと毎日毎日お願いの嵐

私としては代わってあげたいけど友達からすると知らないおばさんと2人でコンサートっていうのは厳しすぎるでしょう

確かに織田裕二を2人とも大好きという点ではこれ以上ないナイスな組み合わせとは思うけど

 以前パパと子供が入れ替わってしまうドラマがありましたけど今日だけはそのドラマみたいに母と私が入れ替わるみたいな現象が起きたら最高なんですけど笑

まぁそんな奇跡起こるはずもないので母の分もコンサート満喫してきます

コンサートから帰ってきてお母さんより織田さんがすきになってたらどうしよう

改めまして初めまして♪ 

October 07 [Sun], 2007, 10:34
こんなのありなのかと思いながら1日に5回も(しかも短時間に)更新してしまいました

全世界発信のブログにもかかわらずなんという自己完結世界

見てくださった方には申し訳ないですが我が家の不幸史〜序章から三章は自分の思いを整理するためのメモみたいなものです。

よって書いている内容への苦情は受け付けません

この数時間で改めて自分の最近を振り返ってみて、個人的には良かったなと思います。

最初の4つだけ見てこれからもこんな調子なのかなと思われるかもしれませんがこれからはかなりハイに自分の好きなものの事とかも書いていくのでこれからよろしくお願いします

我が家の不幸史〜三章(仮終章?) 

October 07 [Sun], 2007, 10:05
あれこれとばたばたしているうちに私は高校3年生になりました。

ついに大学受験が近づいてきました。

私には夢があります。

その夢のために私には行きたい大学があります。

始めは最低の判定でした。

それでも頑張って少しずつ判定を上げていき、ようやく合格の兆しが見えてきた頃でした。

私は母から大学へは行けないという事を知らされました。

どうしても行きたければ来年働きながらもう一度チャレンジしなさいと。

今までの苦労が無駄になるとはもちろん思っていません。

それでもどんなに頑張ってももう今年は行けないんだ・・・そう思うと今までの情熱がふと消えそうになりました。

しばらくはふさぎ込む日が続きました。

どうしてもっとお金持ちの家に生まれなかったんだろうとどうしようもない馬鹿なことを考えたり、行き場のない怒りをどこへぶつければいいのか、そんなことばかり考えていました。

そんな時ある人々と出会う機会がありました。その人たちも私と同じように破産を体験してきた人たちでした。

14億円の負債を抱えて破産した人、破産して高校に行けなかった人。

私よりもずっと大変な人たちでした。

でも彼らは今は持ち直して一般の家庭や人によればお金持ちにまでなっている人がいました。

そういう人たちと話しているうちに私は今まで悩んでたことはなんて馬鹿なことだったんだろうと思うようになりました。

私が折れたらここで終わりだ。

一浪が何だ。

苦学生なんてかっこいいじゃないか。

家族が大変なんて何だ。

おい、不幸!かかってこいやぁ!!!!

いつの間にか私は吹っ切れてしまいました(壊れたのかもしれませんが笑)。

お金のこと弟のこと母のこと問題は今も何一つ解決していません。

でも私は今は大丈夫です。

もしくじけそうになってもそのときはこのブログを見て自分の思いを再確認すればいい。

また何かあれば我が家の不幸史、書くかもしれませんがその時は笑い話としてここに書けるようにしたい。

我が家の不幸史〜二章 

October 07 [Sun], 2007, 9:40
後になって知ったことですが弟はクラスの子にいじめられていたのです。

しばらくすると弟は頭が痛いといっては学校を休むようになりました。

あんまりそれが続くので問い詰めてみると弟は自分の辛い学校生活を語ってくれました。

そして最後に弟はもう学校に行きたくないとそう呟きました。

そこから弟は学校に行っていません。

いじめのことを学校に言ってもほとんど対処もしてくれず私達は悔しい思いでいっぱいです。

学校に行かなくなってから弟の心の闇が本格的に表に出てくるようになりました。

毎日死にたいと繰り返し、大人しくしていると思えばいきなり暴れだしたり、冗談好きで家族思いの弟はまるで別人のようになってしまいました。

破産の次に起こったこの出来事は母をさらに追い詰めてしまいました。

たまの休みの日も家にこもる弟を外に連れ出し、せっかくの休みなのにほとんど休めず、こんな生活体に良いはずありませんでした。

体にも心にも疲労がたまり続けた母はついに体の変調を訴えるようになりました。

のどの辺りにしこりのようなものがあると。

触ってみるとたしかに何かそのようなものがあります。

急いで病院で検査してもらってと私はお願いしました。

しかし、母はもし癌とかだったらお金がかかると言ってどうしても病院に行ってくれません。

程なくして母は保険に入りました。

母は「この保険に入って3ヵ月たったら検査する。もし癌でもそれなら保険金がおりる。それまでは絶対に病院には行かない。」と頑として聞いてくれません。

お金のことより私はお母さんのほうが心配なのにどうして分かってくれないの!!

もうすぐ約束の3ヵ月が来ます。

その時母の体にどんな病気が見つかるかは分かりません。

我が家の不幸史〜一章 

October 07 [Sun], 2007, 9:12
今まで破産というのは簡単にできると思っていました。

しかし実際には管財人への支払い費用等、様々な手続き、破産すると決めたからと言ってすぐに楽になるわけではありませんでした。

食生活やら何やらいろいろと切り詰めていかなくてはいけませんでした。

破産してから母は私達の中でも一番苦労したと思います。

節約のためにいろいろアイディアを出してくれたり、仕事も今までよりもハードにこなすようになり、私達のために一生懸命な母のことを私はとても尊敬しています。

それに対して父は破産の手続きの書類はなくすは、食事が貧相になったと文句を言うは、破産は父だけのせいではないとは言え、責任感や家族への愛に欠く父の態度に私はすっかり失望してしまいました。

父は公務員だからバイトはできないので仕事が終わるといつも早い時間に帰ってきます。

それから父がすることといえば疲れたからといって寝ているだけでした。

母は看護士でいつも早出や夜勤の不規則で疲れるスケジュールです。

それなのに母は私のご飯の準備や家事を何も言わずに手伝ってくれます。

私は大変だろうからいいよと言うのに母は「大変なのは学校行ってるあんたも同じでしょ。」と優しい笑顔で逆に私を励ましてくれました。

今までの母は家事は私にまかっせきりだし、わがままな性格でした。

対して父は博識で頼もしい人でした。

今回のことでまっるきり正反対になった2人。

多分これが本性なのでしょう。

私は先程言ったように母を尊敬しているし、大好きです。

しかし父のことは本当にしんどかった頃には憎んでいるといっても過言ではありませんでした。

ちなみに私には弟が1人います。

こんな大変なことがあっても能天気でへらへら笑っているような弟でした(それでも家族のために倹約生活に耐えてくれていました)。

そんな弟にあきれながらも私は癒されていました。

でも、弟は実は大きな闇を抱え込んでいたのです。

我が家の不幸史〜序章 

October 07 [Sun], 2007, 8:38
私が高校2年の春、父が今までの借金を返すためにと1000万円借金しました。

今まで各社に分散していた借金を銀行1つに絞ったからもう大丈夫という父の言葉を私は信じていました。

その年の夏は家族で旅行に行きました。

家族での楽しい思い出はこれが最後です。

そして、秋からは金融会社から1日何本も電話がかかってくるようになりました。

一時期は怖くて電話にでることができませんでした。

借金は銀行1つに絞ったのにどうしてこんなことになったのかと私は父に訊ねました。すると父は分からないと答えました。

1000万円のお金を父が何に使ったかは今でも不明です。

次々とくる返済の要求に私達はついに参ってしまい弁護士さんのところに行きました。

そこで弁護士さんに破産をしなさいと言われました。

有能な弁護士さんのおかげで金融会社からの電話は1本も来なくなりました。

でも本当の苦労はここからでした。

プロフィール
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  • アイコン画像 ニックネーム:和堵
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家庭のいざこざ真っ盛りで大学受験中の高3娘の赤裸々な日常とハイテンションに好きなものへの愛情をつらつら書いてます☆

趣味:お菓子作り、映画鑑賞

好きな人:鷲尾真知子さん
      もたいまさこさん
      小林聡美さん
      室井滋さん
      真矢みきさん
(あまり同世代で趣味が合いそうな人がいない組み合わせ笑)
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