(無題)

February 22 [Tue], 2011, 21:46
宗教に関する冊子を配っている人間に会った。
正しくは、家にきたのだが…
なんとなく、その本を読んでみて感じたことがある。
そこに書いてあったのは、宗教では何を語るか、それによって、苦しんでいた人間が救われた実例。
そうだ、宗教はつねに苦しむ人を捜している。
まるでハイエナだ。
宗教に入れば救われる。そんなのはただの脅しだとなぜわからないのか?
本当に人を救おうというのなら、宗教に関係なく手を差し伸べるべきで、それをしないのはやはり脅しだ。
そもそも、人を誘うが救わないというのは、その人間が人助けをしようとしているのではなく、自分で信者を増やすことで認められ、より確かな地位に行こうとしているから。
そんなもので人は救われないよ。
もともと、私は、宗教は自分を律し成長する為に存在していると思う。だが、これは仏教の考え方だろう。
私は仏教ではないが…

それとは違い、神を崇める宗教は祈ることが大事であり全てだ。
自分を成長させるのではなく、神を愛し祈ることが自分の成長につながると…
神に祈る時間があるのなら、その時間で人を救える。その時間で手伝ってもらえる。
神に祈るよりよっぽど現実的で確実だ。
神がいるかどうかじゃない。祈ったところでどうにもならないのなら、いてもいなくても一緒ということだ。
何かに頼るんじゃない、もっと自分の足で立って、自分で考える、それがなぜわからないのだろうか?
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