甲斐犬と甲信越の自然にまつわるブログです。
独断的ではありますが、フォッサマグナに沿って北の端の仁科三湖(木崎湖・中綱湖・青木湖)から安曇野松本諏訪八ヶ岳そして在住地である甲斐駒ケ岳山麓の武川白州までの自然と人を語ります。

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美ヶ原 / 2005年02月06日(日)
前回の「白馬(はくば)」談義とは違うが、「美ヶ原」という地名はきれいだ。東京の新興住宅地に「・・が丘」や「・・野」や高級マンションに「・・の杜」などと付けるのに似ている。が・・・しかし、違う。観光目当てのお洒落な命名ではない。れっきとした縄文以来の狩人の狩場の名だと読んだ事がある。「うつ」は「美しい」ではなく「撃つ」のイメージである。同様に「軽井沢」も「狩るい沢」となる。こうなると、甲斐犬と共に原野を駆け巡りたい我々にこそふさわしい地に思えてくるから不思議である。
縄文以来の祖先が好んで暮らし、狩をした八ヶ岳山麓に「清里」などと軟弱でミーハーな名をいただくことは許せない。失地回復だ。レコンキスタだ。 ・・・しかし、若い子が大勢来てくれるのは嬉しい。

追伸: 「・・が丘」が如何にもコマーシャルベースに乗っていて、大した人生経験もないのに世の中を手玉にとって動かしている様に勘違いしている若造が大勢勤めている大企業の策略及び、大衆は愚かでだまくらかすのはおちゃのこさいさいさとうそぶく文化人が命名した地名だと私が言っているように聞かれると大変困る。(動揺すると文が長くなる傾向がある。)
ちなみに、大阪にある「夕陽ケ丘」などは鎌倉時代よりの名で、新古今の編者のひとり藤原家隆が西方浄土を想い日想観を実践した事から命名された由緒有るものである。一概に切って捨てる訳には行かない。
 
   
Posted at 13:39 / 甲斐犬 / この記事のURL
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白馬は「はくば」 / 2005年02月06日(日)
北アルプスを代表する山といえば、先ず穂高、白馬だろう。もっとも安曇野や松本の人間は「常念岳」が好きだ。一番高く見え、形も整って綺麗な山だからである。松本市内では「王ケ鼻」「王ケ頭」と呼ばれ、「美ヶ原」を山麓に従えるあたかも老人の横顔の山が常に東に見え好まれている。
ところで我々地元人は子供の頃から白馬岳を「はくば」と呼んでいた。駅名は昔は「信濃四谷」だったが、観光の為かその後「白馬」となった。それも「はくば」と呼んだ。「白馬」の由来は、春の雪解けとともに山の岩肌に現れる雪形が「代掻き馬」の形となる事からである。春になり気温が上がり農作業の「代掻き」のタイミングを教えてくれる合図である。「代掻き馬」「代馬」「白馬(しろうま)」「白馬(はくば)」と変遷したのは間違いない。よそ者が正しく「白馬(しろうま)」と呼ぶのに、地元では「白馬(はくば)」と呼ぶ。これについては何れ考えを披瀝したい。同様な例では東照宮のある「日光」がある。仏教用語の観音様の住む山である補陀洛山(ふだらくさん)からはじまり「補陀洛(ふだらく)」「二荒(ふだらく)」「二荒(にこう)」「日光(にこう)」「日光(にっこう)」と変化したものと思われる。
 
   
Posted at 13:35 / 信濃路 / この記事のURL
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くまさんのオブジェ / 2005年02月06日(日)
私の住む武川には樹齢2千年の「神代桜」や落差121mの「精進ケ滝」をはじめ数々の名所がある。いずれ紹介したい。
新しいものでは「クマさん」こと篠原勝之さんのオブジェのある「フレンドパークむかわ」という公園がある。「クマさん」は武川に工房を持っている。ときたまは人の気配もする。我々田舎者からすれば芸術家であり芸能人の名士である。さて問題のオブジェであるが、北杜市のHPにもあるのでご覧頂きたい。
東京から知人が遊びに来たりすると、武川の自慢といえば「神代桜」の次は大武川沿いにある「クマさん」のオブジェである。天を貫く如く聳え立つ巨大な構築物を見る人は一度は驚嘆し感心する。しかしである、二度目からは何故か目をそらしている様に感ずるのは私だけであろうか。
通り道にあるオブジェは良いランドマークであり心安らぐ芸術だ。のはずだ。それがあえて見たくないとは如何なる心理状態なのか、先端恐怖症なのか、郷土の誇りである前衛芸術が理解できない馬鹿者に成り下がったのか、通りすがりでなく後でジックリ鑑賞したいということなのか、大武川の大自然には場違いと感じているのか自分でもわからない。重ねて言う。「クマさん」のオブジェは武川の誇りである。だから次の作品がまちどおしい。
 
   
Posted at 13:30 / 武川 / この記事のURL
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年越しそば / 2005年02月06日(日)
前回の記事で吉田のうどんを語った私が、事もあろうにそれを上回る硬さの蕎麦を打ってしまったのは雪の大晦日であった。
せっかくの田舎暮らしなのだから、今年の年越し蕎麦は自分で打つぞという事にはなっていたが、大晦日は結構な雪になってしまった。そば粉は前日に用意したものの、ツナギの小麦粉を買い忘れ、それで不本意ながら十割蕎麦を打つはめになった。
よく、蕎麦のウンチクを語る人がいて蕎麦は十割が良い様に言うが私はそれはどうかと思う。
やはり、先人たちがあみ出した郷土色あふれる「ツナギ」による喉ごしの妙に軍配をあげたい。
往時では貴重品である「小麦粉」は言うに及ばす「山芋」「布のり」「火口」はたまた和紙の原料にまで手を出してみたいと思っていた矢先なのに十割を打つとは・・・。
「ツナギが無いのだから仕方ない。十割にしよう。」という事で水を回しはじめたのだが、寒さなのか空気の乾燥なのか蕎麦粉のくせなのか予想を上回る水を吸い込み完成した蕎麦は、テニス肘も災いしてコネが手抜きのため不吉な弾力を呈していた。太さを調整したためバサバサに切れる事は無かったが、案の定、「吉田のうどん」状態となってしまった。悪口雑言をついた呪いか、ハタマタ「ほうとう」の祟りかというものであった。
よろず形から入る性分である。お道具はプロ用を誂え、技術書・インターネットを駆使して鍛錬を積んだものの所詮蕎麦打ち経験数回目の私には荷が重かった。これからは舌鼓を打つ方に専念したい。
 
   
Posted at 13:28 / 武川 / この記事のURL
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富士吉田のうどんD / 2005年02月06日(日)
いよいよ本論の吉田のうどんである。

山梨名物「ほうとう」は山村の素朴な味としてそれなりに理解できる。
だが、富士吉田のうどんは理解を超えている。不可解だ。
初めて吉田のうどん屋に案内されたとき、案内人は「硬いですよ。うまくないですよ。」と言った。私は憮然とした。「硬いとは何だ、それは「コシ」というものだ。不勉強者が。」と心の中でつぶやいた。
そして食した。意味が判った。私が未熟だった。改めて認めます。「富士吉田のうどんは硬いですよ。」

それ以来数年が経過してしまったが、いまだ再挑戦するための「心・技・体」の何れもが沸きあがって来ないのはなぜだろう。讃岐も水沢も稲庭さえも極めた男がである。こんな事では真の山梨県人には到底なれない。早くその境地に達したいものだ。「吉田のうどんが一番だ」と叫べる日が。
こう綴ると私はまるで「うどん派」と思われがちだが正真正銘の「蕎麦派」である。それは次号で。
 
   
Posted at 13:25 / 天体観測 / この記事のURL
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富士吉田のうどんC / 2005年02月06日(日)
長い引用は続き吉田のうどんはまだ出ない。

某月某日
第2回 伊香保「うどん屋」探訪
吉例により「ぐんま天文台」に向かうなら昼飯は伊香保名物「水沢うどん」となります。
そんな訳で、水沢うどんレポートその2回目です。
我々は既に土地勘も、データも十分持ち合わせている。後は気力体力と懐具合である。
今回も彼の地が初めての人も居る。となれば「元祖」、「始祖」のいずれかは1軒入れずばなるまい。前回のレポートでは結論として「マニアをくすぐる力は「始祖清水屋」に軍配が上がる。素人衆(彼女、家族、会社の接待客)を引率するなら「元祖田丸屋」と言う所か。」と結んだが今回の面子はムツケキ親父3人組である。筆者としては爽やかな笑顔が脳裏に残る「始祖清水屋」に客を誘導したい下心が無かったかと言えば嘘になる。幸い皆の意見も同様でまず1軒目は「始祖」に決定した。何時来ても変わらぬ店の空気にほっとしつつとりあえず「中」を注文した。深い意味は無いがはしごを考えての所作である。
例の地元人にしかあまり受けないゴマだれと味と、田舎のうどん屋にはもったいないお姉さんを確認し次の店に回った。「本舗 丹次亭」である。「元祖」「本家」「始祖」「草分」「宗家」果ては「正本家」「総本家」「総本店」「総本舗」などの言葉は選択基準にはならないことは前号で書いた通りである。しかし多少は気になる。
単に本舗などは修飾語の内にも入らない地味さである。うどんはというと、丸いザルに乗ったうどんに、野菜(インゲン豆か絹サヤ)と椎茸の煮たものの千切りと刻み海苔がトッピングしてある。醤油ベースのつけダレでまずまずの出来であった。さて由来であるが説明によると、彼の地では「水沢観音に詣でる人に供するうどんを「水沢観音うどん」と呼び、俗に「丹次うどん」などともいわれて、その風味を多くの人に愛され、今日に至った」と説明してある。では「丹次」とは誰なのか疑問がわく。さすが上州である侠客「観音丹次」親分が旅人にうどんを振舞うなどは赤城の山と国定忠治くらいしっとり来る。何の不思議も違和感も無い。水沢の奥は深い。次回の展開に乞ご期待である。

---------- 引用終わり。 ------------------

といった具合に天体観測より熱心にうどん屋を観察し、真贋を見極める力を持ち、探求を続ける私である。
 
   
Posted at 13:22 / 天体観測 / この記事のURL
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富士吉田のうどんB / 2005年02月06日(日)
観察すると店構えには似つかわしくない程の著名人の来店を示す展示がある。明治13年の秩父宮様から始まり御皇室関係、政財界さらには芸能人の千社札でいっぱいだ。確かにここが始祖なのだろう。日もとっぷりと落ち、触手の動く看板も近くには見当たらないのでうどんの梯子は二軒止まりとなった。星も出始めたし、レポートを次回につなぐためにもこの辺でよいかと言うことになった。とりあえず今回の結論だけを書けば、マニアをくすぐる力は「始祖清水屋」に軍配が上がる。素人衆(彼女、家族、会社の接待客)を引率するなら「元祖田丸屋」と言う所か。味に付いては好みもあり、双方ともに合格点であるので後は諸兄の判断に待ちたい。どうしても更なる詳細が聞きたい方はメールを下さい。多少のコメントは有りますが、先入観で営業妨害になると困りますのであしからず。
----- 少し引用が長すぎたか・・・。しかしまだ引用は続く。---------
 
   
Posted at 13:21 / 天体観測 / この記事のURL
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富士吉田のうどんA / 2005年02月06日(日)
都合のいい事に「始祖清水屋」は隣だ。「田丸屋」とは大違いで質素と言うかその辺にある食堂の雰囲気を醸し出している。奥には座敷もあるがやはり何かコンセプトが異なる二軒だ。接客は「田丸屋」では着物姿の仲居さんだし、「清水屋」はジーパン姿の若い女の子だ。しかし中々の美人でこれだけでもポイントだ。さて、座るがはやいか「お茶」と「つゆの入った猪口」が同時に運ばれてくる。客が戸を開け一歩店に足を踏み入れた瞬間に、女の子もカウンターを出発、テーブルには「お茶」と「つゆ」と「女の子」と「客」が同時に到着する。システム化された無駄の無い動作だ。まるで剣豪の太刀筋を見るようだ。いきなり胸元に突きつけられた「つゆ」に選択の余地など許されない。「ごまだれ」が本道、他は邪道だと宣言しているかのようだ。更にメニューに眼をやると・・・大盛、中盛、小盛の3種のバリエーションだ。これも潔いスタンスだ。「もり」しか許さない、暖かいやつだとか、トッピングがどうだとか、天麩羅を付けるだとか、あまつさえカレーうどんなど言語道断だとメニューの行間が主張している。ただひたすらに「もり」だけだ。しかしそれでも女子供、病弱者、貧乏人に配慮してか、大中小の別だけは設定しているのは始祖としての経験のなせる技だ。さて味はというと、なかなか良い。しかし「醤油だれ」で試したかったうらみが心の隅にわずかながら残らなかったかと言えば嘘になる。一瞬でつるっと平らげ周回遅れで追いついた同行者が食べ終わるのを待ちながら店内を見渡した。
---続く----
 
   
Posted at 13:17 / 天体観測 / この記事のURL
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富士吉田のうどん@ / 2005年02月01日(火)
ちかごろ山梨県に在住し、ここの水にも慣れようとしている私であるが、どうしても馴染めない物の一つが「富士吉田のうどん」である。けっして他意はない。みんなやさしい良い人だ。しかしである・・・。

その話の前に如何に私が麺類に情熱を持っているか知って頂くために、仲間うちの天体観測通信に載せた原稿を見て頂きたい。
わずかな紙面の機関誌のほとんどを天体観測とは無縁のうどん屋ネタに割いて綴られたうどん談義を。
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天体観測をする為にしばしば群馬県の高山村を訪れ、そのとき途中で立ち寄る場所がある。伊香保温泉と水沢である。水沢と言えば「観音様」と「うどん」である。若い人には「頭文字D」の舞台でも知られている。

某月某日
伊香保「うどん屋」探訪
目指す水沢観音参道沿いのうどん屋街に入った。少し進むと「元祖」、その隣には何と「始祖」まで登場した。始祖などという言葉は化石発掘班以来だ。始祖鳥、始祖うどん。まずはバスが何台も入る大駐車場を供えた巨大な「田丸屋」さんを選択した。料亭のような豪華さだ。建物に眼がくらんだのではなく元祖という響きにひかれたのではあるが、いったい世の中にはこの様な欺瞞的な接頭語はいくつ存在するのか。「元祖」「本家」「始祖」「草分」「宗家」果ては「正本家」「総本家」「総本店」「総本舗」とよく思いつくものだ。先発の商売敵の権威・伝統・格式を打ち砕く術はすごいものだ。では「元祖田丸屋」はどうであったかと言うと、腰もあり美味しかった。つゆは醤油とゴマだれを選択できる。同行者はこの道の素人であり心に迷いもある凡人である。迷ったあげくに「天麩羅付きかけうどん」などという邪道に走ったが、筆者はいやしくも求道者である。「大もり」を指名した。ゆで加減と水切りから生まれる腰と歯ざわり舌ざわり、たれの加減、薬味等々を吟味するには「もり」しかない。天文台に向かう関係で、営業時間の終りを気にしながらも筆者は単身二軒目に駒を進めた。 ---続く---
 
   
Posted at 13:07 / 天体観測 / この記事のURL
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甲斐犬 / 2005年01月02日(日)
甲斐犬を熱く語らせたら三日三晩でも足りない。
甲斐犬に関わる団体は幾つか有るが、取りあえず私は甲斐犬愛護会に所属している。各団体は各々思いがあって活動しているが、私としては無骨な甲斐犬愛護会が気に入っている。

日本犬の他犬種では大組織である日本犬保存会も、こと甲斐犬に関しては発展途上の様だ。頑張ってほしい。JKC傘下の甲斐犬クラブはどんなものでしょうか。洋犬に近い展覧会は甲斐犬愛護会とは対極の存在である。

私はペットとして飼育しているが、猟犬としての本性も眠らせたくは無いと考えている。天然記念物を保存すると言う事の難しさとか、真の意味を同好の皆さんがどう考えているか知りたいものです。

今住んでいる「武川(むかわ)」は山梨県の韮崎と小淵沢の中間を西に入った甲斐駒ケ岳山麓の村です。昨年11月から「北杜市武川町」となった。よって「北杜市」は漢字変換出来ない。面倒だ。20号線を東に入れば人気スポットの「清里」となる。ところが反対の西に入るとほとんどの場所がADSLや光ケーブルの恩恵と無関係な界外の地である。その分、星が綺麗ですから満足ですが・・・。

 
   
Posted at 13:03 / 甲斐犬 / この記事のURL
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